EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
品質管理本部 会計監理部 公認会計士 横井貴徳
品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事している。
2019年12月4日に「会社法の一部を改正する法律」(以下、改正法)が成立し、同月11日に公布されています。
今回の改正では、コーポレートガバナンス強化を目的に、改正内容は多岐にわたっています。本稿では、このうち、会社法改正が経理実務に与える影響として、株主総会資料の電子提供制度の創設、取締役等に対する株式報酬等、M&Aに関する株式交付制度の創設について、実務における留意事項を解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
会社法は05年に制定され、14年に改正されました。14年の改正時に設けられた附則においては、14年改正法の施行後2年を経過した場合において、企業統治に係る制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるものとされていました。また、14年の改正後にも、会社法のさらなる見直しについてさまざまな指摘がされていました。
今回の改正は、これらの指摘等を踏まえ、会社をめぐる社会経済情勢の変化に鑑み、株主総会の運営及び取締役の職務の執行のいっそうの適正化等を図るため、会社法の一部を改正するものです。
株式会社は株主に対し、書面で招集通知を発送することが原則であり、当該通知の際には、株主に対し、株主総会参考書類、議決権行使書面、事業報告、計算書類及び連結計算書類(以下、株主総会資料)を交付しなければならないとされています。当該通知は相当の分量となり、印刷のために一定の時間を要し、また、印刷や郵送のために一定の費用が必要となっています。現在も、株主の個別の承諾を得れば、株主に対してインターネットを利用する方法により提供することは可能ですが、この方法は、上場会社においては株主の数が多く、全ての株主の個別の承諾を得ることが困難であることから、ほとんど採用されていません。なお、個別の株主の承諾が不要なウェブ開示制度もありますが、株主の関心が特に高いと考えられる事項(貸借対照表や損益計算書など)については、書面による提供が必要とされています。
また、公開会社については招集通知の発送期限が株主総会の日の2週間前までとされていることから、株主総会資料の提供と株主総会の日の間隔が短く、投資家が議決権を行使するに当たって株主総会資料の内容を検討する期間が十分に確保されていないと投資家から指摘されていました。
そこで改正法では、書面による株主総会資料の株主への交付を不要とする制度、すなわち、株主総会資料の電子提供制度が設けられています。具体的には、株主総会資料を自社のウェブサイト等に掲載するといった電子提供措置をとり、株主にそのアドレスなどを記載した書面による簡易な招集通知を発送することで、株主総会資料を書面で送付しなくて済むようになり、株主の個別の承諾を得ていないときであっても、株主総会資料を株主に適法に提供したことになります。
株主に対し、株主総会資料をインターネットを利用する方法によって提供すれば、株式会社は印刷や郵送のために生ずる時間や費用を削減することができるようになります。また、印刷や郵送が不要となることに伴い、従来よりも早期に充実した内容の株主総会資料を株主に提供することが期待されています。本制度のイメージは<図1>のとおりです。
株主総会資料の電子提供制度は、電子提供措置をとる旨の定款の定めがあれば採用できるため、原則として会社の任意の判断に委ねられています。しかし、振替株式の発行会社である上場会社は、電子提供措置をとることが強制されるため、株主総会資料の電子提供制度の利用が義務付けられることになります。
株主総会資料の電子提供措置において、株主総会資料のウェブサイトへの掲載は、株主総会の日の3週間前の日又は招集通知を発送した日のいずれか早い日(以下、電子提供措置開始日)までに行う必要があり、株主総会の日の3カ月後まで続ける必要があります。
改正前会社法では、株主総会開催の2週間前までに株主総会資料を書面送付する必要があるため期限は早まりますが、書面を送付する必要がなくなること、また、実務上はコーポレートガバナンス・コードの影響もあり法定期限よりも早く送付している企業が多いことから、大きな実務負担はないものと思われます。
もっとも、法制審議会「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱」の採決の際に、「金融商品取引所の規則において、上場会社は、株主による議案の十分な検討期間を確保するために電子提供措置を株主総会の日の3週間前よりも早期に開始するよう努める旨の規律を設ける必要がある」とする附帯決議がなされており、努力義務として法定の3週間前より早期に電子提供できるような対応が必要となります。
株主総会資料の電子提供制度を採用する場合においても、株主に対する書面の提供が一切不要となるわけではありませんが、当該制度を採用した会社は、株主総会の日の2週間前までに株主総会の日時、場所、株主総会の目的である事項などを記載した簡易な招集通知のみを発送すれば足りることになります。
有価証券報告書の提出義務がある会社が、電子提供措置開始日までに、定時株主総会に係る事項が記載された有価証券報告書の提出手続をEDINETにより実施した場合には、電子提供措置をとることを要しないとされています。これによって、事業報告及び計算書類と有価証券報告書との一体的開示や株主総会前の有価証券報告書開示の促進が期待されています。
