EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 松川 由紀子
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 松葉 純一
品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事している。
引当金は、将来において費用又は損失が発生することが見込まれる場合に、当期に帰属する金額を当期の費用又は損失として処理し、その相手勘定として貸借対照表に計上される貸方項目です。企業会計原則注解の(注18)(以下、注解18)において、引当金の計上要件が以下のように定められています。
① 将来の特定の費用又は損失であること
② その発生が当期以前の事象に起因するものであること
③ 発生の可能性が高いこと
④ 金額を合理的に見積ることができること
このように、引当金については企業会計原則注解において計上要件の定めがあるものの、引当金に関する包括的な会計基準は設定されておらず、その定義と範囲について明確には定められていません。
このため、実務では、引当金計上の要否の検討において、しばしば判断に迷うようなことがあるかもしれません。
以下では、引当金の基本的な事項を確認するとともに、引当金の要件の判定における実務上のポイントを解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者らの私見であることをあらかじめお断りします。
前述の通り、注解18で4つの計上要件が定められていますが、具体的な内容は定められていないため、個々のケースにおいて前記4つの要件に照らして引当金の計上要否を判断することになります。
第1要件の「将来の特定の費用又は損失であること」は容易に判定できると思われますが、第2要件の「その発生が当期以前の事象に起因するものであること」については、実態に応じた判断を要します。この第2要件についての実務上のポイントは後述します。
第3要件の「発生の可能性が高いこと」及び第4要件の「金額を合理的に見積ることができること」の判定は見積りによって行われるため、慎重な判断が求められます。
引当金の計上時の金額の測定に関する包括的な定めはありませんが、注解18において合理的な見積りが求められていることから、引当金の計上時点において入手可能な情報に基づき、最善の見積りを行うことが求められます。なお、退職給付引当金のように、個別の会計基準等に定めがあるものを除いて、引当金の使用までに1年以上要すると予想される場合でも、時の経過による価値の変化は考慮されず、負債を現在価値に割り引くことを求める定めはありません。
引当金は見積計上されますので、いったん計上された引当金についてもその見積額の見直しが必要となります。例えば、貸倒引当金の見積りにおける得意先の財政状態の変化などのように、見積りのための前提となる事実に変更が生じた場合、これに対応して計上すべき引当金の額を見直します。過去において入手可能な情報に基づき最善の見積りを行った場合、状況の変化により会計上の見積りの変更を行った時の差額又は実績が確定した時の見積金額との差額は、その変更のあった期又は実績が確定した期に、営業損益又は営業外損益として処理することになります。一方で、引当額の過不足が計上時の見積り誤りに起因する場合には、過去の誤謬(ごびゅう)に該当するため、修正再表示を行うこととなります(企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」55項なお書き)※。
※ 実務上は、有価証券報告書の場合、修正再表示に先立って訂正報告書が提出されることになると考えられます。また、計算書類の場合、過去の誤謬が重要な場合には、前期末の期末残高に誤謬の修正の累積的影響額を加えたものを当期の期首残高として作成されることが実務上多く、重要でない場合には、修正額を当期の損益として処理することになると考えられます。
計上された引当金を取り崩すのは、以下の2つの場合が考えられます。
例えば、貸倒引当金について、実際に得意先の倒産などにより売掛金の回収ができなくなった場合などがこれにあたります。引当金計上額が過去において入手可能な情報に基づき最善の見積りを行っていた場合、引当金を取り崩し、実際に発生した費用と引当計上された見積額との差額を取崩した期の損益として処理します。
例えば、貸倒引当金について、引当金の設定時は得意先の財政状態の悪化などにより売掛金の回収ができなくなると見込んでいたものの、得意先の状況が好転したことにより、損失の発生可能性が低下した場合などがこれにあたります。注解18の要件に照らし、引当金を使用する可能性が低くなった場合には引当金を取崩し、その期の損益として処理します。
日本では、引当金に関する包括的な会計基準は存在しないものの、個別に会計基準等の文書で取り扱われている引当金があります。<表1>が、引当金に関して記載のある主な文書です。
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ここからは、実務において最も判断の要素が大きい、注解18における引当金の第2要件、すなわち「その発生が当期以前の事象に起因し」の要件についての判定における実務上のポイントを解説します。<表2>は、研究資料において対象とされている引当金のうち主なものについて、研究資料におけるそれぞれの引当金の第2要件の考え方をまとめたものになります。
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前記の引当金の第2要件の考え方のうち、以下では、リストラクチャリングに関連する引当金について事例を用いて説明します。
製造業を営むP社(3月決算)は、20X1年3月期中の取締役会において、同じく製造業を営む国内子会社S社の清算を決議し、同日に対外公表した。また、同時に、本社の退去、工場の撤去及び従業員の早期退職の募集を決議している。
S社の状況は以下のとおり。
