EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2023年7月発行のIPOガイドブックを転載したものであり、本文中特に断り書きのない限り、2023年4月14日現在の法令・規則等に準拠して作成しています。
資本政策とは、一般的に、会社が事業を遂行していく上で必要な資金調達を実現するための施策をいいます。株式上場を目指す会社の資本政策は、上場後の株式の流動性を念頭に置きながら、「資金調達」と「株主構成」のバランスを取り、適正な資本規模や発行済株式数へ導きます。
資本政策を立案するに当たっては、中長期利益計画から具体的な株式の上場時期や市場を定めた上で、上場審査の形式基準を充足させ、事業計画に基づく必要資金と上場時の望ましい株主構成にするための募集株式(発行株式または自己株式)の割当や株式移動の方法並びにその実施時期等を検討していきます。
資本政策は、いったん実行してしまうと、株主の既得権等によって修正が難しくなることがあります。よって上場準備の早い段階において綿密な検討を要するとともに、上場時また上場後に適正な評価を受けるために投資家を意識した資本戦略を考えなければなりません。
イ. 発行株式数の増加および資本規模
上場までに増加させる会社の発行済株式数および資本規模は、上場時の一株当りの数値水準(利益や純資産等)に基づき、類似他社との比較を行い想定株価水準を推定し、上場後の株主還元や、経済環境や市場の変化への対応可能性等を総合的に勘案した上で、どの程度まで新株式を発行できるか判断します。
ロ. 株主構成
株主構成は、一般株主の参入により上場前後で大きく変化するため、オーナーの経営権の確保や安定株主対策等を踏まえながら決定していきます。
ハ. オーナーの相続税対策(財産保全会社の設立等)の要否
財産保全会社の株式評価は、純資産から含み益の37%(法人税、事業税、道府県民税及び市町村民税の税率の合計額に相当する割合)を減額できるメリット(財評基通185、186-2)が残っていることから、株価が安い時期に財産保全会社へ自社株を移動等すればその効果を享受できます。また、株式分散を防止(安定株主化)することもできます。
ニ. 従業員持株会制度の導入の要否
ホ. 役員・従業員等へのインセンティブプランの検討
ヘ. 第三者割当増資や株式移動の実施時期および税務上の配慮
ト. 関係会社存続に関する経営上の合理性
イ. 事業計画と必要資金
上場までに必要な資金は、『事業計画に基づいた資金計画』により算出され、会社の運転資金や設備投資資金などを、「いつ、誰から、どのような方法」で集めるかを検討します。また、資金調達が、既存株主の議決権割合にどのような影響を与えるか検討しながら、相続対策、安定株主対策、役員・従業員の持株対策と関連付けて決定します。
ロ. 安定株主対策
資本政策は、外部株主からの資金調達を行いながら、将来の経営権を確保するための安定株主比率を、いかに維持していくかが最も重要な課題となります。
一般的に株主は、(イ)オーナー一族等(ロ)役員(ハ)従業員・従業員持株会(二)金融機関等(ホ)取引先(へ)ファンドおよびベンチャーキャピタル(ト)その他に分類できます。(イ)は絶対的安定株主と言えますが、(ロ)(ハ)を含めた社内株主の議決権割合が過半数であることが望まれます。
オーナーに潤沢な資金がある場合には問題ありませんが、潤沢な資金がない場合には限られた資金で経営権をどこまで維持できるかを十分に検討する必要があります。
特に資金力や人材の乏しいベンチャー企業にとっては、ベンチャーキャピタル等の社外株主は、資金調達や上場のアドバイスを受ける協力者として重要な存在となります。しかし、上場準備の初期の段階で、外部株主の議決権割合が高くなるケースや、ベンチャーキャピタル等の投資回収によって株主構成が大幅に変動するケースもありますので、綿密に立案された資本政策に従い適量の株式を持ってもらうことが大切です。
(注)カッコ書は、持株のない会社を除いた平均値
(出典)株式会社プロネクサクス「株式公開白書」(2023年版)
ハ. 資本政策のスケジュール
上場までの資本政策のスケジュールは、前述した(2)①の検討事項のうち何に重きを置いて立案しなければならないかを決定します。
その上で、資金調達が資本政策上の既存株主の議決権割合にどのような影響を与えるか検討し、事業承継対策、安定株主対策、役員・従業員のインセンティブプラン等と関連付けて、「いつ、誰から、どのような手法」を取り入れるか決定していきます。
資本政策の手法には、株式移動、株主割当増資、第三者割当増資、株式分割、ストック・オプション制度等の方法があり、適切な時期に目的に合った方法を選択する必要があります。
