EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 平川 浩光
会計処理及び開示に関する相談業務、並びに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事するとともに、上場会社、上場準備会社の監査業務に従事。金融機関や公的機関のセミナー講師を歴任し、主な著書(共著)に『そこが知りたい!のれんの会計実務』(中央経済社)がある。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 宮﨑 徹
会計処理及び開示に関する相談業務、並びに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事するとともに、主に製造業の監査業務に従事。主な著書(共著)に『会社法決算書の読み方・作り方(第18版)』(中央経済社)がある。
ベンチャー企業においては、成長途上であるため資金需要が旺盛であり、会社の規模に比して資金調達が多額に必要となるといったケースが想定されます。また、優秀な人材の上場までのリテンション効果を狙い、さらに、手許現金を支払わずに報酬を支給することができ、加えて、上場前に株主構成が変動しないように、ストック・オプションを活用するケースが多いように見受けられます。
このようなベンチャー企業の特徴から、ベンチャー企業ならではの会計上の論点が生じることがあり、今回はその中から、ストック・オプションのうちベンチャー企業特有の論点やベンチャーデットについて解説します。
なお、文中意見に係る部分は筆者らの私見である旨、あらかじめ申し添えます。
ストック・オプション(新株予約権)を従業員等(企業と雇用関係にある使用人のほか、企業の取締役、会計参与、監査役及び執行役並びにこれに準ずる者)に報酬として付与した場合、付与することによって企業が従業員等から取得する労働や業務執行等のサービスは、その取得に応じて費用として計上し、対応する金額を、ストック・オプションの権利の行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に新株予約権として計上することになります(企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、SO会計基準)第4項)。
ここで、各会計期間における費用計上額は、ストック・オプションの公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額となります(SO会計基準第5項)。また、<表1>のとおり、ストック・オプションの公正な評価額(すなわち、費用計上額)は、原則として、公正な評価単価にストック・オプション数を乗じて算定することとなりますが、未公開企業(上場企業以外)については、「公正な評価単価」に代えて「単位当たりの本源的価値」による方法(未公開企業における特例)が認められています(SO会計基準第13項)。「単位当たりの本源的価値」の算定方法は<表2>のとおりです。
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2023年5月に国税庁より、時価発行新株予約権信託(信託型ストック・オプション)に係る従業員等に対する課税に関して、これまでの実務では譲渡所得課税(税率約20%)と解釈されていたものが、給与課税(最高税率約55%の累進課税)であるとする明確化がなされました。その一方で、2023年7月において、以下の通り、ストック・オプションの行使価格に関する税制適格要件を緩和する方向の租税特別措置法通達の改正がなされています。
当該改正前までは売買実例価額とする方式や類似会社価額に比準して推定した価額とする方式など(以下、合わせて「原則方式」)で算定された価額以上の行使価格であれば税制適格要件を満たすとされていました。しかし、当該改正により、ストック・オプションの対象となる株式が取引相場のない株式である場合には、一定の条件のもと、「財産評価基本通達」(法令解釈通達)の178から189-7までの例(純資産に一定の調整を加えた額)による方式(以下、純資産価額方式)で算定された価額以上の行使価格とする場合にも税制適格要件を満たすこととなりました※。
※ 国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」、www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/kaisei/230707/pdf/02.pdf(2024年8月13日アクセス)参照。
