小売業 第4回:ECビジネスモデルの特徴と留意すべきポイント

                                                                                                  EY新日本有限責任監査法人 小売セクター
公認会計士 荒川 みどり

 

第3回で考察した通り、ますます広がりを見せているEC販売ですが、当初からEC専業の会社と、従来の小売業から参入する会社があります。また、ECに係る商流の全てを自社でまかなう会社と、その一部については他社に委託する会社もあります。これからは、ECへの進出方法の違いによる、それぞれの特徴と、統制を含めた内部管理面や会計面に関して想定される留意事項を述べます。
 

1. 販売プラットフォームの形態

(1) 一般的なビジネスモデルと特徴

EC販売の代表的なビジネスモデルとしては、一般的に直販型と仮想商店型の二つが存在します。

直販型とは、EC販売を行う企業自身がサイトの運営者となる形式です。通常は自社で商品を仕入れ、発送作業までを担うため、顧客からの受注に対してタイムリーな発送を行いやすいというメリットがあります。しかし、システムをはじめとしたインフラを一から構築するには多額なコストがかかるというデメリットがあります。

仮想商店型とは、他社が運営するバーチャルモールに出店する形式です。自社でEC販売に係るインフラ投資をする必要がなく、モール運営会社に出店手数料や売上手数料を支払うことでビジネスを開始することができます。また、モール運営会社から品ぞろえや販売戦略に関するアドバイスを受けることもできます。しかし、モールには多数の出店会社が存在することから、自社商品の独自性をいかに創出できるかが、ビジネス上の重要な課題となります。

(2) 留意すべきポイント

直販型の場合

前述の通り、直販型の場合、基本的には一から自社で事業を立ち上げることが必要となります。ノウハウが乏しい中で新規事業として計画を進めていかざるを得ないことから、会計面では投資回収のリスク、すなわちインフラ構築に必要となるシステム投資や、ECに出品する商品在庫に関する投資資金の回収リスクに一層留意する必要があります。インフラ構築については、事業計画に対する実績の乖離(かいり)状況を継続的にモニタリングし、計画通りに推移しなかった場合には、固定資産の減損を検討する必要があります。また、商品在庫についても滞留の状況に留意して、収益性が低下した場合、適切に簿価を切り下げることの検討が必要です。

仮想商店型の場合

一方、仮想商店型の場合、初期投資の負担は軽いため、一般的にインフラ投資等の回収リスクは低いといえます。しかし、他社との連携により商品を販売していくスキームのため、権利義務の明確化に留意することが必要となります。例えば、最近ではモール運営会社の倉庫に一定量の商品在庫を預けるケースも出てきています。その場合には、手元に存在しない自社商品が発生するため、棚卸の際には外部の倉庫に赴き、自社で棚卸をするか、もしくは預かり証や在庫証明を入手することで商品在庫の実在性を確認する必要があります。なお、預かり証や在庫証明の入手を選択する場合には、帳簿数量と実在庫数量の違算が生じたときの負担関係について、自社在庫を預けている倉庫業者との間で事前に明確にしておくことが重要です。
 

2. 物流プラットフォームの形態

(1) 一般的なビジネスモデルと特徴

一般的には、商品の入出庫からピッキングまでを自社で運営する方法と、その全部又は一部を物流専門会社に委託する方法があります。

自社で運営する方法としては、既存の実店舗の商品供給ラインを共同活用するケースのほか、既存の商品供給ラインとは切り離してEC専用の物流倉庫を新設するケースがあります。また、通常の食品スーパーにネット販売用の在庫を持つ倉庫を併設するハイブリッド型のケースも見られます。

(2) 留意すべきポイント

実店舗ラインを活用するケース

実店舗の商品供給ラインを活用するケースについては、既存のインフラやリソースでネット受注に対応できることが多いため、初期投資を抑えて進められるメリットがあり、また、内部統制の大きな見直しなどは必要とされないことも考えられます。しかし、商品を保管できるスペースには限界があり、また、実際に来店した顧客への販売量と、ECでの販売量のバランスを予測しながら適正在庫を保つ必要があります。例えば、猛暑や酷寒、雨天などの場合には、ECの受注が急増するケースも想定されます。このような場合でも、欠品による販売ロスを極力少なくするように、発注管理の精度を上げることが課題となります。仮に、過剰仕入によって計画通りに消化が進まない場合には、滞留在庫について収益性低下による簿価の切り下げを検討する必要があります。

専用の物流倉庫を新設するケース

専用の物流倉庫を新設するケースでは、仕入についてECでの受注のみに対応すればよく、また倉庫内の棚割りもピッキングしやすい配置にすることで、生産性を向上させることができます。しかし、新規インフラ構築による投資コスト、ピッキングや梱包のための新たな人件費コストが大きくかかり、多額な固定資産を保有する場合には、固定資産の減損が重要な検討事項となります。投資の成果である収益性を継続的に管理していくことに留意し、当初の予想よりも収益性が低下した場合には、減損損失計上の要否を検討します。専用の物流倉庫を新設する場合には、既存店舗とは異なり、ECでの物流に特化した業務が必要となることも考えられるため、内部統制プロセスの新たな整備が必要となります。システムフローを整理するとともに、業務処理のエラーを事前に防止、もしくは事後に発見する仕組みづくりが必要となります。