また、資本政策は、金融商品取引法、会社法、税法、公開前規制に配慮しつつ、投資家を含む利害関係者の同意を得られるように立案しなければなりません。
株式移動は、同族間など特定の者から特定の者へ株式等を移動するときに用いる方法です。株式移動には売買と贈与がありますが、資金面・税金面等の観点から売買と贈与のどちらを採用するか、あるいは両者併用するかを判断する必要があります。
なお、資本政策上は、株主構成の是正や特定の者との関係を強化する目的で行われますが、移動価額が「適正な価額」でない場合、追加的税負担が生ずることになります。
また、特別利害関係者等が、直前事業年度末の2年前の日から上場日の前日までの期間において、株式等の移動を行っている場合には、移動の状況を有価証券届出書に開示しなければなりません。
株主割当増資とは、既存株主に対してその持株割合に応じて株式を割当てるもので、既存株主の議決権割合は変化させずに、資本金と発行済株式数を増加させる方法です。
資本政策上、初期の段階で既存の株主構成を維持しながら、資本金の増加と発行済株式数の増加を行う際に利用されます。
第三者割当増資とは、オーナー、役員、金融機関、取引先等の特定少数の者(通常50名未満・既存株主も含めて良い)に対し募集株式の割当をする方法です。
第三者割当増資は、非公開会社の場合は、特に有利な払込金額で発行する場合を含め、株主総会の特別決議が必要となります。公開会社の場合は、特に有利な払込金額で発行する場合のみ株主総会の特別決議、それ以外の場合は取締役会の決議が必要となります。
資本政策上、第三者割合増資は、安定株主対策、特定の者との関係強化等、株主構成の是正を目的とする手段や、ベンチャーキャピタル等からの資金調達の手段として用いられます。
なお、上場前の第三者割当増資を行っている場合には、特定の者の利得行為を排除するため、募集株式の割当に関する規制があります(本章「3. 上場前の新株発行等の規制」参照)。
会社法上の定義でその発行する全部または一部の株式に譲渡制限が付されていない会社(会社法第2条第5号参照)をいいます。非公開会社は公開会社でない会社の便宜的な名称で発行する全部の株式が譲渡制限株式である会社をいいます。
新株予約権とは、一定期間内において、あらかじめ定めた価額でその発行会社の株式の交付を受けることができる権利をいいます(会社法第2条第21号)。
資本政策上、新株予約権は、特定の者に付与して持株比率を上げる方法として用いることもありますが、一般的には自社(子会社を含む)の非同族役員(取締役、会計参与、監査役および執行役員等)や従業員に対するインセンティブとして付与されています(ストック・オプション制度44頁参照)。
新株予約権付社債とは、新株予約権を付された社債をいいます(会社法第2条第22号)。
資本政策上、新株予約権部分と社債部分を分離して譲渡することができなくなったため、従前のようにオーナーの議決権割合の低下防止策としては利用しにくくなりました。しかし、発行法人にとっては、資金調達ができ、また新株予約権が行使されるまで株式が増加しないため、特定の株主の経営権を確保できます。また取得者にとっては、新株予約権の行使時までは投資利回りが確保でき、行使後は、株価が行使価額より上昇すればキャピタルゲインを得ることができます。
株式分割とは、既存の株式を細分化して、株式数を増加させることです。既存株主に対して平等に無償(=資金負担なし)で行うため、分割後も持株比率、純資産額ともに変動せず、発行済株式総数と既存株主の持株数を増やすことができます。
資本政策上、上場時の株価の割高感を修正するために、上場直前の発行済株式総数の調整手段として活用されます。
株式併合とは、複数の株式を合わせて、発行済株式数を減らす方法で、株式分割と逆の効果を生じさせる発行済株式数の調整方法です。つまり、既存株主に対して平等に資金負担なく行うため、併合後も持株比率、純資産額とも変動せず、既存株主の持株数を減らすことができます。資本政策上、株式の流動性・適正な株価水準確保のために実施されることがあります。
しかし、併合により1株未満の端数が生ずるときは、その生じた端数を現金で精算しなければならず、また、単元未満には議決権がなくなるなど株主にとって不利益となるケースが生じるので、株主総会において特別決議が必要となります。
このことからも、株式併合を実施する場合には慎重な対応が求められます。
オーナーの安定株主比率の維持・事業承継の手段として、財産保全会社を設立する方法があります。
