気候×自然 新たな移行計画の時代へ-TNFDとGFANZが相次ぎガイダンス案を公表

サステナビリティ取り組みを推進するクライアント事例①

農林水産業の発展に貢献する金融機関のサステナビリティ戦略とは



農林中央金庫では「2030年のありたい姿」を策定し、自然資本や農林水産業に関する課題解決に向けた取り組みを加速させています。

系統金融機関としての特色を生かしたサステナビリティ戦略について、農林中央金庫 経営企画部 部長代理 増岡 宏和氏にお話を伺いました。


要点

  • TNFDタスクフォースメンバーの一員である農林中央金庫は、自然資本への取り組みを公表し、外部ステークホルダーからの認知を高め、新たなビジネス機会を創出
  • 自然資本分野では、金融機関と企業と対話する際に共通の指標開発が求められる中、農林中央金庫は投融資先とのエンゲージメントを通じたリスク評価の高度化を志向
  • 持続可能な食料システムへの変革が求められる中、主な投融資先である加工・流通・外食・輸出に関連する企業のバリューチェーン上の課題解決を通じて、農林水産業におけるインパクト創出に貢献

農林中央金庫  経営企画部
部長代理 増岡 宏和 氏

EY Asia-Pacific 金融サービス 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー 兼 サステナブルファイナンスリーダー
EY新日本有限責任監査法人 パートナー
喜多 和人


農林中央金庫における中期ビジョンの概要

農林中央金庫における「2030年のありたい姿」 出典:農林中央金庫 提供データ

(喜多)2024年4月に中期ビジョン「2030 年のありたい姿」を制定されましたが、概要を教えてください。

(増岡氏)農林中央金庫では、「持てるすべてを『いのち』に向けて。」から始まるパーパスの実現のため、脱炭素社会の実現や自然と共生する社会の実現など5つの重要課題(マテリアリティ)を設定し、2024年度から7年間の中期的な経営ビジョンとして「2030年のありたい姿」を策定しました。このうち第一は、地球環境・社会・経済へのインパクト創出を挙げています。

(喜多)「地球環境・社会・経済へのインパクト創出」について、具体的な内容を教えてください。

(増岡氏)農林水産業の協同組織に立脚した金融機関であるからこそ果たすことができる、そして果たすべき役割があることに責任と誇りを持ち、協同組織と金融の力で持続可能な環境、社会、経済の実現に向けて、投融資活動等を通じて、ネットでポジティブインパクトを創出し続けている組織で在りたいと考えています。

また、インパクトを創出し、なおかつ農林中央金庫の役割である会員への収益還元を着実に安定的に行っていく上で、投融資ポートフォリオの持続可能性も非常に大事な課題と認識しています。安定的なリターンを生むポートフォリオ運営を行うため、投融資における気候や自然関連のリスク・機会の考慮含め、事業活動全体を通じた取り組みが必要と考えています。

業界を先取りした自然資本に関する取り組み

農林中央金庫とかかわりの深い投融資先と資金調達先における自然との関係性 出典:農林中央金庫「【Climate & Nature Report 2024】TCFD・TNFD レポート」、www.nochubank.or.jp/sustainability/backnumber/pdf/2024/climate_nature.pdf(2025年5月23日アクセス)

(喜多)中期ビジョンでも自然資本への言及がありましたが、自然資本の取り組みが重要な理由は何でしょうか。

(増岡氏)当金庫のバランスシートの資産側は、他の銀行と同様に、投融資を通じて環境・社会に依存し、インパクトを与え、それがリスクや機会となります。従って、ポートフォリオにおける気候や自然関連のリスク管理が重要になります。一方、当金庫のユニークな点として、農林水産業の協同組織からの調達からなる負債が挙げられます。農林水産業は自然環境の変化に大きく影響を受ける産業であり、その持続可能性は、当金庫の調達基盤の持続可能性にも直結します。従って、資産サイドと負債サイドの利害を一致させながら事業活動、投融資ビジネスを行っていく必要があり、自然関連の取り組みは重要な経営課題の一つであると考えています。

