EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
人口減少の進展などの環境変化に加え、コロナ禍で生じた需要の急速な減退を受け、鉄道、バス、タクシーといった交通モードからなる地域交通が今、危機にひんしています。
コロナ禍により臨時に取られてきたさまざまな公的支援策による下支えの中でも、事業者の交通事業における「赤字」は年々拡大しています(図表1参照)。コロナ禍における臨時的融資の返済が開始されると、資金繰りがさらに厳しくなる事業者が発生することも懸念されます。
図表1:コロナ禍前後の交通事業の状況
引用:
公益社団法人日本バス協会「2019年度版日本のバス事業」「2021年度版日本のバス事業」、
bus.or.jp/about/pdf/2019_busjigyo.pdf / bus.or.jp/about/pdf/2021_busjigyo.pdf、
国土交通省「ポスト・コロナ時代を見据えた地域公共交通の活性化・継続 https://www.mlit.go.jp/common/001346119.pdf、
内閣府 地方創生推進事務局「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金 実施計画(第3回提出)の状況等 【確定値】」、https://www.chisou.go.jp/tiiki/rinjikoufukin/pdf/20210319_kakutei_dai3_keikaku.pdfの情報を基にEY作成(2023年1月31日アクセス)
このような中、JR各社による路線収支の公表や「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」における提言から、ローカル線区への対応に関する議論が各地で始まっています。バス・タクシー事業者の運賃改訂申請や不採算路線に関する地域での協議も、今般多く見受けられます*1。では、こうした動きの根幹にある課題はどのようなものなのでしょうか。
*1 国土交通省ホームページ報道・発表資料、https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk6_000035.html(2022年1月31日アクセス)
これまで、日本の地域交通は、基本的に民間事業者によってビジネスとして運営されてきました。欧米では、地域を支える交通は公共サービスの一環であるという考え方が根強く、公的主体が交通サービスを提供するに当たって民間事業者に運行を委託する仕組みが一般的であるのに比べ、日本では歴史的に交通サービスを民間事業者が営利事業としてビジネス展開し、市場競争の中でサービス水準を維持させる構造が前提となっています
図表2:バス事業の内部補助・公的補助の構造
引用:
国土交通省「乗合バス事業について」、mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk3_000014.html(2023年1月31日アクセス)
日本バス協会「2019年度版日本のバス事業」、bus.or.jp/about/pdf/2019_busjigyo.pdf(2023年1月31日アクセス)
日本バス協会「2021年度版日本のバス事業」、bus.or.jp/about/pdf/2021_busjigyo.pdf(2023年1月31日アクセス)
国土交通省「令和4年版交通政策白書」、https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_fr_000129.html(2023年1月31日アクセス)
国土交通省「地域公共交通確保・維持・改善に向けた取組マニュアル」、wwwtb.mlit.go.jp/kinki/kansai/program/manual.htm(2023年1月31日アクセス)など
このような民間事業者がビジネスとして交通サービスを展開する構造を可能にしてきたのが、交通事業者における内部補助の構造です(図表2参照)。交通事業者は、不採算路線の赤字について、採算路線の黒字、高速バスおよび貸切バス事業、および非交通事業の黒字などで支えてきました。需要拡大期には交通サービスの安定的供給に寄与した仕組みですが、現状、これまで内部補助の源泉となっていた他事業の採算確保も難しくなっています。
また、これまでの公的主体による不採算路線に対する路線単位などの支援は、民間事業者の自立経営を前提としており、採算確保には不完全なものでした。また、収益が増加すると支援が減少してしまう仕組みは、生産性向上の取り組みなどのインセンティブを阻害する側面もありました。財政負担増加懸念からも、同様の支援の在り方は持続しない可能性があります。