財産保全会社は、オーナー一族の株式の流出を防ぐという点および相続税法上株式の財産評価を下げる点にメリットがあります。しかし、換金性という意味では、その財産保全会社自体の株式を換金することは難しく、さらには金融商品取引法の開示制度により、原則として親会社等(非上場のいわゆる財産保全会社を含む)の会社情報を開示することが求められているため、財産保全会社に過度に株式を持たせないようにする必要があります。
普通株式は全ての株式が自益権と共益権を同じようにもっていますが、株式の権利の内容が異なるものを種類株式といいます。株式の権利には、a. 剰余金の配当、b. 残余財産の分配、c. 株主総会の議決権、d. 株式の譲渡、e. 株主が会社に取得請求できる権利、f. 会社が強制取得できる権利、g. 株主総会決議に基づき全部取得できる権利、h. 決議への拒否権、i. 種類株主総会での役員選任権、等があります。種類株式の権利に係る組み合わせは自由に設定できます。
従前は、種類株式の上場は認められていませんでしたが、東京証券取引所では2008年7月から議決権種類株式の新規上場が認められています。なお、上場審査においては、種類株式が「株主の権利を尊重した」スキームであることが求められており、具体的なスキーム構築については証券取引所等と事前に相談し、慎重に対応する必要があります。
2011年11月に経済産業省主催研究会から、「未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書」が公表されています。
報告書において、ストック・オプション税制に関する種類株式の取扱いや、合併等の組織再編の際の優先的な分配権を種類株式の内容とすることが可能であることが明確にされ、ベンチャーキャピタル等が未上場企業に投資する際の種類株式の利便性の向上が図られています。
ストック・オプション制度は、ベンチャー企業や新規事業分野で採用した人に対する成功報酬として、また優秀な人材を確保するための手段として確立された制度で、会社が取締役や従業員等に対するインセンティブプランとして、将来の一定期間に、あらかじめ定められた価格で、自社株式を購入できる権利を付与する制度であり、資金調達を目的とするものではありません。
新株予約権を与えられた取締役や従業員が、それぞれの業務遂行により業績向上を貢献させれば、それが株価の上昇に繋がり、株価上昇時に権利を行使すれば、値上がり分の利益を得ることができます。つまり、株式市場から報酬を得ることを基本的な仕組みとしています。
上場会社においては、2006年5月以後に付与するストック・オプションについて公正な評価額を権利確定の日までの各会計期間にわたって費用配分することが義務付けられています。しかし、「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」では、非上場会社については、例外として、ストック・オプションの本源的価値(算定時の株式評価額-権利行使価額)に基づいて費用計上することが認められたため、権利行使価額が株式評価額を上回っていれば費用は発生しないことになります。
新株予約権は、上場後にそのまま持ち続けることもできますが、株式の希薄化を招きますので利用にあたっては、会社の業績と顕在株式に対するバランスを踏まえて、付与対象者・付与数等を慎重に検討する必要があります。
最近の新規上場会社のうち、ストック・オプション制度導入企業の市場別潜在株式の発行割合は、以下のようになっています。
(注)潜在株式のない会社を除いた値です。
(出典)株式会社プロネクサス『株式公開白書』(2023年版)
なお、上場前のストック・オプションとしての新株予約権の割当に関する規制があるため、割当のタイミングを考慮しなければなりません(46頁参照)。
証券取引所の規則において上場前のファイナンス等については、特定の者が、上場に際して短期間に利益を得ることを防止するため、「上場前の株式等(「株式」又は「新株予約権」)の移動・第三者割当等による募集株式の割当等の事項」について一定の規制が置かれています。
新規上場申請会社が、上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後において、株主割当以外の方法(以下「第三者割当等」という)による募集株式の割当を行っている場合には、上場後6カ月の所有義務(申請会社は、割当を受けた者との間で、「継続所有の確約」を行い、その書面を証券取引所へ提出)を負う。
ただし、保有期間が1年に満たない場合には、募集株式の割当後1年間となる。
