EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
Sales DX総点検 ~いまこそ、顧客接点を再構築する~ 第1回:Sales DX総点検--顧客接点改革の現在地とこれから
本連載では、EYストラテジー・アンド・コンサルティングにおいてビジネス戦略の策定から顧客接点の改革までを総合的に支援するコンサルタントが、トレンドや最新の事例に触れながらニューノーマル時代における顧客接点の在り方について解説します。
テクノロジーの進化や新型コロナウイルス感染症の流行で世界中のビジネスが大きく変わる中、経営者は一貫して売り上げの向上とシェアの拡大を重要な経営課題としてきました。しかし、営業職などのフロントオフィスは今後20年間で120万人減少するというデータもあります。
第1回は、こうした相反するともいえる状況において、ニューノーマル時代の営業はどうあるべきなのかについて、市場でのトレンドを概観するとともに顧客接点改革の現在と今後について解説します。
2020年1月に日本で新型コロナウイルス感染症が確認されてから2年の月日が流れ、各業界/企業はその余波を受けています。先頃発表された「企業短期経済観測調査(日銀短観)」における企業種別業況判断指数を見ると、2021年3月時点で製造業は2019年12月時点に戻りつつある一方、非製造業ではマイナス20ポイントという状況で大きく落ち込んだままだといえます(図1)。
図1:製造業/非製造業における業況判断指数の推移
しかし、経営者が自社の課題として掲げている「売り上げの向上・シェアの拡大」は、コロナ禍の影響を受けて発生したのではありません。日本能率協会が毎年調査している企業の経営課題に関する調査において直近の10年間を見ると、例えば2012年度の調査では課題の第1位が売り上げの向上・シェアの拡大であり、2021年度の調査でも第3位に挙がっています。
もう一つ、驚くべき数字があります。総務省が公表している「労働力調査年報 職業別就業者および雇用者数」によると、販売従事者の数は2000年の968万人をピークに、約20年間で120万人減少しているといいます(図2)。
図2:販売従事者数の推移〔出典:労働力調査年報 職業別就業者及び雇用者数(販売従事者)〕
経営者は売り上げの向上とシェアの拡大を重要な課題としている一方、実際には合理化を進めているのです。しかし、この課題は経営者にとって解決する気がない見せかけのお題目かというと、必ずしもそうではないようです。ここ数年調査されている営業/マーケティング領域の課題上位10項目において、2021年に初めて「ITを活用した効率的・効果的な営業活動」が第3位に入りました。
コロナ禍においてハイブリッドワークが一定のレベルでの評価を得て、顧客企業の価値観も大きく変わり始めています。従来対面での営業が当たり前だった業界でさえも、オンラインでの商談などが受け入れられるようになりました。むしろ、訪問しても顧客はオフィスにいないというケースが一般化してきました。
顧客の価値観の変化や行動変容に伴い、当然「営業」という機能・組織・役割の在り方を大きく変えていくことが求められます。
顧客とつながり、売り上げの向上やシェアの拡大を少ない人数で実現するには、やはりテクノロジーの活用が必須です。かつて「業務変革の8つの打ち手」として「標準化」「平準化」「統合・同期化」「リソースの再配置」「権限委譲」「外注化」「削減・廃止」、そして「IT/デジタル化」が紹介されましたが、「削減・廃止」「IT/デジタル化」以外は業務効率化や生産性向上の完全な実現が難しいことをわれわれは経験してきました。
それ以外の6つの方法でも業務改善はされますが、数年経てば効率化されたはずの業務が再び複雑化し、派生する業務が加わり、非効率な状態に戻ってしまいます。そうならないためには、業務そのものを削減・廃止したり、デジタル化したりすることで、人手が根本的にかからない打開策を打たなければなりません。
突き詰めると、業務の削減・廃止は、製品・サービスのポートフォリオの見直し、統廃合によって実現するわけですが、これにはかなりの時間と労力を要します。一方でデジタル化には、ベストプラクティスをデジタル化することで生産性を向上させる方法があります。
従来は、インタビューや営業同行など極めて定性的・恣意的な方法でベストプラクティスを抽出してデジタル化してきましたが、この方法では真の意味で標準の定義ができず、ベストプラクティスの再現が難しかったのが実情です。しかし現在は、営業支援(SFA)/顧客関係管理(CRM)ツール、活動のデータ(Work Log)を活用することで、ベストプラクティスを定量的に可視化し、再現することが可能となりました。
一つ留意すべきポイントは、この定量データは外部から購入することが難しく、社内で発生するデータをストックすることでのみ実現するということです。Sales DXを成功裏に進めるには、いち早くデータを集め、分析し、活用することが成功への近道であり、「待ったなし」の状況にあると言っていいでしょう。