(喜多)具体的にはどのような取り組みを行われているのでしょうか。

(増岡氏)当金庫のエグゼクティブアドバイザーの秀島が2022年11月からTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)にタスクフォースメンバーとして参画し、国際的なルールメイクの議論に貢献しています。私自身もオルタネートメンバーとして活動に参画しています。加えて、TNFD日本協議会を通じた普及啓発活動や、FANPS(*1)結成による業界内でのアライアンスを通じた市場形成の推進などに取り組んでいます。また、農林水産業由来のカーボンクレジットの創出支援・販売仲介にも取り組んでいます。

(喜多)日本においてTNFDの取り組みを実践するには何が重要だとお考えですか。

(増岡氏)気候と自然のネクサスの観点に加え、ランドスケープアプローチ的な観点、特に農林水産業の営みによって維持されている自然に着目していきたいと考えています。具体的には、JAなどを含む地域のコミュニティが自然の保全に果たす役割や環境的、社会的なインパクトを明らかにし、バリューチェーンを通じて関係性を持つ企業や金融機関から資金が流れる仕組み作りが重要と考えています。私が委員として参画した、農林水産省の「農山漁村における社会的インパクトに関する検討会」が2025年3月に公表した「『農山漁村』インパクト可視化ガイダンス」でも、関係人口の増加を通じて都市から農山漁村に投融資や事業活動を促すことにより、地域の課題解決につなげ、インパクトを創出していく重要性に言及しています。あらゆる主体がバリューチェーンを通じた自然との接点を認識し、資金の流れをネイチャーポジティブにシフトすることを目指すTNFDの取り組みは、日本の地域や食料システムが直面する課題解決にもつながるものと考えています。

(喜多)2024年3月に、TCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)とTNFD提言を踏まえ、気候変動と自然資本の観点を統合的に分析したレポートである「Climate & Nature レポート 2024」を公表されましたが、外部のステークホルダーからどのようなフィードバックがございましたか。

(増岡氏)TNFD提言の普及啓発に一定の貢献ができ、当金庫の自然関連の取り組みについて広く認識いただけたのではないかと思います。その結果、投融資先への訴求を強化できたほか、さまざまな新たな機会の創出につながっています。2025年2月には環境省が主催する第 6 回 ESG ファイナンス・アワード・ジャパンで、ネイチャーポジティブ賞を受賞させていただいたほか、2025年3月に開催されたESG金融ハイレベル・パネルでは、チーフサステナビリティオフィサー(当時)の北林が当金庫の自然資本関連の取り組みを紹介する機会にも恵まれました。

(喜多)自然資本に関してさまざまな取り組みがなされていますが、課題はございますか。

(増岡氏)気候変動に関しては、GHGを指標とした分析を通じて、投融資先とのエンゲージメント、ソリューションの提案が可能です。一方、自然資本関連の取り組みにおいては、金融機関と企業との間で対話が可能な、比較可能性を備えた共通の評価指標がないことが課題と感じています。また自然の課題では特にロケーションベースの議論が重要になりますが、金融機関として企業の事業拠点ごとのリスクやインパクト評価、ソリューション提案を行うには情報が不足していると感じています。現状は産業連関表や統計情報を活用した国やセクターレベルの分析にとどまっているため、投融資先とのエンゲージメントを通じて、リスク評価や投融資先の課題に対する解像度を上げていく取り組みを志向しています。

(喜多)自然資本の取り組みは気候変動と異なり画一的な指標がない点が難易度を上げているものの、農林中央金庫様のように独自性を出しやすい領域であると感じました。金融機関のパーパスに沿って何に注力していきたいかを明確にしていくことが、自然資本の取り組みを加速させるヒントとなりそうですね。

