情報センサー

業種でみる海外KAM先行事例~外食産業


情報センサー2019年12月号 業種別シリーズ


外食産業セクター 公認会計士 井上 慎太郎

外食産業セクターナレッジ・職員リーダーとして、当法人の外食企業の監査担当者へのサポートやナレッジ発信を担当。外食産業、IT系の上場企業の監査を担当する他、複数のIPO業務を担当している。

外食産業セクター 公認会計士 堀場 雅史

外食産業セクターナレッジ・職員サブリーダーを担当。外食産業をはじめとする上場企業の監査を担当する他、複数のIPO業務を担当している。


Ⅰ はじめに

「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)の導入に当たり、記載内容に関する候補選定を行う上で業界の先行事例の分析は有用な情報となります。このため、当法人の外食産業セクターでは、欧州および東南アジアを中心とした先行導入国を対象とした事例調査を行いました。
本稿では、調査結果から見えてきた外食産業における諸外国のKAM記載項目の傾向分析結果や個別事例を紹介します。

 

Ⅱ 傾向分析

事例調査に当たっては、外食産業に属する会社のアニュアルレポートやEYの海外KAM事例のデータベースを対象として、合計200件を超える事例について傾向分析を行いました。その結果、有形固定資産の減損が最も多い15%を占めていました(<図1>参照)。外食産業は多店舗展開型のビジネスであり、店舗ごとの減損が重要な検討事項の一つとなります。また、事業買収による事業規模の拡大が積極的に行われていることから、のれんおよび無形資産の減損に加え、投資評価や企業結合をKAMとしている事例も多く見られました。


図1 調査結果集計


その他、業界に関連する論点として、サプライヤーからの受取インセンティブ、リベートおよび割引、家畜や活魚等の生物資産、棚卸資産、資産除去債務などがありました。収益認識では、カードやアプリ決済が主流となっている国での現金売上、受取ロイヤリティ、フランチャイズ関連、ポイント関連、サービス料など、外食産業特有の具体的な論点に言及しているケースが多くありました。

 

Ⅲ 個別事例

以上の傾向分析で見られた代表的な項目について、幾つか事例の要約を紹介するとともに、記載内容のポイントを解説します(なお、原文の翻訳および要約は筆者が行いました)。

1. 有形固定資産の減損(シンガポール:日本食レストランチェーン)

KAMの内容

  • 不採算店舗の有形固定資産の減損評価

選定理由

  • 有形固定資産の帳簿価額は、報告年度末現在の総資産の62%に相当する39.9百万シンガポールドルであった。当グループは、シンガポールとマレーシアでレストランを運営しており、報告年度の損益が赤字となるレストランがある。経営者は、これらの店舗の有形固定資産に関する減損テストを実施し、使用価値および正味実現可能価額に基づいて回収可能価額を決定した。減損評価には重要な経営判断が含まれており、経営者は将来キャッシュ・フロー予測の基礎となるさまざまな前提を設定する必要があったため、我々の監査にとって重要な項目であった。

監査人の対応手続

経営者が減損評価に使用した主要な仮定および見積りの評価のための以下の手続

  • 経営者による各店舗の業績レビュー結果に基づく、不採算店舗の減損の兆候判定結果のレビュー
  • 直近の予算実績比較を通じた予算編成プロセスの堅牢性のテスト
  • 全般的な業界見通しに基づく、特定の重要な仮定の変化に対する回収可能価額についての経営者による感応度分析のレビュー
  • 連結財務諸表における経営者の開示のレビュー

【ポイントの解説】

事例調査の結果で最も多く見られた有形固定資産の減損に関する事例です。店舗資産等の有形固定資産が財務諸表に占める金額的重要性に加え、不採算店舗が発生している状況下で経営者による判断が与える影響の質的重要性を踏まえ、KAMに選定したと考えられます。一方で監査上の対応としては、経営者の判断の基礎となる見積りの妥当性を検討するために過去の予実比較を実施するとともに、経営者が実施した感応度分析、すなわち見積りに関する仮定が変化した場合の影響の評価について検討する等の手続を実施しています。

2. 収益認識(英国:スーパーマーケット、食品の調理・販売)

KAMの内容

  • 収益認識

選定理由

  • 会社の評価では、収益取引の大部分は複雑ではなく、会計帳簿に記録された金額に関する判断は行われていない。我々は、収益に対して行われるマニュアルでの調整に焦点を当てた。
    これらの調整には、ロイヤリティスキーム、クーポンの引き換え、ギフトカードおよびバウチャーについての収益の繰り延べと認識が含まれていた。 我々の手続は、会計記録の改ざんリスク、および有効に機能する統制を無効にする能力に対処するよう設計されている。

