Sales DX総点検 ~いまこそ、顧客接点を再構築する~ 第6回(最終回):Sales DX総点検--顧客中心型のビジネスデザイン

寄稿記事

掲載誌:2022年12月26日、ZDNET Japan
執筆者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナー 千葉 友範
ゲスト編集者 千葉 友範

EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 カスタマーエクスペリエンス・トランスフォーメーション パートナー

ビジネスオーケストレーションを念頭に、新しいスタイルのコンサルティング実現を目指す。座右の銘は「Mutual Respect(相互尊重)」。

「Sales DX総点検」と称して5回にわたり続けてきた本連載も今回が最終回となります。本稿では、これまでの回を振り返りながら、顧客中心型の接点は今後どうあるべきなのかを改めて整理していきます。

1. いま、なぜ顧客接点をDXするのか

第1回でも述べたように、販売従事者は約20年間で約120万人も減少しました。また、日本労働調査組合の調査によれば、「あなたは退職を考えている、もしくは考えたことはありますか」という質問に対して、「はい」が8割を超えました。

さらにGartnerによれば、顧客がサービスや製品の購入を検討している時、営業からの情報収集には、調査時間のうち17%しか費やしていないと分かりました。つまり、営業が顧客の購入意思決定に影響を与えられる機会は、極めて限定的になってしまったのです。

顧客は既に、さまざまなデジタルチャネルを通じて、質の高い情報を独自に入手できるようになってしまったため、営業という顧客接点の存在や役割を大きく見直すべきタイミングであるといえます。

2. 顧客接点DX1.0から2.0へ~生産性の向上を追求する

(1) デジタルマーケティングによる生産性の向上(顧客接点DX1.0)

従来、重要な顧客接点を担ってきた「営業」という機能に変わり、近年ではB2B(法人向けビジネス)でもマーケティングという顧客接点が強化されるようになってきました。

第2回で触れたように、アカウントベースドマーケティング(ABM)など、デジタルテクノロジーを活用し、効率的に潜在的な顧客とつながり、関係性を深め、インサイドセールスなどを経由して、リードが営業に引き渡され、商談がスタートします。

既述のように、営業が顧客の意思決定に与えるインパクトは限定的となる一方、マーケティングが担う範囲は従来と比較すると格段に広がり、重要性が高まりました(図1)。

図1:購買行動の変化

図1:購買行動の変化

一方で、MQL(マーケティング施策を通じて創出された案件確度の高い見込客)の98%が受注・購入(クロージング)に貢献していないという調査結果もあり、マーケティングの重要性が高まっているにもかかわらず、その実態は必ずしも十分に機能していないとうかがい知れます。

第2回でも触れてきたように、MQLの貢献度を上げるには、スコアリングの見直しや適切にテクノロジーを利用することも重要ですが、その前に営業のストーリーを多少逸脱しても「潜在顧客の反応の良さ」でコンテンツやクリエイティブを露出するようなことをやめ、商談のストーリーに沿ったリードを創出しなければ、営業効率の高い(真に営業を支援する)マーケティングにはならないと説明してきました。

(2) ワークログを活用した営業の生産性向上(顧客接点DX2.0)

MQL生成後、営業が商談可能と認識して(SQL : 営業担当が資質ありと判断した見込顧客)以降は、パイプラインマネジメントの高度化(期間短縮×受注率向上=生産性の向上)が営業の課題となります。

第3回で触れてきたように、営業の生産性を上げるには、営業活動のマネジメントに必要な重要目標達成指標(KGI)や重要業績評価指標(KPI)を設計することが重要となりますが、目標数値に対して先行評価指標(目標実現までの重要なプロセス指標)を定め、オンボーディングするように各指標をモニタリングすることが重要となります。

近年では、データドリブンマネジメントなどのような表現で、商談の活動量を定量的に把握することの重要性が語られるようになってきました。受注件数を増やしていくには、SQL数×受注率という単純な計算式ですが、実際に想定された結果を意図的に獲得するには、「パイプライン創出額・件数/月」「有効商談数・期間」「危険滞留日の商談数」など、サクセスジャーニー(受注獲得のベストプラクティスの行動をモデル化した一連の流れ)を基に設計された先行指標をリアルタイムに可視化することが求められます。

このような先行指標はただ可視化されているのではなく、指標からかけ離れた場合にマネジャーが原因把握と改善策を再現性がある形でチームとコミュニケーションできるというところにポイントがあります。

言い換えれば、マネジメントの「型」が作られているのが、指標によるマネジメント(図2)の特徴であると言ってもいいでしょう。つまり、マネジメントを効率化することで、商談サイクルを加速させ、受注率を上げるというのが顧客接点DX2.0の本質でした。

図2:ダッシュボード(指標)によるマネジメント例

図2:ダッシュボード(指標)によるマネジメント例

しかし、これにはいくつかの課題があります。中でも重要なポイントは、この指標のインプットは、営業担当者本人が行うものであり、なかなか情報が更新されないという点です。

営業担当者にとってみれば、顧客関係管理(CRM)や営業支援(SFA)が導入されていることで、業務負荷が上がるばかりで受注を加速させるには至っていない、むしろ顧客に使う時間を奪われていると感じているのが実情でしょう。このような状況下では、商談情報が正しく鮮度良く蓄積されることが難しいため、結果としてCRMやSFAの導入は成功裏に定着しないことが多いようです。

