外国人材の定着が地域経済を支える――優良事例から学ぶ自治体・企業の実践戦略 前編

外国人材の定着が地域経済を支える――優良事例から学ぶ自治体・企業の実践戦略 前編


人口減少と人手不足が深刻化する日本において、外国人材の活用は地方創生の鍵を握ると言っても過言ではありません。

本対談では、グローバル人材採用特化のリクルーティングサービス「Global HR DB」及び企業の海外進出支援AIエージェント「Globalize AI」を展開するPDOLE株式会社 代表取締役の伊賀航氏を迎え、EY新日本有限責任監査法人の中務、入山、森川が、自治体・地域企業が外国人材を生かすための戦略と支援策について議論しました。


要点

  • 外国人材受け入れに関わる政策が整備される一方で、地方自治体では受け入れるためのリソース不足が大きな課題となっている。
  • 自治体との連携にインセンティブを持たせることや、企業側にも適切な環境整備が求められる。
  • 日本が外国人材から選ばれる国になるために、日本の文化や安全性を「働く」ことと結びつけて発信していく必要がある。


外国人材受け入れに積極的な自治体が増加

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 ガバメントパブリックセクター シニア 森川 岳大
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 ガバメントパブリックセクター シニア 森川 岳大

森川:まず、外国人材に関する国の政策や最新のトレンドについて教えてください。

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部ガバメントパブリックセクター  プリンシパル 中務 貴之
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部ガバメントパブリックセクター プリンシパル 中務 貴之

中務:近年、日本では人口減少に伴う人手不足が深刻化しており、日本人に加え、外国人材の確保と活用が重要な課題となっています。こうした背景を受け、政府は2027年6月までに「育成就労制度」を施行する見通しです。また、2024年3月には特定技能の受け入れ枠の上限拡大や対象分野の拡充が閣議決定されました。世界の人材獲得競争の激化を背景に、高度外国人材向けの新たな在留資格も設けられ、デジタル分野を中心に外国人材の受け入れが加速しています。また、地方公共団体に向けては、外国人材の共生・受け入れに向けた取り組みに対する「デジタル田園都市国家構想交付金(令和7年度より「新しい地方経済・生活環境創生交付金」に名称変更)」での支援も行われている状況です。  

森川:国の政策整備が進む一方で、外国人材を取り巻く状況やニーズは地域ごとに異なり、各自治体には地域の実情に即した受け入れや共生に向けた取り組みが求められます。現在、自治体における取り組みにはどのような傾向が見られるのでしょうか。  

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部ガバメントパブリックセクター  シニアマネージャー 入山 泰郎
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部ガバメントパブリックセクター  シニアマネージャー 入山 泰郎

入山:これまで自治体の支援策は、主に定住・就労している外国人材を対象としていました。しかし近年では、自治体自らが積極的に外国人材の受け入れを推進する動きが広がっています。

例えば、留学生が地域に定着しやすいように就職や起業の支援を強化したり、特定の国から高度人材や技能実習生を迎え入れたりする自治体が増えています。同時に、すでに定住している外国人との共生にも力を入れ、日本人と外国人が共に暮らしやすい社会づくりを目指す取り組みも進んでいます。

地域の外国人住民をリーダーやキーパーソンとして育成し、地域コミュニティとの橋渡しを担ってもらう試みも行われています。

森川:自治体が外国人材の受け入れを進める上では、企業側の採用ニーズを正確に把握することが必要になります。PDOLE社ではこれまでに多くの外国人材採用を支援されていますが、そこから見えてきた企業のニーズにはどのような特徴があるのでしょうか。

PDOLE株式会社 代表取締役 伊賀 航 氏
PDOLE株式会社 代表取締役 伊賀 航 氏

伊賀氏:当社は「世界から日本へ。日本から世界で働くのが当たり前の世の中に」というミッションを掲げ、海外での企画やセールス、マーケティング、ITエンジニア、技術者や設計者など高度人材の採用支援に注力しています。経済産業省が主催する、日本のスタートアップ企業の海外展開を促進する海外派遣プログラム「J-StarX」に参画し、EYとご一緒したことが今回の対談のきっかけにもなりましたね。

これまでのわれわれの支援実績から、企業の外国人材ニーズは大きく3つに分類できると考えています。1つ目は、日本国内での採用が難しい優秀な人材を確保。2つ目は、海外展開や海外事業強化のための、特定地域に精通した人材の調達。そして3つ目が、人材不足の代替手段としての人材活用です。 


自治体の「戦略不在」が大きな課題に

森川:地方自治体では、企業側のニーズに対応するための施策が求められますが、一方でさまざまな制約や課題があるのも事実です。EYでは内閣官房からの委託調査を通じて、こうした課題を定量的に把握してきましたが、具体的にどのような課題が浮かび上がってきたのでしょうか。

入山:内閣官房では2023年度に自治体を対象に、外国人材の受け入れや多文化共生支援に関するアンケートを実施しました。その結果、都道府県での主要な課題として、「財源の確保」「支援人材の確保・育成」「関係機関・関係部署間の連携」「担当職員の不足」が上位に挙げられました。自治体においては「リソース不足」が最大の課題となっているのです。

