EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
地域交通の事業環境は、コロナ禍前から事業者の経営状態の悪化、運転手を始めとした担い手不足の深刻化、サービス水準の悪化、これらによるさらなる利用者離れという負のスパイラル構造に陥ってきました。直近ではコロナ禍からの需要回復が一定程度進みつつも、担い手不足の深刻化はより加速しており、事業環境はさらなる悪化の一途をたどっています。
2023年12月の金剛自動車株式会社(大阪府)の担い手不足を主たる理由とした路線バス事業からの撤退は記憶に新しいところですし、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」の改正(*1)により、本年4月からバスやタクシー等運転手の拘束時間等が見直され、勤務シフト調整等を余儀なくされたことで運行路線や便数の維持が一段と難しい状況に陥っています。
一方、国による地域交通の「リ・デザイン」(*2)が打ち出されて1年半が経過し、全国各地でさまざまな試行錯誤の取り組みが進められています。また、近年AIオンデマンドバスや自動運転等のニューモビリティの取り組みも各地で進められているほか、2024年4月には、タクシー事業者の管理の下で地域の自家用車や一般ドライバーによって有償で運送サービスを提供することを可能とする制度(自家用車活用事業)(*3)が一部地域で始まる等、新たな交通モードの選択肢も増えてきているところです。
この点、前回の寄稿では、地域交通はまちづくりと一体となって住民のウェルビーイングを支える重要な基盤インフラであることや、その再構築にあたっては需要と供給の両面から地域で一体となって取り組むことにより、縮小均衡以外の解を模索していく必要があること等、全体像や方向性について述べました。上述のような事業環境の変化を踏まえると、バス、タクシー、鉄道といった既存交通モードに加えて、新たな交通モードの選択肢も組み合わせながら、いかに地域にとって全体最適の形となるようにコーディネートしていくかという視点は、より重要になっていると言えるでしょう。
以上から、本稿では、事業環境が悪化し続けている中で、地域交通の再構築を実際に進めていくにあたって重要と考えられるポイントについて述べていきたいと思います。
*1 厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」、(2024年5月28日アクセス)
*2 国土交通省「アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会」、(2024年5月28日アクセス)
*3 国土交通省「法人タクシー事業者による交通サービスを補完するための 地域の自家用車・一般ドライバーを活用した有償運送の許可に関する取扱いについて」、(2024年5月28日アクセス)
地域交通の再構築は、特に地方では、需要面・供給面ともに交通事業者単独で実行することが難しくなっているのが実情です。そのため、国が掲げる地域交通の「リ・デザイン」(*2)における「3つの共創」(官と民の共創、交通事業者間の共創、他分野を含めた共創)にあるように、多様な関係者による密な議論がより重要となります。
この際、ともすれば、自身の地域が置かれている議論のフェーズを考慮せず、結果や形のみを追求してしまいがちです。しかし、多様な関係者を巻き込んだ議論は、「一足飛び」でゴールに到達することは難しいものです。そこで、EYでは、各フェーズの重要なミッションを達成していくことではじめて次のフェーズへ発展していくという、いわば段階的に議論が発展していくものと捉え、自らの立ち位置を認識しながら進めていくことが重要になると考えています(図表1)。
EYにおいて検討したモデルについて詳述すると、まず、第1フェーズの「構想・準備期」では、多様な関係者同士での関係性・信頼性・価値観の構築に注力した上で、目指す姿・ビジョンの設定と共有を行うことが重要なミッションとなります。
次に第2フェーズの「実証・試行期」では、需要面・供給面での取り組みを実践するとともに実装・拡大に向けた課題の議論に注力することで、取り組み内容・手法・役割分担の確立を行うことが重要なミッションとなります。
最後に第3フェーズの「実装・拡大期」では、全体最適・持続可能なエコシステムの構築を通して、第1フェーズで掲げた目指す姿・ビジョンの実現を目指していくこととなります。
また、各フェーズでは、次のフェーズに進むために解消すべきボトルネックがいくつか存在しています。
第1フェーズから第2フェーズへ進むためには、多様な関係者間での地域交通やまちづくりに関する方向性・理念の差、個別最適の追求や手段の目的化に陥りやすい思考・環境、関係者同士で深く議論する機会の不足といったことが、解消すべき主なボトルネックになると考えられます。
同様に、第2フェーズから第3フェーズへ進むためには、財源・人材等リソースの確保困難、関係者のモチベーション低下・インセンティブ不足、移動に関するセクター横断的なデータ整備・活用ノウハウの不足といったことが、解消すべき主なボトルネックになると考えられます。