農林中央金庫の基盤である農林水産業への課題解決に向けた取り組み

農林中央金庫における農林水産業への課題解決に向けた取り組みイメージ 出典:農林中央金庫 提供データ

(喜多)農林中央金庫の基盤である農林水産業における脱炭素や自然の保全・再生などの課題に対して、農林中央金庫としてどのように進めていきたいとお考えでしょうか。

(増岡氏)農業・食品に係る資材、生産、加工・流通に関する企業から構成される食農バリューチェーンの上流から下流を農林中央金庫が対応すべきスコープとして捉え、ポートフォリオの脱炭素、ネイチャーポジティブ、循環経済の課題に取り組んでいきたいと考えています。特に、バリューチェーンの中流から下流に属する企業におけるScope3排出量や、バリューチェーン上の課題を解決する支援、すなわち、トランジションに当たり上流に位置する生産現場に負担を寄せるのではなく、中流・下流から適切な投資が行われる流れを支援したいと考えています。

(喜多)具体的にはどのような取り組みをされていますか。

(増岡氏)金融機関としてファイナンスを含むソリューションとして、どのような価値提供が可能か検討しています。例えば、2024年8月に設立を公表したインセッティングコンソーシアムは、企業との連携・共創を目指す取り組みです。また、海外でもよく議論される再生農業は、気候と自然の両面でポジティブなインパクトをもたらすソリューションと認識しています。バリューチェーン上の各セクターの企業が直面する課題は何か、金融機関としてどのように付加価値を提供できるか、社会への具体的なインパクトは何か、スケーラビリティはどうかなどといった点をクリアにしていきたいと考えています。

自然資本・農林水産業を通じて達成していきたいインパクト

(喜多)冒頭の「2030年のありたい姿」では、地球環境・社会・経済へのインパクト創出に言及いただきました。自然資本関連の取り組みを通じて、どのようなインパクトを創出されたいとお考えでしょうか。

(増岡氏)気候変動と自然資本の課題は相互に関連し合っており、課題解決のための打ち手にもシナジーやトレードオフの関係があると理解しています。協同組織金融機関としての特色を生かしたランドスケープアプローチや、自然を基盤とした解決策(NbS)など、気候変動と自然資本、さらには循環経済の課題も含め、ネクサスを意識し、地域全体でポジティブなインパクトを創出できるような施策に取り組んでいきたいと考えています。

(喜多)農林水産業、食農バリューチェーンの課題解決についてはいかがでしょうか。

(増岡氏)生産現場の環境保全の取り組み効果が環境価値として認識され、適切なプライシングがなされ、バリューチェーン、サプライチェーンを通じて下流に価値が移転される市場の形成に貢献していきたいと考えています。これを達成するためには、消費者の環境価値、サステナビリティの理解醸成も必要となるかもしれません。この取り組みを通じて、食農バリューチェーンにおける生産者所得の向上、環境負荷軽減、経済的持続可能性の両立を目指していきたいと考えています。

(喜多)農林中央金庫としての独自の取り組みである自然資本、食農バリューチェーンのいずれの事例においても、ポジティブインパクトを明示することで、貨幣価値だけでは表せない価値をステークホルダーに効率的に訴求することが可能となり、ビジネスの拡大や、対外的なレピュテーションの向上につながっていくと感じました。

本日はお忙しい中インタビューのお時間をいただき、ありがとうございました。

 

(*1) 農林中央金庫、株式会社三井住友フィナンシャルグループ、MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社、株式会社日本政策投資銀行は金融機関4社が、企業における事業活動のネイチャーポジティブ転換を促進・支援することを目的としたアライアンス「Finance Alliance for Nature Positive Solutions(略称:FANPS)」のこと

左から農林中央金庫 増岡氏、EY喜多

【共同執筆者】

安積 優
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) マネージャー

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー 

気候変動や自然資本といったサステナビリティ課題への対応の在り方は画一的ではありません。農林中央金庫は、その成り立ちやパーパスに沿って自然資本や食農バリューチェーンに注力をした対応を推進し、独自性のある対応をしております。


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