EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
水野 恭行
ゼネコン、大手不動産鑑定会社を経て2017年にEYに参画し、不動産評価、コンサルティング業務等に従事。オフィス、住宅、商業施設、ホテル等豊富な不動産評価の実績を有する。不動産鑑定士、米国不動産鑑定士(MAI)。EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)シニアマネージャー。
2012年には800万人程度であった外国人観光客数は、18年には3,000万人を超え、19年も前年を上回る伸びが続いています。これらの観光客を中心としたインバウンド宿泊需要を背景に、不動産投資市場においても、ホテルに対する投資が伸びを見せています。本稿では、ホテル投資の変遷と現況、同じようにインバウンド需要の影響を受けている商業施設への不動産投資との比較、さらにホテル投資の今後について考察します。
ホテルは事業用不動産(オペレーショナルアセット)に分類され、その価格は、通常の土地・建物のみの価値だけではなく、ホテル運営から生み出される事業収益に着目して形成されます。オフィスや賃貸住宅といった通常の収益不動産投資と比較すると、ホテルは運営に高度なノウハウが要求され、事業収益は運営者の運営能力やブランドに依存する傾向が強いこと、かつ、室料は需給を反映して常時変動する場合が多く、さらに事業収益も景気動向や各種イベントなどに大きく左右されることから、ホテル投資は比較的リスクが高い投資として認識され、ホテルを投資対象と考える投資家は決して多くありませんでした。
しかし、政府が積極的に外国人観光客の誘致を推進し、宿泊需要が急伸した結果、ホテル投資に対する考え方が変わりました。ラグビーワールドカップやオリンピックといった大型国際イベントを控え、今後も外国人観光客の増加が見込め、さらに建物賃料はホテルの事業収益に連動するため、宿泊需要の成長に伴ってホテルの事業収益が増加すれば、その分投資家が得られる賃料収入も増加することから、これまでホテル投資になじみがなかった投資家も積極的にマーケットに参加するようになりました。
わが国の代表的な不動産投資家といえるREITによるホテルへの投資動向を見てみましょう。10年にはREITによるホテルの取得は1件もなく、11年、12年の取得額合計も200億円程度でしたが、13年以降外国人観光客の増加に歩調を合わせるかのように取得額は急増しており、16年には新規上場REITによる大型物件の取得もあったことから4,000億円を上回る水準に到達しました。その後は売り物件の不足もあり、取得額は1,600億~1,800億円程度にて推移していますが、それでも11年、12年の8~9倍程度の規模となっています(<図1>参照)。
10年台前半は、リーマンショックから不動産市場が回復しつつある時期に当たり、ホテル以外の不動産についても取引が活況化する中、不動産取得額に占めるホテルのシェアは11年、12年共に3%以下でした。ところが、16年には同シェアは25%に到達し、その後も10%以上の水準を保っています。これは、ホテルについて投資用不動産としての認知が進み、他のアセットを上回るスピードで投資市場が拡大してきたことを示しています(<図2>参照)。
ホテルについて投資用不動産としての認知が進んだことは、期待利回りの低下からも確認できます。一般財団法人日本不動産研究所の投資家調査によれば、10年以降、不動産市場の回復に合わせてホテルを除き各アセットとも概(おおむね)同じような傾向で期待利回りの低下が進んでいます。しかし、ホテルについては、他のアセットと比較して期待利回りが大幅に低下していることが確認でき、その水準も典型的な収益不動産である賃貸住宅の期待利回りと同程度の水準まで低下しました(<図3>参照)。
外国人観光客の増加に比例して、インバウンド消費も増加しています。日本百貨店協会の資料によれば、11年の百貨店の外国人観光客売上は160億円程度でしたが、18年には3,400億円程度と大きく成長しました。外国人観光客の消費行動の変化に伴い、免税品の主役は高額な家電製品やブランド品から化粧品等の消耗品に移りつつあると言われていますが、これを受けて、ドラッグストアが都心に高額な賃料で出店する事例が増えました。
ただ、商業施設の場合、不動産投資市場への影響という意味では、これらインバウンド需要の影響はホテルに比して限定的と考えられます。商業施設は外国人観光客が増加する以前から主要な投資対象として認識されており、年によって変動はあるものの取得額ベースでのシェアは概ね10%台で推移していること(<図2>参照)、また、投資における期待利回りはオフィス投資の期待利回りと概ね同様の動きをしており、ホテルのような顕著な期待利回りの低下は見られない(<図3>参照)といったデータがこれを裏付けています。
18年は台風や地震等の自然災害もありましたが、通年の外国人観光客数は前年比プラスとなり、インバウンド需要の底堅さを裏付けています。今後、ラグビーワールドカップ(19年)、東京オリンピック(20年)、大阪万博(25年)と国際的な大型イベントが続き、20年代中頃から後半にはわが国で初めてカジノ施設を含むIR(インテグレーテッド・リゾート)が開業する予定で、政府が掲げる30年に外国人観光客6,000万人という目標もかなり現実味を帯びてきています。新規ホテルが大量に供給され、投資において以前ほど賃料収入の伸びは期待できないことや、民泊との競合、人件費を含む運営費の増加といったマイナス要因はあるものの、堅調な宿泊需要はこれらのマイナス要因を十分に補うものと考えられます。現在、投資適格の物件が不足し、物件取得競争が過熱気味ですが、長期的に見た場合、ホテル投資市場は安定的な発展が期待されると考えてよいでしょう。