上記改正前までは、税制適格要件を満たす原則方式で算定された価額が、会計上用いる「自社の株式の評価額」と近似することが多かったことから、行使価格を「自社の株式の評価額」以上に設定することで、「単位当たりの本源的価値」をゼロとすることにより、費用計上されないように設計することが多かったものと考えられます。
しかし、当該改正により認められた純資産価額方式によると、例えば、債務超過であることなどを理由として純資産価額方式により算定した価額がマイナスとなり、行使価格を1円と設定しても税制適格要件を満たすこともあり得ます。一方で、この場合であっても、会計上用いる「自社の株式の評価額」は通常、簿価純資産と合致しないことから、1円と算定されるとは限りません。「自社の株式の評価額」は、将来キャッシュ・フローを割り引くディスカウント・キャッシュ・フロー法(DCF法)に基づく価額や、類似会社価額に批准して推定する方法(類似会社批准法)に基づく価額などを踏まえて算定されるものと考えられます。したがって、税務上の純資産価額方式により算定された価額(例:マイナス)よりも会計上の「自社の株式の評価額」(例:100円)の方が高く算定されることにより、付与日時点の「自社の株式の評価額」が行使価格(例:1円)を上回っている場合も想定されます。この場合には、上記の未公開企業における特例を適用したとしても、「単位当たりの本源的価値」はプラス(例:99円(付与日時点の自社の株式の評価額(100円)-行使価格(1円)))となり、費用計上が必要となります。
このように、税制適格要件の緩和に係る改正によって、これまでとは異なり、「単位当たりの本源的価値」による方法(未公開企業における特例)を用いたとしても費用計上が必要となるケースが増えている点が、最近のベンチャー企業(上場準備会社)におけるストック・オプションの特徴であるように思われ、ベンチャー企業(上場準備会社)であれば費用計上不要という思い違いをしないように留意が必要と考えられます。
また、上記の通り、費用計上額算定の基礎となる「自社の株式の評価額」はDCF法や類似会社批准法などを用いて算定されることから、自社にて算定することが困難なため、専門家を関与させることが一般的であると思われます。このため、ストック・オプションの導入には、一定の期間及び費用が必要である点も念頭に置いていただく必要があると考えられます。
上場準備会社であれば、従業員等に対して、上場達成のインセンティブとして、上場することを権利確定条件としたストック・オプションを付与するケースが見受けられます。また、その際に、税制適格要件を満たすために権利行使期間を付与日の2年後から10年後などと設定し、さらに、リテンション効果を高めるために、権利行使時点で会社に在籍していることを要件とすることもあると考えられます。
このような条件でストック・オプションを付与した場合、どのような会計処理になるか設例を用いて考察していきます。
次の【前提条件】でストック・オプションを付与した場合、【ケース1】及び【ケース2】のそれぞれの会計処理はどのようになるか。
【前提条件】
① 付与日:X1年4月1日
② 付与数:50個
③ 行使価格:1円
④ 権利行使期間:付与日から2年後(X3年3月31日)から8年後(X9年3月31日)まで
⑤ 権利確定条件:上場すること
⑥ その他条件:権利行使時において会社の役員又は従業員の地位にあること
⑦ 「単位当たりの本源的価値」による方法(未公開企業における特例)を用いる
⑧ 付与日時点の自社の株式の評価額:101円(すなわち、「単位当たりの本源的価値」は100円(101円-行使価格1円))
⑨ 権利不確定による失効の見積数:ゼロ(すなわち、ストック・オプション数は50個(付与数50個-失効見積数0個))
【ケース1】
付与日から半年後(X1年9月30日)に上場することが合理的に予測される
【ケース2】
上場時点を合理的に予測することが困難であるため、予測を行わない
【ケース1】
<設例>の【ケース1】においては、権利確定条件として、上場することとされており、当該条件はその達成に要する期間が固定的ではない権利確定条件に該当するものと考えられるため、権利確定日として合理的に予測される日が当該条件に係る権利確定日と判定されます(企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下、SO適用指針)第17項(3))。ここで、【ケース1】では、付与日から半年後(X1年9月30日)に上場することが合理的に予測されています。したがって、当該上場条件に係る権利確定日は「付与日から半年後(X1年9月30日)」と判定されます。
