新リース会計基準の影響 ~小売業等の多くの企業経営に与える影響~

情報センサー2024年10月 業種別シリーズ

新リース会計基準の影響 ~小売業等の多くの企業経営に与える影響~


新リース会計基準は多くの企業の財務諸表に影響を与え、特に不動産リースを活用している小売業では影響が大きいと考えられますので、これらの影響をご紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 第3事業部 公認会計士 シニアマネージャー 干川 淳二

主に小売業や情報サービス業を中心として上場会社の監査に従事。小売セクター執行メンバー。



要点

  • 本公開草案に対して多く寄せられているコメント
  • 小売業等の企業に与える影響
  • 経営指標に与える影響


Ⅰ はじめに

企業会計基準委員会(以下、ASBJ)から24年9月13日に「リースに関する会計基準」等(以下、本会計基準)※1が公表されました。適用時期は27年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から原則適用となっており、25年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用することが認められています。

本会計基準は、23年5月2日に会計基準等の公開草案(以下、本公開草案)が公表されてから、23年8月4日まで本公開草案へのコメントが募集され、複数回の審議を経て公表にいたっています。現行の会計基準における借手のオペレーティング・リースについてもオンバランスされることになり、財務諸表に大きな影響を与える可能性がありますが、特に不動産リースを多く活用している小売業において大きな影響がある可能性があります。本会計基準は、このように多くの企業に影響を与える可能性があり、早期に検討する必要があると考えられるため、本会計基準が企業に与える影響について借手の会計処理及び論点を中心に解説します。

なお、文中意見に係る部分は筆者の私見である旨、あらかじめ申し添えます。

※1 公表された会計基準

  • 企業会計基準第 34 号「リースに関する会計基準」(以下、本会計基準)
  • 企業会計基準適用指針第 33 号「リースに関する会計基準の適用指針」(以下、本適用指針)
  • 本会計基準、本適用指針を合わせて、本会計基準等

その他、上記会計基準により影響する企業会計基準、企業会計基準適用指針及び実務対応報告等

出所: 企業会計基準委員会「企業会計基準第34号『リースに関する会計基準』等の公表」、www.asb-j.jp/jp/accounting_standards/y2024/2024-0913.html(2024年10月10日アクセス)


Ⅱ 本公開草案に対して多く寄せられていたコメント

1. 小売業を含む多くの団体等からの意見

小売業は、建物や土地をリース(不動産賃借契約)によって店舗展開している企業が多くあります。このような不動産リースは、現行の日本基準においてはオペレーティング・リースとして判定されていることが多くオフバランス処理(賃貸借処理)されていますが、オンバランス処理(使用権資産とリース負債の計上)が必要になるという点において、会計処理に大きな影響を与えるものであり、本公開草案に対して多くの企業からASBJにコメントが寄せられていました。

(1) 会社法上の大会社になるかの判定に与える影響

コメントの中でも、オペレーティング・リースのオンバランス処理によって会社法上の大会社への判定への影響を懸念する意見がいくつか挙げられていました。これは、前述のとおり、小売業の店舗はオペレーティング・リースによってオフバランスになっていることもありますが、特に、地域ごとやブランドごとに子会社化して事業運営している企業グループが多いことや、大規模な商業施設(ショッピングモールや百貨店等)をグループ会社における不動産管理会社がまとめて所有し、グループ会社における複数の小売事業会社(子会社)とリース契約を締結する、というような事業運営をしている企業グループが多い、という背景があると考えられます。

寄せられたコメントに対して企業会計基準委員会議事(以下、ASBJ議事※2)において、「改正リース会計基準等を適用した結果、負債の金額が増え、新たに会社法上の大会社等に該当する可能性がある点については、否定できないものと考えられる。一方で、大会社等の要件については、会計処理とは独立に定められているものであり、会計基準を開発するうえで、会計処理の変更による影響がないことを条件にすることは難しいと考えられる」とされており、新リース会計基準の適用により、リース負債が多額に計上され、最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が200億円以上となった場合、現行の会社法を前提とすると、大会社に該当し会社法監査の対象となります(会社法第2条第6号、第328条)。そのため、新たに会社法監査の対象となる子会社の有無について留意が必要です。

※2 企業会計基準委員会「企業会計基準委員会議事」より、www.asb-j.jp/jp/project/proceedings.html(2024年10月10日アクセス)


(2) 単体財務諸表において連結財務諸表と異なる取扱いを適用することの可否

本会計基準の会計処理は連結財務諸表だけでなく単体財務諸表にも適用されることとされており、この点、本公開草案に対する検討について、ASBJ議事(複数回の審議議事※2)において次の内容が記載されています。

① 連結財務諸表と単体財務諸表の関係に対する基本的な考え方及び方針

連結財務諸表と単体財務諸表の関係に関しては、我が国においては、基本的に両者に同一の会計処理が用いられてきた。

② 国際的な比較可能性

我が国においては、連結財務諸表が単体財務諸表の積み上げとして捉えられてきており、両者で同一の会計処理が求められてきていることが歴史的事実である。

③ 関連諸法規等との利害調整

法人税法等:通常は会計処理の変更を受けて税務処理の変更が検討されるものと考えられる。したがって、会計基準を開発するうえで、会計処理の変更に合わせて税務処理が変更されることを条件にすることは難しいと考えられる。

