EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYリアルエステートアドバイザーズ(株) 森 雅洋
2001年から、日比谷マネージメント(現EYリアルエステートアドバイザーズ(株))にて大手金融機関の不良債権処理アドバイザリー業務、PFI・PPPに関するアドバイザリー業務に従事。建設会社勤務の経歴を生かし、総合不動産、メーカー、流通、物流等多数の企業に対し、大規模家屋の固定資産評価額適正化サービスを提供。
平成28年3月29日の日本経済新聞に、「過払い固定資産税、企業が『奪還』 5年で上場REIT15社 自治体のミス相次ぐ 評価方法見直しへ」という、企業が払い過ぎた固定資産税や都市計画税の還付を受けているという記事が掲載されました。これは、固定資産税や都市計画税の税額の基礎となる固定資産評価額の算出の誤りによって起きたものです。この後も同紙や他の経済紙等で、同様の記事の掲載が続きました。
毎年、地方自治体から固定資産税、都市計画税の納税通知書が送られてきますが、記載された税額が適正な評価に基づいているか、これを検証せずに納税することは、企業の税務担当者として何も問題がないと言えるでしょうか。
固定資産税は自治体が評価を行い、税額を決定し、課税する賦課課税です。そのため、納税額は正しいものであると納税者はあまり疑わなかったと思います。
しかし、評価には錯誤があり得るということが広く知られるようになった現在、納税の根拠となる評価額の算出に錯誤がないかを確認することが、企業の固定資産税の税務担当者に求められるようになってきていると感じます。
EYリアルエステートアドバイザーズ(株)とEY税理士法人は、企業が所有する大型の建物、ここでは地方税法に沿って家屋と言いますが、この家屋の評価がルールである固定資産評価基準に従っていることの検証と、錯誤があった場合には自治体と協議を行うサポートを多数行ってきました。
この経験によると、記事のとおり、家屋、特に大型の家屋の評価には錯誤が相当数存在し、それを取り戻す動きも加速しています。
では、なぜ家屋の評価に錯誤が起きるのでしょうか。固定資産評価額は、地方税法に定める固定資産評価基準に基づき評価され決定しますが、この固定資産評価基準自体に錯誤を生じさせる一因があると言えます(<資料1>参照)。
固定資産評価額の計算方式は再建築価格方式と言われ、評価方法は「比準評価方式」と「部分別評価方式」に区分されます。比準評価方式とは、主に木造一戸建て等で使用される評価方法であるため、ここでは触れません。部分別評価方式とは、主体構造部、基礎工事、外周壁骨組、間仕切骨組、外部仕上、内部仕上、床仕上、天井仕上、建具、特殊設備、建築設備、仮設工事、その他の工事の13の工事項目ごとに資材の使用量や補正係数を算出し、評価額を算出します。
この部分別評価方式は、「明確計算方式」と「不明確計算方式」に区分されます。明確計算方式とは、鉄筋○トン、コンクリート○㎥、カーペット○㎡など資材の使用量が建設会社の見積書に明示されている場合に採用される評価方法です。一方、不明確計算方式とは、見積書に資材使用量の記載がなかったり、見積書自体がなかったりする場合の評価方法で、コンクリートや鉄筋の使用量は、何階建か、1階当たりの階高、柱の間隔、壁の面積の大小などの状況から概算的に算出しますが、実際の施工量から評価するものではないので、ある程度の誤差は発生する可能性が高い方式と言えます。
明確計算方式は建設会社の見積書に記載された資材の使用量を基に評価するものと既述しましたが、この評価方式においても、固定資産評価基準の曖昧さ故に評価の相違は起きます。 (<資料2>参照)
資料2 鉄骨造計算書(明確)
例えば、主体構造部の鉄骨の使用量を算出する場合、構造部の鉄骨なので、柱と梁に使用される鉄骨は評価の対象になります。では、階段、エレベーターシャフト、庇、設備架台、ヘリポートなど構造部に該当しない鉄骨はどのように評価すべきでしょうか。平成24年度基準の固定資産評価基準で、初めて階段は主体構造部と明記されたため、鉄骨階段の使用量を含むことが明確になりましたが、他の鉄骨は固定資産評価基準やその解説等に明記されていません。筆者の経験では、その他の鉄骨を評価対象とするかどうかは自治体によりそれぞれです。
