急成長する米国SPAC市場

急成長する米国SPAC市場

2021年7月1日 PDF
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情報センサー2021年7月号 JBS

EY新日本有限責任監査法人 シカゴ駐在員 公認会計士・米国公認会計士(イリノイ州・ワシントン州) 鈴木拓也

日本でIPO関連業務や、幅広い業種の監査業務に従事した後、2015年7月より米国シアトルおよびシカゴにシニアマネージャーとして駐在。主に商社、製造業、食品メーカー等を中心とした日系企業への監査だけでなく、税務、アドバイザリー等の各種サービスのコーディネーションにも従事している。

Ⅰ SPACの仕組み

SPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)は、特定の事業を持たず、未公開企業やその事業の買収を目的に設立される会社であり、新規株式公開(IPO)で投資家から資金を調達することに特徴があります。SPACがIPOで調達した資金は、SPACの経営陣が適切なターゲットを見つけるまで、信託されます。

ターゲットの評価はSPACとターゲットの間で合意されます。その後、PIPE(Private Investment in Public Equity)という私募の方式で調達された資金を利用して「検証」されます。

SPACは通常、2年以内にターゲットを見つける必要があります。見つからなければ、調達した資金は投資家に返却されます。その後、SPACとターゲット企業の合併が株主総会で承認されれば、De-SPAC取引と呼ばれる合併が実行され、ターゲットとなる未公開企業は公開企業となります。ターゲット企業は、通常、正式な合併契約が締結された後に公表されます。(<図1>参照)

図1 SPACのライフサイクル

Ⅱ 近年の動向

SPACは何十年も前から存在していますが、ここ1年ほどで急速に人気が高まっています。背景には、知名度の高いスポンサー、大規模なディール、強力なリターンによって、SPAC市場が主流になったことがあります。2010年に上場したSPACはわずか2件でしたが、20年には、約115件のSPACが合併を完了または公表しました。これは、18年と19年の合併件数がそれぞれ21件と22件だったことと比較すると、その市場の過熱ぶりをうかがい知ることができます。SPAC Research※1によると、21年3月24日時点で、294件の新規SPACがすでにIPOのプライシングを行い(資金調達総額:957億ドル)、21件のSPACが合併を完了、116件のSPACが合併を公表しています。

Ⅲ スポンサーに魅力的なリターン

SPACは、専門的な財務、運営、その他の能力を持つスポンサーによって設立されます。通常、元業界幹部、機関投資家、プライベート・エクイティ・ファームなどです。SPACは、事業目的が単純で分かりやすく、上場関連の提出書類も簡素化されているため、ほとんどの場合、3カ月以内にSPACのIPO手続きを完了することができます。また政治家や著名人、大規模なプライベート・エクイティ・ファームなど、多くの既存のSPACスポンサーがこの分野に参入していることから、SPACはメディアの注目を集めています。SPAC Researchによると、21年3月24日時点での合併完了済SPACの上位10件の平均リターンは348%という非常に高い実績を残しています。

Ⅳ SPACスポンサーになることのメリット

大企業にとっても、SPACは戦略的な成長を目指す上での選択肢の一つとして魅力的なものといえます。SPACは、独立した投資ビークルを利用するスキームであり、かつ資金需要のある未公開企業に対して迅速に成長資金を供給することで、その事業拡大に貢献できます。また、SPACスポンサーとなることは財務リスクを回避することができ、高いROIがもたらされる可能性があります。

SPACが普及するにつれ、アーリーステージの未公開企業は、伝統的なM&Aルートではなく、SPACと合併されることも増えてきており、大企業がSPAC市場を無関心であると、企業のポートフォリオや機能を強化する機会を逸してしまうことになるでしょう。

Ⅴ SPACターゲット企業が準備すべき事項

未公開企業がSPACを通じた資金調達を実現するためには、合併完了前の非常に限られた時間の中で上場準備作業をしなければなりません。また、未公開企業が魅力的なターゲットになるためには、事業戦略や組織構造・運営や財務報告に至るまで、特定のエリアに集中して準備する必要があります。事前準備にあって最も重要な検討事項は以下の通りです。

企業オーナーとして、どの程度の支配権をスポンサーに手渡したいのか
一般的には受動的な機関投資家とチームを組むことが多い。

調達した資金をどのように活用するのか
採用の拡大、画期的な技術開発、既存製品カテゴリーの再構築等。

合併後に上場企業として運営していくために、合併前にどのように内部統制を強化することが可能か
オペレーションの自動化を通じたより高品質の財務報告プロセスやオペレーションの磨き込み等。

公開企業の期待に応えるために必要な従業員や外部アドバイザーを利用できているか
適時開示対応、より高精度の事業計画の策定等。特に日本企業にとっては、米国証券取引委員会(SEC)規則基づく対応が必要になる点、慎重な検討が必要。

Ⅵ 今後の展望

SPACは、30年前、懐疑と不確実性の中で誕生し、その後、「裏口上場」と揶揄(やゆ)されながらも存在し、近年着実にその市場は成長しています。21年4月には、SECから過熱するSPAC市場に対する懸念が表明されていますが、軌道修正を踏まえながら健全な市場としてさらに成熟していくことが期待されます。

今日のSPAC市場の活況が、資本市場を変革し、再構築していることは間違いありません。SPACが最終的にどのように進化するかを予測することは不可能ですが、SPACは、株式市場を通じて成長資金や流動性へのアクセスを求める未公開企業に、実行可能で迅速な新しいオプションとして活用されていくことでしょう。

(注)本稿はey.comに掲載された「What you need to know about SPACs」※2 を基に作成しています。

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