上場申請日の直前事業年度末の2年前の日の翌日から株式上場日の前日までに行われた第三者割当等による募集株式の割当を行っている場合および特別利害関係者等が株式等の移動を行っている場合には、その具体的な価格算定根拠・割当先(移動先)・株式数等を「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」及び株式上場時の「有価証券届出書」等への開示義務を負う。
新規上場申請会社が、上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後において、ストック・オプションとしての新株予約権の付与を行っている場合には、その付与を受けた者は、付与日から上場日の前日または権利行使日のいずれか早い日まで所有義務(申請会社は、付与を受けた者との間で、「継続所有の確約」を行い、その書面を証券取引所へ提出)を負う。
上場申請日の直前事業年度末の2年前の日の翌日から株式上場日の前日までに行われたストック・オプションとしての新株予約権を発行している場合には、そのストック・オプションの内容を「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」及び株式上場時の「有価証券届出書」等への開示義務を負う。
従業員持株会制度は、会社が一定のメリットを与えて、従業員に会社の株式を取得させる制度です。
従業員に自社株を取得させるメリットとして以下のものが挙げられます。
① 従業員の財産形成
株式上場前の段階では、配当還元方式、類似業種比準方式等によって算出された価格で株式を取得でき、上場により株価が上昇した場合には、多くの利益を生み出すことになります。
② 安定株主作り
退職するまで自社株を保有する傾向が強く、長期にわたって安定的な株主として期待できます。
③ 経営参加意識の向上
従業員が保有することにより、労使の一体感が生まれ、経営参加意識が向上します。
従業員個人に取得させず、従業員持株会制度を採用するメリットとして以下のものが挙げられます。
① 持株会規約に流出防止条項を明記することにより、退社による株式の社外流出を防止できること。
② 株式の引取価格を明らかにできること。
③ 株式の名義人が1人であり、株主の把握が確実にできること。
④ 持株会規約という一定のルールに従った統一的運用ができること。
株式上場時の資本政策では、株主数、流通株式数等の株式の分布状況基準の改善などのため、上場直前の公募又は売出しの公開方法・公開株数・公募価格を決定します。
なお、通常、他市場経由で上場申請する場合を除いて、上場前に株式の分布状況基準を充足できない場合が多数ありますが、上場申請時に充足していなくとも上場時の公募または売出しによって充足すれば足りるとされています。
一般に上場基準(株式数、分布状況、時価総額、市場により最低上場株式数等、巻末頁参照)を充足するために、公募(会社の資金調達)と売出し(既存株主の投資回収)あるいは併用の方法で、株式を市場に放出します。
東証グロース市場、福証Q-Board上場においては最低公募株式数が500単位以上、名証ネクスト市場上場については公募または売出しが500単位以上である必要があります。
株式の売買単位は、「単元株制度」が導入される以前には一定の規制により、ほとんどの企業が1,000株でしたが、同制度導入後、個人投資家が投資しやすいように、最低投資金額が概ね50万円以下となるように、売買単位を1,000株、500株、100株、50株、10株、1株等何種類も許容したため、逆に投資家の利便性を低下させる一因にもなっています。こうしたことから、各証券取引所では、段階的に売買単位の種類を減らし、最終的には100株へ統一する措置をとっており、2008年4月以降上場申請する会社については、上場時までに単元株制度を導入し、あらかじめ100株を単元とすることが求められています。また1売買単位(100株)当たりの金額は5万円から50万円の範囲におさめることが要請されています。
公募株式数、売出株式数は、その会社の業績・市場の動向によって予測した公開価格と会社および個人(株主)の必要資金額によって決定されます。
新規上場申請会社が、公募等を行う場合には、入札方式あるいは1997年9月から新規上場において採用されたブックビルディング方式のいずれかの方式で公開価格を決定します。現在、新規上場株のほとんどがブックビルディング方式による公開価格等の決定を行っております。
ブックビルディング方式は、主幹事証券会社が市況動向および発行済株式数等を勘案して、募集仮条件等を決定し、これに基づいて機関投資家等からの意見をもとに、価格帯(「仮条件」)を設定し、その後、「仮条件」を基に投資家からの需要状況の調査をして、発行会社と協議の上、公開価格と公開株式数を決定する方法です。