EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)は、気温上昇を1.5˚C未満に抑えるために必要な⾏動規模の⼤きさと緊急性の⾼さを改めて確認する場となりました。今回は、この⽬標を達成する法的拘束⼒のある約束で合意することはできなかったかもしれません。その⼀⽅で、抜本的な脱炭素化の達成において、⾦融業界が⾮常に重要な役割を果たすことが浮き彫りとなりました。これは、今後5年から10年間において⾮常に⼤きな任務となるでしょう。世界経済の変⾰に本気で取り組むのであれば、資金の動員と、それを誘導する⾦融業界を根本的に変える必要があります。
このプロセスの中核を担うのは⾦融機関です。その多くが脱炭素化の⽬標を引き上げ、排出量の削減と「⾦融に係る排出量」のネットゼロ達成に取り組み、既存のクライアントの移⾏を⽀援し、新たな気候ソリューションに投融資をしています。
しかし、⾦融機関が単独で⼗分な資金を動員させることはできません。あれだけのケイパビリティがあるにもかかわらず、主導権を握るだけの規模、グローバルな体制、⺠主的正統性が業界にはないのです。⾦融サービスセクターが⼗分な資金の動員で主導的な役割を果たし、ネットゼロに向けた取り組みを成功に導くためには、資本利⽤者と資本提供者を結び付ける⽅法を抜本的に変える必要があります。
本記事では、グローバルな資本の移動という複雑で極めて⼤きな課題を広範囲に取り上げます。単純化しすぎてしまうという明らかなリスクがありますが、⾦融機関がどのような状況にあり、どのような選択をしたとしても、ネットゼロの実現に向けた資金の動員に貢献する上で役⽴つ、実践に即した概念的フレームワークを提供できれば幸いです。
第1章
まず、あらゆるニーズを把握して明確化することが必要です。
脱炭素化を実現するに当たり、⼗分な資金の動員に向けた最初のステップは、現在と将来のあらゆる資金需要を把握し、明らかにすることです。
金融機関はすでに、気候変動緩和に向けた移行のための資本の需要を満たすために多大なリソースを投じています。しかしこうした取り組みは概して、プロジェクトファイナンスチームや再生可能エネルギーチームに限定され、炭素集約型セクターの大企業に集中しているのが現状です。これは、移行のための資本の潜在需要の一部に過ぎず、その大半がまだ明らかになっていません。
この潜在需要と今後の需要が膨大であることは、世界的なニーズに関する数多くの信頼性の高い評価結果から明らかです。中には、年間の投資額が3兆5,000億米ドルから5兆8,000億米ドル(IEA/EY)に上るという試算や、必要な累計投資額の合計が100兆米ドル(Carney/UN)か110兆米ドル(IRENA)に達するという試算もあります。COP26でネットゼロのためのグラスゴー金融連合(GFANZ)の加盟メンバーが意欲的な目標を掲げたにもかかわらず、金融機関が既存の金融リソースでこのような資本ニーズを満たせないことは明白です。金融機関などが全世界で運用する金融資産は現在、合計で87兆⽶ドル(IRENA)か103兆⽶ドル(BCG)と推計されているからです。
公共セクターとのパートナーシップが不可欠となることは明らかです。とはいえ、金融機関は問題の洗い出しと分析に着手しやすい非常に有利な立場にあります。課題となるのは、行動を起こすことができるよう全体像を分解し、現在と今後の資本ニーズを明らかにすることです。それぞれ独自の特徴を持つ目的の5つのカテゴリーから資本需要全体を捉えることが最初のステップになるとEYでは考えています。
最初の2つのカテゴリーは、気候変動の適応策に該当します。COP26で遅ればせながら注目を集めましたが、民間投資家と公共投資部門が連携して出資する必要のある分野です。
これとは対照的に、次の2つのカテゴリーは、多くの金融機関が慣れ親しんでいる気候変動の緩和策に該当します。
最後の5番目は、他の目的すべての根底にある目的です。
金融機関は、目的を5つのいずれかに分類した後、これに伴う需要をより詳細なサブカテゴリーに分類できます。おのおののニーズと課題を把握することにより、そうした需要を満たす上で必要なデータ、プロセス、リソースの洗い出しに着手できます。1つの方法として考えられるのは、ペルソナやアーキタイプの構築です。実体経済で必要としている組織に資本を振り向けるために活用できます。例えば、資本を必要とする企業の優先順位を以下のように決めることもできます。
気候変動緩和に向けた移行のための資本ニーズの明確化に取り組む一方で、全体像を常に意識し、異なる角度から考えるよう心掛ける必要があります。
金融機関は、大規模でデータ量の多い大企業以外にも目を向けなければなりません。非営利組織、公的機関、中小企業、一般家庭、個人消費者のいずれもがトランジション・ファイナンスを必要としていますが、そのニーズが満たされていません。各グループを、その特徴に応じて、さらにサブカテゴリーに分ける必要があります。
次に、労力とリソースを先進国や最も成熟した金融市場に集中させたいという意向を抑え、すべての国が投資とイノベーションがもたらす恩恵の公正な分配を受け取ることができるようにしなければなりません。