自己資本比率規制等:単体財務諸表においてリース会計基準等を改正した場合、単体財務諸表で負債が増加することになり、重要性がある場合には自己資本比率規制、財務制限条項、格付け等に影響を及ぼす可能性がある。ただし、このことは連結財務諸表でも起こり得るものであり、単体財務諸表固有の論点として検討すべき内容ではないものと考えられる。

④ 中小規模の企業における適用上のコスト

連結財務諸表と単体財務諸表に異なる定めを置くことによりコストがどれだけ削減されるのかは必ずしも明らかではない。

⑤ 連結財務諸表と単体財務諸表で異なる会計処理を設ける影響

連結財務諸表と単体財務諸表に異なる会計処理を求めることの影響の観点からは、基本的に連結財務諸表と単体財務諸表に同様の定めを設けることが望ましい


本会計基準の中でも、審議の結果、本会計基準の適用に関する懸念の多くは、単体財務諸表固有の論点ではないと考えられ、連結財務諸表と単体財務諸表の会計処理は同一であるべきとする基本的な考え方及び方針を覆すに値する事情は存在しないと判断した、とされています(本会計基準BC20項)。また、本会計基準を連結財務諸表と単体財務諸表の両方に適用することを懸念する意見があったものの、当該懸念に対して再度検討を重ねた結果、公開草案での判断を変更する結論には至らなかった(本会計基準BC21項)と記載されており、基本的な考え方は公開草案から変更されず、本会計基準の会計処理は連結財務諸表だけでなく単体財務諸表にも適用されることになりました。


2. 適用時期

適用時期は27年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から原則適用となっており、25年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用することが認められています(<図1>参照)。

図1 適用スケジュール(3月決算会社を想定した場合の例)

図1 適用スケジュール(3月決算会社を想定した場合の例)
出所:本会計基準等を基にEY作成

Ⅲ 小売業等の企業に与える影響

1. IFRS導入企業の影響

今回の本会計基準等は、IFRS第16号の考え方とおおむね同様になっていることから、オンバランス処理による影響について、日本企業における過去のIFRS任意適用会社がIFRS第16号を適用した際の影響を分析することで参考になると考えられます。過去の導入事例(小売業)を分析する限りにおいて、負債総額が10~100%ほど増加しておりその影響の幅は広く、影響が大きいケースも多くあります。また、総資産額についても10~100%ほど増加する企業があり、いずれも貸借対照表数値に大きな影響を与えるケースも多いと言えます。


2. 日本基準適用企業の影響の可能性

一方で日本基準適用企業における影響も現在の有価証券報告書から分析することができます。オペレーティング・リース取引の注記において、解約不能のものに係る未経過リース料の注記が求められています。本会計基準等におけるオンバランス金額は、延長オプションの行使などの考慮要素が異なることから、必ずしも一致するものではありませんが、オペレーティング・リース取引のうち解約不能のものに係る未経過リース料はオンバランス処理される金額の参考になりますので、影響額の算定のスタートラインとも言えます。総資産や負債総額に対するオペレーティング・リース取引のうち解約不能のものに係る未経過リース料の影響について10%を超える企業も多くあり、経営指標に与える影響も大きいことがわかります。


3. 導入準備にあたって注意すべき論点

(1) リースの範囲などの影響度調査の必要性

まずはリースの範囲について検討を行う必要があり、導入前に影響度調査(自社の現行の会計基準に基づく会計処理と、新リース会計基準に基づく会計処理との差異の把握)を行うことが大切になります。借手の会計処理の全体像(フロー)は、<図2>のようになっています。

図2 借手の会計処理検討の全体像

図2 借手の会計処理検討の全体像
出所:本会計基準等を基にEY作成

影響度調査にあたっては、社内のさまざまな部署に聴き取りを行う、契約書を確認する、などの調査をすることになりますが、リースという言葉だけに惑わされないことが大切です。POSシステムやレジなどの利用契約がリースになる可能性もあれば(無形資産についての適用除外規定もあるため、適用除外規定を利用するか否かの判断が必要である点について注意)、レンタル契約や賃借契約も経済的実態がリースと同様であれば、名称にとらわれることなくリースとして判断することになります。また、小売業においては、物流センターなどを有している場合がありますが、物流センターで他社の物流業者に配送を依頼しているようなケースでは、その契約内容によっては当該物流設備(倉庫や什器備品)及び車両についてリースとして判断する場合があります。リースが含まれるか否かについては、<図3>のような判定フローで行います。

