情報センサー

グリーン・ファイナンスは、気候変動問題を取り巻く政治的不確実性を払拭(ふっしょく)できるのか


情報センサー2018年4月号 FAAS


FAAS事業部 CCaSSチーム


Ⅰ はじめに


2015年12月に採択された国連の締約国会議(COP)パリ協定では、気温上昇を2度未満に抑えることを目標としています。この合意は低炭素社会への移行に向けて世界各国の政府がそれぞれの役割を担い始めたことを示すと同時に、従来の技術に比べて価格的に課題があった、助成金を受けない低炭素技術の導入面で価格競争力を伸ばしています。
グローバル経済を対象とする投資家にとって、同時進行で勢いを増す力は、アメ(低炭素技術の活用により企業のリスクレベルの低下またはリターン期待値の増大)とムチ(影響が大きい特定のセクターにおける規制・市場リスクの増大)の両面があります。景気見通しに敏感な一部の投資家は、新興技術を含める分散投資へと移行するリスクと、これに反応することなく、従来と変わらぬ業態を維持する企業への投資を継続するリスクとでは、後者の方がリスクが高いと認識しているかもしれません。
気候変動に関する規制は今後も変化を続けることが予想されるため、新規投資を「ムチ」の方向だけに絞るのはリスクが残るでしょう。問題は、投資を下支えするのに十分な「アメ」があるのか、また「グリーン・ファイナンス」は、この新興市場の成長を支える資本の増加を促すことができるのか、ということになります。

Ⅱ 政治介入が果たす役割とは


各国がパリ協定への署名と、それに伴い自国が決定する貢献(NDC)を提出したことは、政府が活動するための強力な土台になりましたが、政治的介入に対する各国の意識はかなりの温度差があります。しかし、温度差はあるものの、締結国が投資環境の変化に向けて経済制度を整えることには前向きである、というのが一般的な受け止め方です。
国際エネルギー機関(IEA)は、年に一度公表している「World Energy Outlook 2016」の中で、3つの気候変動シナリオを提示しました。


①現行政策シナリオ
②新政策(NP)シナリオ(全NDCが実施されることを想定)
③450シナリオ:「気温上昇を2度未満に抑える」シナリオで、大気中の二酸化炭素(CO2)を450ppm未満に維持することを目指したもの


市場関係者の大半は、ほとんどの国がパリ協定を強く支持する姿勢を示していることから、現行政策シナリオの継続は難しいと考えています。これは、新政策シナリオの方が単に「可能」というレベルよりもむしろ「有望」と見るべきであることを示唆しています。新政策シナリオを支援する追加的政治介入がNDCで提案されたことで、市場では新政策シナリオのインセンティブが高まることが予想されます。一方で、提案された政策間にはなお大きな隔たりがあるため、IEAでは450シナリオの方が現実味を増してくる可能性があると明確に示しています(<図1>参照)。


図1 新政策シナリオと450シナリオにおける世界CO2排出量

Ⅲ 世界各国が施策を追加し450シナリオに舵(かじ)を切った場合の展開


興味深いことに、2016年から2040年にかけてのエネルギー供給への投資総額は、450シナリオの方が新政策シナリオよりも実際には低くなるとIEAは見積もっています。むしろ投資の動きは、化石燃料から再生可能エネルギーやエネルギー効率事業へと大きくシフトしています(<表1>参照)。資金がエネルギー供給事業から離れて再配分されている動向を懸念する投資家が増える中、「座礁資産」という新たな言葉も生まれています。


表1 シナリオ別の累積グローバルエネルギー供給に対する投資 2016~2040年(単位:10億米ドル 2015年時点)

この分析によると、450シナリオを実現するために必要な追加投資額は、新政策シナリオの場合を下回る可能性があります。この場合、政府は現状維持より「ある程度」または「かなり」踏み込んだ施策を取る可能性が大幅に高まります。企業にとって、気温上昇を2度未満に抑える場合の市場環境に備えて戦略を立てる方が賢明であるということを示唆しています。

Ⅳ 市場は転換点に到達したか


「政治介入が果たす役割とは」に続く疑問は、「政治の大規模な介入がなくとも、市場は自らの成長を果たせるのか」ということです。
投資家にとって、資本を投入する対象の選択肢はほぼ無限で、低炭素系に絞る場合と市場全体への投資をマクロレベルで比較することはあまり意味がありません。ただし、特定の産業について考えた場合、リスク・リターンの特性が浮かび上がります。例えば、気候変動に関連したテーマが主な理由として影響を受けるレベルには、セクター間でのばらつきが想定されます。発電、石油、ガス、鉱業、輸送、重工業(化学、鉄鋼、セメントなど)、商業施設は、今後全て競争力の面でリスクにさらされることになります。
気候変動への対応に基づき確実に混乱が発生するのは発電セクターで、多くのデータがすでに転換地点に達していると示しています。
2016年の発電セクターでは、グローバル資金のうち、化石燃料の2倍の額が再生可能エネルギーに流れました※1。同時に、世界全体の石炭消費量が、経済協力開発機構(OECD)諸国での消費減少と、中国の需要が横ばいに転じたことなどを背景に、減少し始めています※2。発電セクターでの混乱は、サプライチェーンや裾野産業に波及しています。
対して他のセクターの分析は、そこまで単純ではありません。例えば、輸送燃料や商用不動産などのセクターには投資機会がある一方、セメント、鉄鋼、化学などのセクターでは低炭素技術を支える政策に大きく依存しています。
残念ながら「転換点に到達したか」という最初の問いに対する分析は、「セクターによる」が回答です。投資を検討する際は、対象を理解し、業界、所在地、実資産に関する細やかな評価を必要とします。しかし、気候変動に関連する市場要因を考慮しないと、政策介入の有無にかかわらず、どのセクターへの投資でもリスクにさらされる可能性は明らかです。

