米税制改革の見通しと国境調整のインパクト

米税制改革の見通しと国境調整のインパクト


情報センサー 2017年5月号 JBS


EYニューヨーク事務所
米カリフォルニア州弁護士 米国公認会計士 秦 正彦
アーンスト・アンド・ヤングLLP 税務パートナー。日本企業部タックス・グローバルタックスリーダー。30年近く日系企業の米国事業に国際税務アドバイスを提供。上智大学卒(外国語学部英語学科)。米ウィティアーロースクール卒(JD Cum Laude)。

EYニューヨーク事務所
米国公認会計士 野本 誠
アーンスト・アンド・ヤングLLP 税務パートナー。全米税務本部国際税務部および日本企業部所属。1990年より、米国で事業を展開する多業種の日系多国籍企業にサービスを提供。米ペンシルバニア大学ウォートン校卒(会計学、金融工学専攻)。米南カリフォルニア大学会計大学院 税務専門修士過程修了。


Ⅰ  はじめに

昨年11月の選挙の結果、ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任し、連邦議会上下両院の過半数の議席を共和党が占めることとなりました。旧バラク・オバマ政権下では、拒否権を有する大統領が民主党、議会の少なくとも一院の過半数議席は共和党が有していたため、大きな税法改正が実施できなかった経緯があります。今回の選挙結果を受けて、1986年以来となる抜本的な税制改革への機運が高まりつつありますが、その実現への道のりは平たんなものではないと思われます。
また、税制改革の一環として導入が検討されている国境調整制度は、法人税法上、米国からの輸出売上を益金不算入とする一方、米国への輸入仕入について損金算入を認めないものであり、在米日本企業をはじめとする多くの国際取引当事者に大きな影響を与える可能性があります。
本稿では、税制改革実現に向けての今後の立法プロセスとそのハードルを検討するとともに、国境調整制度のメカニズムとインパクトについて考察を試みます。
本稿の内容は、寄稿時点(2017年3月10日現在)の情報に基づくものであることをご了承ください。
 

Ⅱ  連邦議会上院の立法プロセス

今後の米国の税制改革論議は、トランプ大統領の公約とのすり合わせを図りながら、昨年夏に発表された下院共和党の「ブループリント」と呼ばれる草案を軸に進められるものとみられています。しかし、税制改革の実現が困難視される大きな理由の一つは、上院の議席数が共和党52議席、民主党(独立系を含む)48議席となっていることです。米国の議会制度において、上院は下院の決定に対する一定のチェック機能を果たすことが期待されており、あらゆる事案について徹底的に議論を尽くす伝統があります。このため、少数派の議員であっても、原則として発言を制限されることはなく、採決を阻止する目的で長時間演説を行う議事妨害戦術「フィリバスター(filibuster)」が認められています。これを中止させるには、60票以上の賛成票が必要となるため、下院では単純過半数の賛成でほぼ全ての法案が可決できるのに対し、上院では原則として60議席以上の賛成がないと法案の採決すらできないことになります。
ちなみに、米国の場合は日本と異なり、いわゆる「党議拘束」が存在せず、議会での投票は各議員の判断に委ねられています(もちろん、その投票実績は次回の選挙時に子細に検証され、当落を左右することになります)。このため、共和党は現在上院で52議席を保有していますが、民主党議員8人以上の支持を得れば賛成60票を得ることが可能となり、一方3人の造反者が出れば過半数すら確保できないということになります※1
 

Ⅲ 予算プロセス

前述の通り、上院では法案の可決に原則として最低60議席の賛成が必要となりますが、一つの例外として、「予算調整法案」は、単純過半数の賛成で可決することができます。従って、共和党は上院で60票の賛成票を確保できないことを前提とすると、予算調整法案の一部として税制改正案の可決を目指すのが唯一の現実的な選択肢となります。
米国の連邦政府の予算プロセスは、おおむね以下の通りです。


  • 「予算教書」を大統領が議会に提出。

  • 「予算報告書」を議会予算局が作成。予算期間(通常10年)の「ベースライン予測」※2を設定し、予算教書に基づく予測と比較。

  • 「予算決議」を議会上下両院で可決。上院・下院それぞれにおいて、予算報告書に基づき予算委員会が予算決議案を作成し、本会議での審議・修正を経て採決(上下両院間で相違がある場合は、両院協議会で調整)。予算決議は、予算調整法案の作成方針を各委員会に指示するもので、法的拘束力はなく、大統領による署名も必要なし。