このように交通事業者単独では地域交通の維持が難しくなっている中、人材の高齢化および従業員の待遇面から業界の人手不足が極めて深刻化しています。事業者は、事業維持のため、コロナ禍前からコスト削減・路線縮小などの取り組みを続けてきましたが、その余地が限界に達するとともに、サービス水準の悪化を招き、それがさらなる利用者離れを招くという負のスパイラル構造に陥っている状況です。
以上のような課題を抱えながらも、多様な交通モードによる地域交通は、地域経済を支える「基盤的社会インフラ」であると考えます。
自動車社会の進展により、その利便性を前提とした社会構造が顕著となっていますが、移動手段の選択肢が狭まっているとも言えます。免許返納問題なども踏まえると、自家用車を運転できない交通弱者(高齢者、子ども、観光客など)の移動手段を維持し、移動総量を増やすことが、地域社会の多様性を支えることになります。
家族による自家用車での通学・通院などの送迎は日常的な光景ですが、何らかの地域交通がなければ、送迎不能な場合には通学・通院が困難になってしまいます。また、生産年齢の世代の家族による送迎は、社会全体にとって機会損失を生んでいるとも言えます。さらには、自家用車送迎が困難な子どもは通学範囲が限定され、教育機会の公平性を阻害することにもつながりかねません。このように、地域交通は、医療・福祉や子育て・教育に必要なライフラインであると同時に、それ自体にも交流のきっかけを創出するといった魅力・価値も存在しているなど、地域におけるQuality of Life(QOL)の向上に寄与する存在です。
交通は、人々の移動目的地における「本源的需要」にアクセスするための「手段」ですが、交通結節点の整備・ウォーカブル空間などの都市としての魅力や活力を向上させるまちづくりといった取り組みは、交流人口を増加させ、本源的需要を拡大させることにつながります。まちづくりとそこから生み出される本源的需要を結び付ける手段としての交通は密接不可分な関係にあるのです。
さらに、昨今では炭素排出量の削減によるカーボンニュートラルの実現がグローバルレベルでのトレンドとなっており、輸送効率を向上させることは地域全体のグリーントランスフォーメーション(GX)につながっていくため、地域交通に求められる役割は日々大きくなっています。
このように地域交通は、まちづくりや地域活性化と直結し、地域の「ウェルビーイング」を支えており、地域ごとのさまざまな社会課題解決の基礎となる、重要なインフラなのです。
図表3:地域交通の重要性
このような重要性を持つ地域交通について、地域全体でどのように事業構造の再構築を図っていくべきなのでしょうか。私たちは、「需要サイド」と「供給サイド」の両面から捉え、双方のバランスを取ったアプローチが重要であると考えます。
前者では、交通事業者単独ではなく、自治体も含めた他分野との連携(「共創」)により、まちづくりの観点から、地域におけるビジネスを面的に創出していくことが考えられます。医療・福祉、教育・子育て、買い物、観光、エネルギーなど、多様な分野と連携したプロジェクト創出により、人と資金を新たに循環させることは、地域における需要を喚起し根付かせることにつながります。
また、利便性向上、新しいモビリティの導入を含むネットワーク強化の取り組みも欠かせません。地域特性に応じ、MaaS(Mobility as a Service)の実現や、自動運転・AIオンデマンドといったデジタル技術を活用した多様な交通モードを取り入れたまちづくりが求められています。交通の魅力・価値を発信・提供していくことや、不安感なく地域交通を利用できるような普及・啓発活動の取り組みも必要です。
後者では、交通事業の生産性向上による地域の交通事業者の経営状況改善を図っていくことが考えられます。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、女性運転手を含む多様な人材が働きやすい環境づくり、従業員教育への投資によるサービス品質向上など、交通事業において最重要経営資源である「人」の生産性を向上させる取り組みは、待遇改善にもつながります。地域の状況に合わせ、共同経営、広域ネットワーク構築、経営統合などにより、規模の経済を追求することも考えられます。
さらに、上記のような取り組みに経営資源を割けない厳しい事業環境が存在している点も念頭に置く必要があります。一定規模の地域であっても、民間企業のビジネスとしては不採算で成立しえない地域交通も存在しています。これに対しては、あるべき公的関与の検討と必要財源確保の視点から公共サービスと商業サービスを再定義するとともに、取り組みを主導する「司令塔機能」の在り方を含めた、官民の役割分担の見直しが必要となります。
もちろん、これまでの事業者に対するセーフティーネットとしての公的支援も引き続き重要です。一方、今後は事業構造の再構築に向けた支援を拡充することも重要であり、公共は両者のバランスを取った政策を進める必要があると考えます。
