EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYパルテノンは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
今回は、地政学要因など外部要因に起因するサプライチェーンに対するリスクに関して、製造業とAIスタートアップの協業を通じて、レジリエンスの向上に成功したケーススタディを行います。
要点
近年、企業を取り巻く経営環境は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的なまん延、ウクライナ情勢、米中貿易摩擦などの地政学要因により、不確実性の高い状況に置かれています。とりわけ、製造業はグローバルなサプライチェーンを組むことが不可避であり、大きな影響を受けるリスクにさらされています。具体的には、原材料の不足、計画外の操業停止、労働力不足、輸送の遅延、需要の急激な変化といった外的要因が引き金となり、価格急騰や部品不足といった経営課題に直面しています1。
こうした課題は、グローバル企業の経営者層を対象とした調査「EY CEO Outlook Pulse」(2023年1月版)2でも裏付けられています。同調査において「地政学的な不透明性を受けて、修正を加えた投資戦略は何か」との問いに対して、「サプライチェーンの再編を進めている」との回答は、「投資の延期」(44%)に次いで2番目に多い41%に上り、高い関心事であることが判明しました。
サプライチェーンの再編に有効な対策の1つとしてEYは、AIなどデジタル化による自律化を通じた製造業におけるレジリエンスと競争力の強化3や、弾力的なサプライチェーンの構築の必要性4を提唱しています。また、これらの事態に対応するためには、これまでの安定的なグローバルサプライチェーンを前提としたビジネス環境から、不確実性を前提とした弾力的なサプライチェーンの構築に向けてパラダイムシフトし、課題認識を改めていく必要があります5。
しかし、複数の調査は、製造業でのAI導入が必ずしも順調には進んでいないことを示しています。
例えば、EYが欧州の大手を含む製造業86社に対して実施した調査6によると、「AIの重要性が高まっている」と81%が回答しました。しかし、「明確な導入計画や開発・実装に踏み切れている」と答えた企業は、わずか1割程度にとどまっている実態が浮き彫りになりました。
また、日本でも同様の課題が発生しており、グローバル共通の課題と言えます。例えば、総務省が発表した「令和3年 情報通信に関する現状報告(令和3年版情報通信白書)」7によると、デジタル技術の導入状況のうち、AIを導入していると答えた企業が35.1%だった米国に対して、日本は24.3%にとどまりました。ほかのデジタル技術のなかで比較しても、日本企業のAIの導入率は低い状況にとどまっています。
地政学リスクによるサプライチェーンへの影響に対する施策は、喫緊の経営課題であり、急速な対応が求められます。有事が起こってからでは手遅れとなるため、平時のうちに備えておくことが肝要です8。
こうした課題の多い環境のなか、地政学等から生じる外部不確実性に対して、日本企業は、サプライチェーンのレジリエンスを向上するため、どのようにAIを導入する手段があるのでしょうか。
レジリエンスのあるサプライチェーンとは、「多様で持続可能なサプライチェーン」であり、「ストレスがかかっても柔軟に対応でき、地政学的、気象学的、保健学的、経済的なショックによって中断されることがなく、長期にわたって安全な状態」が想定されます。
この課題についてEYは、海外企業のケーススタディから、製造業がAIスタートアップとの協業を通じて、不確実性の高い外部要因に上手に対応していることに注目しました。具体的には、外部環境の変化を示唆するデータを大量かつ高速に解析することによって、大きなリスクや混乱がサプライチェーンに及ぶ前に十分な備えを確立しています。かつ、ヒト・モノ・カネといった経営資源の効率化という効果もみえました。
またEYは、AI導入の取り組みを加速・最適化させるために、下図「AI導入のロードマップ」を提唱しています。6段階の詳細は既出レポートに掲載していますが、要点は下記となります。
1.AIが持つ可能性を理解する
AIに関する知見を持つ人材がサポート役とし、経営層の賛同を得る。
2.組織変革と計画策定を行う
アジャイルでオープンな組織文化を確立。戦略に沿ったKPIと予算の設定、プロジェクトサポートと専門チームを設置。
3.データの基盤構築と構造化を行う
データ主管部門がサプライチェーン全体のデータポイントを徹底監視。アナログデータのデジタル化、各種データのクリーニングと構造化でソリューションの有効性を向上。
4.外部とのパートナーシップを組む
AIノウハウの不足を補うためにスタートアップや研究機関、コンサルティングファームなどと連携。
5.社内でAI人材を育成する
従業員にAIスキル習得を促進。組織全体にデータサイエンスの理解を浸透。
6.アーキテクチャとインフラストラクチャーを構築する
ガイドラインと小規模モジュールを用いたプロセスで実証実験やソリューション拡張を実施。標準化されたインフラサービスを活用して柔軟なAIソリューションをアジャイルかつ強固に開発。