また、これとは別に、権利行使期間は付与日から2年後(X3年3月31日)と開始日が明示されており、かつ、権利行使時において会社の役員又は従業員の地位であること(すなわち、権利行使期間の開始日以前に退職等をしていないこと)が権利行使の条件とされていることから、勤務条件が付されているものとみなすものと考えられ(SO適用指針第17項(2))、当該勤務条件を満たし権利が確定する日である「付与日から2年後(X3年3月31日)」が当該勤務条件に係る権利確定日と判定されます。
したがって、【ケース1】は複数の権利確定条件が付与されていて、これらをすべて満たさなければストック・オプションの権利が確定しないものと考えられるため、上場条件と勤務条件のうち、最も長期を要する条件が満たされる日である「付与日から2年後(X3年3月31日)」が権利確定日として判定されます(SO適用指針第19項(2)参照)。
以上より、【ケース1】の勤務対象期間は2年間となり、ストック・オプションの公正な評価額である5,000円(「単位当たりの本源的価値」100円×ストック・オプション数50個)を2年間で費用計上していくものと考えられます。
【ケース2】
【ケース1】のとおり、【ケース2】についても、上場条件及び勤務条件という複数の権利確定条件が付与されていて、これらをすべて満たさなければストック・オプションの権利が確定しないものと考えられます。
ここで、【ケース2】では、業績条件に関して、上場時点を合理的に予測することが困難であるため、予測を行わないとされています。この点、条件の達成に要する期間が固定的でなく、かつ、その権利確定日を合理的に予測することが困難な権利確定条件が付されているため、予測を行わない場合には当該権利確定条件は付されていないものとみなされます(SO適用指針第19項また書き)。
したがって、【ケース2】では当該上場条件は付されていないものとみなされ、勤務条件のみが権利確定条件となるため、「付与日から2年後(X3年3月31日)」が権利確定日として判定されます。
以上より、【ケース2】の勤務対象期間も2年間となり、ストック・オプションの公正な評価額である5,000円(「単位当たりの本源的価値」100円×ストック・オプション数50個)を2年間で費用計上していくものと考えられます。
<設例>のような発行条件のケースにおいて、権利確定条件が上場条件のみであるかのように思い違いをしてしまうと、上場時点を合理的に予測することが困難であるため、予測を行わないと判断した場合に、付与日に一括費用計上してしまうことが考えられます(SO適用指針第18項)。しかし、<設例>の通り、勤務条件は明示されていなくとも、権利行使期間の開始日が明示されており、かつ、それ以前にストック・オプションを付与された従業員等が自己都合で退職した場合に権利行使ができなくなる場合には、勤務条件が付されているものとみなすことになります(SO適用指針第17項(2))。
したがって、上場時点の予測を行わないと判断した場合であっても、【ケース2】のとおり、勤務条件が権利確定条件となるため、権利行使期間の開始日の前日までの期間で費用計上することになる点、留意が必要と考えられます。
ベンチャーデット(Venture Debt)の明確な定義はありませんが、主としてベンチャー企業で行われる資本(Equity)と負債(Debt)の双方の性質を含んだ資金調達手段の総称です。近年ベンチャー企業の資金調達手段が多様化しており、特に、融資(デット)と同時に新株予約権を発行する新株予約権付融資の活用事例が増加してきています。
会社法上の制度である新株予約権付社債(会社法第2条第22項)と類似した資金調達手段ですが、会計基準において新株予約権付融資の具体的な会計処理の明記はありません。また、Ⅱで触れたように、未公開企業のストック・オプションの費用計上額の算定にあたり、SO会計基準において「公正な評価単価」に代えて「単位当たりの本源的価値」による方法が認められていますが、これは従業員等に報酬として付与する新株予約権(ストック・オプション)等のSO会計基準が適用される場合の取扱いであり、新株予約権付融資における新株予約権において、このような会計処理は認められないと考えられるといった注意点があります。
このため本パートでは、発行者側(ベンチャー企業側)の取扱いを念頭に、新株予約権付融資の会計処理上の留意点を解説します。
新株予約権付融資とは、会社(ベンチャー企業等)が新株予約権を発行し金融機関に付与するとともに、金融機関から融資を受ける資金調達スキームをいいます。
従前は負債と資本を組み合わせた資金調達手段として、会社法の規定に基づく新株予約権付社債が利用されてきましたが、その社債部分が金銭消費貸借契約である融資に置き換わったものが、新株予約権付融資と捉えることができます(<表3>参照)。