図表4:地域交通の再構築に向けて必要となる事項
この点、国土交通省「アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会」*2における提言においては、「3つの共創」「DX」「GX」の取り組みを推進することで、地域交通を持続可能な形に再構築(リ・デザイン)することを掲げています。私たちは、国の提言にもあるように、多様な分野での地域ビジネス拡大と官民双方の構造変革は課題解決の両輪であり、これらの最適バランスについて、地域で議論した先に持続可能な地域交通の将来があると考えています。
*2 国土交通省「アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会」、https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000183.html(2023年1月31日アクセス)
「共創」の取り組みを進めるには、さまざまなボトルネックが存在しています。地域におけるビジョンの策定、地域の全体最適に向けて多様な関係者を巻き込みリードしていく役割を担う人材、多様な関係者が議論できる場づくりです。これらの詳細については本稿では詳述しませんが、まず、取り組みを効果的に進めるために、それ以外に現状不足していると考えられる基礎的な条件について取り上げます。
① 地域交通に係るさまざまなデータの蓄積・活用
1つは、戦略策定・マーケティングの観点からも必要となる、現状の運行状況・経営状況などの網羅的な分析や課題の定量的検討において必要な地域交通に係るさまざまなデータの蓄積と活用が困難であるという点です。バスにおけるGTFS(General Transit Feed Specification;標準的なバス情報フォーマット)の取り組みなど運行データについては近年オープン化・体系化が進展しているものの、経営データについては、一部の統計情報を除き、体系的に整理されていません。地域で共創の議論を進めるに当たっては、さまざまな取り組みの効果を想定した上で、目指すべきサービス水準・KPIを定め、リスク分担・役割分担を明確にしていく必要があります。運行データのみならず経営データも含めた情報を体系的にデータとして整理し、オープンデータとして関係者が共通の視点で分析・定量的検討ができる環境を整備する必要があると考えます。
② 交通の価値の可視化・定量化と新たなファイナンスの創出
もう1つは、交通の価値そのものの可視化・定量化です。交通の価値は運賃や赤字補填(ほてん)の補助金額のような金銭に換算された価値だけではなく、前述のように、多面的な価値があります。従前はあまり注目されてきませんでしたが、地域交通が存在していること、また、地域交通に関する何らかの取り組みを実施することによって創出される「アウトカム」にフォーカスし、交通の価値を可視化していくことは、交通の多様な価値に沿ったサービス水準の議論を地域で活性化させていくことにつながります。加えて、成果指標として定量的に測定することで、PFS(成果連動型民間委託契約方式)やSIB(ソーシャルインパクトボンド)によるPFSなどの公共側からの成果連動型報酬の形による資金循環モデルを含め、公共の財源確保の論拠にも資することで、多様な手法による資金調達にもつながることが期待されます。
国土交通省の令和5年度予算案では、地域交通に関する取り組みに積極的に予算投下を想定していることが読み取れます。交通政策審議会交通体系分科会地域交通部会における議論も進んでおり、各種法制度の整備も進むと考えられ、今までにない形で、地域交通に関する取り組みが各地域で進んでいく環境が整いつつあると言えます。
このような中、地域として「どのような交通をどのように活用して地域活性化に資するものとしていくか」を議論し、具体的な取り組みにつなげられるかが今問われています。
関連イベント・セミナー
「3つの共創とDX、GX」による地域交通のリ・デザインに求められるものとは?
近年の人口減少やコロナ禍での需要急減を受け、崩壊の危機にある地域交通に対して、国は、3つの共創(官と民の共創、交通事業者間の共創、他分野を含めた共創)とDX、GXによる「地域交通のリ・デザイン」という新たな枠組みを掲げ、法整備や予算強化を進めています。持続可能な地域交通の構築を目指すために、本セミナーでは自治体や交通事業者その他様々な分野との連携も含めた需要・供給両面の取組み強化に向けたポイント等をご紹介します。
地域に欠かせない重要な基盤インフラである地域交通を、地域に合った「共創」の取り組みによって再構築し、地域活性化につなげるため、まちづくりと一体となったビジョン策定・推進人材の確保・協議の場作り、それらを支える定量的検討の条件整備が今、求められています。