  • 「包括予算調整法案」を議会上下両院で可決。上院・下院それぞれにおいて、予算決議の指示に基づき、各委員会が個別の法案を作成。これを予算委員会が一本化し、包括予算調整法案を作成・可決、本会議での審議・修正を経て採決(上下両院間で相違がある場合は、両院協議会で調整)。

  • 「 包括予算調整法」が大統領の署名により成立。

包括予算調整法でカバーされるのは、歳入(すなわち税法改正)、義務的経費(国債費、社会保障費等、既存の「権限法」により確定している支出)、連邦政府債務上限の3点です。ちなみに、義務的経費以外の全ての連邦政府支出(防衛費を含む)は裁量的経費となり、別途毎年13本の歳出法案(appropriation bills)に基づき支出が決定されます。
 

Ⅳ 予算に関する制限と財源確保

前述の通り、予算調整法案の一部として税法改正を推し進めることは可能ですが、その場合、「pay-as-you-go(PAYGO)」と呼ばれるルールに基づき、予算中立を遵守する必要があります。すなわち、予算調整法に歳入減や歳出増が見込まれる法案を織り込む場合、それを相殺する歳入増や歳出減が見込まれる法案を抱き合わせなければなりません。義務的経費を大きく減額するには、原則としてその根拠となる権限法を改正する必要が生じ、上院での60議席の壁に阻まれるため、減税法案の財源は基本的に増税法案で賄い、税法改正案の中で予算期間を通じて帳尻を合わさざるを得ません。また、予算と関係のない法案を予算調整法案に紛れ込ませることなどを防止するバード・ルール(Byrd Rule)により、予算期間終了後に財政赤字を増加させる法案も禁止されているので、将来にツケを回すような手法も封じられています。
昨年の選挙の最大の目玉公約の一つは個人所得税減税でしたが、同時に世界で最も高い法人税率の引き下げも喫緊の課題となっています。米国の法人税率の高さと外国税額控除制度が相まって、米国企業が外国子会社から配当を受領(じゅりょう)した場合の税負担が高くなり、これを理由に多くの米国企業が外国子会社に利益をため込んでいるため、本来米国で設備や雇用に再投資されるべき資金の還流が妨げられてきたというのが、共和党のかねてからの主張です。また、米国企業の事業拠点の海外移転や、ひいては外国企業との合併による米国籍離脱をもくろむ「インバージョン」などの原因になっているとして、下院共和党のブループリントでは、外国配当益金不算入制度への移行とともに、法人税率の20%への引き下げ(トランプ案では15%)が提唱されています。
個人所得税減税、法人税率の引き下げに加え、遺産税の撤廃や設備投資額の即時損金算入など、下院共和党のブループリントにはさまざまな減税案が含まれています。これらの財源となる主な増税項目としては、これまで米国企業が外国子会社にため込んだ所得に対する一発課税を実施することに加え、国境調整制度の導入が提唱されています。米国内で多くの雇用を生み出している小売業にも大きな負担を強いる国境調整制度については、共和党内部でも異論があるところですが、共和党のブループリントは「ダイナミック予測※3 による歳入中立」をうたっており、言い換えれば、国境調整制度の導入なしには減税の財源が確保できないということになります。
 

Ⅴ ブループリント法人税改革案

前述の通り、今後の税制改革論議は下院共和党が16年の夏に作成したブループリントを草案として進められるものとみられています。ブループリントで提唱されている新たな法人税法は、消費地キャッシュ・フロー課税(DBCFT)、35%から20%への法人税率引き下げ、外国子会社からの配当益金不算入、ネット支払利息の損金不算入、という四つの大きな柱から成り立っています。中でも国境調整というメカニズムを含むDBCFTは、従来の法人税の考え方と最も異なる部分で各界で大きな反響を呼んでいます。DBCFT導入の際、概念的には必ずしも他の三つの提案とセットで法律化しないといけない理由はありませんが、ブループリントではこれら四つの施策を同時に達成することで米国に競争力を取り戻すとしています。以下、ブループリントで提唱される改正案の中から、DBCFTに焦点を当てて説明します。
 