また、外国人材の他地域への転出が42.6%と高く、地方圏から大都市圏への人材流出も深刻な課題となっています。

加えて、アンケート結果からは見えにくいもう一つの課題として「自治体の戦略不在」が挙げられます。先ほど伊賀様から企業のニーズについてお話がありました。本来であれば、農業や観光といった地域の基幹産業に即した人材の受け入れが求められますが、現実には「外国人材が必要だから」という理由だけで施策が進められるケースが少なくありません。また、介護や医療などのエッセンシャルサービスに必要な人材の確保も喫緊の課題でありながら、十分な分析がなされていません。これが、われわれの考える3つ目の課題です。

森川:伊賀様は、企業側のより詳細な課題について、人事戦略の観点からどのように分析されていますか。

伊賀氏:自治体には、それぞれ「こういう社会を実現したい」というビジョンがあるはずです。そのビジョンを具現化するには、企業と自治体との連携にインセンティブを持たせることが重要です。企業側も戦略的に経営目標を達成する手段の一つとして、海外展開やグローバル戦略を据える場合には、高度外国人材の採用を位置付けることが望ましいと考えられます。

一方で、外国人材が企業で活躍するためには、企業側にも適切な環境整備が求められます。それが伴わなければ、企業文化との不適合(カルチャーのアンフィット)が生まれてしまいます。当社では、高度人材が企業内で活躍できるように、企業側の人事戦略に基づいた採用計画、育成、配置、評価・制度、文化形成など総合的な支援を行っています。

しかし現状では、自治体側の戦略の打ち出しの不足や戦略自体の不在となるケースもあり、企業側の高度人材採用戦略が十分に連動できていない状況と考えられます。実際の採用プロセスでは、企業の採用計画にグローバル人材を組み込むところまで、戦術と実行の面からしっかりと織り込まれているかが求められます。採用して終わりではなく、外国人材が円滑に業務を習得し、適切な配置が実現できること。そして公平な評価制度が整備されていることが重要です。


日本への高い関心を「働く」にどうつなげるか

森川:企業にとって、採用後の人材育成や企業文化への適応が課題となる一方で、外国人材の視点に立った場合、今後の重要なテーマとしてどのような課題が挙げられるでしょうか。  

伊賀氏:日本で働きたいと考える外国人材と接する中で感じるのは、日本の文化や安全性、クリーンなイメージが非常にポジティブに評価されていることです。一方で、経済的な面では必ずしも競争力が高いとは言えません。このような状況下で、日本が外国人材に選ばれる環境を整える必要があります。

例えば、われわれはアジアや欧州・米国を中心に外国人材との接点がありますが、注力領域の一つであるインド市場を例に挙げます。人口増加が続くインドでは、STEM(科学・技術・工学・数学)領域の人材が豊富です。私自身も2024年12月に現地で50名ほどの候補者と話をしましたが、多くの方が日本で働くことを夢見ていました。しかし、日本特有の商習慣への適応、3年程度での転職希望、将来的に母国へ戻りたいという意向など、長期雇用を期待する企業側との間にギャップが生じやすい課題があることも明らかになりました。

入山:以前、日本で働く外国人への意識調査を実施した際、「日本は住みやすいが、働きやすいとは言えない」との声が多く見受けられました。給与水準や労働時間、年功序列といった日本特有の慣行が障壁となっているようです。一方で、アニメやゲームといったサブカルチャーの魅力により、日本は「住みたい・遊びたい国」としての評価は高い傾向にあります。しかし、それらの魅力はあくまで東京に集中しており、地方に移ると期待とのギャップが生じやすく、それが都市圏への転出につながっていると考えられます。

伊賀氏:観光やエンターテインメントの面では、日本は世界的に見ても非常に魅力的な国です。その日本がとがっている強みをさらに伸ばし、外国人材に対してより積極的に伝えていくこと。その延長として「働きたい」と思ってもらえるような形をつくっていくのが重要なのではないでしょうか。

中務:確かに、日本の文化やアニメ、観光、さらには生活における安全性といった要素は海外の方から高い関心を集めています。これらを「働く」につなげるためには、日本のテクノロジーやシステムがどのように社会を支えているのかを理解していただくが鍵になるかもしれません。日本で様々な方と一緒に働きながら、そうした仕組みを理解いただき、自身のキャリアに何らかの形で生かしていくことができるかもしれないという価値を伝えることができれば、日本はより多くの外国人材に選ばれる国になるのではないかと感じています。

給与面では優位性を保ちづらくなっている現状ではありますが、日本として何を強みとして打ち出すのかが重要になります。日本は依然として世界の中では、悲観しすぎる状況でなく、まだまだ可能性のあるポジションにいると思われます。今後さらに競争力を高めるためにも、生活することを含め日本で働くことの魅力を再定義し、戦略的に発信していくことが求められるでしょう。


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サマリー 

政府は外国人材の受け入れ枠の拡大や新たな在留資格の創設など整備を強化していますが、自治体・企業には財源不足や採用戦略の不在といった課題が残っています。外国人材の採用・育成・定着を一貫して支援する仕組みが不可欠であり、日本の魅力を再定義することも求められます。


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