米国内国歳入庁、事前確認申出書の審査と受理に関する暫定ガイダンス、初期プロセスを抜本的に変更

  • この暫定ガイダンスは即時に発効し、米国内国歳入庁(IRS)が、事前確認(APA)またはその他の紛争解決プロセスについて、納税者の適合性を判断できるようにするものである。
  • IRSは、このガイダンスはAPAの申出受理件数の削減を意図したものではないとしながらも、APAやこれに代わるワークストリーム(国際コンプライアンス保証プログラム(ICAP)、共同調査、国内調査等)のいずれで、納税者が最もその目的を達成できるのかを検討すると述べている。

2023年4月25日、米国内国歳入庁(IRS)の条約及び移転価格業務局(TTPO)局長代理は、条約及び移転価格業務職員に対する覚書(本覚書)を作成し、事前確認(APA)事前相談の要請とAPA申出書の審査・受理に関する新たな内部手続きをIRS職員に通知しました。このガイダンスでは、事前確認・相互協議(APMA)チーム及びその他のTTPO職員が、納税者をAPAのプロセスからこれに代わるワークストリームに移行させることができるよう、厳格な審査プロセスを導入しています。

IRSは、今回の手続き変更の目標は、「提案されるAPAを成功裏に導く障害となる可能性を早期に特定するメカニズム及び他のワークストリームを確実にする機会を提供して、APAの質と適時性を向上させること1」であるとしています。本覚書は、現時点では暫定的なガイダンスを示していますが、今後2年以内に内国歳入マニュアルに正式に盛り込まれるとされています。この覚書は、2023年4月25日以降に提出される事前相談メモランダム及びAPAの申出に適用されます。

新しい事前相談手続き

APMAチームは、APAを申し出ようとする納税者に対し、APMAチームとの事前相談ミーティングに参加するよう依頼、または場合によっては要請します(歳入手続2015 - 41セクション3.02(1))。通常納税者は、事前相談メモランダムを提出し、重要な事実の説明と移転価格算定方法の提案を行います。事前相談においてAPMAチームは、取引や移転価格算定方法に関する質問やフィードバックを行い、APA申出書に含める追加情報を提案することができます。

この新しい手続きの下、APMAのチームリーダー(またはエコノミスト)とIRSの移転価格リスク評価(TPRA)チームのメンバー(総称して事前相談メモランダム審査チーム)は、納税者のAPAに関する事前相談メモランダムを審査し、納税者が以下のいずれかを行うよう、APMAのカントリーマネージャーに提案します。

  • APA申出書の提出を提案する
  • APAに関する追加情報をAPMAチームに提供する
  • 税の確実性をより効果的に達成するためにAPAに代わるワークストリームを検討する

APMAチームのカントリーマネージャーは、APAに関する事前相談メモランダムの提出から4週間以内に、納税者に対して、上記提案内容に関する決定を行い、口頭で通知します。

事前相談メモランダム審査チームは、以下の要素を検討して事前相談メモランダムを評価し、提案された取引がAPAまたはAPAに代わるワークストリームに適しているかどうかを判断します。

  • 提案された確認対象取引には、APMAチームのリソースを使用することを正当化するほどの重要性があるか
  • 確認対象年度及び各年度の課税制限期間の残存期間
  • 二国間または多国間において、移転価格コンプライアンスを著しく向上させる可能性が高いか
  • 租税条約及び適用される国際情報交換合意により、多国間の関連税務当局間で必要とされる情報交換が可能か
  • 提案されたAPAが過去の課税年度または期間のコンプライアンスに影響を与える可能性の有無
  • IRSは、ICAPにおいて、納税者に対しAPAを行うことを提案したか
  • 提案された取引について以下の要素(ただし、これらに限定されない)を考慮した場合、納税者にとってICAPを通じた解決が適しているか
    • 米国及びICAPに参加する国・地域における確認対象取引の範囲、重要性及び複雑性
    • 多国籍企業グループのIRSとの透明で協力的な関与の歴史
    • 多国籍企業グループのIRSとの移転価格審査履歴
    • ICAPリスクアセスメントを実施するために必要と見込まれるTPRAチームのリソース
  • 提案された取引について以下の要素(ただし、これらに限定されない)を考慮した場合、将来における潜在的なIRSの調査または共同調査に適しているか
    • 関連する税務当局の国・地域で、共通する課税年度または期間について調査を受けている納税者(国外関連者を含む)の有無
    • 税務当局に関連する共通または補完的な税務問題の有無
    • 利用されるリソースに関連して、1つ以上の税務当局に重大なコンプライアンスリスクをもたらす取引の有無

新たなAPA申出書審査手続き

APA申出書に含めるべき情報、及びそれらをAPMAチームに提供するためのフォーマットは、相当量があり詳細です(歳入手続2015 - 41付属書セクション1)。従来は案件を担当するAPMAチームリーダーが、APMAチームのエコノミスト、IRS調査チームメンバー、及びチームリーダーが有用と考える制度の専門家からなるチームを編成していました。このチームがAPA申出書を精査し、適正評価のための一連の質問書を作成し、納税者とのミーティング(オープニングコンファレンス)を設定しました。