これらのボトルネックを解消する上で、本稿では第1フェーズから第2フェーズに至るための対応策について、5.で後述します。
図表1:地域交通の再構築に向けた議論の段階的な発展イメージ
EYでは、地域交通の再構築を行うための「3つの共創」の議論においては、上述の段階的発展の中でも、第1フェーズ「構想・準備期」における目指す姿・ビジョンの設定と共有が、特に重要であると考えています。
地域によっては、国等の実証事業による財源を活用し、第2フェーズ「実証・試行」から着手するケースも多い中、第3フェーズ「実装・拡大」までに至らないまま終わってしまう取り組みも多いと見受けられます。その要因にはさまざまな要素がありますが、特に、第1フェーズにおいて目指す姿・ビジョンの設定と共有が不十分であることが要因となっていることが多いのではないでしょうか。
第2フェーズでは、取り組みの内容・手法・役割分担の確立といった、具体的な「To Do」の議論が中心となるため、関係者同士でも議論がしやすく、認識齟齬等が生じることは少ないと思われます。しかし、取り組みが進むにつれ、関係者間の調整や業務負担といった負荷が高まっていくと、「この取り組みはどこまで進める必要があるのか?」、「そもそもなぜこの取り組みをやっているのか?」といった目指す姿やビジョン(「To Be」)に対する認識齟齬が表れやすくなってきます。
To Beの議論が不十分なままTo Doの議論ばかりが先行すると、俯瞰した全体最適の観点が損なわれ、縦割りの思考から脱却することができなくなるため、関係者同士の連携や分野横断を伴った取り組みの実装・拡大に至りにくくなります。(図表2)さらには、関係者の「実証疲れ」のようなモチベーションの低下が起こり、多大な労力に比して得るものが少ないというネガティブイメージが強く残ってしまうことで、その後の地域交通の再構築に関わる議論全体を停滞させる要因につながってしまうのです。
このような状態に陥らないようにするためには、目指す姿・ビジョンといった「To Be」から、バックキャスト思考によって「To Do」を導くプロセスを確立し、これについて関係者が納得・合意することが重要です。また、最初から「To Be」の議論を始めることが難しい場合でも「To Do」の議論と並行または往来しながら、両輪での議論を進めることが重要となります。
図表2:実装・拡大への発展に向けた「To Be」の議論の重要性
では、目指す姿・ビジョンといった「To Be」とは、どのようなものなのでしょうか。
多くの地域では地域公共交通計画が策定され、地域交通の将来像やビジョンとして、「利便性の高い交通サービスの実現」、「交通事業の収支改善」、「交通ネットワークの確保・維持」といったキーワードが多く掲げられています。しかし、突き詰めるとこれらはみな「To Do」のように見受けられます。「交通ネットワークの確保・維持」を目指すとなると、「それには自社の経営安定化が必要なので行政からの赤字補填がもっと必要だ」という事業者側の主張と、「赤字補填が膨らみ続けると財政負担が持続しない」という行政側の主張が相反し、堂々巡りの議論にもなりかねません。
そもそも、交通とは移動の手段であり、移動の先には人々が果たしたい目的が存在し、その達成が積み重なっていくことで実現されるまちの姿があるはずです。
こうした目指すまちの姿の観点からは、例えば「高齢ドライバーが安心して免許を返納しやすく、交通事故がないまち」、「マイカーによる送迎負担が少なく、子育てがしやすいまち」といったことの実現に貢献することが、地域交通の再構築を通して目指す姿・ビジョン、すなわち「To Be」なのではないでしょうか(図表3)。
目指す姿・ビジョンの実現に向けてどのような地域交通であるべきか、地域交通を単に「確保・維持」するのではなく、「活用」することでどのような課題解決や付加価値創造に資するのかというイメージを、関係者間で「腹落ち」するまで共有できているケースは、決して多くないのではと思われます。
このようなイメージを関係者同⼠で設定・共有することによって、例えば「⾼齢者や⼦どもが利⽤しやすい交通ネットワークや料⾦体系を整える必要があるのではないか」、「それには現状のサービス⽔準だと不⼗分ではないか」、「運転⼠の確保策強化や交通事業者の経営安定化も必要ではないか」、「⾏政と事業者との間の役割分担を真剣に議論すべきではないか」といったバックキャスト思考が可能となってきます。その上で、具体的な現状分析を⾏い、⽬指す姿とのギャップを明らかにし、必要な施策等の深掘り議論をすることで、実装・拡⼤に向けた⼟壌を整えることができると考えられます。
図表3:「手段」と「目指す姿・ビジョン」との差異イメージ
このように、地域交通の再構築に向けた第1フェーズでは、目指す姿・ビジョンの設定と共有が最も重要なミッションとなります。
このミッションを達成して次のフェーズに進んでいくためには、前述のとおり、関係者間での地域交通やまちづくりに関する⽅向性・理念の差、個別最適の追求や⼿段の⽬的化に陥りやすい思考・環境、関係者同⼠で深く議論する機会の不⾜といったボトルネックを解消する必要があると考えられます。
