2021年4月27日
スポーツが社会課題の解決にさらに貢献するために、求められていることは何でしょうか?

スポーツが次のステージに向かうために、求められていることは何でしょうか︖

執筆者 多田 雅之

EY新日本有限責任監査法人 第2事業部 パートナー

保証と助言、伝統と革新、仕事と家庭。新しい調和が生み出す創造を追求し、社会に貢献する。

2021年4月27日

かつて娯楽として喜びを提供していたスポーツは、今や社会のインフラへと変容し、時にイノベーションをもたらします。スポーツがより豊かな社会の実現に貢献し続けるために、直面している2つの課題について考察します。

要点

  • 課題①:スポーツ・インテグリティの強化―閉ざされた属人的な自治による統治から、開かれた透明性のあるガバナンスにシフトする。
  • 課題②:スポーツの価値の再定義―スポーツの多面的な価値を可視化して共有することで、ステークホルダーとの共存共栄を促進する。

(背景)スポーツのパワーの源

スポーツ(Sports)の語源はラテン語のdeportareです。これはDe (離れる)+ Portare(運ぶ)から構成され、「⽇々の⽣活から離れる」すなわち「気晴らし、遊び、休養、娯楽」を意味していました。その後、狩猟や野外活動の意味合いを強め、最終的には競い合うことを楽しむというゲーム性を含むようになり、今⽇に⾄ります。しかし、私たちが生きる現代において、スポーツをその語源のとおり非日常の娯楽とみなすことはその価値を見誤ることになります。今日では、スポーツはビジネス、医療、教育、地方再生、国際協力など多彩な分野で生かされており、豊かな社会を支える重要な社会基盤(インフラ)の一つになっています。さらに、スポーツは社会の停滞を打破し変える⼒を秘めています。スポーツの熱狂が社会に活⼒を与え、アスリートの挑戦が旧来の常識を打ち破り、私たちに新しい価値観をもたらします。いわば、スポーツは社会に変⾰(イノベーション)をもたらすドライバーでもあるのです。

それでは、スポーツが持つパワーの源はどこにあるのでしょうか。まず、スポーツは私たちにとって⽣きる楽しさや喜びを全⾝で⽢受する瞬間であることが挙げられます。私たちは産業⾰命以降、本来⼀つであった日々の⽣活を、⽣きるための義務である労働と、⽣きることを楽しむための娯楽に⼆分してきました。そして、スポーツは後者の代表格として普及し、私たちの⽣きることを楽しもうとする能動的なエネルギーが集約されるのです。また、スポーツは⼈間の本質的な姿を体現していることが挙げられます。私たち⼈類は⽣存するために、⾝体を駆使すること、競い合うこと、お互いに助け合うこと、困難を克服するために挑むことが求められてきました。そのため、私たちはそれらを本能的に美徳と感じます。スポーツにはそれらが凝縮されており、その純粋さ、潔さ、美しさが私たちの⼼を直接動かしているのです。

(Chapter breaker)
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課題1

インテグリティの強化

開かれた、透明性のあるガバナンス

こうした背景があるからこそ私たちはスポーツを汚すような⾏為を嫌います。それは私たちの⽣きる喜びを台無しにし、⼈間の尊厳に対する冒瀆(ぼうとく)を意味するからです。しかし、現実にはドーピング、⼋百⻑、違法賭博、暴⼒、ハラスメント、⼈種差別、スポーツ団体による不祥事など、さまざまな問題がスポーツに関連して発⽣しています。それらが放置されればスポーツが持つパワーは失われかねず、私たちの社会にとっての損失となります。そこでスポーツ・インテグリティを確保することが社会的な重要課題となります。

インテグリティとは、⾼潔さ・品位・完全な状態を意味する⾔葉です。スポーツ・インテグリティは、ビジネス界におけるコーポレートガバナンスと同様の役割を果たします。すなわち、スポーツ・インテグリティが確保されていれば、私たちは安⼼してより多くの社会的な資源をスポーツに投資することができ、そのことでスポーツがさらに社会の成⻑や課題解決に貢献し、その結果またスポーツへの投資が⾏われる、という好循環を⽣み出すことができるのです。