監査人の対応手続

マニュアルでの調整に係る理解、対応する統制に係るウォークスルーおよび以下の実証手続の実施

  • コンピューター支援分析ツールを用いた相関分析により、相手勘定が現金ではない売上仕訳を識別し、クーポンの引き換え、ギフトカードおよびバウチャーを含むこれらの売上仕訳について関連証拠を入手
  • 会計システムから抽出したデータを使用して、収益に影響を与える仕訳入力と財務諸表の作成過程で行われた調整仕訳の妥当性をテスト
  • 予想される時間外に、または予想外の者により起票されたものなど、異常な仕訳についての検討
  • 期末後の入金のレビューおよび重要な変動についての分析的レビューを含む、カットオフ・テスト手続の実施

【ポイントの解説】

収益計上に関するマニュアル仕訳をKAMとして取り扱っている事例です。外食産業では、POS※や販売システムを経由して自動仕訳により売上高が計上されるケースが多い一方、マニュアル仕訳において非経常的な収益の調整が行われることがあり、そこに監査上のリスクがあると判断されることがあります。本事例では、監査人がマニュアルによる調整仕訳の内容を理解した上で異常仕訳の定義付けを行い、異常と判断された仕訳について検討を行っていることが分かります。

3. 現金売上(中国:中華料理レストランチェーン)

KAMの内容

  • 現金売上の確認

選定理由

  • 近年、消費者は徐々にクレジットカード、Alipay、WeChatなどの決済に切り替えているが、会社の菓子直営店やケータリング直営店では一定の現金の受け取りや支払いが行われている。銀行振込と比較すると、現金決済には追跡可能な取引記録がなく、現金取引伝票は証拠の弱い内部証拠であり、企業が現金決済を使用して不正を行うことは容易であり、収益が企業の主要業績評価指標であるため、 特定の目標を達成するために経営陣が収益を操作するという固有のリスクがある。そのため、現金売上高の確認をKAMとしている。

監査人の対応手続

1. 販売および回収に関するシステムの理解と関連する内部統制のテスト
2. 菓子直営店について

  • 決済プロセスの検討
  • キャッシャーが作成した営業日報・レジの返金・UnionPay明細書・銀行の預金伝票と、レジ管理システムおよび会社の売上サマリーとの照合

3. ケータリング事業の現金販売について

  • 決済プロセスの検討
  • サンプル抽出した顧客のケータリングカードについて、使用状況をケータリング管理システムのログとの照合
  • レシート・営業日報・ケータリングカード・UnionPay明細書・銀行預金伝票等のチェック、およびケータリング管理システムにおける関連するデータのチェック

【ポイントの解説】

現金売上をKAMとして取り扱っている事例です。現金売上は、外部証拠(決済代行会社からの売上報告書等)により検証可能なクレジットカード等による売上と異なり、検証手段が営業日報やレシート等の内部証拠にとどまるのが一般的で、その改ざんリスクは相対的に高いとされるケースがあります。事例ではこのようなリスクに対応するため、会社の内部統制を評価するとともに、営業日報等の内部管理資料、レシート、および販売管理システムのデータとの整合性を検証しています。

 

Ⅳ 留意事項

監査人は、特別な検討を必要とするリスク等の高リスク領域、見積りの要素、および監査対象期間に発生した会計事象を踏まえて「監査の過程で監査役等と協議した事項」の中から「特に注意を払った事項」を決定します。その中で、「職業的専門家として特に重要であると判断した事項」がKAMとして決定されることになります。
このため、見積項目や収益認識に関する会計方針は検討対象となることが多いと考えられ、上記で紹介した外食産業特有の論点も含め、監査計画段階からの継続的かつ深度あるコミュニケーションが重要と考えられます。
また、KAMにおいては財務諸表の注記への参照や選定理由についても記載項目となることから、有価証券報告書における「事業等のリスク」や財務諸表の注記等の記載内容について、事前に会社と監査人との間ですり合わせておく必要があると考えられます。この点について、例えば、KAMに未公表情報を記載するか検討する場合、未公表情報の記載を決定する前に監査人は経営者に追加の情報開示を促すとともに、必要に応じて監査役等と協議を行うことが適切である点に留意が必要です。

 

Ⅴ おわりに

海外の先行事例では、BtoC、多店舗展開ビジネス、決済手段の変化(キャッシュレス)など、外食産業のビジネス環境とリスクを反映した記載が見られました。日本においても、外食産業を取り巻く環境や会社のビジネスリスク、およびこれらの変化を踏まえ、会社と監査人との間で深度あるコミュニケーションを実施することで、KAMの開示が投資家にとってより有用なものとなるようにしていくことが求められます。

※ 販売時点情報管理。ネットワークを利用して商品に関する情報を販売時点で記録し、それに基づいて売上や在庫を管理するためのシステムのこと。

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2019年12月号
 

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