さらに金融機関がなすべきことは、ほかの関係者と連携し、移行のための資本の需要を喚起することです。企業であれ金融機関であれ、社会が一緒に変わらなければ、ネットゼロ目標を達成することはできません。移行のための資本の草の根需要を社会全体で掘り起こしやすい立場にあるのは公的機関です。金融機関は公的機関と連携し、すべてのステークホルダーが同じスタートラインに立てるよう促す必要があります。
第2章
利用可能なすべての資本の把握と活用に取り組みます。
脱炭素化に向けた資本の供給は急激に増加しています。しかし、ある分野では供給能力が明確である一方で、現在の供給状況はその潜在能力をはるかに下回っています。例えば、グリーンボンドはまだ、世界の債券市場で取引された資本全体の1%未満です。それ以外のまだ活用されていないグリーン資本の供給は、多くの場合ほとんど掘り起こされておらず、ましてや体系化されていません。
金融機関は、需要を明確化するプロセスと投資家の投資意欲を把握するプロセスを同時並行的に進め、脱炭素化のためのあらゆる資本をうまく引き出すことができる独自の立場にあります。まず、さまざまな資金プールの規範とニーズに疑問を呈することから始めると良いかもしれません。考慮すべき質問は次の通りです。
これらの疑問点の答えを見いだすことは、金融機関とそのパートナーがさまざまな種類の資本(シードキャピタル、プライベートキャピタル、上場株式、上場債券、相対与信など)、さまざまな資本商品(グリーンボンド、政府系ファンド、プライベートエクイティファンドなど)、資本のさまざまな最終提供者(政府、保険会社、預貯金者、基金、開発銀行など)が果たす可能性のある役割を把握する上で役立つはずです。
ひいては、需要と供給のマッチングが可能になるでしょう。資本提供者と資本利用者を簡単に結び付けられる場合もあります。例えばベンチャーキャピタルやプライベートエクイティファンドは、常温核融合やグリーン水素など、非常に革新的であるものの変革を生み出す可能性がある気候ソリューションに自ら投資します。それ以外の領域については、資本を必要としている需要側と、それに適した供給側をマッチングさせることはより難しくなるでしょう。
そのため、金融機関は資本の供給の促進と開拓について、できるだけ幅広く検討する必要があります。具体的には、オフバランスシートの緊急融資枠の利用や、保険、再保険、デリバティブを通じたリスク移転などです。
あらゆる関係者がもたらす潜在的な影響を把握して活用することも非常に重要です。以下の関係者が効果をもたらす可能性が高いと思われます。
Chapter 3
現在の金融メカニズムの限界を認識し、対処します。
需要と供給の一致は、資本の移動における重要項目です。しかし、私たちが現在知る限り、金融市場は公開市場、私募市場、相対取引を含め、気候関連の資金動員に必要な仲介能力をまだ備えていません。規模は極めて重要な要素ではありますが、その原因は規模の問題だけではありません。これを阻む障害もあるのです。これまであまり経験したことのない物理的リスク、移行リスク、レピュテーションリスクに直面したことで、既存の一部金融メカニズムが現在、将来的に必要となるような形で機能していないことを示唆する証拠が数多く出てきました。
現在、需要と供給が効率的にマッチングしていないことを示す主な指標が「グリーンプレミアム」です。アレンジメントフィーや資本コスト(下の表を参照)の面から、企業はグリーン資本の調達について、まだ従来型の融資に比べてコストがかかり、場合によっては資本効率が低いと感じるかもしれません。長期的リスクが低い事業の資金の調達コストが高くなる可能性があるということは、市場の失敗の兆候とみなされてしまいます。
それでは、このような障害を克服し、資本のクリアリングメカニズムを改善するにはどうすれば良いのでしょうか。まず、競争の力学が働くことが期待できます。以下のような要因が市場の効率化を促す可能性があります。
ほかに、気候関連データの段階的な統一も、資金動員を促す上で役立つでしょう。報告、基準、規制を完全に統一する必要はありません。しかし、標準化を進め、比較可能性を高めることは不可欠です。金融機関、企業、公的機関が連携して、SBTi、TCFD、PCAFなど少数の主要なフレームワークに基づいた幅広い合意を形成することができると私たちは期待しています。
ただそうした場合であっても、現在の市場メカニズムだけに頼っていては、十分な資金を動員することはできません。金融業界がグローバルな資本の移動で中心的な役割を果たすことを望むのであれば、新たな手法、思考、インセンティブ、パートナーにより、資本仲介の変革を図る必要があります。
図に示すように、投融資のプライシングではこれまでほとんどの場合、Aカテゴリーのリスクが反映されていました。現在は、標準的な投融資の多くでAとB両方のカテゴリーのリスクが反映されています。すでにA、B、Cのカテゴリーが反映されている業界もあります。しかし、多くの資本利用者は依然としてAとBのリスクだけに基づいた資本の調達を選ぶことができます。このグループにとって、Cカテゴリーのリスクに伴うコストの上昇分がグリーンプレミアムとなるため、これを負担することに難色を示しているのです。
