EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY税理士法人 ビジネスタックスアドバイザリー 吉本 工
EY税理士法人に所属し、銀行、生命保険会社を含む本邦金融機関に対するCRS、FATCA、マイナンバー制度などの各種税務関連規制対応および業務改善アドバイザリーに従事。EY税理士法人に所属以前は、EYフィナンシャル・サービス・アドバイザリー(株)、大手監査法人などに所属しており、多くのアドバイザリー業務、監査・保証業務提供に関する経験を有する。
近年、富裕層等による海外の金融機関等を利用した金融資産の隠ぺいによる脱税・租税回避行為が国際社会において深刻な問題になっています。
これに対処するため、日本を含む経済協力開発機構(OECD)加盟国では、非居住者の金融口座情報を各国の税務当局間で自動的に交換するための国際基準として、「共通報告基準(CRS:Common ReportingStandard)」を策定しました。
日本では、「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律」(以下、実特法)の改正により、CRSを国内法制化し、2017年1月1日より施行されるに至っています。
以下、その導入の背景・経緯及び概要等について説明します。
08年のスイスの大手金融機関が絡む巨額脱税事件等を受けて、米国では10年に米国人による外国金融機関を利用した脱税・租税回避を阻止する外国口座税務コンプライアンス法(以下、FATCA)が成立しました。
これを契機にOECDでは、多国間及び二国間の自動的情報交換に関する国際基準(CRS)の策定に着手し、14年1月にOECD租税委員会がこれを承認し、同年2月に公表するに至りました。
日本を含め、これに賛同する世界約100の国や地域では国内法整備に着手し、欧州を中心にすでに16年から、本制度が施行されています。
17年1月1日以降、個人または法人顧客は、預金口座の開設を含む所定の取引(以下、特定取引)を金融機関との間で行う際、「税法上の居住地国」等、必要な事項を記載した「(新規)届出書」を、その取引の都度、金融機関に対して提出する必要があります。金融機関では、当該届出の内容等に基づき、顧客の居住地国を特定することになっています。
これは金融機関の窓口等で行う対面取引のみならず、Web/アプリ等の非対面取引においても対象となっています。
一方、16年12月31日以前に金融機関との間で特定取引を行った既存の顧客に関しては、金融機関が保有する顧客データ等の中から税法上の居住地国に関連する情報を洗い出して、顧客の居住地国の特定を行うことになっています。金融機関では、当該情報の洗い出し作業の結果、所定の条件に該当する顧客に対し、別途、当該国の納税者番号等の追加情報の取得、もしくは「(任意)届出書」等の追加の書面の提出を求めなければなりません。
さらに「届出書」を提出した後、海外への転居等により税法上の居住地国が変更となる場合には、金融機関に対し、改めて「(異動)届出書」を提出し、税法上の居住地国が変更になったことを顧客自身が適時に届け出る必要があります。
口座開設の実務対応としては、実特法において「(新規)届出書」を提出しない場合、または「届出書」に虚偽の記載をした場合には、顧客自身が罰則の対象となる可能性があるため、顧客保護の観点から、当該届出書の提出を口座開設の条件とする金融機関が大半のようです。よって、金融機関との間で特定取引を行う顧客は、本制度の趣旨等を十分に理解し、適時・適切に対応を行わなければならないことに留意が必要です。
金融機関では、特定した日本以外に居住地国を有する顧客口座のうち、日本と情報交換協定を締結した国や地域(報告対象国)に該当する口座(以下、報告対象口座)を選別し、法令で定められる報告事項をXMLファイル等の所定のデータ形式に変換した上で、毎暦年末を基準日として、翌年の4月30日までに国税庁に報告することになります。
当該報告においては、毎年末時点で有効な口座に係る残高等ストック情報のほか、利息・配当等のフローの情報を国税庁宛てに提出することになります。加えて、年中に解約された口座等の情報も報告の対象となります。
なお、現在国税庁において、e-Taxを用いて金融機関から報告対象口座の情報を受領できる態勢を整備しており、詳細については、今後国税庁から発表される予定となっています(<表1>参照)。
16年10月に国税庁が公表した「国際戦略トータルプラン」において、CRSは脱税・租税回避防止の切り札となる重要な制度として位置付けられています。国税庁は本制度を通じて海外で保有されている日本居住者の金融口座情報を入手し、適正な課税を実現するために有効活用すると明言しており、本制度に大きな期待を持っているようです。
なお、16年からCRSを導入した早期適用国では、そのけん制効果もあって税収が増えており、すでに一定の効果を上げているようです。
近年日本では、FATCA、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(マイナンバー法)、犯罪収益移転防止法と顧客の確認・申告等を求める法規制が立て続けに導入・改正されていますが、今回のCRSもそれらと同様に、金融機関及びその顧客に大きな負担を強いるものとなっています。
ただし、脱税・租税回避行為を含む金融犯罪は、国際社会において大きな関心事となっており、かつ解決すべき共通の重要課題であるため、その一員であるわが日本においても、遵法意識を高め、対応していくことが肝要となります。