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新株予約権付融資については、まず新株予約権の発行と融資(借入金)を別個に会計処理するのか、それらを複合金融商品として取り扱うのかという論点があります。そして、複合金融商品として取り扱う場合、具体的にどのような会計処理(一括法か区分法か)を行うのかが論点となります。
なお、新株予約権付融資は確立された制度設計が存在する訳ではないため、本稿においては、以下のような新株予約権付融資を前提とした上で会計処理の考察を行います。
【本稿における新株予約権付融資の前提】
本件の新株予約権付融資は、会社が新株予約権を無償で発行し金融機関に付与するとともに、金融機関から無担保・無保証で融資を受けるもの。なお、将来に新株予約権が行使された場合においても、融資の支払義務はなくならない。
(融資の条件)
調達時期:新株予約権の発行と同時
担保・保証:なし
融資の利率:〇%(新株予約権の付与により信用リスクが補完され低金利となっており、会社が仮に無担保・無保証の通常融資を受ける場合は、ベンチャー企業としての信用リスクから当該利率よりも高金利になることが想定される)
その他(融資期間・返済方法):通常の融資(無担保・無保証)と同様の設定
(新株予約権の条件)
新株予約権の行使価格:新株予約権付与時の株式の時価
行使価格の払込方法:金銭による払込み(債権の現物出資を想定しない)
新株予約権の発行価額:無償
新株予約権の行使期間:新株予約権発行日から融資の返済期限まで
企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、金融商品会計基準)の対象となる金融商品は、金融資産、金融負債及びデリバティブ取引に係る契約を総称したものですが、金融商品には複数種類の金融資産又は金融負債が組み合わされているもの、つまり、複合金融商品も含まれるとされています(金融商品会計基準(注1)、第52項)。そして、新株予約権付社債のように、契約の一方の当事者の払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品については、「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品」として会計処理が定められています(金融商品会計基準第35項、複合金融商品適用指針第1項)。
ここで、新株予約権付融資は、新株予約権の発行と融資の実行が別個に行われ、それぞれ単独で存在し得ることとなりますが、これらは一般的に同時に行われます。また、本稿の新株予約権付融資の前提を鑑みると、融資の利率が調整されていることから各々が経済合理的には単独で発行され得るものではなく、発行時において両者は実質的に一体のものと考えられます。このため、新株予約権と金融負債である融資が組み合わされたスキームとして、経済的実質としては、新株予約権付社債の場合の社債部分が融資に置き換わったものとして考えられ、同じく複合金融商品に該当するものと考えられます(複合金融商品適用指針第59項参考)。また、新株予約権付融資は、新株予約権が付されていることから、払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に該当し、金融商品会計基準及び複合金融商品適用指針に従って会計処理することが考えられます(複合金融商品適用指針第2項)。
金融商品会計基準等においては、新株予約権付社債以外の複合金融商品について、具体的な会計処理は明記されていないため、複合金融商品としての新株予約権付融資をどのように会計処理するのか、具体的には新株予約権付社債のいずれの類型の会計処理に従って又は準用して会計処理を行うのかが論点となります。
金融商品会計基準では、転換社債型新株予約権付社債の発行者側の会計処理としては、<表4>のように一括法、区分法のいずれも認めています(金融商品会計基準第36項、複合金融商品適用指針第18項)。これは、募集事項において、社債と新株予約権がそれぞれ単独で存在し得ないこと及び新株予約権が付された社債を当該新株予約権行使時の出資の目的とすることがあらかじめ会社法上明確にされていることから、かつての転換社債と経済的実質が同一であり、それぞれを区分処理する必要が乏しいと考えられるため、区分して処理する方法に加え、一体として処理する方法も認められているものとなります(金融商品会計基準第112項、第113項、複合金融商品適用指針第41項)。
この点、新株予約権付融資は、転換社債型新株予約権付社債のような会社法の規定に基づき発行されたものではありません。また、新株予約権を行使した場合においても、借入金は債務として継続的に残るとされ、融資と新株予約権がそれぞれ単独で存在し得えないものではないため、転換社債型新株予約権付社債の会計処理を準用することは適切ではないと考えられます。
