EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYニューヨーク事務所 トランザクション・アドバイザリー・サービス
米国公認会計士 今西康之
外資系投資銀行、事業会社(経営企画)を経て2015年にErnst & Young LLP(ニューヨーク)に参画。米国企業に対するM&A戦略策定支援・カーブアウト支援、および日系企業による対米M&Aに関する各種アドバイザリー業務に従事。米コーネル大学経営学修士(MBA)。
世界的にM&Aが増える中、各企業の取締役会にはM&A戦略策定、デューデリジェンス実行、M&A承認プロセスの確立、統合プロセスの管理など、M&Aについてより包括的に理解を深めることが求められています。こうした視点が欠落していると、取引額だけに着目してしまいがちですが、重大なリスクを見落としていないか留意しなければなりません。
Bloombergの調査によると、2015年M&A総額は5.58兆米ドルとなり、14年M&A総額を1兆米ドル以上、上回りました。これは、過去最高額を記録した07年M&A総額4.87兆米ドルを上回るものであり、今後も増加が予想されています。
16年4月に発行されたEYグローバル・キャピタル・コンフィデンス調査は、45カ国1,700名以上の経営陣に対して実施した、アンケート結果に基づくM&A環境調査です。当調査によると、50%の企業が今後12カ月以内に買収の実施を予定しており、74%がクロスボーダー買収を検討していると回答しています。また、55%の企業が現在3件以上の買収案件がパイプラインにあると回答しています。買収ターゲットの49%は2.5億米ドル以下の小規模案件である一方、50%の案件は買収ターゲットが2.5億~ 50億米ドル規模で、15年10月時点の前回調査より規模が大きくなっています(<図1>参照)。
M&A市場は成熟してきているものの、今後も堅調な伸びが予想されており、過去2年間におけるバリュエーションの高騰は落ち着きを取り戻しています。国内総生産(GDP)が低成長を続ける中、資本市場/アクティビスト(いわゆる物言う株主)の期待に応じる手段としてM&Aを通じた成長が求められています。今後もM&Aが増加し、従来のセクターや国を超えた案件が増加することが予想される中、取締役会がM&A案件で果たす役割の重要性が高まっています。
M&A案件を検討する際、多くの経営陣は市場リスク、財務リスク、オペレーショナルリスクなど狭義のリスク評価にとらわれ、案件が全社に及ぼす影響や重要な前提条件を見落とす事態が起きかねません。取締役会には、案件に関与しているメンバーが客観的で公正な案件評価を行うよう指導する役割を果たすことが期待されます。
M&A案件における取締役会の役割は多岐にわたり、M&A戦略選定、リスク評価、デューデリジェンス(定性的な視点を含む)、案件承認、買収後の統合など、各プロセスにおける関与が求められます。
業種の壁を越えたM&Aにおいては非財務面のデューデリジェンスが重要になりますが、この場合、調査の目的設定や発見事項の評価が難しくなります。非財務面のデューデリジェンスは従来の資料依頼や質疑応答では十分な情報を得ることが難しく、時間的制約を受けるM&A案件においては対応が不十分になりがちな領域です。非財務データの実態把握が不完全なまま案件を実行すると、例えばサイバーリスクをはじめとするさまざまな統合リスクに直面する危険性が高まります。
買い手企業と売り手企業の統合リスクは、非財務面のデューデリジェンスで検討すべき事項のうち、最も重要な項目の一つです。複数の企業が合併・統合する際、企業文化や企業理念の融合が大きな課題となりますが、企業文化や企業理念は社員のワークスタイル、労働時間、求められている仕事の内容など、業務遂行に関わる多くの活動に影響を及ぼします。これらの人事面におけるインパクトはデューデリジェンスの際に調査・評価されるべきであり、これらの評価が不十分であったため、統合が失敗に終わる案件が多く見られます。このような傾向は異業種間のM&Aにおいてより顕著に見られ、特に買収ターゲットの業界において事業運営の経験が無い場合、非財務リスクを事前に想定することがより困難になります。
取締役会による非財務面のデューデリジェンスへの関与は、M&Aの戦略的意義と企業の成長戦略を確認する上で重要になります。各種ステークホルダーに対するM&A案件の説明、ターゲット企業社員のモチベーション維持、高い専門性を持った社員の動機付けなど、統合を推進する経営チームの組成および経営チームのシナジー効果が、これらの課題に取り組む上で最も重要になります。
取締役会はM&Aの各段階において、プロセスを正しい方向に導く役割を果たすことが期待されます。
経営陣はM&A案件の分析に没頭するあまり、既存の枠組みに当てはまらないリスクや全社に及ぼす影響を見落とすことがあり、こういった状況において取締役会の関与はとても重要になります。限られた時間の中で膨大な情報を分析しなくてはならないデューデリジェンスにおいては、取締役会が従来の分析対象としていない事項・領域を指摘することが有効です。すなわち、経営陣が着目している分析対象や課題とは異なる視点を提供することにより、全社的な視点に基づき、経営陣が見落としていた機会やリスクを明らかにすることが取締役会の役割として期待されます。