情報センサー

不動産会社の海外進出に係る諸論点


情報センサー2019年8月・9月合併号 業種別シリーズ


不動産セクター 公認会計士 荒木 隆志

不動産セクターナレッジ職員リーダー。シニアマネージャー。不動産会社、建設会社等の監査、内部統制助言業務、アドバイザリー業務に従事している。


Ⅰ はじめに

現在、大手不動産会社の海外への進出、特に東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国への進出が増加しています。投資対象となるアセットタイプは、住宅分譲、オフィス、商業施設などさまざまです。この進出の背景にあるものは何でしょうか。
国内市場においては、不動産市場自体が成熟していることに加え、将来の人口減少問題も抱えており、成長は頭打ちになると考えられます。一方で、ASEAN諸国をはじめとする新興国においては、各国の経済状況、為替相場、法規制等の影響を大きく受けるリスクはあるものの、先進諸国に比べて高い経済成長が見込まれており、リスクを取ってでも海外投資を行う企業が増加していると考えられます。

 

Ⅱ 海外投資に係る主な会計論点

本稿では、海外投資を行った場合の会計上の代表的な論点を記載します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。

1. 連結の範囲の検討

ASEAN諸国では、外資規制のある国が多く、また、進出企業の経験が少ないこともあり、物件を直接保有するのではなく、ローカル企業と組んで間接投資(会社の新規設立あるいは株式取得)の形態で事業を行う場合が多くあります。そのため、まず、連結の範囲の検討が必要となります。外資規制がある場合、メジャーシェアを取れず関連会社となるケースが多いと思われますが、各国によって法規制等が異なるため、慎重な判断が求められます。

2. 連結決算の取り込みに係る論点

連結に取り込むこととなった場合、その後の連結決算上の取り込みにおいて、以下のような論点が発生します。

(1) 現地関係会社で採用する会計基準の決定および基準差の修正

関係会社の決算を連結に取り込む場合、どの会計基準で取り込むのかという問題が生じます。実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」(以下、18号基準)においては、日本基準、国際財務報告基準(IFRS)および米国基準のいずれかでの取り込みが認められています。このうちIFRSおよび米国基準を採用した場合には、後述するように、一部について日本基準に合わせるように調整が必要となります。
なお、ASEAN諸国はIFRSへの統合が比較的進んでいる国が多いため、ローカル基準とIFRSとの親和性が高く、実務上、ASEAN諸国進出企業はIFRSベースでの連結取り込みを採用していることが多いと思われます。
一方で、ローカル基準とIFRSとの差も存在するため、ローカル基準での現地財務諸表の作成後、ローカル基準とIFRSとの基準差の調整を行い、その後、18号基準で求められている調整を行うという二段階の調整を実行する必要があります。

① ローカル基準からIFRSへの調整

ローカル基準とIFRSとの基準差は国ごとにさまざまです。
例えば、ベトナムであれば固定資産の減損会計の適用がない、あるいは、IFRSではのれんは非償却であるのに対して、タイ・ベトナム等においては10年以内での償却を定めている等々、各種の差異があるため注意が必要となります。

② IFRSから18号基準対応の調整

18号基準では以下の項目(重要性が乏しいものを除く)と、その他明らかに合理的でないと認められる項目について、調整を行った上で連結財務諸表に取り込むことが求められています。物件を保有するだけのシンプルなエンティティであれば、このうち、ⅰ.とⅳ.の調整が求められるケースが多いと思われます。

ⅰのれんの償却
ⅱ退職給付会計における数理計算上の差異の費用処理
ⅲ研究開発費の支出時費用処理
ⅳ投資不動産の時価評価および固定資産の再評価
ⅴ資本性金融商品の公正価値の事後的な変動をその他の包括利益に表示する選択をしている場合の組替調整


(2) 決算体制の構築

前述の通り、ASEAN諸国は外資規制のある国が多く、マイナーシェアしか保有できないケースも多々あります。そのため、メジャーシェアを持つ現地ローカル企業の内部統制に依存することも多く、決算あるいは事業の情報が入手しづらいことがあります。情報を適時に入手する体制構築のために、現地ローカル企業と十分に準備する必要があります。
また、一般的には遠隔地になるほど不正等が発生しやすいため、預金の管理などについて内部統制が存在するのか、また、現地において法定監査はあるのかなどの確認も必要となります。

(3) 決算期ズレの対応

日本基準の場合、子会社の財務諸表については期ズレでの取り込み(子会社であれば3カ月まで)が容認されているため、IFRSのように決算日が同じである必要はありません。実務上は決算スケジュールを考えて、期ズレ取り込みを容認する会社は多いと思われます。
なお、期ズレ決算を容認する場合、以下の3点においては調整が必要となるため留意が必要です。


 
  • 連結会社間の取引にかかる重要な不一致
  • 連結決算日までに行われた連結の範囲の変更
  • 子会社決算日を基準とした修正後発事象

Ⅲ おわりに

本稿では、代表的な論点を取り上げましたが、特に会計基準差は国ごとに状況が異なるため、十分な理解と注意が必要となります。また、会計基準差だけでなく、各国の法規制・不動産取引等も国・地域によってさまざまであり、企業に重大な影響を与えるものもあるため、その点の理解も重要です。
なお、各国の会計基準差や不動産取引の制度概要に関して、『不動産取引の会計・税務Q&A(第4版)』において触れていますので、ぜひご参照ください。


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