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KAMの強制適用を迎えて

2021年4月1日 PDF
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情報センサー2021年4月号 Topics

EY新日本有限責任監査法人 素材セクター 公認会計士 濱﨑 孝陽

主に国内事業会社の監査業務に従事し、鉄鋼業や医療機器業等を担当している。法人内では講師として各種研修に登壇し、監査役研究会等の外部向けセミナーの企画運営に携わっている。

Ⅰ はじめに

2021年3月期から、財務諸表に対する監査報告書に「監査上の主要な検討事項」(以下、KAM:Key Audit Matters)が記載されることになります。対象は、金融商品取引法に基づく監査報告書(非上場企業のうち資本金5億円未満または売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業を対象とする監査報告書は除く)です。なお、20年3月期から、KAMの早期適用が認められていました。21年6月には、多くの企業が、KAMが含まれた有価証券報告書を提出し、広く世の中にKAMが報告される予定です。

本稿はKAMの強制適用に向けての留意事項等について述べるものです。なお、文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ KAM強制適用を迎えて

1.   KAM強制適用に向けた留意事項

会計監査人によるKAM報告の目的は、実施された監査の透明性を高めることにより、監査報告書の情報伝達手段としての価値を向上させることにあります。また、財務諸表の利用者にとってKAMは、企業への理解を深めたり、財務諸表における経営者の重要な判断が含まれた領域を知ることに、役立つと考えられます。

KAM強制適用の初年度を迎え、対象となる企業において、会計監査人と企業は協議を行いながらKAM報告の準備を進めているものと思われます。

KAMの報告に至るまでの主な留意事項は、次の通りです。

まず、経理部門および監査役等は本決算の前に会計監査人が作成したKAMの草案を基に、会計監査人と協議を行い、KAMの選定対象やKAM草案の内容について、会計監査人と理解の共有を図ることが望ましいと考えられます。これは、本決算の決算作業および監査業務が始まると、KAMの協議に対して、企業および会計監査人が十分な時間を取ることが難しくなると想定されるからです。

また、英文の監査報告書が必要な場合は、会計監査人は和文のKAM草案を作成することと並行して、早い段階から英文でのKAM草案作成に着手することが望ましいです。これは、英文のKAM草案の作成を行う過程で、和文のKAM草案に対して、追加的な文言調整が必要になる事項が出てくる可能性があるからです。

次に、本決算で確定した決算数値や期末監査での判断等に基づき、KAM草案をアップデートすることになります。そこで、経理部門および監査役等は、会社法に基づく監査報告書が発行されるくらいの時期に、会計監査人から最終版のKAM草案の提示を受け、会計監査人と協議を行うことが望ましいです。なお、期末監査の過程では、KAMの項目追加や大幅な内容変更が生じる可能性があり、また、特にKAM報告の初年度は協議に時間がかかると想定されますので、必要に応じて追加で協議を行います。

その後、有価証券報告書の開示内容の検討の際に、KAMと開示内容との整合性を確認し、KAMの文言修正や、必要に応じて開示拡充の検討を行います。ただし、可能であれば、この開示拡充の検討は、事前に作成しているKAM草案および前年度の有価証券報告書を基に、期末監査を待たず、なるべく早い時期に協議を開始することが望ましいです。なお、21年3月期から企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が適用されたため、本会計基準に影響を受け、変更または追加となる開示の内容も含めて、KAMとの整合性を確認する必要があります。

2. 財務諸表利用者との対話への備え

有価証券報告書に含まれる金融商品取引法に基づく監査報告書には、KAMの記載が要求される一方で、株主総会の招集通知に含まれる会社法に基づく監査報告書においては、KAMの記載は制度上の義務ではありません(任意で記載することは可能)。そのため株主総会開催の時点では、多くの企業でKAMが公表されていないと想定されます。しかし、株主総会においても株主からKAMに関する質問が出る可能性があります。また、株主総会に限らず、決算発表等の場でもKAMに関する質疑が出るかもしれません。他にも、KAM報告後に、KAMの対象となった領域で経営上の重要な動きがあった場合は、当該KAMが財務諸表利用者の注目を浴びることも想定されます。このような、株主をはじめとする財務諸表利用者との対話に備え、企業においては、監査役等や経理部門だけでなく、経営執行層をはじめ、IR部門や株主総会対応を行う総務部門等も、KAMについて一定の理解をしておくことが必要でしょう。

また、KAMの導入により、監査報告書の情報価値が高まります。KAMを記載した監査報告書が有価証券報告書に含まれるということを考えれば、企業と会計監査人は、監査報告書が財務諸表利用者に対して、どのようなメッセージを持つかに留意しながら、KAMに関するコミュニケーションを図る必要があります。

3. KAM早期適用事例の分析

20年3月期から、日本においてもKAMの早期適用が認められました。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で早期適用を取りやめた企業もあると想定されるものの、結果として48社がKAMの早期適用を行いました(19年12月期の米国SEC登録企業1社を含む)。その業種は多岐にわたり、これらの日本でのKAMの先行事例については、日本公認会計士協会や日本監査役協会による分析が行われ、その分析結果が、各協会から公表されています

これらは、早期適用事例の分析結果のみならず、KAM実務に役立つ情報も多くまとめられています。KAM強制適用の準備を進める上では、大いに参考になるでしょう。

4. 新型コロナウイルス感染症拡大の影響

新型コロナウイルス感染症は、20年2月頃より日本でも感染拡大が始まり、20年3月期決算においては、多くの企業がその影響を受けたと考えられます。

また、21年3月期は、一年を通じて新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けた、非常に特異な年度となりました。

20年3月期にKAMの早期適用を行った事例を分析すると、有形固定資産の評価やのれんの評価等の領域で、多くのKAMが選定されています。

21年3月期の強制適用初年度においても、前年度と同様の傾向となる可能性はありますが、これらには、新型コロナウイルス感染症拡大という特殊な環境下でKAMの選定が行われた側面もあるため、今後平常時に戻った場合には、KAMの傾向が変動することも考えられます。

また、会計監査人が財務諸表の監査において、特に重要であると判断した事項は、企業の事業の状況によって変化が見られるものであり、そのため、必ずしも毎年一定の項目がKAMに選定されるとは限りません。年度によってKAMに選定される対象が変わる可能性もあります。素材産業等の企業が属するそれぞれの産業ごとに、何かしらの傾向が出てくる可能性もあります。特に、現在は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、先行きが不透明な状況が続いています。今後数年間で、KAMの対象がどのように変化していくかについては、引き続き留意が必要です。

Ⅲ おわりに

KAMの導入により、監査報告書の情報価値が高まります。KAMの報告が行われる上で重要なのは、KAMの報告に至るまでに、企業と会計監査人が十分なコミュニケーションを重ねることではないでしょうか。今後、日本でKAMの実務が定着していく過程で、会計監査人によるKAMの報告や、KAMをきっかけとした企業の開示内容の拡充が、財務諸表利用者に対して、より有用な情報提供につながっていくことが期待されます。

※ 日本公認会計士協会2020年10月8日:監査基準委員会研究資料第1号『「監査上の主要な検討事項」の早期適用事例分析レポート』、日本監査役協会2020年11月30日:『監査上の主要な検討事項(KAM)の早期適用に関する実態と分析-強制適用初年度に向けて-』

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