M&A戦略における運転資本の改善活動

M&A戦略における運転資本の改善活動


情報センサー 2017年5月号 Trend watcher


EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) 松 恭祐

EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)エグゼクティブディレクター。総合商社において事業投資先の経営管理を行う部門および投融資などの審査部門に従事した後、当社に入社。事業再生関連の案件を中心に、事業・財務デューデリジェンス、再生計画策定支援、スポンサー選定支援などのサービスをリード。造船業、電子部品製造業、二輪部品製造業、運送業、建設業、ノンバンクなど、幅広い業界に関する実績を有する。


Ⅰ  はじめに

EYでは、約20年にわたり運転資本の改善を支援するサービスを提供しています。その対象は、業種・地域ともに多岐にわたります。
日本国内においては、運転資本に関連する業務(受注~回収、発注~支払)の精度が高いことや、回収遅延債権の発生の程度も比較的少ないことなどを背景として、運転資本の改善のみにフォーカスした取り組みは相対的に活発ではありませんでした。
資金調達環境についても、マイナス金利の影響により国内企業における資金調達環境はおおむね良化していますが、グローバルな経済活動を行う視点では、米国のドナルド・トランプ大統領を巡る諸論点のほか、欧州連合(EU)・中東・東アジアなど、さまざまな地域でリスク要因が散見されます。
そのため、近年の成長戦略の選択肢としてM&Aの一般化も相まって、グローバル展開を行う企業を中心に運転資本の改善についての関心が高まっています。
 

Ⅱ  運転資本の改善に取り組む目的

運転資本の改善に取り組む企業が掲げる目的は、主に次の3点が挙げられます。

  • 財務バランスの改善による信用力の向上(例:外部格付などを意識した有利子負債/EBITDA倍率の観点)

  • M&Aを含む成長資金の確保

  • 事業投資先の株式価値の増大(<図1>参照)

図1 運転資本の削減

また、事業投資先を対象に運転資本の改善に取り組むタイミングとしては、M&Aの検討段階におけるデューデリジェンス(DD)で改善機会を簡易的に調査した後、ポストマージャーインテグレーション(PMI)の一環として買収直後に実施するケースが多く見られました。しかし、近年では、ガバナンス強化の方針の下で投資から数年経過した後に取り組みを開始する事例やポートフォリオの入れ替えを含む売却の検討段階で取り組む事例も増加しています。
 

Ⅲ 検討すべきポイント

運転資本の改善に取り組む対象を選定する際は、第一段階として、ベンチマーク分析で潜在的な改善機会の初期検討を実施します。ベンチマークの対象は、同業他社や当該企業の過年度実績といった財務諸表に関する数値のほか、情報が得られる場合には、オペレーションに関する指標との比較も有用です。なお、オペレーションに関する指標の例としては、契約上の回収期間の加重平均日数、実績の回収期間の加重平均日数、契約上の支払日より早期に支払を実行した取引の加重平均日数などが挙げられます。
改善の施策として、日本国内では、回収・支払それぞれの契約条件の交渉のみを前提にした議論も耳にすることがあります。しかし海外では、契約上の支払日が到来していないにかかわらず、受領(じゅりょう)した請求書に基づき支払を実施しているなど、業務プロセスにおける自社内のエラーを解消することで運転資本の改善を図ることができる事例も珍しくありません。
また、回収・支払の契約条件を交渉する場合も、同一取引先に対する条件の整合性といったひずみの有無を調査した上で交渉することが有用です。
 

Ⅳ EYのアプローチ

EYのアプローチでは、運転資本を構成する主要な三要素(売掛金、支払債務、棚卸資産)に焦点を当て、<表1>のプロセスで運転資本の改善を支援することが一般的です。

表1 潜在的な問題とアプローチ

近年は、特に次の課題認識を有する企業からのお問い合わせが増加しています。

  • 運転資本を改善するための施策を検討したものの、具体的にどこにどれだけの改善機会があるかが特定できず、関係部門(営業、購買など)に対する働きかけが十分でない

  • 海外を中心に事業投資先で行われている業務プロセスが把握できておらず、運転資本の改善活動に関する議論が深まらない

  • 損益のみを重視する企業風土が強いが、資金も同様に重視する意識への変革を目指す必要性を感じている

  • 対象会社の売却を検討しており、早期の運転資本改善の必要性が高い

Ⅴ おわりに

グローバルな経済活動を行うための資金調達に関して、さまざまな地域のリスク要因に対応し、今後起こり得る環境の変化に備えるためにも、継続的に運転資本の改善活動を実施することが望ましいと考えます。
EYでは、体系化されたアプローチと経験豊富なメンバーにより、改善機会の検討から具体的な改善活動に至るまで、一貫したサポートを世界各国で提供することが可能です。
 

※Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization(減価償却費支払利息控除前税引前利益)


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2017年5月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。