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ここで複合金融商品適用指針第28項では、社債と新株予約権を同時に募集し、かつ、両者を同時に割り当てる場合の会計処理は、「その他の新株予約権付社債」と同様に行うとされています。これは、社債と新株予約権は別々に証券が発行され発行後は個別に流通することになりますが、発行時において両者は実質的に一体のものとみられるため、その経済的実質はその他の新株予約権付社債と同一であると考えられるためとされています(複合金融商品適用指針第59項)。なお、これは社債と新株予約権を同時に募集していない場合又は両者を同時に割り当てていない場合でも、両者が実質的に一体のものとみられるときも同様とされています。
そして、「その他の新株予約権付社債」は、払込資本を増加させる可能性がある部分とそれ以外の部分が同時に各々存在し得ることから、その取引の実態を適切に表示するため、それぞれの部分を区分して処理することが必要であるとされています(複合金融商品適用指針第21項及び第43項)。
ここで、新株予約権付融資は、融資と同時に新株予約権が発行され、それぞれ単独で存在し得るものの、融資と新株予約権が組み合わされたスキームであり、発行時において両者は実質的に一体のものと考えられます。そして、新株予約権付融資も、「その他の新株予約権付社債」と同様に、融資と新株予約権がそれぞれ別個に存在し得ることから、「その他の新株予約権付社債」に準じて、区分法により会計処理することが適切と考えられます。
その他の新株予約権付社債の発行者側の会計処理は、その発行に伴う払込金額を、区分法、つまり社債の対価部分と新株予約権の対価部分に区分した上で、社債の対価部分は普通社債の発行に準じて処理し、新株予約権の対価部分は新株予約権の発行者側の会計処理に準じて、純資産の部に「新株予約権」として計上するとされています(金融商品会計基準第38項、複合金融商品適用指針第21項、第4項)。
新株予約権付融資も同様に区分法により処理すると、融資の対価部分と新株予約権の対価部分を区別した上で、融資の対価部分は借入金に準じて処理し、新株予約権の対価部分は新株予約権の発行者側の会計処理に準じて、純資産の部に「新株予約権」として計上することが適切と考えられます。
そして、区分法を適用する場合には、金融商品会計基準(注15)によることになります(複合金融商品適用指針第43項なお書き)。このため、①社債(新株予約権付融資において準用する場合には借入金。以下同様)及び新株予約権の払込金額又はそれらの合理的な見積額の比率で配分する方法、あるいは②算定が容易な一方の対価を決定し、これを払込金額から差し引いて他方の対価を算定する方法によることになります(<表5>参照)。
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なお、社債と新株予約権のそれぞれの払込金額が経済的に合理的な額と明らかに乖離するときには、当該払込金額の比率で配分する方法の適用は適当ではなく、このような場合には、新株予約権付社債を区分する他の方法を適用することになるとされています(複合金融商品適用指針第43項なお書き)。
新株予約権付融資の新株予約権は一般に無償発行となっているため、経済的に合理的な額と明らかに乖離しないかを検討する必要があるものと考えられます。例えば、新株予約権の時価がゼロと明らかに乖離する場合や、また、新株予約権の付与により信用リスクが補完され明らかに低金利となっているなど、当該融資の金利が明らかに経済的に合理的な水準と乖離するような場合には、払込金額の比率で配分する方法(新株予約権をゼロとし、払込金額の全額を借入金として処理する方法)の適用は適当ではなく、他の方法を適用することが必要になるものと考えられます。
実務的には、新株予約権のオプション価値等を評価機関等に依頼して算定し、新株予約権と借入金の合理的な見積額の比率で配分する方法も考えられますが、算定が容易と考えられる借入金の対価部分としての融資時の時価を算定したうえで、これを払込金額から差し引いて新株予約権の対価を算定する方法も考えられます。
融資時の借入金の時価の算定においては、移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」第351項の新株予約権付社債の区分処理方法を参考にすると、借入金の元利のキャッシュ・フローを、新株予約権が付されていなかった場合に設定されたであろう無担保・無保証の借入金に対する利子率で現在価値に割り引いて算定する方法が考えられます。これはインカム・アプローチにより金融商品の時価を評価するものであり、その算定手法の詳細は、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」に従って算定する必要があると考えられます。