2016年から2017年にかけて、新しい再生可能エネルギーの供給量に対するオークションが数回開催されました。インド、アラブ首長国連邦、チリ、ドバイ、メキシコ、米国での取引価格は、実用規模の太陽光発電は均等化発電原価(LCOE)で40米ドル/MWh未満でした。これは太陽光発電のコストが1年で半減したことを意味しています。同様に、2016年にモロッコ、ブラジル、メキシコ、チリにおいて行われた風力発電のオークションでも、40米ドル/MWh未満の価格で取引が成立しました。これは、40~90米ドル/MWh水準と推定される超臨界石炭発電のコストと同水準に迫っています。
価格低下の一部はクリーンエネルギー補助金が要因ですが、それはほんの一因に過ぎません。発電所規模の太陽光発電や風力発電は、今や化石燃料技術に競うに足りる価格競争力を持ち始めています。
 

Ⅴ これまでの投資家の反応


パリ協定に至るまでは、積極的な機関投資家が気候変動に関する国際的な結束を先導しました。これらの取り組みやその他の新しいグリーンマーケットの規模は、過去2年間で大幅に拡大しました(<図2>参照)。主な例は以下の通りです。


  • 2014年後半に発足したポートフォリオ脱炭素化連合(PDC)は、脱炭素社会の実現に向けて、機関投資家の資金を最小必要量まで引き上げることを目指しています。現在、PDC会員は6,000億米ドル以上を脱炭素化に向けた取り組みに費やす予定で、会員数は増加し続けています。

  • 2014年9月に発足したモントリオール・プレッジでは、署名機関はポートフォリオを構成する企業の二酸化炭素総排出量を毎年測定し、公開を義務づけています。これまで120名の資産保有者とファンドマネージャーが署名しており、その管理資産総額は10兆米ドル以上にのぼります。

図2 気候変動関連の財務的取り組み規模-COP前とCOP後(10億米ドル単位)

債券市場もまたグリーンボンド市場を生み出し、著しく拡大させました。グリーンボンド市場が数年前に始まった時はやや知名度に欠けていましたが、今日では急速に成長する資産クラスになっています。
EYは、投資家が気候変動リスクを投資判断に組み込む際、こうした新たな潮流が各資産クラスの現在・将来にどのような意味を持つか、より深く検討しました(<表2>参照)。


表2 投資判断のための新たな潮流

Ⅵ 投資の世界以外のセクターに属す企業にとっての意味とは


これまで以上に継ぎ目なく絡み合う世界において、全ての企業は投資の世界で起こる変化の影響を感じるでしょう。社債の資本コストは、企業が気温上昇2度未満の世界に同調するかどうかで変わるはずです。株式では、3方向からのプレッシャーを受ける企業に対する報告要件や開示事項が増える可能性が高まります。


①株主アクティビズム
機関投資家と物言う株主は気候リスクの開示を求めており、こうした要求はFSBの提言に沿った開示を重視することになる。
②規制の増加
2016年、フランス政府は金融セクターに気候変動リスクについての報告を求める法律の制定を可決。2017年6月、FSBによる「気候関連財務情報開示タスクフォースによる最終報告書」が発表されたことに伴い、政府や金融取引所がこの提言に沿う形でさらなる規制の導入が予想される。
③法的影響の増大
気候変動リスクの適切な開示を行わない組織に対し、すでに数多くの訴訟が起こされている。


気候変動リスクに関する行動や開示について法的・財務的罰を受けた企業はまだありませんが、この問題に対する関心の高まりから善管注意義務の定義が広がりました。例えば、フランスの規制体系(エネルギー転換法173条)およびオーストラリア健全性規制機構(APRA)が発表した声明において、気候変動の影響を考慮する会社役員の法的義務について政策開発センターと未来事業評議会が作成した法的選択肢が参考として用いられました※3

Ⅶ おわりに


気候変動に対する活動は、世界のさまざまな地域において数十年にわたり政治的に無視されてきました。温室効果ガス排出を規制し、気候変動を抑えるための国際的に一貫したアプローチは表れておらず、以前に比べて生じにくいものと思われます。しかしパリ協定の署名以降、政府が長期的な目標を設定し、投資家が挑戦に応えるという新たな時代に入っているように見えます。この状況は、大きな変化に先駆けて、短・中期的なあらゆる転換の役割の一部を資本市場が担うことを意味しています。
金融市場における変化に備えのない企業は、同業他社に比べて将来的に資本コストが増大するかもしれません。こうした変化からチャンスを見いだし、それを自らのビジネスに組み入れる戦略を立てれば、競争優位性を生み出す一助となり得ます。このプロセスでは、グリーンボンドの一部を成す資本支出項目を評価したり、FSBの提案に照らし、現在の気候変動リスクの開示内容の評価を行う可能性があります。この問題に対する投資家の感応度が高まれば、気温上昇を2度未満に抑制する方針に沿った実行計画は、優良な資本を求める企業が常に意識し実行する戦略として位置付けられることでしょう。

(注)この記事は「EYG no. 05124-173GBL」を翻訳したものです。


※1 ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス/国連環境プログラム「2017年再生可能エネルギー投資のグローバルトレンド」(2017年)
※2 「風力と太陽光が化石燃料を圧倒」、www.bloomberg.com/news/articles/2016-04-06/wind-and-solar-are-crushing-fossil-fuels(アクセス日 2017年6月19日)
※3 サマーヘイズ、ジェフリー「オーストラリアの新地平:気候変動の挑戦と健全性リスク」(APRA、2017年2月17日)


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