安全保障貿易管理小委員会 中間報告 ~日本の輸出規制における方針転換~


2024年4月24日、経済産業省に設置されている産業構造審議会通商・貿易分科会安全保障貿易管理小委員会より中間報告(以下、「中間報告」)が発表されました。この中間報告では安全保障に係る制度のあり方について検討し、将来的な外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」)における政省令の改正を示唆する内容が含まれています。なお、中間報告では明確な政省令改正の実施日程については言及がありませんが、今後は今回の中間報告の方針に基づいた政省令の改正案が公表され、パブリックコメントを経て公布・施行に至るものと見られます。
 

1. 中間報告の概要

中間報告では、「東西冷戦終結から続く、WA(ワッセナー・アレンジメント〈Wassenaar Arrangement〉)を始めとする幅広い参加国による共通の管理対象品目を前提とした特定国を対象としない不拡散型輸出管理の枠組みは、大きな転換点を迎えている」との現状認識を示した上で、現行の日本の輸出管理制度に対して大幅な制度の見直しが必要としています。

大きな環境の変化として、中間報告では具体的に以下の事象を挙げています。

  • 安全保障上の関心としての国家主体の再浮上
    WAの当初の想定とは異なり、「国内に戦略物資に係る産業・技術基盤を有する国家主体」が入手した発展途上の技術や非先端のデュアルユース技術を自国内で発展させ、軍事転用する可能性が高まっている。
  • デュアルユース技術の重要性の高まり
    安全保障上、重要なデュアルユース技術は、国際輸出管理レジームにおいて規制対象となっている機微技術より広範な汎用品・汎用技術において軍事転用可能性が高まっている。現在、市中で容易に調達可能な物品であっても軍事転用されるケースがあり、技術が持つ性能要件による管理の限界が顕在化している。
  • 国際輸出管理レジームに参加していない技術保有国の台頭
    現在、WAに参加していない国が機微技術を保有しており、WAの枠外で機微技術が拡散するケースも増加している。地域紛争の激化を防ぐためには、機微技術を保有し、かつ、安全保障上の脅威認識を共有しているWA非参加国に対し、WAリスト品目の輸出管理を働きかけていく必要がある。
  • 輸出者と輸出管理当局が連携した安全保障貿易管理の推進
    デュアルユース技術の重要性が高まったことにより、保有技術の軍事転用のリスクは機微技術を持つ一部の企業に限定されず、中小企業を含むより広範な輸出者が直面する課題となっている。貨物・技術の輸出者は、軍事転用に伴うレピュテーションリスクや海外ビジネスにおける法執行の不透明性、他国の法令の域外適用など、さまざまな課題を認識した上で、官民で連携しながら的確に対応する必要が生じている。

その上で、中間報告では「対応の方向性」として具体的に以下を示しています。

1. 補完的輸出規制の見直し

  • 一般国向け通常兵器補完的輸出規制(キャッチオール規制、以下「CA規制」)の強化
  • グループA国経由での迂回対策

2. 技術管理強化のための官民対話スキームの構築

  • 技術流出リスクの高い技術・行為を特定し、政府への事前報告を要求
  • 政府からの懸念情報等の提供を含め、官民対話を実施
  • 取引時点のみならず、時間的経過に伴う軍事転用懸念を考慮

3. 機動的・実効的な輸出管理のための重層的な国際連携

  • 国際輸出管理レジームで技術的議論が成熟した品目の同盟国・同志国による管理
  • 懸念度と緊急度に応じた、技術保有国による連携
  • 国際輸出管理レジームの管理対象品目に係る運用面での協調
  • 国際輸出管理レジームの非参加国との連携強化

4. 安全保障上の懸念度に応じた制度運用の合理化・重点化

  • 半導体製造に用いられる一部の部分品の特別一般包括許可対象化
  • インド・ASEAN向け工作機械を、一定の要件のもと特別一般包括許可対象化
  • 民生用途の1項該当品等の手続の簡素化
  • 立入検査の重点化

5. 国内外の関係者に対する一層の透明性の確保

これらの方向性の中では、特に「一般国向け通常兵器CA規制の強化」については多くの輸出者に影響を与える可能性が高く、今後の規制の方向性に注目する必要があります。

1-1:一般国向け通常兵器CA規制の強化

現状、一般国向けの輸出に対する通常兵器CA規制においては、経済産業省の通知(インフォーム要件)がない限り、外為法上の許可取得は必要とされません。これに対して、中間報告では、一般国向けの輸出においても、一定の品目に対して用途・需要者要件の確認を輸出者に求めるとしています。

キャッチオール規制の見直し

この制度変更に際しては、輸出者の負担を考慮した上で、懸念の高い取引に限定して規制を行うという観点から、以下の制度設計が示されています。

① 対象品目の絞り込み
一般国向けの通常兵器CA規制の対象品目は、下記のものに絞り込む。

ア)安全保障上懸念が高い品目
精密誘導兵器関連の技術、軍事指揮系統の高度化に資する技術、ゲームチェンジャーとなる技術など
イ)輸出者が用途・需要者確認が可能な品目
需要者との共同開発品、需要者の要求に応じて製造する又は特定の製品に組み込む専用設計品、輸出者等による現地での設置・保守等が必要な装置など

② 需要者確認における官民の連携(懸念需要者に関する情報提供)
需要者確認において、政府から特定の通常兵器の開発等を行った懸念のある需要者情報を提供する。

③ 懸念の高い取引の判断基準の明確化(取引条件・態様に係るRed Flagsの作成)
取引の条件・態様に着目して、懸念の高い取引を判断するための基準(懸念取引Red Flags)を作成・公表する。なお、懸念取引を判断するための基準に関する取組例として、米国EARのRed Flagsを参照している。

④ 対象国との関係を踏まえた合理化
国際輸出管理レジーム非参加国も含めて、特定の同盟国・同志国の場合には、一定の手続の合理化を検討する。
 

2. 企業に与える影響と対応

今回の中間報告では、現行の日本における不拡散型輸出管理の枠組みにおける限界を認識した上で、大幅な制度変更が必要である点を指摘しています。また、デュアルユース技術の軍事転用リスクの拡大を踏まえれば、これまでの貨物・技術のスペックを基準としたリスト規制では対応が難しく、日本の安全保障において懸念される用途・需要者への輸出を規制する方向に大きく転換しており、具体的に「一般国向け通常兵器CA規制の強化」の方針が示されています。

今後は機微な貨物・技術を取り扱っていなかった輸出者に対しても、広く輸出規制における確認を求めることになるため、企業にとっては新たな法令に対応する一定の社内管理体制・手続を整備する必要があります。

また、政府が新たに通常兵器開発において懸念需要者の情報を提供することが言及されていますが、輸出企業においては自らの行う取引に関与する販売先・需要者について、懸念需要者リストの掲載対象者との該非といった、輸出管理の観点での取引先デューデリジェンスの強化も求められます。これらの業務においては、自社と関係のある膨大な企業情報から懸念対象者との該非を確認する必要がありますが、非常に煩雑かつ膨大な作業であり、管理部署における対応は困難となることから、適切なITツールの導入や外部へのアウトソースサービスの活用も検討する必要があるかも知れません。

また、中間報告では、シンガポール・マレーシア・フィリピンを挙げて、これらの国際レジーム非参加国との連携を働きかけていく方針が示されていますが、これらの国々において輸出管理規制が強化されることも考えられます。ASEAN地域に拠点を有する企業においては、今後の規制強化を踏まえた、同地域の拠点での管理体制構築も新たな課題になると考えられます。
 

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