監査役と法務専門家との連携

監査役と法務専門家との連携


情報センサー2024年10月 特別寄稿


獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て現職。プロアクト法律事務所顧問。上場会社の社外独立監査役も兼任。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。法理論と実務面の双方に精通している。近著として『監査役監査の実務と対応(第8版)』同文舘出版(2023年)、『グループ会社リスク管理の法務(第4版)』中央経済社(2022年)、『監査役・監査(等)委員監査の論点解説』同文舘出版(2022年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)。


Ⅰ 論点の背景

監査役・監査等委員・監査委員(以下、監査役)は、取締役の職務執行を監査する職責がある(会社法381条1項・399条の2第3項1号・404条2項1号)中で、その職務を適切に遂行するため、当該株式会社の取締役や子会社の取締役等と意思疎通を図り、情報の収集及び監査環境の整備に努めなければならないとの規定があります(会社法施行規則105条2項)。規定趣旨としては、監査の実効性を確保するための情報収集手段の強化ですが、単に情報収集にとどまらず、その情報をもとに最終的な監査結果の判断材料とする意味も存在します。

法務省令が規定している対象者は、①取締役、会計参与及び使用人(会社法施行規則105条2項1号)、②子会社の取締役、会計参与、執行役及び使用人(同項2号)、③その他、監査役が適切に職務を執行するに当たり意思疎通を図るべき者(同項3号)となっています。①と②は、社内及び子会社の関係者となるため、③が純粋外部の関係者となり、典型的には会計監査人が該当します。

会計監査人は、会計の職業的専門家であり、また監査役と同じく法定監査を行いますので、監査役にとって会計監査人との連携の重要性は異論のないところだと思います。他方で法律問題・課題の対応及び助言、並びに契約書のチェックなどを主に担う法務専門家については、会社法上の大会社において就任が法定化されていないこともあり※1、法務専門家との連携についての意識は希薄である傾向があります。コーポレートガバナンス・コードでは、「監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべき」とされており(原則4-11)、監査役がその職務を遂行する上で、財務・会計の知見のみならず法務の知見も必要ということが明示されています。そのため、監査役が会社の顧問弁護士とは別の外部の法務専門家を特定し、日常的に相談をするなど意思疎通を図ることが望ましいと考えられます。


Ⅱ 外部の法務専門家を特定する必要性

監査役は、期末監査報告には、取締役の職務執行に関する不正の行為又は法令・定款に違反する重大な事実の有無を記載しなければなりません。すなわち、監査役は一事業年度の中で監査業務や社内及び会計監査人の意思疎通者からの情報をもとに取締役に重大な善管注意義務(会社法330条・民法644条)や忠実義務(会社法355条)違反の有無について法的判断をする必要があります。また、期末監査報告に限らず、期中の段階でも、取締役が不正の行為をするおそれがあるときや実際に行っているとき、又は法令・定款違反若しくは著しく不当な事実を認めるときには、その事実を取締役(会)に報告する義務があります(会社法382条)。さらに、執行側に会社としての対応を促すために、監査役は、取締役会招集請求権や招集権があり(会社法383条2項・3項)、取締役の法令・定款違反のおそれや事実が存在するときには、裁判所に対して直接、取締役違法行為の差止請求権があります(会社法385条1項)。加えて、株主から取締役の責任追及の請求書面を受領したときには、監査役は会社を代表して、当該取締役の責任有無を調査した上で、提訴の有無を判断しなければなりません(会社法386条1項)。

これら監査役の是正権限を行使するときには、高度な法的判断が必要となります。その際、法務部門や会社の顧問弁護士にその判断を全面的に依拠したとしたら、監査役の執行部門からの独立性に疑義が生じることになります。したがって、監査役が独自に、法的問題や課題に日頃から相談することができるのみならず、いざというときに意見を聴取することができる法務専門家を特定しておくことは、監査役にとって意義があると思います。

 

Ⅲ 会社顧問弁護士との関係

会社は、日頃から法律問題に対して、幅広く相談できる弁護士と顧問契約を締結しています。顧問弁護士は、社内で対応できない法律問題や会社としての個別対応、訴訟や契約等の法的課題について、会社に助言・アドバイスを行うとともに、会社や取締役の訴訟代理人となります。また、必要に応じて、専門分野に強い弁護士(事務所)を紹介する役割も担っています。

会社が顧問弁護士と顧問契約を締結しているわけですから、会社の一員である監査役が顧問弁護士と相談したり助言を受けたりすることは何ら問題ありません。法解釈や裁判例等について確認したい項目があるときは、監査役は法務部門に相談することが一般的ですが、場合によっては、法務部門経由で顧問弁護士に確認することもあり得ます。

