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FATF対日審査の行方とその後のマネロン・テロ資金供与対策

2021年6月1日 PDF
カテゴリー EY Consulting

情報センサー2021年6月号 EY Consulting

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) 福島俊一

財務省で30数年にわたり経済制裁およびマネロン・テロ資金供与対策に従事。その間、FATF事務局出向やFATF対シンガポール審査員を経験し、直近の1年間はFATF対日審査の取りまとめを担当している。2020年7月より現職。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) アソシエート・パートナー。

Ⅰ はじめに

マネー・ローンダリング(マネロン)およびテロ資金供与対策(以下、AML/CFT)に取り組む国際機関であるFATF(ファトフ)(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)による対日審査が2019年より行われています。審査結果は、FATFの総会での審議を経て採択・公表されます。新型コロナウイルスの感染拡大およびそれに伴う渡航規制など、コロナの影響で対日審査の審議は1年延期され、今のところ本年6月に行われる見通しです(公表は8月頃)。

本稿では、このFATF対日審査の行方と、結果が出た後の日本としての対応について解説します。

Ⅱ FATFの相互審査プロセス

FATFは、マネロン対策に関する国際的な取り組みを推進する“政府間会合”として、1989年のG7首脳会議で設立が合意された枠組みです。現在の加盟国は日本を含む37カ国ですが、FATFが策定する「40の勧告」その他のスタンダードは、世界190以上の国と地域が遵守する旨を表明しており、AML/CFTの国際基準と認知されています。

このFATF勧告の遵守および履行を担保するしくみが“相互審査”という取り組みです。相互審査では、審査の対象国ごとにFATF加盟国によって構成される審査団が結成され、その審査団が被審査国の法制度や執行体制(FATF勧告に対応した法令遵守状況)を精査し、また、関係当局や金融機関等との面談を通じて、実務面におけるFATF勧告の履行状況(有効性)を精査します。

審査結果は項目ごとに4段階で評価されますが、合格レベルに達していないものについては、その後のフォローアップと呼ばれるプロセスにおいて一定水準に達するまで改善を図らなければなりません。この改善の進捗(ちょく)が著しく遅い場合、FATFは、その国を「非協力国」または「ハイリスク国」と認定して公表し、それでも満足な改善が見られない場合には、FATFにおける投票権(1国1票)の停止から最終的にはFATFからの脱退というペナルティーが待ち構えています。

Ⅲ 第4次相互審査の進捗状況

FATF勧告はこれまで3回の大幅改定が行われ、現在の勧告は「第4次勧告」と呼ばれています。また、現在行われている審査は、この第4次勧告に基づくため、「第4次相互審査」と呼ばれています。本稿脱稿の時点(2021年4月)で、FATF加盟37カ国・地域のうちの27カ国・地域の審査が終わっています。

金融機関の取り組みへの評価結果を見ますと、審査を終えた国・地域の多くの国において、①マネロン等のリスク認識②リスクの大きさに応じたリスク低減策の実施③継続的な顧客管理、そして④実質的支配者の認識などが不十分であると指摘されています。また、これまでのところ金融機関等の有効性で合格点を取った国はなく、このFATFの審査結果を受けて、AML/CFTに関する新法の制定などの抜本的改革を行っている国もあります。

Ⅳ 対日審査の行方

対日審査は、2019年10~11月に審査団が訪日し、AML/CFTを所管する関係省庁および関係業界の団体と個別に面談をしました(オンサイト審査)。オンサイト審査の後は、当局と審査団の間で報告書案の協議が今日まで続けられています。

審査結果は報告書の公表まで分かりませんが、AML/CFT対応が厳格と思われている国でも厳しい評価を受けており、日本も相応の覚悟が必要かもしれません。

相互審査は、審査報告書の採択・公表で終わりではなく、審査結果を受けて制度や実務対応の見直しなどを行うフォローアップ・プロセスの始まりです。また、このフォローアップには時間の制約があり、報告書採択の5年後に予定されている再審査(フォローアップ審査)に向けて、不備事項の改善を行い、一定数の項目についてFATFから合格に認定(アップグレード)を獲得する必要があります(<図1>参照)

図1 FATF対日審査のスケジュール

当局においては、不備を指摘された制度面の見直しとして、場合によっては法令等の改正を余儀なくされることも考えられます。また、当局は、これまでの監督体制を見直し、不備があった金融機関等に対し、これまで以上に厳しく対処することも考えられます。

他方、金融機関等(犯罪収益移転防止法上の「特定事業者」)においてもまた、実務面での対応、例えば、リスクベースアプローチのさらなる徹底などを求められることが想定されます。

前回の対日審査報告書(第3次審査報告書)は2008年10月に採択され、そこで指摘された不備事項を合格レベルにまで改善し、フォローアップのプロセスから「卒業」するまでに8年の歳月を要しました。日本の取り組みの進捗が芳しくなかったため、2013年8月にはFATFの命を受けた「ハイレベルミッション」と呼ばれる一団が訪日して財務大臣や法務大臣などと面会し、改善に向けた取り組みを加速させるように促されるという不名誉なこともありました。

また、審査結果を受けてAML/CFT対策の基本法である犯罪収益移転防止法を改正しましたが、FATFから不十分であるとの評価を受けて、もう一度改正し直すことを余儀なくされました。

AML/CFTの取り組みが緩い国・地域が不正な資金移転に悪用されることは論をまたず、日本の金融システムの信頼を維持する上でも、前回審査のような轍(てつ)を踏むようなことがあってはなりません。

Ⅴ おわりに

マネロンやテロ資金供与と聞くと、どこか外国の話のように思いがちですが、金融機関の口座の不正利用や振り込め詐欺の事案は頻繁に報じられています。そこでは、不正に得た資金を隠匿し、その事実を仮装して移転するというマネロンが行われています。

金融機関等が犯罪収益の疑いがあるとして警察庁に出した「疑わしい取引の届出」は、2016年に40万件を超え、また、警察が検挙したマネロン事案の件数も、2020年には600件に達したことなどからも、マネロンが決して対岸の火事ではないことが分かります。

AML/CFTは、FATF対策として行うものではなく、また、当局や金融機関という一部の関係者だけが汗をかいて効果が出せるものではありません。全ての国民がステークホルダーとなって、不正な金融取引等に注意を払い、オールジャパンで取り組まなければならない課題といえるでしょう。

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