EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
年金数理室 年金数理人 藤井康行
年金数理人 杉田 智
会計監理部 公認会計士 武澤玲子
藤井康行
年金数理人、公益社団法人日本アクチュアリー会 正会員。大手信託銀行から、2012年に当法人へ入所。年金数理関連の職務に従事。日本年金数理人会 理事、国際委員長、元紀律委員長、元退職給付会計基準委員長。公益社団法人日本アクチュアリー会 元退職給付会計基準部会長。国際アクチュアリー会 年金委員長、元IAS19タスクフォース委員長。
杉田 智
年金数理人、公益社団法人日本アクチュアリー会 正会員。国内シンクタンクの年金コンサルティング部門から、2013年に当法人へ入所。年金数理関連の職務に従事。日本年金数理人会退職給付会計基準委員会 委員。公益社団法人日本アクチュアリー会退職給付会計基準部会 委員。
武澤玲子
品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事。主な著書(共著)に『会計処理アドバンストQ&A』『連結子会社の決算マニュアル』(いずれも中央経済社)などがある。
企業年金の新しい設計に関する政省令案が、厚生労働省から平成28年5月27日に公表され、意見の募集が開始されました。これは、昨年閣議決定された『「日本再興戦略」改訂2015』に基づき、社会保障審議会の企業年金部会で、柔軟で弾力的な給付設計の導入と拠出の弾力化を目指して検討されてきたもので、「リスク分担型企業年金」と呼ばれています。これを受けて、企業会計基準委員会(ASBJ)は、平成28年6月2日に実務対応報告公開草案第47号「リスク分担型企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い(案)」(以下、実務対応報告案)等を公表しました。
以下では、これらの概要を解説します。なお、本稿は案に基づくため、最終化された際にその内容をご確認ください。また、文中意見に係る部分は筆者の私見である旨、あらかじめ申し添えます。
リスク分担型企業年金は、厚生労働省の公表案で、「事業主がリスク対応掛金の拠出を行う仕組みを活用し、これを事業主によるリスク負担部分と定めておく仕組み(リスク分担型企業年金)が考えられる。これにより将来発生するリスクを労使でどのように分担するかを、あらかじめ労使合意により定めておく仕組みも設計可能となる。」と説明されています。リスク対応掛金は、財政が悪化するリスクの評価額(財政悪化リスク相当額)を計算し、その水準を踏まえて掛金を拠出できるようにするもので、導入時に定めた掛金を、その後、新たな労使合意をしない限り変更しない取り扱いも可能とされています。将来発生するリスクを労使で分担する方法はさまざまあり得るものと考えられますが、仮にその最も極端な形として掛金を変更せず、制限なしに給付額で調整することとした場合には、実現したリスクは全て、給付額に反映されることになります。
この仕組みは、内容が複雑で難解なこと、加入者等に対する影響の見極めが困難なことや、リスクを労使で分担する方法を慎重に検討する必要があることから、普及するかどうかを懸念する声も聞かれます。また、これは外国の例に刺激されて検討が行われていると思われますが、例えば英国では、Defined Ambitionと呼ばれる枠組みが検討されたものの成立には至っておらず、オランダではCollective Defined Contributionと呼ばれる枠組みが導入されましたが、あまり普及しないまま後退していることなどの報告があります。
公表案では、これまで用いられてきた標準掛金と特別掛金に加え、新たに「リスク対応掛金」を用いることが示されています(<図1>参照)。リスク対応掛金は、労使で合意した掛金を5年から20年の範囲で拠出するものです。
リスク対応掛金は、20年程度に一度発生する可能性のある損失に耐え得るものとして算出された財政悪化リスク相当額の水準を踏まえて、決定するとされています。財政悪化リスク相当額の具体的な算出方法としては、所定の方法で算定する「標準方式」と、その年金の実情に合わせて算定する「特別方式」が提案されています。標準方式では、価格変動リスクと予定利率低下リスクを見込むこととされ、特別方式ではこれらに加え、予定利率以外の基礎率(予定死亡率、予定脱退率等)が実績と乖離(かいり)するリスクを考慮するよう努めることとされています。ただし、具体的な取り扱いは示されていません。
給付額の調整を行うに当たっては、調整率を用いることが示されています。調整率の内容としては、財政悪化リスク相当額を超えて剰余が生じている場合は、財政悪化リスク相当額を残しておき、それを超える剰余を年金額の増加に充て、不足が生じている場合は、不足を全て解消するような計算式が示されています。
