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IASBリサーチ・プロジェクトの動向

2016年6月29日 PDF
カテゴリー IFRS実務講座

情報センサー2016年7月号 IFRS実務講座

IFRSデスク 公認会計士 柏岡佳樹

当法人入所後、大阪事務所にて主として製造業、サービス業などの会計監査およびJ-SOX導入支援業務に携わる。2014年よりIFRSデスクに所属し、製造業などのIFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。主な著書(共著)に『IFRS 国際会計の実務 International GAAP』(レクシスネクシス・ジャパン)、『完全比較 国際会計基準と日本基準』(清文社)がある。

Ⅰ はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は2014年から16年初めにかけて、金融商品や収益認識、リースといった主要なプロジェクトを完了させ、それぞれIFRS第9号「金融商品」、IFRS第15号「顧客との契約による収益」、IFRS第16号「リース」として公表しました。保険契約や概念フレームワークといったプロジェクトはいまだ進行中であるものの、これにより、主要な基準の開発は一段落したともいえます。そこで、本稿では、IASBによるリサーチ・プロジェクトの概要を説明し、IASBが今後予定している基準開発の動向について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。

Ⅱ リサーチ・プロジェクトとは

IASBによる基準開発は所定のデュー・プロセスに従って行われますが、リサーチ・プロジェクトはこの基準開発プロセスの一つに位置付けられています。IASBは3年に一度、IASBの今後の作業計画について公開協議を行うアジェンダ協議を実施しており、これに対して利害関係者から寄せられたコメントや、新しい基準の公表後に行われる適用後レビューの結果などから、将来の基準開発の候補として識別されたものがリサーチ・プロジェクトとして取り上げられます。
リサーチ・プロジェクトの目的は、一般的な財務報告目的のために基準を改善する可能性のある分野を調査することにあり、プロジェクトの進展の状況により、以下の二つのステージに区分されます。

1. 評価ステージ

評価ステージにおいては、財務報告における問題点が存在するかどうかを理解するために、基準の実務における適用上の問題点を識別、評価し、追加の作業が必要かどうかを判断します。プロジェクトによっては、各国の会計基準設定主体と協働して調査が行われることもあります。追加の作業が必要な場合には開発ステージに進み、追加の作業が不要と判断された場合には、当該プロジェクトは「活動していないプロジェクト」に分類されて検討が中断されるか、又はプロジェクトから削除されます。

2. 開発ステージ

評価活動が完了し、さらなる作業が必要と判断されたプロジェクトについて、開発ステージでは、財務報告における問題点への解決策を識別できるかどうか、及び、どのような方法でその解決策を提示するかを検討します。多くの場合、開発ステージでは、その成果物としてディスカッション・ペーパーを作成、公表し、基準の開発を行うかどうかについて、企業などの財務諸表作成者、投資家などの財務諸表利用者、及び監査人や各国の会計基準設定主体などからコメントを求めます。これらのコメントも踏まえ、実際に基準を開発するかどうかが決定されます。

Ⅲ 現在のリサーチ・プロジェクトの概要

IASBはウェブサイトにて現在の基準開発状況であるワークプランを公表しています。<表1>は16年5月20日現在でのリサーチ・プロジェクトの概要を示しています。現在、評価ステージにおいて八つ、開発ステージにおいて五つのプロジェクトが取り上げられていますが、本稿ではこのうち「のれんと減損」及び「共通支配下の企業結合」について解説します。

表1 IASBリサーチ・プロジェクト(16年5月20日現在)