インターネットを利用することが困難である株主の利益に配慮し、株主は、株式会社に対して株主総会資料に記載すべき事項を記載した書面の交付を請求することができます。
公布日(19年12月11日)から3年6カ月を超えない範囲内において政令で定める日(22年から23年前半頃)から施行されるため、22年3月期以降の決算に影響を与える可能性があります。
近年、取締役の報酬等には、取締役に対して職務を適切に執行する動機(インセンティブ)を付与する重要な機能があると考えられており、その一環として、取締役に対し、インセンティブとなるような設計のもとで、報酬等として株式又は新株予約権を付与する会社が増えています。
このような状況に鑑み、取締役等の報酬等として、募集株式の発行又は自己株式の処分、新株予約権の発行をするときは、定款又は株主総会の決議により、当該株式又は新株予約権の数の上限等を定めなければならないことが明確化されています。
改正前会社法は、株式の発行や自己株式を処分するには、金銭の払込み又は金銭以外の財産の給付が必要とされていたため、取締役に報酬として株式を付与する場合、会社が取締役に付与する金銭報酬債権を取締役が会社に現物出資して株式の発行を受けるという法的構成がとられ、また、ストックオプションについては行使価格を1円とする、いわゆる1円ストックオプションが発行されてきました。
株式会社が業績等に連動した報酬等を適正かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため、改正法では、上場会社が取締役等の報酬等として、定款又は株主総会決議に基づき株式の発行等をする場合には、払込みを不要とすることが認められています。これにより、報酬としての株式の無償発行や行使価格ゼロ円のストックオプションの発行が可能となっています。主な改正点は次のとおりです。
前述の取締役等の報酬等としての株式の無償発行等が可能になったのは、上場会社のみです。また、対象者は、取締役(取締役であった者を含む)、指名委員会等設置会社においては執行役(執行役であった者を含む)に限られており、それ以外の者(上場会社の監査役・執行役員・使用人、非上場会社の役員等)による利用は認められていない点に留意が必要となります。
公布日(19年12月11日)から1年6カ月を超えない範囲内において政令で定める日(20年後半頃から21年前半頃)から施行されるため、21年3月期以降の決算に影響を与える可能性があります。
企業会計基準委員会は、取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする場合における会計処理の検討を行う予定であるため、今後の会計基準の開発動向に留意する必要があります。なお、想定されている典型的な株式報酬の形態は次のとおりです。
当該報酬制度における取締役等との契約に基づく期間において、報酬費用をいつどのような金額で計上するか、また、増加する払込資本をいつどのような金額で計上するか等が、主要な会計上の論点になるものと考えられます。
株式会社(買収会社)が、その株式を対価として当該他の株式会社(被買収会社)を買収しようとする場合には、株式交換制度を用いることが考えられます。しかし、株式交換制度を用いる場合には、買収会社は被買収会社の発行済株式の全てを取得することになるため、買収会社が被買収会社を完全子会社とすることまでを企図していない場合には、株式交換制度を用いることができません。
また、自社の新株発行等と他の会社の株式の現物出資という構成をとる場合には、原則として検査役の調査が必要となり、手続が複雑でコストが掛かることから、実務上、株式を対価とするM&Aの手法を用いることが困難になっていると指摘されていました。
そこで、改正法においては、完全子会社とすることまでを企図していない場合であっても、株式会社が他の株式会社を子会社とする(議決権の50%超を取得する)ため、自社の株式を他の株式会社の株主に交付することができる株式交付制度を新たに設けています。
株式交付制度とは、他の(国内)株式会社を子会社化するために、対象会社(株式交付子会社)の株式を譲り受け、その譲渡人に対してその株式の対価として自社(株式交付親会社)の株式を交付する手続です。既存の株式交換制度とは異なり、対象会社の株主のうち希望者のみからその株式を取得する点に特徴があり、株式交付制度の主な手続は次のとおりです。また、株式交付制度のイメージは<図2>のとおりです。
株式交付子会社は、日本の会社法上の株式会社に限られ、外国会社は対象外とされています。また、株式交換制度の場合は、株式交換完全親会社が株式交換完全子会社の全ての株式を当然に取得しますが、株式交付制度は、株式交換制度とは異なり、株式の有償の譲渡とされています。このため、株式交付子会社が上場会社である場合には、株式交付親会社は、株式交付を行うに当たり、別途、公開買付規制に服する場合があると解される点に留意する必要があります。
この点から、株式交付制度は、主として国内の非上場会社を対象会社とするM&Aにおいて利用される余地が大きいことが想定されています。
株式交付制度は、対象会社の議決権の50%超を取得することにより、当該対象会社が子会社となる場合を前提とするため、企業結合の分類としては、グループ外の企業結合である「取得」に該当すると思われます。
このため、株式交付親会社の連結財務諸表上の会計処理としては、株式交付子会社の資産及び負債を時価評価し、受け入れた資産及び引き受けた負債の差額(=時価純資産)のうち株式交付親会社に帰属する部分と支払った対価(=交付した株式の時価)との差が「のれん」(又は「負ののれん」)になると考えられます。
公布日(19年12月11日)から1年6カ月を超えない範囲内において政令で定める日(20年後半頃から21年前半頃)から施行されるため、21年3月期以降の決算に影響を与える可能性があります。