EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY税理士法人 グローバル・コンプライアンス・アンド・レポーティング部 税理士 公認会計士 矢嶋 学
法人向けコンプライアンス業務の他、組織再編および事業承継コンサルティング、大規模法人を対象とした税務リスク・アドバイザリー業務に従事。EY税理士法人内の研究開発税制チームリーダー。従前は国税職員として相続税、法人税の調査経験を有する。
要点
令和6年度の税制改正により、戦略分野国内生産促進税制(以下、戦略税制)が創設されました。GX、DX、経済安全保障という戦略分野に係る特定の商品を生産・販売した場合に、その量に比例して法人税額を控除することができる新しい制度です。戦略税制を適用するためには、事前に主務大臣から特定商品の生産・販売に関する計画の認定を受けた上で生産用資産の取得を行い、対象商品の生産・販売を行う必要があるなど、制度適用に当たって事前に確認しておくポイントが幾つかあります。本稿では、現時点で明らかになっている事項を中心にその内容を解説します。
令和5年12月に与党が公表した令和6年度税制改正大綱によると、「生産性向上・供給力強化を通じて潜在成長率を引き上げるため、中長期的な経済成長を牽引し、真にわが国の供給力強化につながる分野については、集中的に国内投資を促していくことが重要となる。そのための手段として、GX、DX、経済安全保障という戦略分野において、民間として事業採算性に乗りにくいが、国として特段に戦略的な長期投資が不可欠となる投資を選定し、それらを対象として生産・販売量に比例して法人税額を控除する戦略分野国内生産促進税制を創設する。」という説明がなされています。初期投資に対する税額控除は従来さまざまな制度が存在しましたが、初期投資額と生産段階のコストを比較して、生産段階に相応のコストを要するものは、初期投資に対する減税よりも生産段階の減税策に効果があり、より生産性の向上・供給力の強化につながることから、本税制が手当てされたといえます(<図1>参照)。
また、今回の戦略税制の財源として、いわゆるGX経済移行債の活用が掲げられています。政府は20兆円規模のGX経済移行債を10年間にわたって発行し、その資金の一部を財源とすることで、官民合わせて150兆円規模のGX関連投資を生み出す目標を掲げています。
出典: 経済産業省「戦略分野国内生産促進税制」、www.meti.go.jp/policy/economy/kyosoryoku_kyoka/senryaku_zeisei.html(2024年5月20日アクセス)を基にEYにて作成
戦略税制の対象分野は、電気自動車等、グリーンスチール、グリーンケミカル、持続可能な航空機燃料(SAF)、半導体の5分野となります。
対象となるのは電気自動車(EV)、軽自動車の電気自動車(軽EV)、燃料電池自動車(FCV)、プラグインハイブリッド自動車(PHEV)となり、通常のハイブリッド自動車(HEV)は除かれています。また、二輪車および自動車に搭載する蓄電池の生産・販売は適用対象外です。
製鉄に用いられる高炉法は鉄鉱石を石炭で還元するプロセスで二酸化炭素が発生します。これを電炉法などへ転換することで生産時の二酸化炭素排出量を大幅に削減し、このような方法で生産された鉄鋼材料が対象になります。
現在、化学品の原料には原油から精製されるナフサが使われています。このような化石原料をバイオ原料や廃プラスチック等に転換して生産される化学品が対象になります。
植物などのバイオマス由来原料や飲食店等で排出される廃棄物・廃食油などを原料として製造される航空機燃料が対象になります。植物は光合成を通じて二酸化炭素の吸収を行うため、一方的な二酸化炭素の排出ではなく、リサイクルしながら燃料として使用できる点で持続可能といわれています。
半導体にはさまざまな種類があり、すべての半導体が対象になるわけではありません。ここではマイコン半導体とパワー半導体を含むアナログ半導体とされており、先端ロジック半導体やメモリ半導体は対象外とされています。
各事業年度の法人税の額から控除される額は、主務大臣の認定を受けた事業適応計画に基づいて取得した生産用資産によって生産・販売された商品の数量に、<図2>に記載の単位あたり控除額を乗じた金額となります。
ただし、この金額が生産用資産およびこれと共に対象資産を生産するために直接又は間接に使用する減価償却資産に対して投資した金額の合計額(財務省令に定める一定の額)を超えるときは、その超える金額は税額控除の対象となりません。なお、各事業年度の税額控除額の判定において、この投資金額の合計額から前事業年度以前に税額控除の対象とされた金額を除くこととされているため、対象期間の全体で見ると、その税額控除の合計額(累積税額控除額)は、投資金額の合計額を超えることはできない制度となっています。