Ⅵ DBCFT

DBCFTは、消費地のみでの課税を規定する「DB」部分と、ネットキャッシュ・フローに課税するという「CF」部分の二つの骨子から構成されています。この改正により、米国の法人税は米国内で生み出される所得ではなく、米国内の消費に対して課税するシステムとなり、さらにサプライチェーンの各ステップにおける仕入は設備投資も含めて支出時に控除できることとなります。この二つを組み合わせることにより、法人税は実質的に付加価値税(VAT)または消費税に近いものに変わることとなります。法人税の世界では、DBCFTは一般的にはあまりなじみがなく、全く新しい考え方のように誤解されることもありますが、コンセプトとしては古く、1977年に当時の財務省が「Blueprints for Basic Tax Reform」という提案の中で同様の考え方を公表しています。また、比較的近年では05年のジョージ・ブッシュ政権時代に提唱された「Growth and Investment Tax Plan」という改革案でも採択されています。
 

Ⅶ 消費地課税と国境調整

消費地課税が導入されると、米国からの輸出は他国消費となるため米国では非課税、一方輸入は自国消費となるため米国では課税対象となります。現在、世界約150カ国で採択されているVAT制度下ではすっかり定着している考え方で、日本の消費税もこの考え方を取り入れていますが、これを法人税にも適用しようという試みです。この消費地課税の具体的な適用方法が国境調整です。国境調整は、VAT制度下で行われているように輸入には直接課税し、輸出は還付対象とする方法でも実行可能です。しかし、輸入コストは損金算入せず、輸出売上は益金算入しない方法でも同じ結果を達成できます。DBCFTでは後者の方法を採択するとしており、従来通り課税年度単位で提出する申告書上で輸出は減算、輸入は加算処理することで国境調整を行い、消費地課税を達成しようとするものです。
国境調整は輸入を制限して、輸出を促進する通商戦略と考えられる向きもあるようですが、輸出入双方に同様に適用されるため、経済学的には輸入と自国生産を同じ土俵に立たせることが目的と位置付けられており、輸入のみに関税を課すような貿易ポリシーとは一線を画すと考えられています。また、為替レートが国境調整の影響を排除する形で変動するといわれており、経済学者は貿易収支に対する影響も中立になると主張しています。為替レートによる是正が理論通りに起こると、仕入をどれだけ輸入に頼っていても、また逆に売上に占める輸出の比率がどれだけ大きくても、税引後のキャッシュ・フローは国内で全ての事業を行っている法人と同じになるはずです。ただし、この理論的な均衡を常に維持するには、輸出業者が認識する欠損金が毎年現金化される必要があります(DBCFT下の欠損金の扱いに関しては後述します)。
国境調整で起こる輸入と輸出の扱いの差異に対する為替レートによる是正ですが、20%の税率を想定すると、ドルは25%高に到達する段階で理論通りの調整が実現したこととなります。しかし、現実には為替は投機を含むさまざまな理由で毎日変動しているので、為替レートによる是正を実際のマーケットで確認することができるのかどうか疑問視する声もあります。また仮に大幅なドル高に為替が振れると、米国人の持つ海外資産のドル換算額の目減りや外国人の持つ米国ドル建て資産の自国通貨換算の増額に加え、第三国、特に発展途上国企業のドル建て債務の返済が困難になるリスクなど、思わぬ二次的な効果につながる可能性もあります。特にドル建て債権の外国企業による返済負担は、米連邦準備理事会(FRB)による複数回の利上げが17年に見込まれていることから、急激なドル高と相まって債務者に大きな負担となるリスクが指摘されています。
 

Ⅷ キャッシュ・フロー課税

キャッシュ・フロー課税下では、発生主義に基づいて算定される所得の代わりにネットキャッシュ・フローが課税標準となります。ネットキャッシュ・フロー算定目的では、有形、無形全ての設備投資(土地は除く)が取得時点で損金算入の対象となります。キャッシュ・フロー課税は、以前から景気が低迷すると時限立法で導入されていたボーナス償却と同様に設備投資減税という側面もありますが、DBCFTをVATと類似させるための重要な意味合いを持っています。すなわち、VATでは、設備投資に対する税金も仕入控除として差し引くことが一般的ですが、この考え方を法人税にも適用するために、税務上は減価償却は撤廃して取得時点で費用化させる必要があります。
キャッシュ・フロー課税下では、本来、棚卸資産という概念も存在しないはずですが、不思議なことにブループリントでは在庫評価法の一つである後入先出法(LIFO)を温存するような記述もあり、DBCFT下で棚卸資産の扱いが最終的にどのように規定されるのか、今後の議論を見守る必要があります。また、DBCFTとは直接は関係ない点ですが、全てキャッシュベースで支出の損金算入が認められるようになるのを機に、支出のファイナンスコストである支払利息(ネット支払利息)は政策的に損金不算入になるとされています。
 

