EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY弁護士法人 弁護士 伊藤 多嘉彦
裁判官として4年、弁護士として約14年の経験を有する。独禁法、コーポレートM&Aを専門とするほか、近年は、IT・ライフサイエンス領域のスタートアップ支援にも力を入れている。EY弁護士法人への加入前は、英米の外資系法律事務所、日本の大手法律事務所に所属していた。
需要と供給に応じて自社の提示価格を動的に調整するダイナミック・プライシングという手法を、聞いたことがあるでしょうか。航空業界やホテル業界など、時季による変動要因が多い業界で始まったといわれるこの手法は、インターネットを通じたe-コマースと親和的です。事業者はAIを用いてビッグデータを解析し、提示すべき価格を決定することができるアルゴリズムを採用して、収益の最適化を図ることができます。また、消費者にとっても早くから予約をしたり、うまく時季を選んだりできると、低価格で商品・サービスを得られるという便益が考えられます。
他方で、価格決定アルゴリズムが普及・高度化することにより、実質的にカルテルと同様の状況が生まれているのではないかとの懸念も出てきています。
本稿では、伝統的なカルテル概念について簡単に説明した上で、価格決定アルゴリズムによって、独禁法上どのような問題が生じ得るかということについて検討します。
カルテルの概念は、各国の法令によって少しずつ異なるものの、競争者間で価格を上げる又は維持する明確な合意をすることが典型だとされています。競争者間でこのような合意がされることで、需要者が競争による適正水準の価格での購入ができなくなることが競争の制限に当たるとして、各国の独禁法で禁止されているのです。
しかし、カルテルが成立するのは、明確な合意がある場合のみではありません。一般的には、明確な合意がなくとも、いわゆる黙示の合意があればカルテルが成立すると考えられています。また、黙示の合意の立証方法として、事前の接触や事後の行動の一致などの間接事実からの推認が用いられるため、カルテルは意外と広い範囲で成立し得ます。
他方、公表されている価格から競争相手の行動を知り、それに追随する行為は、競争者間の意思の連絡がない限りは、いわゆる意識的並行行為としてカルテルは成立しないと伝統的には考えられてきました。
最近は、海外において、価格引上げの意思をメディアに発表することが、競争相手との協調につながるシグナリングとして問題視される事例が出てきています。また、海外当局を中心に、競争者間の単なる価格情報の交換であっても、競争者間の協調を生み、競争制限につながる恐れのある場合には、カルテルとして規制しようという動きも出てきていますが、それでもなお、競争者間の何らかの人為的なやりとりが伝統的なカルテルの概念の中心に据えられていることは間違いありません。
価格アルゴリズムが高度化すると、市場全体の需給のみならず、競争相手の次の行動を予測して価格戦略を打ち出すことが可能になります。他方、競争相手も同様の価格アルゴリズムを用いることで、価格を下げて集客を試みても競争相手にすぐ追随され、価格を下げるインセンティブが失われることも考えられます。こうなると、価格決定アルゴリズムの観点からは、競争者間では価格を下げないことが最適な価格戦略となって、価格が高止まりし、実質的にはカルテルと同様の状況が生まれることが考えられます。
ところが、価格決定アルゴリズムを利用する場合には、競争者間の人為的なやりとりは極めて薄いか存在しない可能性が高いため、伝統的なカルテル概念には当てはまらないようにも思えます。
以下では、価格決定アルゴリズムの利用される場面を幾つか想定した上で、それぞれの場合にカルテルが成立するかどうかを検討していきたいと思います。
競争者が同じ価格決定アルゴリズムを同じ条件の下で利用することに合意する場合は、直接価格についての合意がなかったとしても、価格決定に一定の計算式を用いることを合意している場合と同様に、伝統的なカルテル概念の下でもカルテルが成立することになると思われます。
競争者がたまたま第三者から提供される同じ価格決定アルゴリズムを利用したからといって、直ちに独禁法の問題が生じるわけではありません。ただし、第三者を通じて競争者の価格データそのものを共有し、それを相互に認識しているような場合には、当該第三者を通じたハブ・アンド・スポーク型のカルテル※が成立する可能性もあります。価格決定アルゴリズムの使用の有無にかかわらず、本来、競争者同士で直接交換すべきでないデータは、第三者を通じても共有しないことが肝要です。
伝統的なカルテル概念によると、類似の価格決定アルゴリズムを採用することで協調が容易になったとしても、カルテルとして摘発するのは困難と思われます。
AIの発展により、将来的には、自律した価格決定アルゴリズム同士が事業者の意図とは無関係に価格調整を行う場合も出てくるかもしれませんが、こちらも競争者間の何らかの人為的なやりとりを中核としている伝統的なカルテル概念では捕捉できないと言わざるを得ません。
ロボットカルテルと聞くと荒唐無稽な話のように聞こえるかもしれませんが、価格決定アルゴリズムの高度化により、近い将来、ロボットが自律的に価格調整を行うようになると、伝統的なカルテル概念自体が変更を迫られる可能性は十分にあり得ます。独禁法がテクノロジーの進化にどのように対応をしていくのか、今後も目が離せません。
【参考文献】
「デジタルカルテルの挑戦状~AIが価格調整、法的責任は」日本経済新聞(2017年4月2日)
Antitrust"The Implications of Algorithmic Pricing for Coordinated Effects Analysis and Price Discrimination Markets in Antitrust Enforcement"American Bar Association (Vol.32, No. 1, Fall 2017)
※ 競合者間では直接やりとりをせず、共通の代理人を介して連絡をするカルテル