新株予約権付融資については、類似するものの従前から定めのある新株予約権付社債ではないため、新株予約権の額や借入金の貸借対照表価額について会社計算規則との関係も論点となります。
まず会社計算規則第55条によると、新株予約権を発行する場合には、当該新株予約権と引き換えにされた金銭の払込みの金額、金銭以外の財産の給付の額又は会社に対する債権をもってされた相殺の額その他適切な価格を、増加すべき新株予約権の額とするとされています(会社計算規則第55条第1項)。
新株予約権の無償割当てをする場合は、通常増加すべき新株予約権の額はゼロとなりますが、新株予約権付社債で区分法を適用する場合は、新株予約権に対価が配分されることになるため、金融商品会計基準等に基づいて算定された金額を「その他適切な価格」として、新株予約権の額とすることになります。
同様に新株予約権付融資においても金銭の払込みの金額はゼロとなりますが、区分法により算定された新株予約権の対価部分がこの「その他適切な価格」に該当すると考えるのであれば、会社法(会社計算規則)の規定上も、新株予約権につき区分法を適用することに特段の問題はないことになります。
新株予約権付融資を区分法で処理した場合に、新株予約権の対価部分が算出された場合には、当該価値相当分だけ、借入金の当初計上額が債務額(約定返済額)と相違し、結果的に社債の割引発行と同様の事象が、借入金においても生じます。このため、当該差額を償却原価法によって会計処理することになります。具体的には、割引計算で使用された利子率等により支払利息を費用計上するとともに、貸借対照表上において借入金を毎期増加させることになります(金融商品会計基準第26項ただし書き)。
ここで会社計算規則第6条によると、負債については、会社計算規則又は会社法以外の法令に別段の定めがある場合を除き、会社帳簿に債務額を付さなければならないとされています(会社計算規則第6条第1項)。この原則に対して、払込みを受けた金額が債務額と異なる社債等の負債のほか、事業年度の末日においてその時の時価又は適正な価格を付すことが適当な負債については、事業年度の末日においてその時の時価又は適正な価格を付すことができるとされています(会社計算規則第6条第2項第2号第3号)。
新株予約権付融資において借入金の対価部分が債務額と異なると考えられる場合に、区分法により算定された割引後の債務額が借入金の対価部分の「適正な価格」に該当すると考えるのであれば、会社法(会社計算規則)の規定上も、負債の評価においても区分法を適用することに特段の問題はないことになります。
新株予約権付融資の区分法の適用にあたって、新株予約権の対価部分を区分する際に、SO会計基準の本源的価値の特例を適用することができるかが論点となり得ます。これは従業員等に報酬として付与する新株予約権(ストック・オプション)等のSO会計基準が適用される場合の話であり、新株予約権付融資における新株予約権において、このような会計処理は認められないと考えられることに注意が必要となります。
Ⅱで触れたように、未公開企業のストック・オプションについては、SO会計基準において「公正な評価単価」に代えて「単位当たりの本源的価値」による方法が認められています(SO会計基準第13項)。未公開企業のストック・オプションの会計処理において本源的価値の特例を適用した場合、新株予約権の行使価格を時価以上に設定した場合には、本源的価値はゼロとして費用計上する必要がなく、結果として新株予約権が計上されなくなります。
ただしSO会計基準第3項では、企業が財貨又はサービスの取得において、対価として自社株式オプションを付与する取引であっても、他の会計基準の範囲に含まれる取引については、本会計基準は適用されないとされています。そして複合金融商品である新株予約権付社債については、既述のように金融商品会計基準において定めがあるため、SO会計基準の適用対象外となります。
これを踏まえると、「その他の新株予約権付社債」の取扱いを準用する本稿の新株予約権付融資についてもSO会計基準の適用対象外となり、SO会計基準第13項に定める本源的価値の見積りに基づいて会計処理を行うことはできず、あくまで金融商品会計基準の定めに従って区分法により会計処理することになると考えられます。このため、新株予約権付融資においては新株予約権の行使価格をたとえ時価以上に設定していたとしても、調達した資金を、借入金部分と新株予約権部分に配分して、それぞれ会計処理することになると考えられることに注意が必要です。
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