第4章
資本の移動の変革には革新的思考が欠かせません。
イノベーションはその形態を問わず、有効なクリアリングを阻む障害の除去、グリーンプレミアムの削減、資本移動の活性化促進の鍵を握っています。
個別に、また共同で取り組むことにより、金融のシグナル、インセンティブ、行動、構造を変えることができます。この成否を左右するのは、政府、企業、消費者を含めたステークホルダーの動機と習慣を把握し、調整できるかどうかです。言うまでもなく、イノベーションには特にテクノロジー、人材、研修への投資が必要となります。一方で、戦略、考え方、姿勢を変えることも同様に重要となるでしょう。現時点で重要になると思われるイノベーションの分野は4つあります。
イノベーションの中でも明らかに重視すべき分野は、金融の新たな商品、サービス、プロセス、構造、ツールの開発です。個々のプロジェクトの規模を業界全体で時間をかけて拡大していけば、非常に大きな効果を生み出すことができるでしょう。
脱炭素化のための資金の動員のように複雑な世界的課題に対処するためには、連携と協調が欠かせません。金融機関は、幅広い革新的なアプローチを利用して、主要なステークホルダーと力を合わせ、より大規模に資金を動員させることができます。以下のような革新的な協力関係が考えられます。
脱炭素化のための資金の動員を大きく左右するのは、行動を抜本的に変えることができるかどうかです。金融機関と、クライアント、消費者、サービスプロバイダー、公的機関を含めたステークホルダーが、同じ目標を巡り足並みをそろえる上では、インセンティブが鍵となるでしょう。主要なカテゴリーのインセンティブは以下のとおりです。
革新的な手法、関係、インセンティブも、それを支えることができる文化と考え方がなければ長期的に成果を出し続けることはできません。金融機関が重視すべき主なポイントは以下の通りです。
世界では今、国際資本移動の50年に及ぶ変革が始まったばかりです。この変革に当たっては、資金動員の目標、複雑さ、規模を飛躍的にアップさせる必要があるでしょう。COP26により、企業や政府など主要な関係者の間で移行の機運を高めるためには金融業界のリーダーシップが欠かせないという認識が高まる一方です。
このような課題に直面し、金融機関が規制や目標の詳細にこだわり身動きがとれなくなり、また金融業界全体が共通の基準づくりに向けた取り組みに忙殺されるという事態に陥ることが容易に予想されます。「思わぬところに落とし穴がある」というのは事実ですが、資金を必要な規模で動員させたいのであれば、全体像を常に意識することも同様に重要です。
本記事が、このように極めて複雑な問題について考えるためのシンプルな概念的フレームワークを金融機関に提供できれば幸いです。必要な水準の資本の移動を可能にするためには、イノベーションが欠かせないと私たちは考えています。イノベーションにより、需給のシグナルをきちんと受け止めること、ほかのステークホルダーと連携すること、資本仲介の効率と効果を向上させることが容易になります。
現在の市場機能の改善は不可欠ですが、その限界を認識することも欠かせません。株式市場から開発金融に至るまで、資本の従来型メカニズムでは、このような組織的な課題を解決できるはずがありません。政策、税務、規制、投資、スチュワードシップといった多様な分野における民間セクターと公共セクターの連携体制と協調体制を大きく変える必要があります。
金融業界に資本移動に対する責任を放棄すべきだということではありません。金融サービス機関には、個別に、またGFANZなどの組織を通してリーダーシップを発揮し、資金の動員を調整し、目的意識を伴う迅速な行動を促す機会と義務があります。
そのため、金融サービス機関が資本を巡る世界的課題について、これを理解した上で考え、各機関が脱炭素化のための資金動員で自らがどのような役割を果たしたいかを見極め、その実現に適した戦略の策定をEYのフレームワークによって支援できれば幸いです。
本記事の作成にあたり、EY Ireland Insurance LeaderのJames MaherとEY Global Financial Services Liquidity and Treasury Advisory LeaderのPeter Marshallが協力してくれました。ここに感謝の意を表します。
ネットゼロの達成には、国際的な資本の調達、運用、仲介の仕方を変える必要があるでしょう。合意を形成し、機運を高め、脱炭素化のための資金動員で金融サービス機関がリーダーシップをとることができるようになるかどうかの鍵を握っているのはイノベーションです。
EYの最新の見解
金融機関がCO2削減目標を具体的なアクションに落とし込むには
二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、気候変動対策を拡大してステークホルダー間で機運を高めるためには、信頼できる脱炭素化計画が不可欠です。
ネットゼロに移行するセクター固有の道筋に資金を提供する場合、金融機関は投融資する事業に関する知識を深める必要があります。