本事例の賃貸借契約では、早期解約時には残存期間分の家賃を支払う契約となっています。このような、リストラクチャリング計画の一環として支払うこととなる、過去の契約に基づく違約金について、どの時点で費用を認識すべきかについて会計基準上明確な定めがないため、論点となります。この点、実務的には、取締役会決議などの会社としての意思決定がなされたタイミングで、残存期間の3年分の家賃の支払い義務の発生が当期以前の事象に起因していると判断し、引当金の第2要件を満たすものと判定することが多いと考えられます。しかし、機関決定時から解約契約の締結時まで、いつの時点で当該事象が発生しているかについては検討の余地があると考えられます。
なお、本事例におけるS社の本社固定資産に対しては、契約上原状回復義務を有していることから、資産除去債務が計上されているものと考えられます。このため、賃貸借契約に基づく退去に要する費用のうち、原状回復義務の履行に要すると見込まれる費用については、企業会計基準第18号「資産除去債務に関する会計基準」等に従い会計処理を検討することになると考えられます。
本事例におけるS社の工場には契約上原状回復義務がなく、法令上の撤去の要請もないことから、資産除去債務は計上されていないことが考えられます。このように、法令や契約において撤去することが要請されない場合における、引当金の第2要件の考え方が論点となります。
この点、親会社の保有する土地に建てられている工場の撤去に要する費用について、その発生の原因となる事象は、あくまで工場の撤去の実行により財またはサービスの提供を受けた時点で発生し、その時点で義務を負うものであり、意思決定や契約により債務を負う性質のものではないと考えられます(「引当金に関する論点の整理」第42項(3)参照)。
このため、取締役会等でリストラクチャリングの一環として工場の撤去の決議をし、業務請負契約を締結していたとしても、本件のように実際の撤去は20X1年4月以降となり、期末日時点で実際に工場の撤去が未だ行われていない場合、費用の発生が当期以前の事象に起因しているとは判断されず、引当金の第2要件を満たさないものと考えられます。
本事例におけるS社の従業員の早期退職については、20X1年3月期中に募集が開始されています。また、早期退職に応募した場合、割増退職金が支払われることになっています。
この点、割増退職金の制度について取締役会決議がなされており、従業員が早期退職に応募可能となっている状況下であれば、割増退職金の実質的な発生原因は存在していると考えられるため、引当金の第2要件を満たすことになると考えられます。なお、従業員の早期退職の募集に係る早期割増退職金については、従業員が早期退職金制度に応募し、かつ、当該金額が合理的に見積られる時点で費用処理することになるため(退職給付適用指針第10項)、実際に従業員の応募があることが引当金計上の要件となると考えられます。
前記の20X1年3月期における引当金の第2要件の考え方より、本社の退去に係る賃貸借契約の早期解約費用及び従業員の早期退職の募集に係る早期割増退職金について、その発生が当期以前の事象に起因する将来の特定の費用又は損失であると捉え、その他の引当金の要件(発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合)を満たすのであれば、引当金を計上することが考えられます。他方、工場の撤去に係る費用については、その発生が当期以前の事象に起因しているとは判断されないと考えられるため、引当金は計上されないものと考えられます。
国際財務報告基準(IFRS)における引当金に係る会計処理等は、国際会計基準(IAS)第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」(以下、IAS第37号)に定められています。本章では、IAS第37号の定めについて、日本基準との主な相違点について解説します。
日本基準では、注解18において、将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金を計上することとされています。
他方、IFRSでは、IAS第37号第14項において、引当金は以下の要件をすべて満たすときに認識するものとされています。
日本基準では、債務性は要件とされていない一方、IFRSでは、現在の債務であることが要件とされています。
このため、例えば修繕引当金のような債務性を有しない引当金については、日本基準では、注解18の要件を満たす場合には引当金を計上することになる一方、IFRSでは、その計上は認められないことになります。
日本基準では、推定的債務の考え方を示す定めはありません。
他方、IFRSでは、IAS第37号第10項において、引当金とは、時期または金額が不確実な負債をいうとされています。この負債には、法的債務のみならず推定的債務も含まれます。推定的債務とは、以下のような企業の行動から発生する義務をいいます。
日本基準では、Ⅰに記載のとおり、具体的な算定方法などを定めた包括的な会計基準はありません。
他方、IFRSでは、IAS第37号第39項において、複数のシナリオが想定されるときのように、測定対象の引当金が母集団の大きい項目に関係している場合には、債務はすべての生じ得る結果をそれぞれの関連する確率により加重平均して見積もられます(期待値法)。
また、IAS第37号第40項において、単一の債務が測定される場合は、見積もられた個々の結果のうち、最も可能性の高い結果が、当該負債に対する最善の見積りとなり得るとされています(最頻値法)。ただし、この場合であっても、最も可能性の高いシナリオ以外の結果の確率がほとんどを占めている場合には、最善の見積りは、最も可能性の高いシナリオとは異なる金額となります。
日本基準では、3.のとおり、該当する基準はありません。
他方、IFRSでは、IAS第37号第40項において、将来支出する引当金について貨幣の時間価値の影響に重要性がある場合には、債務の決済に必要と見込まれる支出の現在価値を用いなければならないとされ、割引計算が求められることになります。
そのほかに、IFRSでは不利な契約やリストラクチャリング引当金についても個別に定めが設けられています。
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