情報センサー

監査役の適法性監査と妥当性監査

2018年3月30日 PDF
カテゴリー 特別寄稿

情報センサー2018年4月号 特別寄稿

獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学大学院博士後期課程修了。博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、新日鐵住金(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。近著として、『グループ会社リスク管理の法務(第2版)』中央経済社(2015年)、『監査役監査の実務と対応(第5版)』同文舘出版(2016年)、『実務の視点から考える会社法』中央経済社(2017年)等。

Ⅰ はじめに

監査役の職歴は、経理・財務部門、総務・法務・内部監査部門等のコーポレート部門から、営業・購買等の原局部門まで多様です※1。監査役監査は、会計監査に限らず、業務監査全般に及ぶことを考えると、例えば、営業出身の監査役であれば、談合等の独占禁止法違反のリスクについて肌感覚で意識できることから、営業部門の監査は、非営業出身の監査役と比較して取り組みやすいはずです。会計監査人と異なり、監査役は専門の法的資格要件は要求されていないものの、監査役に選任される前までの職歴を生かすことができる職位といえます。
もっとも、監査役は、法的には非業務執行役員に位置付けられることから、直接、営業施策や方針等に係る指示をすることは予定されていません。他方、取締役会や重要会議において、法令・定款違反の有無の確認および必要に応じて意見陳述を行うことは、監査役としての善管注意義務を果たすことになります。それでは、法令・定款違反以外の点について、意見陳述することは可能なのでしょうか。法令・定款違反の有無に関する監査を適法性監査、業務執行の是非に関する監査を妥当性監査と総称すれば、監査役は妥当性監査権限まで及ぶかという論点です。
監査役の業務監査を巡っては、適法性に限るとする適法性監査限定論と妥当性まで及ぶとする妥当性監査論が神学論争と言われるほど、昔から議論が行われてきました。そこで本稿では、これまでの論点を整理した上で、監査役監査の実務の点からはどのように考えるべきか確認したいと思います。

Ⅱ 適法性監査限定論及び妥当性監査論の根拠

1. 従来の通説

監査役の責務は、取締役の職務執行における善管注意義務違反の有無について監査業務を通じて調査・確認し、最終的には事業年度として監査役(会)の監査報告に記載した上で、株主に提出することです。監査の過程で、取締役に重大な法令・定款違反があれば、取締役(会)に報告したり、取締役や会計監査人から不正行為の報告がなされた場合には、監査役の法的権限を行使して、取締役(会)に是正を申し入れたり、自ら取締役の行為差止を行うなどの適切な対応が求められています。このような監査役の行為は、取締役の職務につき法令・定款違反に関連した内容に限定されるというのが適法性監査限定論です。
監査役は、業務監査の一環として、執行部門に対して業務報告請求権や調査権限を行使(会社法381条2項)し、執行部門から直接ヒアリングを行ったり、重要会議に出席したりします。この過程で、取締役をはじめ執行役員以下に意見や所感を述べたりします。適法性監査限定論に基づけば、これら手段は、あくまでも取締役以下の法令・定款違反行為の有無を確認するためであり、業務の妥当性監査を目的としたもの、あるいは案件の妥当性や評価の発言を行うことは、法の趣旨に反するということになります。
学界では、適法性監査限定論が通説となっています。その主な根拠として、会社の業務執行の意思決定は、取締役(会)が行うものであり、その意思決定に監査役が関与すると、合目的・能率的な経営方針の決定を妨害することになること※2、業務執行の決定権限も責任もない監査役が業務執行の当不当を云々(うんぬん)するのは監査権限を逸脱すること※3、などが主張されてきました。要するに、業務執行権限がない監査役が妥当性について発言したり、監査の対象としたりすることは、経営執行の二元化の観点から許容されるものではなく、監査役が株主への報告として責任を持つ内容は、取締役の職務遂行について不正の行為または法令・定款違反の重要な事実の有無や、事業報告が法令・定款に従っているかについての意見であり(会社法施行規則129条1項2号・3号)、取締役の業務執行の妥当性の監査結果や意見陳述が要請されているわけではないとの主張が、その根拠となっています。
他方で、監査役監査が適法性に限るとの明文規定がないことを根拠として、妥当性監査にまで及ぶとする主張や※4、適法性の監査過程で事実上妥当性の判断を加えることもあるため、監査役が妥当性監査まで可能かという一般命題を設定すること自体が疑問であるとの主張※5も、少数意見として存在しました。また、折衷論として、監査役監査は適法性監査が中心ではあるが、取締役の職務執行が著しく不当な場合にそれを指摘するような限定された範囲では妥当性にも及ぶとする主張も存在していました※6