このうち、スタートアップとの協業は、「4.外部とのパートナーシップを組む」に登場します。もちろん、自社グループで対応をしていく方法もあります。しかし、予測が難しく、かつ可変的な環境の下で、迅速にサプライチェーンのレジリエンスや弾力性を高めるためには、すでにソリューションを持つ外部パートナーと協業を行うことは有力な選択肢と言えるでしょう。とりわけ、スタートアップは先進的な試みを行いつつ、柔軟な開発体制を持っており、不確実性の高い外部要因への対応を実現するには多くの利点が存在します。
なお、「外部パートナーシップエコシステム」以外の各局面においても、スタートアップとの協業を経営戦略上の選択肢としてとり得る状況が想定されます。例えば、「3データの基盤構築と構造化を行う」、「5社内でAI人材を育成する」、「6アーキテクチャとインフラストラクチャーを構築する」といった段階でも、スタートアップが提供するツールやソリューションを活用することも想定されます。
ここからは、製造業とAIスタートアップの協業のうち、サプライヤー管理において目立った成果を挙げた2つのケーススタディを紹介します。サプライヤー管理は、サプライチェーンのなかでも、外部要因を直接的に受けやすく、自社だけでは統制が難しい脆弱性を内包しています。
世界的電子機器メーカーA社は、米国カルフォルニアに本拠を置くスタートアップResilinc社との協業により、新型コロナウイルスの世界的なまん延が発生する前の初期段階で、サプライチェーンへのリスクを察知して混乱を避けることに成功しました。
ドイツのSiemens社は、同じくドイツで創業したスタートアップScoutbee社と協業することで、今後の外部不確実性への備えとして、代替・新規サプライヤーの探索と選定を短時間で実現しました。
本稿では、スタートアップ&イノベーションシリーズとして、地政学リスクの高まりによって外部要因の影響を強く受けやすくなっているサプライチェーンのレジリエンス向上をテーマとして、製造業とAIスタートアップの協業を考察しました。文中で述べた通り、日本の製造業によるAI導入は、欧米を中心とした先進諸国に比べて遅れがみられています。早急なキャッチアップを目指す手段の1つとして、すでにソリューションを持つ外部パートナー、とりわけスタートアップとの協業は有望な選択肢となります。
EYは日本企業が持つ経営課題を明確化し、グローバルなネットワークと知見を活用して、最適なソリューションを持つAIスタートアップを世界各地から抽出・選定、プロセスを実装化、そして、長期的なエコシステム構築の支援を実行することが可能です。
【EY Japanの窓口】
藤山 賢
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
EYパルテノン ストラテジー インテリジェンス ユニット・リーダー パートナー
平井 健志
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
サプライチェーン&オペレーションズ パートナー
齊藤 直人
EY Japan IPOリーダー/EY Startup Innovation共同リーダー EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター長
【共同執筆者】
小田 ゆかり
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会
EYパルテノン ストラテジー インテリジェンスユニット マネージャー
井上 彩
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
EYパルテノン ストラテジー インテリジェンスユニット シニアコンサルタント
※所属・役職は記事公開当時のものです。
今後も地政学要因を背景に、不透明感が高まることが予想されるなか、迅速にサプライチェーンのレジリエンスを向上することは重要な課題となっています。この課題に日本の製造業が対応するためには、先進的な試みを行いつつも、柔軟な開発体制を持つAIスタートアップとの協業は有力な選択肢となります。
EYの最新の見解
地政学的な不確実性が高まる中で、製造業企業が成功に向けて適応するには
製造企業の経営陣が不安定化が進む世界で成功するには、アジリティ(俊敏性)とレジリエンス(回復力)の向上を目指し、戦略的に行動する必要があります。
不確実なビジネス環境下でサプライチェーンネットワークが弾力性を備えるには
弾力的なサプライチェーンネットワークを構築するためには、ビジネス環境の不確実性を前提としたコントロールタワーの設置検討、プレイブックの策定、デジタルツイン化、シナリオシミュレーションといった対応が必要となるでしょう。各施策が互いに連携することで、ほぼリアルタイムでモニタリング、リスク検知、複数のシナリオシミュレーションが可能となり、弾力的なサプライチェーンネットワークの維持を支えることができます。EYではサプライチェーンネットワーク全体の構想策定、それを支えるプロセス、データ、運用設計と基盤構築からセットアップから定着化までワンストップで支援します。