新たな手続きの下では、納税者のAPA申出書は、APMAチームのカントリーマネージャー、APMAチームリーダー、TPRAメンバー、IRSの移転価格算定担当部門(TPP)のメンバーからなるIRSチームによって審査されます2。この審査の目的は、「APAの手続きが、提案される確認対象取引を税務上の不確実性を排除するために、最も適しているワークストリームであるかどうかを判断すること」です。審査に要する期間は8週間以内とされ、納税者はAPMAチームからAPAの申出を受理するか否かについて口頭で連絡を受けます。APA申請書を受理しないと判断した場合、APMAチームはAPAに代わるワークストリーム(ICAPや調査等)を納税者に勧告します。

APAの事前相談手続と同様に、APA申出書の審査手続には、IRSが決定を下す際に検討する次の要素の詳細なリストが含まれています。

  • 事前相談メモランダムの審査基準(事前相談メモランダムの審査が実施されていない場合)
  • APAが、最も効率的に、移転価格に係る実際の紛争または潜在的な紛争を解決するのか
  • APAプロセスが将来のAPA年度に影響を与える可能性があるのか
  • 関連する他の国・地域による国・地域固有の戦略的検討事項があるのか
  • 提案された取引を効果的に分析するのに最適なのはAPMAチームなのか
  • 提案された取引はICAPに適していないか
  • IRSは、TPPの担当で確認対象取引を審査することに関心があるか
  • 移転価格問題が他の国内税法の規定に伴う程度
  • 二国間または多国間APA申出に関与する他の国・地域の見解

新たなユニラテラル、更新、及びロールバック申出手続き

本覚書はまた、ユニラテラル、更新、及びロールバックの申出に特有のガイダンスを以下のように提供しています。

ユニラテラルAPAの申出について、TTPOは、(1)ユニラテラルAPAが、必要とされる確実性をもたらす最も効率的または唯一の選択肢であるか、(2)IRSはAPAを提案したか、(3)IRSは、当該納税者に対する二国間APAで取引の価格算定を行う必要があるか、及び(4)ユニラテラルAPAが、他方の国・地域における不適切な税源浸食または利益移転を促進することにならないか、を検討します。

APAの更新申出について、TTPOは、(1)税務紛争のリスクが継続して存在しているか、またAPMAチームがAPA更新申出を受理する必要があるか、(2)APMAチームが簡素化された方法で作業できる単純な更新申出であるか、(3)更新プロセスの簡素化に租税条約相手国が合意する可能性は高いか、(4)納税者が以前のAPAで合意した移転価格算定方法を適切に適用していたか、を検討します。

APAロールバックの申出について、TTPOは、(1)APA申請書提出時点において対象年度の時効までの残存期間、(2)移転価格算定方法のロールバックに対するIRSの関心(歳入手続2015 - 41セクション5.0(7)における訴訟及び裁判に関する懸念等)、(3)APAをロールバックすることにより、米国での課税所得が増加するとAPMAチームは予測しているか、また増加する場合、相互協議がより効率的な税務行政プロセスであるか否か、(4)なぜ納税者は過年度においてAPAを申出なかったのか、を検討します。

今後の影響

本覚書に記載された手続きの変更は、APAの初期プロセスを抜本的に変えるものです。APMAチームは今後APA申出を、第1段階である事前相談、及び第2段階であるAPA申出書の提出と、厳密に2段階に分けて検討します。各段階において、APMAチームは、納税者のAPA申出を受理しない、納税者に対してICAPへの申請を勧告する、または、調査(共同または国内)で処理することがより適していると示すことができます。この変更により、APAの申出件数が減少する可能性があります。

IRSはAPAを成功裏に導きたいと考えており、納税者にICAPと共同調査を検討するよう促すことでその目標が達成できると考えているようです。ICAPは、その制度を利用するための申請手数料がかかりません。必要書類も少なく、平均的なAPAにおける交渉よりも迅速です。また、多数の国・地域間で合意することができ、関係政府が取引を再審査しないという安心感や現実的な確実性をもたらします。取引が単純な場合、これらの理由で、ICAPの方がより適していると感じる納税者も存在するでしょう。しかしながら、APAが提供する法的確実性は保証されません。

一方、納税者が共同調査の可能性に興味を示すかは分かりません。調査では、納税者にとって重大なリスクとリソースを伴うことが多くなります。さらに、IRSには合同調査の経験がほとんど無いようであり、納税者がIRSの教育訓練の機会となる可能性があります。

これらを考慮すると、APAは、将来の移転価格の確実性を確保するための第一の手段であり続けると考えられます。いずれにしても、APA申出を検討する納税者は、ICAPや調査(共同または国内)のようなAPAに代わる選択肢のいずれかが、その目的に適しているかどうかを慎重に評価する必要があります。これには、確認対象となる問題の種類(単純vs複雑、必要とされるセグメンテーションの量等)、納税者の調査履歴、及びAPAに代わるワークストリームの全体的な成功率などの要因を検討することになります。

 

巻末注

  1. APA制度の開始から2022年12月31日までの間に、287件(APA申出書提出の約9%)が撤回され合意に至りませんでした。これらのAPA申出が合意に至らなかった理由は不明ですが、買収、売却、その他の事業上の理由が関与した可能性が高いようです。APA制度導入後、IRSが受理したAPA申出書は3,119件であり、その内2,268件についてAPAが合意し、564件が継続中です(Announcement 2023-10)。
  2. 移転価格以外の租税条約に関する問題(恒久的施設等)については、条約援助・解釈チームの分析官が任命されます。

お問い合わせ先

谷津 剛 パートナー

秦 正彦 シニア・テクニカル・アドバイザー

古屋 宏晃 パートナー

村井 祥一 パートナー

※所属・役職は記事公開当時のものです