さらに、建設会社の見積書の書式が鉄骨一式○トンという記載方法が採られるケースもあり、本来評価すべきでないものを評価計上してしまう場合もあります。
また、補正係数も、形状が複雑かどうかなど、評価担当者の主観が入り込みやすい項目が複数あり、自治体や評価担当者による評価の差が生じる要因となります。
前記に加えて、地方自治体の評価担当者の配置にも問題があると感じます。筆者は北海道から沖縄県まで多数の自治体の評価担当者とお会いしてきましたが、その中に建築や設備について専門的に学んだ経験のある人は、ごく少数でした。大学等で建築を学んだ人は、市町村では建築指導課や開発指導課などに配置されてしまい、家屋の評価分野となる建築に精通した人材を確保できていないという背景があるようです。
ところで、前述の日本経済新聞の記事の掲載と前後しますが、同紙に東京都が床面積10万㎡を超えるような大規模家屋について、新築時の評価における新たな方式を採用検討しているという記事が掲載されました。新しい評価方法採用の考え方は東京都のウェブサイト※に記載されています。
趣旨は、「床面積が10万平方メートル以上の」平成33年以降に新築された家屋の「新築時」の評価において、「主体構造部や仕上工事については、従来の『再建築価格方式』を維持し」、「電気、給排水、空調等の設備工事については『取得価格活用方式』を採用する」というものです。
平成33年以前に建築された家屋、平成33年以降に建築された家屋でも床面積が10万㎡以下の家屋については、従前の再建築価格方式により評価されます。東京都の調査によると、平成28年から5年間で建築される床面積が10万㎡を超える家屋は40棟程度で、現時点では対象となる家屋はごく一部ですが、運用の結果次第では新しい評価方式の対象範囲が広がるかもしれません。
この検討に関する報告書の中に「『適正な時価』に一定の幅がある前提で検討」という文言がありますが、一定の幅があるという定義が、運用段階でどのように作用するか注視したいところです。
東京都が設備工事の評価について採用する取得価格活用方式とは、設備工事の工事費に一定の調整率等を乗じ算出するようですが、建築工事費と評価額との関係は、これまでの固定資産税に関する裁判でも争点となってきました。
京都地裁昭和50年12月12日判決において「建物の固定資産税課税標準額についても、建物自体の有する客観的価値、つまり適正な時価によって決定するのが相当である。右の見地からすれば、建物を新築するにつき要した費用は当該建物を建築する際の特殊事情に左右されやすく、必ずしも適正な時価と一致するものではないのに対し、評価客体と同一のものを再建築し、これに要した費用に各種増減価を施してその価格を決定する方法、すなわち再建築価格方式は適正な時価を算出する最も妥当な方法であるといわなければならない。」と判示されています。
一方で、東京高裁平成16年1月22日判決では「適正な時価とは、正常な条件の下に成立する当該不動産の取引価格であり、新築家屋の取得の場合、施主と請負人との間に特殊な関係がなく、正常な価格交渉がされて請負契約が成立する限りにおいて、その請負金額は、適正な時価を反映しているものということができる。(中略)経済社会に存在する競争によって、価格交渉が促進され、適正な取引価格が決定されるのである。」と競争原理の働く状況下では請負金額は適正な時価であると判示していますが、この判決も最高裁平成19年3月22日判決で「原審の推認する本件建物の建築費の金額については、その基礎となる請負金額が当事者間の正常な価格交渉によるものか否かも不明であって、そもそも、このような金額と評価基準が定める評価方法による評価額との間に隔たりがあることが上記評価額の適正さを左右するものということはできない。」と否定されており、司法の場では建築工事費は適正な時価とは言えないという見解が主流であると思います。
実際、請負金額は発注者やそのプロジェクトの収支状況、建設会社の受注の状況、双方の過去の取引実績、ダンピング等、さまざまな特殊事情により決定されるため、正常な価格交渉で決定したかどうかを地方自治体が正しく判断することは不可能であると思います。