Ⅸ DBCFTはVATか

前述の通り、消費地課税とキャッシュ・フロー課税を組み合わせると、名称は法人税ですが、実態はVATに近いものとなります。唯一、DBCFTと純粋なVATとの隔たりは、DBCFT下では米国内人件費に対して控除が認められる点です。この点を除けば、米国における従来の35%の連邦法人税は撤廃され、代わりに20%のVATが導入されたと考えると、DBCFTを概念的に理解しやすいのではないかと思います。
実態はVATですが、DBCFTは物やサービスに直接課税する形を取らないので、形式的にはVATとは異なる側面を持ちます。そのため、DBCFT下の国境調整は世界貿易機関(WTO)の「補助金及び相殺措置に関する協定」違反ではないかとの指摘が、多くあります。国境調整はVATなどの間接税の枠内では問題ないとされているため、米国が仮にDBCFTを導入する場合、DBCFTは実質的にVAT同様の間接税だという主張での抗弁が予想されます。WTOがこの点をどう考えるかは現時点では分かりませんが、比較的形式重視の判断が多いWTOとの議論が簡単には解決しないであろう点は、想像に難くありません。
 

Ⅹ DBCFTとタックスプランニング

法人税を消費地課税とすることで、歴史的に米系多国籍企業が腐心してきたタックスプランニングは、その多くが意味をなさなくなります。従来の国際税務プランニングは、付加価値やリスクの高いオペレーション、価値のある無形資産などを税率の高い米国から低税率国に移管することで所得を米国外に移転させるのが基本的なアプローチでした。しかし、それらのプランニング手法や法的に可能な限りアグレッシブな移転価格設定などはDBCFT下では課税負担に影響を持たないため、本来の事業ニーズに合わせて米国で行うべき活動や米国に所在させるべき機能・無形資産は、米国に戻す方向にシフトするのではないかと推測されています。従来のプランニング、またそれに網を掛ける複雑な税法規定が不要になる点も、DBCFT導入の一つのメリットとされています。
 

Ⅺ DBCFT導入時の検討事項

DBCFTはメリットもありますが、実際の法制化に当たっては、詰めなければいけない細部が多数存在します。例えば、金融機関の取引に対するVATの適用の在り方がいまだ議論の途中であるように、DBCFTがどのように金融取引に適用されるのか、現時点では不明です。また、外国企業による米国への販売、すなわち米国での消費を生み出す取引に対するDBCFTの適用を、現行の米国事業所得(ECI)、租税条約上のPE課税などの制度とどのようにすり合わせるのかについても、他国、特に租税条約パートナーとしては興味が深いところだと思います。
前述の繰越欠損金の問題は、DBCFTが達成しようとしている結果に大きな影響を与え得る検討課題です。売上の多くを輸出が占める法人では、売上原価を含む国内費用が全て損金算入されるため、半永久的に欠損金のポジションとなります。その点を加味して、ブループリントでは欠損金の繰越を期間制限なく認め、また、さらに繰り越された未使用の欠損金には毎年金利を付け、物価スライド調整のような形で経済的な価値を温存する措置も提案されています。ただし、いくら繰越に期限が無くても、長期にわたって使用機会が見込まれない欠損金に価値はありません。VATのように輸出からの還付がなく、実際には欠損金として現金化できない状況が続くと、国境調整が輸出入の双方均衡をもたらすという議論が説得性に欠けるものとならざるを得ないリスクも含んでいます。
一方で、VAT制度に倣って、欠損金に基づき毎期払ってもいない税金の還付をするというのは、法人税の歴史や政治的な観点から現実的とは言えず、この点を最終的にどう対応するかは、今後の議論を待つしかありません。一つの案として、課税所得とは関係なく、法人として支払う外形課税的な税金、例えば給与税の雇用者負担分との相殺を検討すべきという意見も出されています。
また、輸出系の会社が欠損金を現金化する目的で輸入系の会社とパートナーシップを組むようなスキームに対して、有効な防止策をあらかじめ制度に織り込むことができるのかといった疑問もあり、DBCFTの法制化には解決しなければならない問題が多く存在しています。DBCFTが単なる耳障りのいいコンセプトにとどまらず、実際に運用可能な税法となり得るかどうかは、今後、春から夏にかけて白熱するであろう議論の行方を見守るしかないのが現状だと思われます。

(注)この記事は月刊『国際税務』(2017年4月号)からの転載となっています。
 

※1議員投票で賛否同数の場合は、副大統領の投票により決着
※2現行の法律の改正がない場合の連邦政府の歳入と歳出の予測
※3減税・増税による経済波及効果を勘案した財政予測


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