2. 現行法令の下での解釈

適法性監査限定論が学界における通説ですが、平成18年5月1日から施行された会社法・会社法施行規則の下では、適法性監査限定論から踏み出して妥当性監査まで及ぶと思われる規定があることから、適法性監査限定論を強く主張することはあまり聞かれなくなりつつあります。具体的には、監査役は、執行部門による買収防衛策や内部統制システムの基本方針・運用状況の相当性を監査役(会)の意見として監査報告に記載すること(会社法施行規則129条1項5号・6号)、株主代表訴訟制度において、株主による取締役への提訴請求に対して、取締役に責任があっても提訴しないとする妥当性判断を行う不提訴理由通知書制度(会社法847条4項)、会計監査人の報酬同意理由を妥当性の観点から事業報告に記載すること(会社法施行規則126条2号)などです。例えば、株主代表訴訟の不提訴理由書制度では、監査役は、株主からの取締役に対する提訴請求を受けて60日以内で調査し、訴え提起の是非の判断を行った上で提訴しないと判断した場合に、株主から請求があったときには、不提訴理由書として書面で通知しなければなりません。監査役が取締役の責任追及をしないという判断の中には、取締役の責任が認められるものの、訴訟コストとの比較を考慮して当該取締役の責任追及を行わないという視点からの判断もあります(会社法施行規則218条3号)。このような判断は、会社としての政策的な内容を含むものであり、妥当性判断そのものです。
このような点から考えると、「監査報告の内容の拡充振りをみると、もはや監査役の権限は、単に適法性監査に限られるとはいえず、相当性に関する監査にも及んでいる」ことから「監査役の取締役会における発言においても、適法性に関するものに限定されず、妥当性または相当性に関するものにも及ぶことができると解される」との主張※7につながっています。すなわち、会社法では、旧商法と比較して、監査役の適法性監査限定論から一歩踏み出した規定ぶりが見受けられるため、妥当性監査にも及ぶと解することができるという主張も有力になってきています。別の見方をすれば、第三者割当増資や買収防衛策の策定等、経営者と株主との利害が衝突するにもかかわらず株主総会から取締役会に授権されている内容などについて、経営者と株主が対立する場面において、法的に経営執行部門から独立した監査役が主体的に調整する機能を持っていると考えられます。また、監査役は取締役の善管注意義務違反の有無を監査する職責がある以上、「実際問題としては、妥当性にかかわる事項についても監査権限を有することとほとんど変わりはない」※8とも言えます。

Ⅲ 妥当性の問題と監査役

1. 基本的な考え方

現行法令の規定ぶりから考えても、監査役が適法性監査限定であることを過度に意識する必要はないと考えられます。また、現実的に具体的な法令・定款違反に該当しなくても、M&A等の業務執行の結果、会社に多額の損害を生じさせた場合も、経営判断原則※9に該当しなければ、取締役の善管注意義務違反となります。従って、監査役は、取締役の業務執行の判断の過程や内容の合理性を見極めるために、妥当性の観点の意識も必要と言えます。
他方で、監査役が執行部門の業務執行に一方的に介入することは、経営執行の二元化につながり、効率的な経営を阻害する要因になり得ることも事実です。代表取締役をはじめとした取締役等の執行部門と対立することにより業務監査が円滑に遂行できなくなると、会社全体からみてもマイナスとなります。
もっとも、具体的な場面において、監査役がどこまで発言したらよいか迷う局面も大いにあると思われます。そこで、以下では具体的な場面に沿って考えていきます。

2. 具体的に想定される場面での実務

(1) 取締役会での発言

監査役は取締役会に出席した上で、意見陳述義務があります(会社法383条1項)。監査役は取締役会で議決権はないものの、取締役会に上程される案件に対して、適法性に問題がないか、判断の前提となる情報収集等に不注意な誤りがなく、かつ判断の過程や内容が合理的であるかといった経営判断原則の適用の有無を確認します。また、事業部門への過度な利益要請によって、法令・定款違反につながる恐れがないかについても注意深く見る必要があります。さらに、取締役が取締役会の構成メンバーの一人として、他の取締役の職務を監督しているか否か(会社法362条2項2号)を見極めることも、その職責の一つです。とりわけ、経営判断原則の適用有無について、経営判断の前提となる情報収集の質・量ともに適切か否かに関し、その妥当性に疑義があれば発言することになります。
このような監査役の取締役会での発言は、取締役会での業務執行の意思決定(会社法362条2項2号・4項)の過程において、重要な役割を果たします。監査役が発言を行ったときには、基本的には議事の経過の要領と結果に影響を与える場合も多いため、会社法上の正式な書類である取締役会議事録に記載しておくことが大切です(会社法369条3項、会社法施行規則101条3項4号)。