第1章では、Sales DXは「待ったなし」とお伝えしてきました。既に先行する企業では、Sales DXの代表格とも言うべきCRMやSFAの導入を進めてきました。
しかしながら、先駆的な企業の取り組みは、必ずしも十分に効果を上げているとは言えないようです。SFAやCRMを導入している企業を対象としたアンケートの結果では、「うまく利用できていない」と回答した企業が56%に上りました(図3)。営業支援ツールの導入によって営業活動が強化されたと回答している企業は14%にとどまり、「強化されたが、多くの課題が残っている」「あまり強化されておらず、課題解決に至らなかった」などの回答が多くを占めました。
別の統計では、SFAやCRMを導入して入力/報告項目が増えたことで、勤務時間が1~2時間伸びたと回答している人も一定数いるといいます。読者の皆さんの中にも同じような経験をした方がいるのではないでしょうか。
図3:SFA/CRM利用の現在地
DXを提唱したと言われているErik Stolterman教授の論文「Information Technology and the Good Life」では、DXとは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ものであると記されていますが、残念ながら日本におけるSales DXはそのようになっていないようです。その理由は、ペルソナの設計を誤っているために起きる事象だとわれわれは考えています。
多くの場合、CRMやSFAでは管理者のためのツールとして要件を設定しています。その場合、管理者や管理部門にとって欲しい情報を報告する項目設計となりますが、その多くは重複していたり現場の担当者にとっては恩恵がなかったりします。
こうした状況下では、現場の担当者が正確かつタイムリーに入力することは難しく、情報鮮度は極めて悪いものとなります。われわれはこのデータを「汚データ」と表現します。汚データは情報の不完全性から利用されなくなり、その結果システムそのものが無用の長物となってしまいます。これが、Sales DXが成功しない典型的なパターンです。
もう一つ、これからのSales DXに必要な考え方があります。それは「顧客を中心としたプロセスデザイン」です。多くの企業では、マーケティング部門、インサイドセールスを含む営業部門、カスタマーサポートやカスタマーサクセス部門など、さまざまな部門が顧客と対峙(たいじ)しています。
営業部門は商談機会をつかむために、自らの顧客を訪問し、膨大な時間とコストをかけて情報を収集します。しかし多くの場合、マーケティング部門が有するリード(見込み客)のログ情報やカスタマーサポート部門で蓄積されている顧客対応ログなど、さまざまな部門/システムに顧客のニーズや商談機会のネタが落ちているのです。
しかし個別最適化されているため、そうしたカスタマージャーニーのデータは適切な部門に共有されることなく、不要なデータとして埋没してしまいます(図4)。ここでお伝えしたいポイントは、「営業」という概念の拡張です。
図4:顧客情報の断絶
多くの企業は、モノ売りからコト売りへと移行しようとしています。例えば製造業ではIoTのセンサーを埋め込んで稼働状況を可視化し、メンテナンスやタイミングを最適化することで、顧客満足度の向上に取り組んでいます。また、サポートを行う代理店と情報共有して代理店が提供するサービスを向上させることで、顧客にアップセル/クロスセル(より上位の製品や関連する商品を勧めること)の機会を提供する動きも見られます。
つまり営業という行為は、マーケティングやカスタマーサポート、カスタマーサクセスなどの顧客に対峙する全てのファンクションが担う時代になったといえます。既にSales DXの世界では、従来の「営業」という概念を超えて「顧客接点(顧客とのつながり)」をいかに強化するかという視点で、業務やシステムの設計だけでなく、人材要件や組織の設計が行われているのです。
第1回を締めくくるに当たり、今後の道のりとなるポイントを整理すると、ユーザー体験(UX)という単語に収束されるとわれわれは考えています。UXと言うと、多くの方はCX(顧客体験)に近いものをイメージすると思います。しかしわれわれが定義するUXは、従業員体験(EX)を含み、双方が交わる領域に真のUXが実現します。
先述したようにSales DXの本質は「顧客との接点をいかに高度化していくのか」ということにほかなりません。Erik Stolterman教授の定義を再び引用するのであれば、DXとは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ものであり、そこにはCXだけでなくEXも含まれていなければなりません。Sales DXに必要なのは、組織や機能などを超えて顧客の体験を向上させながら、従業員への体験価値も充実させることだと考えています。
第1回では、Sales DXの現在地と今後について解説しました。次回以降については、「マーケティング×Sales DX」「データドリブン×Sales DX」「カスタマーサポート×Sales DX」「カスタマーサクセス×Sales DX」を大きなテーマとして、当社のエキスパートが各回を担当します。