Ⅳ リサーチ・プロジェクト「のれんと減損」

のれんの会計処理は日本基準とIFRSの主要な差異の一つとしてしばしば取り上げられますが、現在IFRSが採用しているのれんの会計処理である、年次の減損テストのみ実施し定期的な償却を行わない減損単独アプローチに関しては、IFRS第3号「企業結合」の適用後レビューにおいても論点の一つとされました。
適用後レビューの過程で受領したコメントなどでは、のれんの当初測定及び事後測定をより目的適合的かつ費用対効果のあるものにするために、減損単独アプローチを支持する意見やのれんの償却規定を再導入すべきとの意見など、さまざまな見解が示されました。それとともに、のれん及び金融資産を除く非流動資産の減損テストを改善する必要性に関しても、意見が提示されました。
これらの意見を受け、15年6月に公表されたIFRS第3号の適用後レビューに対するフィードバックステートメントでは、のれんの事後測定(減損単独アプローチと、償却及び減損アプローチの比較)及び、のれんの減損テストの有効性と複雑性について、重要性の高いプロジェクトとして取り扱われることとなりました。また、15年に行われたアジェンダ協議に対するコメントにおいても、コメント提出者の半数程度がのれんと減損に関するプロジェクトについて、重要性や緊急度の高いプロジェクトであるとの見解を示しています。
直近の議論では、減損テストを平易なものにし、また改善するために考えられる方法(例えば、現行基準で求められているのれんの年次の減損テストに関する免除規定を設ける可能性など)や、現行基準のもとで認識される減損損失の金額は過少であり、また時期も遅くなりがちであるため、結果としてのれんが過大計上されているのではないかという投資者の懸念に対応するために考えられるのれんの減損テストの修正の方向性、及び、のれん及び減損に関する開示規定の改善が取り上げられています。
なお、IASBは、当プロジェクトで検討を予定している「のれん以外の無形資産を、(のれんと区分して認識するのではなく)のれんに含めるかどうか」及び「のれんの事後測定(のれんの償却を再導入するかを含む)」については、米国財務会計基準審議会(FASB)と共同で検討することを予定しています。また、IASBは企業会計基準委員会(ASBJ)及び欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)と協働して、米国、欧州、日本及びオーストラリアの企業を対象に、のれんや無形資産、減損損失の金額及び趨勢(すうせい)に関する分析を行っており、今後、当該分析に基づく議論も予定されています。

Ⅴ リサーチ・プロジェクト「共通支配下の企業結合」

例えば、同一の企業グループに属する子会社同士の買収などといった共通支配下の企業結合に関して、日本基準では「企業結合に関する会計基準」や適用指針において会計処理が詳細に規定されています。一方、IFRSでは共通支配下の企業結合はIFRS第3号の適用範囲から除外されており、共通支配下の企業結合に関する会計処理を規定した基準がありません。このため、実務においては、IFRS第3号で規定されている取得法を類推によって適用し、企業結合によって取得する資産や引き受ける負債を公正価値で測定するケースや、簿価引継ぎ法を適用し、被取得企業の財務諸表における簿価を引き継ぐケースがあり、実務にばらつきが生じる結果となっています。アジェンダ協議に対するコメントにおいても、IFRSに共通支配下の企業結合に関する規定が存在しないことや、実務における会計処理のばらつきへの懸念から、共通支配下の企業結合を重要性や緊急度の高いプロジェクトとする意見が示されています。
このため、当プロジェクトでは、共通支配下の企業結合において、どのような会計処理が最も有用な情報を提供するのかに加え、簿価引継ぎ法(もしくは公正価値)による測定がどのような場合に最も適切になるのかについて検討することを目的とし、プロジェクトの範囲を以下の三つとしています。また、この中でも特に各国の規制当局の関心の高い、IPOを前提としたグループ再編など、第三者が関与する取引を優先して議論を行うとされています。

  • IFRS第3号の適用範囲から現在除外されている共通支配下の企業結合
  • グループ組織再編
  • 「共通支配」の意味を含む、共通支配下の企業結合の記述を明確化する必要性

直近では、共通支配下の企業結合において、実務上どのような会計処理が行われているか、及び利害関係者が財務報告をより有用なものにするためにどのような処理をするべきだと考えているかについてのIASBの調査結果に関する議論が行われています。当該調査においては、共通支配下の企業結合は、特にIPOに関連して多くの国で一般的に行われており、実務においては一般的には簿価引継ぎ法が採用されているものの、一部の国では取得法も適用されていることが示されています。また財務諸表利用者は、取得法と簿価引継ぎ法のどちらが有用な情報をもたらすかについてさまざまな意見を持っているものの、財務諸表利用者以外の利害関係者は、共通支配下の企業結合においては簿価引継ぎ法を原則とすることを支持する傾向があるとされています。

Ⅵ おわりに

このように、リサーチ・プロジェクトとして取り上げられる論点は、IASBが将来の基準開発の必要性について検討を行っている論点であり、中長期的な基準開発の動向を探るに当たっては、リサーチ・プロジェクトにおける議論の動向について注視していくことが有用と考えられます。

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