⼀⽅で、スポーツ・インテグリティはこれまで競技経験者などの関係者の良識によって⽀えられてきたという歴史があります。近代スポーツの多くはイギリスで⽣まれましたが、スポーツを娯楽として親しんだ中⼼は貴族やジェントリの上流階級です。そこでは、スポーツは⼈⽣の楽しみであり社交の場ですので、それを壊すようなことはしないという暗黙の約束がありました。⽇本では、相撲などの伝統スポーツの多くは神聖な祭事を起源に持ちます。また、明治時代以降に欧⽶諸国から輸⼊された近代スポーツも、国家全体で環境整備が進められ、国⺠の精神充実や体⼒向上のための「体育」という⼈間教育の場を通じて普及してきました。そのため、⽇本⼈にとってスポーツは⾼い精神性が求められる世界であり、先輩後輩や恩師とのつながり、礼儀作法、スポーツマンシップなどを強調する独特のカルチャーが築かれてきました。こうした関係者同⼠の信頼関係やカルチャーがスポーツ・インテグリティの確保の中心的な役割を果たしてきました。

しかし、時が変わりスポーツの⼤衆化が進み、スポーツの世界にさまざまな⼈が参入するようになると、こうした性善説による前提が崩れていきます。さらに、近年はスポーツのビジネス化が進み、放映権などを通じて多額の⾦銭がスポーツに投資されると、これまでにないリスク要因がもたらされました。また、指導者やアスリートなどをはじめとする関係者の不祥事や各種スポーツイベントで発⽣する諸問題は、その個⼈の名誉の問題にとどまらず、そこに投資した企業など幅広いステークホルダーに影響を及ぼすことになりました。そのため、スポーツ界はより多様となったステークホルダーが納得できる客観的なガバナンスの体制を整備する必要に迫られることになったのです。すなわち、スポーツ界は、これまでの閉ざされた属⼈的な⾃治による牧歌的な統治から、開かれた透明性のある近代的なガバナンスにシフトすることが求められているのです。

こうしたガバナンス体制を確保するために、2019年にはスポーツ庁から「スポーツ団体のガバナンスコード」が公表されるなど、さまざまな階層でアクションがとられています。しかし、スポーツにまつわる好ましくないニュースはなお続いています。スポーツにおけるインテグリティの確保のための不断の取り組みが求められています。

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課題2

スポーツの価値の再定義

スポーツの多様な価値の可視化

もう⼀つ、スポーツの可能性を⾼めるために取り組むべき課題が、スポーツの価値を再定義することです。ここでは、スポーツの価値をより多くのステークホルダーが理解し共有できるものとして可視化することが求められています。

私たちが価値と呼ぶのは⼤抵の場合において、どれだけの利益を⽣み出すかという財務的価値です。この点、スポーツは⻑い間お⾦が出ていく領域(コストセンター)と考えられてきました。つまり、多くの企業にとってのスポーツは従業員の福利厚⽣や広告宣伝、ブランディング、CSRなどの⼿段であり、財務諸表などにおいて費⽤として計上される取引でした。また、国や地⽅⾃治体にとっては体育館や公園などの公益施設の建築・維持、スポーツ団体への寄付⾦の提供など、税⾦を投⼊する対象でした。したがって、これまでスポーツが生み出す利益を把握し測定しようとする試みは限定的だったと⾔えます。しかし、近年ではスポーツ⾃体が利益を⽣み出す領域(プロフィットセンター)に移⾏してきています。また、スポーツイベントの開催やスタジアム・アリーナの建設などについて、その経済効果を測定する試みも盛んに⾏われています。今後もビジネス界で⽤いられてきた⼿法を導⼊するなど、さまざまなアプローチによってスポーツの価値を測定する試みが⾏われると考えられます。