近年では、商談情報(日報など)の入力情報は、最小限にとどめ、むしろ入力させない方法を模索する動きが出てきています。そこで利用されるのがワークログという行動データのログです。

図3で示すように、商談情報として管理されているのは、商談をした結果が記載・登録されたものであり、その統計情報として可視化されるのはあくまで結果の情報です。一方、ワークログは、結果をもたらす要因分析を可能とする現場での営業活動のログ(先行指標)であるため、この活動量を自動的に取得・蓄積することで、行動の癖や偏り、成功要因を可視化します。

図3:ダッシュボード(指標)によるマネジメント例

図3:ダッシュボード(指標)によるマネジメント例

ワークログは先行指標であるため、結果指標としての受注件数や金額などと組み合わせて、分析/予測モデルを組み立てることが重要となります。

また、行動特性や特徴点などを定量的に可視化することは、ハイパフォーマー育成のメカニズムを解き明かすことにもつながります。従来、資格やスキルなど属性や実績データなどを利用してハイパフォーマーの分析を行ってきましたが、顧客接点DX2.0の時代では、ワークログのデータを加えることで精度と速度が飛躍的に向上する点が注目されています(図4)。

図4:データ駆動型セールスイネーブルメント戦略

図4:データ駆動型セールスイネーブルメント戦略

3. 顧客接点DX3.0の世界はどうなる?

(1) 顧客の体験を持続的デザインし、ロイヤルティーを向上させる

顧客接点1.0や2.0では、主に営業の生産性向上に向けて、デジタルの活用が検討されてきたということを振り返りました。顧客接点DX3.0と言われる現在においては、どのようなことが議論の中心となったのか、第4回第5回を振り返ってみましょう。

第4回はカスタマーサポート、第5回はカスタマーサクセスについて解説をしてきました。カスタマーサポートとカスタマーサクセスはよく似た表現ではありますが、われわれはカスタマーサクセスが上位概念でカスタマーサポートは上位概念を実現するための手段の一つだと位置付けています。もしくは、カスタマーサクセスが顧客接点DXとほぼ同義として位置付けています。

カスタマーサクセスは、文字通り自社の製品やサービスを利用してもらうことで顧客のビジネスが成功してもらうことを指しています。カスタマーサクセスは目的(成功)の定義から始まり、成功に導くための支援チームとしてカスタマーサポートや定着支援コンサルチームが存在します。つまり、顧客接点DX3.0は顧客の実現すべき成功への体験を設計し、その実現に向けたアクションの実行を主な目的としているため、顧客ロイヤリティーの向上が議論の中心となってきています。

カスタマーサクセスは、第5回でも解説したように、顧客体験の設計にはカスタマージャーニーをしっかりと描くことで、顧客が想定した進ちょくで成功に近づいているのか、そうでないならば、どこで離脱しそうなのかについて予兆を定量的に可視化し、支援チームだけでなく、カスタマーサポートや営業、マーケティングのチームとも共有しながら、成功の実現を支援することが重要となります。

(2) 顧客接点はダブルファネルからヴィークルの世界へ

冒頭でも述べたように顧客の行動様式が変化したことによって、営業という機能の役割や期待も変わってきました。顧客接点DXはそうした背景の中で今、まさに求められる変革なのです。

日系企業の多くは、「お得意さま」という言葉に象徴されるように、新規開拓よりも継続的にお付き合いをしながら、その中で新しい仕事(製品やサービスの提供機会)を得るのが一般的であると思います。つまり、顧客の維持・拡大(アップセル/クロスセル)が重要なビジネスモデルであると考えてもいいでしょう。

最近、多くの顧客と会話をする際に、われわれはファネルという考え方を捨てるように勧めています。従来のパーチェスファネルに加え、最近は、サブスクリプションやリカーリング型のビジネスモデルが注目を集め、インフルエンスファネルという下の部分が追加され、ダブルファネルという形で表現されるようになりました。

しかし、このファネルの問題は、「認知」以降一貫して、潜在顧客が目減りしていくところにあります。元来、新規開拓が苦手な日系企業にとって、ファネルからあふれた顧客を捨ててしまうのはもったいないですし、絞られた数少ない顧客からアップセル/クロスセルするだけでは、ビジネスの拡張性とその速度が鈍いと感じています。

EYでは、顧客中心型の組織設計やプロセスデザインを原則とし、顧客接点DX3.0を前提とした場合、図5右のヴィークル型のモデルを採用し、顧客データベースの設計やシステムの構成を設計します。もちろん組織設計を抜本的に見直し、マーケティングとサポートのチームを一つの組織に統合するようなカスタマーサクセスの組織を設計するなど、大胆な改革をすることもあります。

図5:顧客接点の考え方

図5:顧客接点の考え方

4. 結びにかえて

「Sales DX総点検」と称し、一貫してお伝えをしたかったポイントは、「Sales」という機能・役割はマーケティング、営業、フィールドサービス、カスタマーサポート/カスタマーサクセスなど顧客接点の全てに広がり始めているという点です。

既に「営業」という単一的な機能にフォーカスをした改革ではなく、顧客の体験をいかに向上させるのか、そのためにどのような接点をデザインするのかが今求められるDXであるとご理解いただければと思います。

本連載が読者のSales DXへの取り組みの一助となれば幸いです。