そのためには、関係者同⼠によるコミュニケーションを質・量の両⾯で積み重ねることが、遠回りに⾒えますが⼀番の近道となるでしょう。具体的な対応策として、多様な関係者が議論する「場づくり」、議論の推進役となる「⼈材づくり」が必要となります。また、まちづくりの観点から⽬指す姿・ビジョンを描くには、⺠間のみでは対応できるものではなく、各関係者の部分最適に陥らないよう議論をファシリテートし、全体最適かつ分野横断的な議論を志向していけるよう、「⾏政によるコミットメント」も不可⽋となるでしょう。
具体例として、熊本においては、全国に先駆けて独占禁⽌法特例法による路線バス共同経営の枠組みを活⽤し、バス事業者5社と県・市という官⺠が⼀堂に会する場としての「共同経営推進室」(図表4)を組成し、バス事業の全体最適に向けた議論が官⺠で⽇々進められています。
同様に、広島においては、路線バスデータ取得のための実証事業も活用しながら、本年4月に市とバス事業者8社による官民連携プラットフォーム「バス協調・共創プラットフォームひろしま」(図表5)が組成されるに至り、共同運営システムによる乗合バス事業の再構築の議論が進められています。
また、長野県塩尻市では、目指す都市像の実現に向けた課題や価値観を共有した対等なパートナーシップという関係から、行政と多様な事業者による「塩尻自動運転コンソーシアム」(図表6)を形成し、AIオンデマンドバス、MaaSもあわせた交通DXの取り組みが進められています。これは、必ずしも交通事業ありきではなく、まちづくりを起点とした異業種による「共創」の過程で、地域交通のあり方を議論する場づくりや人材づくりも伴いながら発展していった取り組みと言えるでしょう。
第1フェーズから第2フェーズへの展開が進展した後は、第3フェーズである「実装・拡大」に向かっていくこととなります。この段階におけるボトルネック解消に向けた対応策としては、「データ活用」、「交通の価値の可視化、効果測定」、「プラットフォーム組織」といった、「To Do」をより力強く推し進めるための枠組みが欠かせなくなってきます。これらがより有効に機能するためにも、第1フェーズでの「To Be」が重要となるでしょう。
図表4:共同経営推進室(熊本)
引用:国土交通省九州運輸局「事業経営の観点から見た共創の効果・発展可能性に関する調査業務報告書」、(2024年5月28日アクセス)
図表5:バス協調・共創プラットフォームひろしま(広島)
引用:広島市「バス協調・共創プラットフォームひろしまについて」、(2024年5月28日アクセス)
図表6:塩尻自動運転コンソーシアム(長野県塩尻市)
引用:長野県塩尻市 産業振興事業部 先端産業振興室、一般財団法人 塩尻市振興公社「スマートモビリティチャレンジ及びKADOによる地域デジタル人材の活用について」、(2024年5月28日アクセス)
白石 俊介
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション リード・アドバイザリー マネージャー
※所属・役職は記事公開当時のものです。
地域交通の再構築のためには、多様な関係者による「共創」が重要となりますが、実証事業のみで止まってしまう取り組みも少なくありません。
実装・拡大に発展させていくためには、地域交通を「活用」することによる課題解決や付加価値創造に向けた、目指す姿・ビジョンの設定と共有が最も重要であり、そのための「場づくり」「人材づくり」「行政によるコミットメント」が欠かせません。
「3つの共創とDX、GX」による地域交通のリ・デザインに求められるものとは? セミナー開催レポート(2023年5月31日実施)
人口減少・少子高齢化という事業環境の変化の中、地域交通は利用者離れ、担い手不足の深刻化など多くの課題に直面しています。一方で、地域交通の再構築=リ・デザインに関するさまざまな議論や取り組みが動き出しています。
地域住民と産学官パートナーシップにより持続可能なまちづくりを実現する塩尻市の事業推進モデル
長野県塩尻市はEYと連携し、MaaSや自動運転を中核とした交通DXを推進。地域住民はもちろん、企業や国・自治体、学術・研究機関との実践的な連携により自律・自立的に持続可能な価値共創モデルの構築を目指しています。
地域のウェルビーイングを支える地域交通を持続可能なものとしていくため、今何が求められているのか?
地域交通は、まちづくりと直結し、住民のウェルビーイングを支える重要な基盤インフラです。 社会課題解決・まちづくりと一体で、「共創」により、地域に合った持続可能性を模索した地域交通の仕組みを再構築することは、地域の活性化やカーボンニュートラル実現につながります。
EY Japan、鎌倉市の新たなセミオンデマンド式交通システム運行に向けて支援
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:近藤 聡)は、鎌倉市の交通不便地域における新たな交通システムの導入において、その利用促進に向けた施策と、実証実験の概要および体制をまとめました。これにより、鎌倉市は今後、新たな交通システム導入に向けた実証実験の実施が可能となる見込みです。