⼀⽅で、スポーツの価値をそのような財務的価値で測るだけでは、ステークホルダーの期待に⼗分に応えたことにはなりません。近代において私たちは、企業に経営資源(ヒト、カネ、モノ)を集め利益の獲得を⾃由に競争するという産業資本主義に⽀えられて、著しい成⻑を遂げてきました。しかし、それは同時に環境破壊や格差拡⼤などの問題を⽣み出し、私たちの⽣活が脅かされる事態も招きました。そこで、近年では世の中をいかに持続可能なものにするかというサステナビリティ(Sustainability)という概念が浸透しています。そうした中で多くの企業が取り組みを強化しているのがSDGs(Sustainable Development Goals︓持続可能な開発⽬標)です。SDGsとは、2015年9⽉に開催したサミットにおいて採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ宣⾔」で⽰された、国連の加盟国が2030年までに達成を⽬指す17の⽬標と169の具体的なターゲットのことですが、企業はSDGsの取り組みの⽬標や成果をさまざまな形で表現し、ステークホルダーとのコミュニケーションを積極的に行っています。

こうした社会の動向に、スポーツ界も対応する必要があります。前述のアジェンダ宣⾔の中で、スポーツについて次のように述べられています。

「スポーツもまた、持続可能な開発における重要な鍵となるものである。我々は、スポーツが寛容性と尊厳を促進することによる、開発および平和への寄与、また、健康、教育、社会包摂的目標への貢献と同様、女性や若者、個人やコミュニティの能力強化に寄与することを認識する。」

冒頭で述べたように、スポーツは社会のインフラであり、イノベーションをもたらすドライバーでもあります。そして、スポーツはサステナビリティに取り組む私たちの社会にとって貴重な社会的資源です。サステナビリティへの貢献の可能性も含めて、スポーツの多様な価値を可視化して示すことができれば、より多くのステークホルダーからの関⼼を集め、スポーツへの投資をより強く促すことができると考えられます。SDGsに関する投資は、時にそれ⾃体が利益を直ちに⽣み出すものではなく、現⾏の会計基準に基づいて作成される財務諸表では⼗分に表現することができません。そこで、これまでの財務的価値による評価だけでなく、より多⾯的で⻑期的な価値評価に基づくアプローチが必要になります。スポーツ界がこうした取り組みに積極的に取り組めば、スポーツはより多くのステークホルダーと共存共栄の関係をいち早く構築できるものと考えられます。


関連書籍

スポーツの未来を考える①
スポーツ団体のマネジメント入門 -透明性のあるスポーツ団体を目指して-
(同文舘出版、編集:多田雅之、佐藤峻一)

スポーツの未来を考える②
最新スポーツビジネスの基礎 -スポーツ産業の健全な発展を目指して-
(同文舘出版、編集:多田雅之、佐藤峻一)

スポーツの未来を考える③
スポーツの可能性とインテグリティ -高潔なスポーツによる豊かな社会を目指して-
(同文舘出版、編集:多田雅之)

※ご希望の方は書店にてお求めいただくか、出版社へ直接お問い合わせください。

 

EYができること

スポーツ・インテグリティを確保するためのガバナンス体制の構築は、ビジネス界が⻑く取り組んできたコーポレートガバナンスの経験が⽣かされます。⻑年ビジネスの信頼と信⽤に取り組み積み上げてきたEYのナレッジは、スポーツ・インテグリティを確保するためのガバナンスの強化に貢献します。

また、価値の可視化について、例えばEYは、2016年から「Embankment Project for Inclusive Capitalism(EPIC)︓統合的な⽬線による新たな資本主義社会の構築に向けた取り組み」プロジェクトに参画し、LTV( Long-Term Value︓⻑期的価値)フレームワークを策定しました。ここでは、価値を消費者価値、⼈材価値、社会的価値、財務的価値の4つとし、達成する指標を整理し、優先順位やバランスを計ることができます。このような取り組みの中で、スポーツが持つ多⾯的な価値をより多くのステークホルダーに分かる形で伝えることができれば、スポーツが私たちの社会に貢献する可能性をより⼀層⾼めることができると考えます。

EY x Sports
- Sports Power the Community

EY Japanは、スポーツによるコミュニティの再蘇生を目的とし、人づくり、場づくり、コトづくり、ルールづくりに取り組んでいます。

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サマリー

スポーツ・インテグリティを開かれた透明性のあるガバナンスによって強化することが求められています。また、スポーツの価値を可視化して共有することで、ステークホルダーとの共存共栄が推進されます。

この記事について

執筆者 多田 雅之

EY新日本有限責任監査法人 第2事業部 パートナー

保証と助言、伝統と革新、仕事と家庭。新しい調和が生み出す創造を追求し、社会に貢献する。