ところで、家屋の評価において建設会社の見積書が使用されると既述しましたが、再建築価格方式の評価で使用されるのは、見積書の工事費ではなく見積書に記載されている資材の使用量です。
ここで留意すべき点は、この見積書に記載された資材の使用量が正確だということが前提となっているということです。これを疑ってしまったら明確計算方式は存在し得ないかもしれません。
竣工図はその家屋の最終的な状態を図面化したものであるため、竣工図を基に評価担当者が鉄骨やコンクリート、タイルなどの使用量を正しく算出し、これを基に課税することができればいいのかもしれませんが、竣工図から使用量を算出することは、評価担当者の建築の専門知識の不足、算出にかかる期間、コストなどの点から現実的ではありません。さらに言えば、建設会社の見積担当者が作成した見積書でも、実際に工事が始まると、専門工事会社の見積もった使用量と相違しているという事例はよくあります。
単なる数量の漏れや、受注が決まっている案件や、工事期間中の追加変更工事などでは、建設会社の利益のために数量を多めに見積もるといったさまざまなケースがあり得ると思います。このように、正しいか否か確認ができない資料を正しいものと仮定して評価額を算出し、課税が行われている点については、現在の再建築価格方式の根本的な問題の一つだと感じます。
最近、東京都武蔵野市がビル2棟の過誤納金と加算金を含め2億6,000万円の還付を行うという記事を目にしました。平成11年に建築された床面積約7万㎡と平成10年に建築された床面積約2万㎡の2棟のビルの還付額の合計額としては、少し大きな金額に感じるかもしれません。
還付については、地方税法第17条5の4に「地方税の課税標準又は税額を減少させる賦課決定は、前項の規定にかかわらず、法定納期限の翌日から起算して5年を経過する日まですることができる。」と除斥期間が定められています。例えば、竣工から30年経過後に新築時の評価の錯誤が発見された場合、税法の規定により5年しか還付できないということになります。固定資産税や都市計画税が、地方自治体が価格を決定し納税者に通知する賦課課税であるため、5年分の還付では納税者がなかなか納得できるものではありません。
そこで、除斥期間規定で還付できない、5年以上前の錯誤に基づく納税額(還付不能金)を、返還するための過誤納金に係る条例や要綱を定めている自治体はかなり多くあります。この条例等に基づいて返還される期間は地方自治体によって異なり、除斥期間と合わせて20年間や10年間と特定の期間が定められています。
なお、この条例の適用には「重大な錯誤があった場合」等の条件が付けられていることが多いようです。錯誤が重大と認められる条件は条例等にも明示されていないことが多く、まさにケース・バイ・ケースのようですが、武蔵野市の場合は、返還された税額から類推すると、地方税法の規定の5年を超え、新築時に近い年数の返還が行われているようです。
長期間にわたって錯誤に基づく過大な課税を行っていた場合、還付対象期間の税額とそれに対する加算金(金利相当)は、分割ではなく錯誤が確定した年にまとめて返還されます。
武蔵野市が公表する「武蔵野市予算の概要」によると、武蔵野市の平成29年度の一般会計予算と特別会計予算の合計額は961億5,900万円とのことです。ここから、予定されていなかった2億6,000万円を捻出するため、予定していた行政サービスが行えない場合もあり得るかもしれません。家屋の評価額算出の錯誤は、納税者にだけではなく、課税権者である地方自治体、その自治体の住民にも大きな問題となるのです。
既述のとおり、現在の家屋の評価方法では、錯誤が起きることは避けられないと思われます。
東京都の家屋の評価方法変更の取り組みは非常に興味深いものですが、従前の再建築価格方式により、見積書や建築工事費を基に評価する手法である以上、地方自治体の手間の削減の側面が強く感じられます。東京都の取り組みが、再建築価格方式ありきの議論ではなく、新たな簡易かつ公平性の高い評価方法の検討のきっかけになることを期待します。