(2) 社内会議・委員会での発言

監査役が社内の重要会議や委員会に出席することは、監査役としての業務監査の一環として捉えることができるため、基本的に執行部門が監査役の出席要請を拒否することは法的にはできません※10。重要会議にオブザーバーで出席する場合には、その会議における議論の様子や意思決定の過程を注意深く観察することにより、取締役の善管注意義務の有無について心証形成し、期末における監査役(会)監査報告の結果の判断記載の一助にします。
重要会議の場において業務執行案件の提案・審議をし、最終的には取締役会に上程するための方向性を出そうとしている場合には、取締役会よりはるかに活発な意見交換が行われることが通例です。同じ事業部門内の会議であれば、執行役員以下は、部門長である取締役に説得的な説明を行うように努めますし、法務や財務担当も加わる会議では、法的問題点や会計上の課題等が議論されることが一般的です。このような会議等でも、監査役が適法性監査の観点に限定した発言に必ずしもこだわる必要がないのは、取締役会の場と同様です。もっとも、取締役会の場合と異なり、社内上の意思決定の方向性が実質的に決められる場合が多いことから、監査役の発言がその意思決定に直接影響を及ぼすこともあり得ます。
監査役の発言が将来の会社の事件・事故につながる恐れを懸念したものであればともかく、営業部門の拡販戦略や技術開発部門の今後の商品開発計画等のような、業務執行そのものに直接関わる内容について積極的に発言することは、非業務執行役員としての監査役の役割を逸脱したとの社内的な評価にもなりかねません。もちろん、古巣の職場から内々のアドバイスを求められたり、重要会議の場で案件の提案責任者から妥当性に係る意見を求められたりしたときに、あえて拒否する必要はないと思います。監査役に対して該当部門が積極的に意見を求めてきたことに対して、監査役が一個人として、社内のアドバイザーとしての発言まで否定されるべきではないと考えられるからです。監査役としての立場というよりも、元の業務執行者としての意識から、業務執行を具体的に指示したり、意思決定を左右したりするほどの強い影響力を持つ発言ならば、社内でも行き過ぎではないかという意見が出る可能性があります。

Ⅳ おわりに

社内出身の常勤監査役の場合は、監査役就任の前職は業務執行者であることが一般的です。しかも、会社法上の役員である監査役の前職は、取締役・執行役員・部長等の上級職位の者が圧倒的に多い実態があります※11。社内的には前職の役職が浸透しているため、業務執行側が監査役の発言に影響を受けて意思決定をすることも考えられなくもありません。
監査役が適法性に関わることに限定して発言する必要が必ずしもないことは、現行法の規定を見ても明らかです。一方で、非業務執行役員としての法的立場を認識した上で、業務執行の二元化につながらないような意識も必要といえると思います。
監査役は、社内の全事業部門と関わりを持ちます。業務執行の事業部門が、会社全体の利益というよりも事業部門内の利益を優先する行為の恐れもある中で、全社を横断した、代表取締役とは別の観点から、経営執行の二元化にならないように留意しつつ、監査役が適切な意見を積極的に陳述する意義は大きいと考えるべきです※12

※1 日本監査役協会のアンケートによると、最も割合が大きい社内監査役の前職は、監査関係以外の部長等で22.0% (会社数998社)とのことである。(日本監査役協会「役員等の構成の変化などに関する第17回インターネット・アンケート集計結果」月刊監査役No.668(2017年)、20ページ)

※2 矢沢 惇「監査役の職務権限の諸問題(下)」(商事法務696号 3~4ページ(1975年))、大隅健一郎・今井 宏『会社法論中巻(第3版)』304ページ(有斐閣、1992年)。

※3鈴木竹雄・竹内昭夫『会社法(第3版)』314ページ(有斐閣、1994年)、龍田 節『会社法(第6版)』 124ページ(有斐閣、1998年)

※4 田中誠二『会社法詳論(上)(3全訂)』723~724ページ(勁草書房、1993年)。

※5 関 俊彦『会社法概論』318ページ(商事法務研究会、1994年)。

※6 上柳克郎・鴻 常夫・竹内昭夫編集代表『新版注釈会社法(6)株式会社の機関(2)』[竹内昭夫](有斐閣、1987年、445ページ)

※7 前田 庸『会社法入門(第12版)』496ページ(有斐閣、2009年)

※8 神田秀樹『会社法(第19版)』242ページ(弘文堂、2017年)

※9 米国の判例法理において、Business judgment ruleとして発達した考え方であり、取締役には広い裁量の幅が認められている中で、事後的・結果論的に評価されることは、取締役の行為を萎縮させることとなり、株主の利益にもならないとする考え方である。わが国においても、判例(「アパマンショップHD株主代表訴訟事件」最判平成22年7月15日判時2091号90ページ等)・学説において確立している。

※10 子会社に対する業務報告請求権や調査権については、子会社は、自社に正当な理由があるときは拒否できる(会社法381条4項)。

※11 最も多いのが部長で31.9%(1,449人)、次に会長・社長を含む取締役の31.2%(1,415人)、以下、執行役員の14.0%(636人)と続いている。(日本監査役協会・前脚注※1・20ページ)

※12 コーポレートガバナンス・コード(東京証券取引所、2015年6月1日公表)でも、監査役(会)は、業務監査・会計監査をはじめとした「守りの機能」を含めて、自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、取締役会や経営陣に対して適切に意見を述べるべきであるとしている(コーポレートガバナンス・コード原則4-4)。「守備範囲を過度に狭くとらえること」とは、適法性監査に限定することと解される。

関連資料を表示

  • 「情報センサー2018年4月号 特別寄稿」をダウンロード

情報センサー2018年4月号

情報センサー

2018年4月号

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。

 

詳しく見る