一方で、監査役が顧問弁護士と距離をおく必要がある状況も考えられます。顧問弁護士は、取締役から相談があったときに、必要な助言やアドバイスを行うことがその役割ですが、中立的な立場から、取締役ひいては会社全体として法令・定款違反等の不正行為を日頃から監視・監督しているわけではありません。言い換えれば、顧問弁護士は依頼者である取締役からの相談案件に対して、法解釈や裁判規範等を根拠に、当該取締役や会社全体のために適正と考える意見具申や対応を促します。当然のことながら、依頼元である取締役の利益を念頭においています。しかし、取締役の行為が会社の利害と一致していない構造的な利益相反の案件も存在します。例えば、取締役による自社の買収であるMBO(Management Buy Out)、あるいは経営陣の地位保全のための第三者割当増資があります。MBOは会社の立場からみれば、なるべく自社株式を高価で売却することが利益となる一方で、取締役は極力安価で自社株式を購入したいと考えます。この場合、MBOを行おうとする取締役の善管注意義務の観点から、監査役としては適切なMBOの手続きや具体的な株価の算定が行われていることを確認する必要があります。その確認のために監査役が会社の顧問弁護士を起用することは、中立性・独立性の観点からは相当ではありません。

また、取締役の不正等のおそれがある案件に対して、監査役において取締役の善管注意義務違反の有無の判断が必要となったときに、当該取締役が既に顧問弁護士に相談している場合には、監査役が顧問弁護士に意見を求めることは妥当ではありません。特に、取締役に対する株主代表訴訟が提起された場合には、監査役は中立的第三者である法務の専門家からの意見聴取を受けることにより、監査役は執行部門から法的に独立した立場から判断を行ったとの評価となります。すなわち、監査役が取締役からは独立した立場で判断すべき重要な事項については、顧問弁護士とは別の法務専門家に相談することが望ましいことになります。とりわけ、取締役が対象となる株主代表訴訟においては、監査役の執行部門からの独立性が強く意識されることになるので、顧問弁護士とは別の弁護士等の法務専門家に相談し意見を求めるべきです。

 

Ⅳ 監査役(会)としての法務専門家の確保

以上から、監査役(会)としては、顧問弁護士とは別の法務専門家と契約を締結することが推奨されます。会社の顧問弁護士契約に倣って、監査役(会)としての顧問契約を締結して、定額報酬を支払って、いつでも相談等を行える環境とすること、又は顧問先として確保した上で、タイムチャージ制のアドバイザリー契約として相談の都度支払う方法もあります。

タイムチャージ制を採用するときには、都度、法務専門家を決めればよいと考える向きがあるかもしれません。しかし、有事の事案は、検討する時間との関係もありますので、法務専門家と日頃からメールのみならず、携帯電話ですぐに連絡をとることができる関係を構築しておくと監査役としても安心です。特に、社外監査役を含め、法務に知見のある監査役が不在の場合には、外部の法務専門家の確保は重要です。

 

Ⅴ その他の論点

監査役に法務出身の職歴がある場合、又は法務に知見がある社外監査役が就任している場合には、執行側からは、監査役にわざわざ法務専門家を確保しておく必要があるのかという主張がなされるかもしれません。確かに、法務出身の監査役や法務に知見のある社外監査役が就任している場合には、監査役関連の法的諸課題に対して、判断や対応が可能かもしれません。しかし、外部に法務専門家を確保しておくことは、中立的第三者の立場からの意見聴取が可能となりますし、投資家や株主からみて、法務部門や会社顧問弁護士とは別であることから、外観的に監査役が執行部門から独立性を確保しているとの評価になります。また、社外監査役に会計の知見のある者がいると、会計監査人と対等な議論ができ非常に有益であるように、法律課題が複雑かつ難解であればあるほど法務に知見のある社外監査役と外部の法務専門家との連携は有益で実効性も高まります。そもそも、社外取締役に弁護士等の法務専門家が就任している会社が、顧問弁護士契約を締結していないということはありませんので、社外監査役に法務の知見者がいることを理由として、監査役が外部に独自の法務専門家をおく必要はないという理屈はないと考えます。

監査役が確保する外部の法務専門家への相談・意見聴取事項には、監査役会規則や監査基準の見直しなど監査役が職務を遂行する上での諸規程の改廃や監査の過程で認知した法的諸課題も含まれるものと考えます。

なお、法務専門家に支払う報酬は、監査役にとっては監査費用と位置付けることができますから、取締役以下執行側がその支払を拒否することは、正当な理由があることを主張しない限り法的に許されません(会社法388条1項)。したがって、監査役として独自の法務専門家と顧問契約やアドバイザリー契約を締結する必要性があることを執行側に説明した上で、監査環境の整備の一環であること(会社法施行規則105条2項柱書後段)の理解を求めて実現することになります。



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