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掲載誌:
自由民主党機関紙「自由民主」『衆参本会議で代表質問 茂木幹事長「国民の期待に応えていく」』第2962号(令和3年12月28日号)<5面>
経済安全保障の強化に向けて【最終回】
執筆者:
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクトリーダー パートナー 國分 俊史
※所属・役職は記事公開当時のものです。
※自由民主党機関紙「自由民主」『衆参本会議で代表質問 茂木幹事長「国民の期待に応えていく」』第2962号(令和3年12月28日号)<5面>経済安全保障の強化に向けて【最終回】の転載です。
本稿の最終回では、日本の経済安全保障の根幹に据えるべき大戦略について私見を述べたい。まず、冷戦が実際の戦争である熱戦にならない状態が平和であるという理解が必要だ。そして、冷戦の長期化が日本と世界に有益なことに気づく必要がある。戦争リスクは急激に力の均衡が崩れる方が高まる。台頭する新しい現実への準備が紛争当事国のみならず、周辺国にも出来ていない状態で力の均衡が大きく崩れると、新たな秩序が台頭するまでの間に混乱が生じ、これを機に現状変更を仕掛けようとする者たちの動きを活発にするからだ。日本は経済大国第3位の影響力を活かし、冷戦を平和裏に終結させるべく「冷戦の長期化」を促すことを大戦略にすべきだ。
米中冷戦と米ソ冷戦では競争の構図が全く異なる。米ソ冷戦は閉ざされた軍事産業において、軍事ニーズに基づく戦場という限定された特殊な環境での技術開発競争であった。一方、米中冷戦は一般市民や一般企業を顧客として囲い込み、集めた大量のデータを活用して技術開発し、製品やサービスを社会に広く普及・浸透させて、それを兵器化させる競争だ。この競争では、一般市民や企業を「一般市場で顧客に取り込む工程」が不可欠となる。市民のニーズを満たし、利用が不可欠な存在にならなければ大量のデータを収集できないため、顧客の獲得競争に勝つことが不可欠だ。
ゆえに、無料配布や政府の補助金を後ろ盾にした圧倒的な低価格によって、急激に市場を支配する企業の誕生は危険な存在となる。特定の企業が市場支配を過度に進めれば、その企業の技術だけが進化し、軍事に転用されれば米中の勢力均衡を崩す恐れを生む。同時に、そのような企業を悪用し、フェイクニュースの拡散による影響力工作や分断工作、意図的な誤作動による社会混乱は治安崩壊リスクを高める。米中どちらかの治安崩壊が急激に進むことも、米中冷戦を短期決戦に導いてしまうリスクだ。米中冷戦では市場シェアが過度に高く、社会への影響力が大き過ぎる企業の誕生は安全保障上の脅威になる。
だからこそ、一般市場での競争ルールを定期的に高度なルールに作り替え続け、企業がルールに準拠するために様々な投資をして成長に時間がかかり、簡単には市場シェアが高まらないように競争を管理することが有効だ。ルールの高度化を断続的に行い続け、定期的に寡占リスクを低減していくことは、冷戦長期化の手段になるのだ。高度化は企業に対して社会課題の解決を担わせる責任範囲を拡大してくことが望ましい。
2050年までにCO2の排出をゼロにする国際ルール形成の議論では、企業への負担を強いるとして後ろ向きな反応が目立つ。だが、各社が再生可能エネルギーを増やすことは新たな発電設備の設置に時間を費やさせ、増加した電力コストが販売価格を引き上げないように企業改革を行わせるため、成長速度を遅らせる手段となる。CO2だけでなく深刻化する地下水の減少を食い止めるために、企業が使用する水の消費量を削減させる新たなルールを作ることも、対応すべきルールが増えるという意味で、冷戦の長期化に寄与する。強制労働問題の改善も同様だ。不当な労働によって低コストで生産し、常軌を逸した低価格で市場シェア拡大を許せば、その企業が力の均衡を急激に崩すリスクになる。
このように、様々な社会課題の解決を企業に担わせる高度なルール形成を行い続けることは、負担が重くなるという捉え方ではなく、平和を維持する冷戦長期化への貢献であると、企業は攻めの姿勢で捉えるべきだ。日本企業の経営陣には、自らに負担を課す高度な社会課題解決のルールを考案し、ルール形成を牽引しながら会社を改革していく志が必要だ。中小企業においては、そうした志を持つ大企業の陣営で取引量を増やすことが貢献に繋がる。冷戦の長期化という大戦略は、政府だけでなく民間企業が経済安全保障に高い関心を持ち、自社の立場で出来る貢献は何かを考え続けることが必要だ。
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