控除できる期間は下記2.に記載のとおり10年間ですが、生産用資産を事業の用に供した日から8年目以降の期間については、8年目75%、9年目50%、10年目25%と控除額が減少することになっています。
出典: 財務省「令和6年度税制改正(令和6年3月発行)」、www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei2024_pdf/zeisei24_03.pdf(2024年5月20日アクセス)を基にEYにて作成
税額控除の対象期間は、事業適応計画の認定を受けた日以後10年を経過する日までの期間となります。対象期間開始の日は事業適応計画の認定を受けた日であり、生産用資産の取得や事業供用した日とは異なるため留意が必要です。
戦略税制の適用対象法人は、青色申告書を提出する法人で、改正産業競争力強化法施行の日から令和9年3月31日までの間に事業適応計画の認定を受けた者となります。
戦略税制の適用を受けるためには、前述Ⅲに掲げる対象分野の商品を生産・販売する計画と、これらの商品を生産するための資産の取得等に関する計画を策定し、適用対象法人を所管する主務大臣の認定を受ける必要があります。
次のⅰ)からⅲ)の要件のすべてに該当する場合は、その該当年度について税額控除を適用することができません。
ⅰ)所得金額が対前年度比で増加していること
ⅱ)継続雇用者給与等支給総額の対前年度増加率が1%未満であること
ⅲ)国内設備投資額が当期の減価償却費の40%以下であること
戦略税制の適用を受けるためには、確定申告書等に次の事項を記載した書類の添付が必要です。
ⅰ)税額控除の対象となる商品を生産・販売した数(財務省令の定めるところにより一定の証明がされた数)
ⅱ)控除を受ける金額
ⅲ)その金額の計算に関する明細
各事業年度の法人税額から控除される金額は、その事業年度の法人税額の40%(半導体については20%)が上限となります。なお、デジタルトランスフォーメーション投資促進税制の税額控除およびカーボンニュートラルに向けた投資促進税制の税額控除の適用がある場合には、これらの控除額との合計が法人税額の40%(半導体については20%)以下である必要があります。
戦略税制の控除額がその事業年度の控除上限を超える場合、最大4年間(半導体については3年)の繰越控除が可能となります。例えば、含み損を抱える不動産や有価証券を譲渡して多額の損金算入額が発生したために、たまたまその事業年度の法人税額が減少して控除上限が低下した場合であっても、控除上限の超過額を繰り越し、翌事業年度以降の法人税額から控除することができます。
戦略税制の対象分野に属する商品のうち、電気自動車等と半導体に関する留意点を掲げます。
前述のとおり、税額控除額は、各事業年度に生産・販売された対象商品の数量に単位あたりの控除額を乗じた金額と、生産用資産およびこれと共に対象資産を生産するために直接又は間接に使用する減価償却資産の合計額として一定の額とのうち、いずれか少ない金額となります。この場合、特に、対象資産を生産するために直接又は間接に使用する減価償却資産の合計が対象期間中の累積税額控除額に影響を与えることもあるため、税額控除の予定額との比較を行った上で、設備投資額の範囲を詳しく検討しておく必要があると考えられます。
通常、事業適応計画の認定を受けた日と生産開始の日の間にタイムラグが生じると考えられます。税額控除の適用がある生産用資産の取得は、事業適応計画の認定を受けた後に取得して、事業供用したものになるため、時系列的に生産開始は事業適応計画の認定後になります。
一方、最大10年間の適用期間の開始日は事業適応計画の認定を受けた日とされています。その認定を受けた日から生産開始の日までの期間が長いと、その分だけ税額控除の対象にできる期間が短くなり、不利になることがあります。よって、事業適応計画の認定が得られる時期は可能な限り商品の生産・販売開始時期に近くなることを意識して計画申請を行うと効果的です。
戦略税制は、今までの他の優遇税制とは異なり、生産・販売段階の支援を行う制度であり、また、最大10年間という長い期間にわたって利用することが可能です。非常に高い効果が見込まれるため、計画の策定に当たっては十分な検討が求められます。事業適応計画の認定申請を行う前に税額控除の効果を最大限享受できる計画になっているか、社内の関係各部署とも入念な打ち合わせを行った上で進めることがキーポイントになると考えられます。
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電気自動車等、グリーンスチール、グリーンケミカル、持続可能な航空機燃料(SAF)、半導体という5つの戦略分野に関する商品の生産・販売を支援するために法人税額から一定額を最大10年間控除できる制度が創設されました。この新しい制度を適用するためには、事前に主務大臣から事業適応計画の認定を受ける必要があります。
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