物流の形態により、それぞれメリット、デメリットがあります。ターゲットとする商圏の広さや、取り扱う商品の特徴、想定する受注の規模をよく見極めた上で、投資の意思決定を行うことが求められます。

 

3. マーチャンダイジング及び商品管理

(1) 一般的なビジネスモデルと特徴

一般的に知られている「パレートの法則」(80:20の法則)は、小売業の戦略としても用いられることがあります。例えば、売上高の80%は上位20%の売れ筋商品によって、もたらされるため、商品を陳列するスペースなどの物理的な制約も考慮して、品ぞろえは売れ筋商品を中心とする戦略です。

一方、ECでは商品陳列の物理的制約はないため、通常の店頭では売れ行きが乏しい商品でもサイトに掲載することができます。個々の商品の販売数は少量で売れ筋とはいえないものについても、それらを合計すると売れ筋商品の売上に匹敵する可能性もあります。縦軸に売上高、横軸に左から売上高が高い商品から並べていくと、次の図の通り、右下がりの曲線が描かれます。この曲線はロングテールといわれ、売上高が上位の部分がヘッド、下位の部分がテールと呼ばれます。テール部分の売上高の規模も大きく期待できる可能性があり、そのような商品を取り扱うことの是非も検討すべき点の一つとなり得ます。

図 ロングテール.

図 ロングテール

 

(2) 留意すべきポイント

確かに、インターネット販売は物理的な制約から解放され、取扱商品を増やせるメリットがあるため、実店舗より幅広い品ぞろえを計画することも考えられます。しかし、膨大な商品数を抱えることは、ピッキングや梱包の作業コストがかかるため、生産性を考えれば非効率となる可能性があります。また、会計上は滞留商品等のように収益性が低下している商品については、帳簿価額を切り下げる処理が必要となります。新たにEC事業に進出する際には、品ぞろえの範囲を明確に定めた上で、オーバーバイイングにならない在庫計画を行うことに留意が必要です。

 

4. 組織上の課題

(1) 他社の事例の状況

インターネットの普及に合わせてEC事業を立ち上げた多くの企業が、「オンライン事業部」のようなEC専門の部署を新設しています。しかし、その多くの企業が直面した弊害が、自社内における組織間の壁と聞かれます。実店舗側にとってみれば自社商品がECでも販売されることから、実店舗とEC事業との間で社内競合に陥ってしまうというものです。商品の販売手段が増えることにより売上の拡大が期待されるものの、組織間の連携がうまくいかないといったセクショナリズムの問題が、その目標を阻害してしまう可能性もあります。

このような弊害を克服する実例として、管理会計において貢献利益という概念を取り入れ、主要業績指標(KPI)として採用する企業もあります。例えば、ある商品がECで売れた場合には、顧客からの受注窓口であるEC事業専門部署だけではなく、その商品在庫を供給する実店舗でも、管理会計上の売上や利益をカウントするなどの仕組みです。

(2) 留意すべきポイント

業績管理は企業ごとにさまざまであり、唯一絶対の評価指標はありませんが、顧客にとって魅力ある事業として拡大していく当初の目標を損なうことなく、全体最適化されるルールづくりが必要です。そのためには、ビジネスとして、どのようなくくりでEC事業を行うのかについてのビジョンを明確にする必要があります。また、関与する部門の責任・評価の所在や商流全体を整理し、職務分掌を含めた内部統制を構築することが重要となります。

さらに、売上や在庫の状況を全体的に見極め、コストやリスクを横断的に管理することも重要です。実店舗とEC事業を横串で管理する部署や責任者を設けることで、在庫の適正な振り回しにより販売機会のロスを軽減する施策を図るなど、全体最適につなげることもできます。

会計上の論点としては、減損会計上のグルーピングについても整理が必要となります。会計上、複数の資産が一体となってキャッシュ・フローを生成していると判断される場合には、複数の資産をグルーピングして減損処理の要否や減損処理金額の算定を行うこととされていますので、 損益管理及びキャッシュ・フロー生成単位はどのような単位とするか、ビジネス全体を理解した上で整理する必要があります。

参考文献

  • 『現代の小売流通 第2版』(中央経済社)
  • 『オムニチャネル戦略』(日経文庫)
  • 『アマゾンと物流大戦争』(NHK出版新書)
  • 『ロングテール  -「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』(早川書房)
  • 『アマゾンVSウォルマート-ネットの巨人とリアルの王者が描く「小売」の未来-』(ダイヤモンド社)
  • 『アマゾン、ニトリ、ZARA……すごい物流戦略』(PHP研究所)


企業会計ナビ

会計・監査や経営にまつわる最新情報、解説記事などを発信しています。


EY Japan Assurance Hub

時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、非財務情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