確定給付企業年金では、全ての支払いが完了する前に制度を終了する場合に、積立金が最低積立基準額を下回るときは、事業主はその下回る額を掛金として一括して拠出しなければならないとされています。政省令案には、リスク分担型企業年金の制度終了時の取扱いに関する記載はありませんから、この一般のルールに従うものと考えられますが、最低積立基準額の算定について、積立金を最低積立基準額で除して得た率を計算の基礎とすることが示されています。これだけでは不明瞭ですが、制度終了時の一括拠出を不要とできることを意味しているのではないかと思われます。
リスク分担型企業年金は、運用の結果が加入者等の給付額に反映される可能性があることから、加入者の代表が参画する委員会を設置することが基本とされ、その委員会は、業務執行を行う理事会又は事業主に対して提言等を行うこととされています。また、資産運用が加入者の意向に沿った形で行われるよう、運用基本方針や政策的資産構成割合の策定が必須とされ、委員会に参画する加入者の代表が、その方針通りに運用されていることを、確認できるようすることとされています。受給者については、これまで加入者に対して行われていた年1回以上の業務概況についての周知を受給者に拡大し、さらに「年金額の改定を見通すうえで有用な情報」を周知することとされています。
確定給付企業年金では、意思決定は基金又は企業が行いますが、このことを変更する記載はありません。そのため、提案されているような委員会の提言等の効力は限定的であると考えられることや、受給者はリスクを負担するにもかかわらず、運用の提言等に関与する道が加入者より劣ることに、注意するべきと考えられます。
リスク分担型企業年金では、予想外の大きな運用リスクが実現することや、運用リスク以外のリスクが実現することも十分想定されます。運用リスク以外のリスクとしては、例えば、予定利率等の基礎率の変動リスク、事業再編による加入者の増減等、多様なものが考えられます。これらは本来、リスクと呼ぶべきかどうか疑問があるようにも思われます。予定利率等の基礎率は基金又は企業の意思決定を伴って設定されるものであり、また事業再編等は企業の意思によるものです。このため、新たな労使協議がない限り、これら全てが給付額に反映するような極端な取り決めについては、慎重な検討が求められるように思われます。実際には、あらかじめ労使でこのような場合の対応策を検討しておくべきだと思われます。例えば、一定の場合には、給付額への反映を抑えるようリスクを労使で分担する方法を年金規約に定めることや、労使で覚書を締結すること、社内規程等に記載しておくことなどが考えられます。しかし、あらゆるリスクについてあらかじめ検討することは現実的ではないことから、会社に対する運用リスクの影響を緩和することに着目した方策として、理解しやすい仕組みであるキャッシュ・バランス・プランや確定拠出年金の組み合わせ、あるいは積立金を持たない退職金とすることの検討も、十分に意味のあることと思われます。
ASBJから公表された実務対応報告案は、リスク分担型企業年金の分類及び会計処理、移行に関する取扱い、及び開示から構成されています。
実務対応報告案では、リスク分担型企業年金を企業の掛金の拠出に関する実質的な義務に応じて分類し、その分類に従って会計処理を記載しています(<表1>参照)。
<表1>の二つの分類について、どのようなケースがどちらに該当するのか、その判断基準は示されていません。年金規約、社内規程、労使の覚書など、さまざまな形態のものが関係し得ることに注意する必要があるように思われます。
従来、確定給付制度に分類される退職給付制度を採用しており、確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金に移行する場合、退職給付制度の終了に該当するとされています。具体的には、移行時点で移行部分に係る退職給付債務と年金資産の差額、移行部分に係る未認識過去勤務費用及び未認識数理計算上の差異を損益として認識するとともに、移行時点で規約に定める各期の掛金に特別掛金相当額が含まれる場合、当該特別掛金相当額の総額を未払金等として計上することとされています(<図2>参照)。移行に伴う損益は、原則として純額で、特別損益として表示することとされています。
確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金について、次の事項を注記することが提案されています。
①企業の採用するリスク分担型企業年金の概要
②リスク分担型企業年金に係る退職給付費用の額
③翌期以降に拠出することが要求されるリスク対応掛金相当額及び当該リスク対応掛金相当額の拠出に関する残存年数
政省令案のコメント募集期間は平成28年6月26日まで、実務対応報告案等のコメント募集期間は平成28年8月2日までとされています。コメント募集期間の後、寄せられたコメントも受け、平成28年度中の導入へ向けて審議が進められることになると考えられます。