図3 リースの識別に関するフローチャート

図3 リースの識別に関するフローチャート

※ 当該判断においては、以下も考慮する。

  • サプライヤーが資産を代替する実質上の能力を有するか
  • 顧客が使用することができる資産が物理的に別個であるか

出典: 本リース適用指針の設例Ⅰ.リースの識別[設例1]を基にEY作成


【リースを含むかどうかの判断例】

前提条件

  1. 小売業A 社(顧客)は、3 年間にわたり所定の数量の商品を所定の日程で輸送することを依頼する契約を貨物輸送業者 B社(サプライヤー)と締結した。この輸送量は、顧客が3年間にわたって20両のトラック車両を使用することに相当するが、契約ではトラック車両の種類のみが指定されている。
  2. B社は、複数のトラック車両を所有しており、輸送する物品の日程及び内容に応じて使用するトラック車両を決定する。

契約は、【ステップ1】資産が特定され、かつ、【ステップ2】特定された資産の使用を支配する権利を移転する場合にリースを含むことになります。具体的な検討過程は以下になります。

【ステップ1】資産が特定されているかどうかの判断

貨物輸送業者B社(=トラック車両を所有しているサプライヤー)が、①使用期間全体を通じて資産を代替する実質上の能力を有し(本適用指針第6項(1))、かつ、②資産の代替により経済的利益を享受する場合(本適用指針第6項(2))、サプライヤーは資産を代替する実質的な権利を有しており、資産は特定されていないと判断されます。

① サプライヤーが使用期間全体を通じて資産を他の資産に代替する実質上の能力

B社は、複数のトラック車両を有しており、小売業A 社の承認なしにトラック車両を入れ替えることができるため、B 社は、使用期間全体を通じて資産を他の資産に代替する実質上の能力を有していると考えられます。すなわち、本適用指針第 6項(1)が満たされていると判断されます。

② サプライヤーが資産を代替する権利の行使により経済的利益を享受すること

①により、本適用指針第6 項(1)が満たされているため、サプライヤーが資産の代替により経済的利益を享受するかを判断します。B 社はどのトラック車両を使用するかを決定することで B 社の業務の効率化を図っており、トラック車両を他のものに代替することからもたらされる経済的利益が代替することから生じるコストを上回るように決定するため、B 社は、資産を代替する権利の行使により経済的利益を享受することになります。すなわち、本適用指針第6項(2)が満たされています。

①及び②により、本適用指針第 6 項(1)及び(2)のいずれも満たされているため、A 社及び B 社は契約において資産は特定されていないと判断することになります。

【ステップ2】資産の使用を支配する権利が移転しているかどうかの判断

(1)により、資産が特定されていないため、資産の使用を支配する権利が移転しているかどうかの判断は行いません。

【ステップ3】 リースを含むかどうかの判断

(1)により、資産が特定されていないため、A 社及びB社は契約にリースは含まれていないと判断します。

前述の例とは異なり、例えば、使用するトラック車両が契約で指定されており、B社は保守又は修理が必要な場合のみトラック車両を入れ替えることができるが、それ以外は入れ替えができず、A社が独占的にトラック車両を使用することができるような場合には、リースを含む場合があります。

なお、営業担当者(店舗運営者・スーパーバイザー)や商品部門のバイヤー等が使用する携帯電話や店舗で使用している売上金精算機などをリース契約によって使用しているようなケースもありますが、このようなものは1つ1つの取引は少額であるような場合もあり、少額リースの取扱いなども本会計基準に基づいて社内ルールの検討をしておくことが考えられます。その際は単に取引金額だけで判定するのではなく、企業の事業内容に照らして重要性の乏しいリースかどうか(質的側面)も判断する必要がありますので、ご留意ください(本適用指針22項(2)①)。

また、ASBJに寄せられたコメントの中に借地権の会計処理もありました。小売業では、多くの不動産リースを行っているケースもあり、その契約内容は多岐にわたります。借地権という名目で支払っている金銭の性質は、その時の事情によってさまざまであり、借地権設定の対価、場所的利益の対価、借地権譲渡の承諾料、前払地代などであると言われています。このように、どのような性質であるかは契約によって異なり、必ずしも契約書に明記されていないことも多くあります。経済実態もさまざまであることから、実態に合った会計処理(償却・非償却/残存価額の設定の有無など)になるように検討することが大切と考えますが、本会計基準では、借地権の設定に係る権利金等は使用権資産の取得価額に含め、原則として借手のリース期間(本会計基準第31項)を耐用年数とし、減価償却を行うこととされています(本適用指針第27項)。ただし、旧借地権の設定に係る権利金等又は普通借地権の設定に係る権利金等のうち、次の(1)又は(2)の権利金等については、減価償却を行わないものとして取り扱うことができます(本適用指針第27項ただし書き、BC55項)。

(1) 本適用指針の適用前に旧借地権の設定に係る権利金等及び普通借地権の設定に係る権利金等を償却していなかった場合

  • 本適用指針の適用初年度の期首に計上されている当該権利金等及び本適用指針の適用後に新たに計上される普通借地権の設定に係る権利金等の双方
  • 本適用指針等の適用初年度の期首に計上されている当該権利金等のみ(本適用指針127項)

(2) 本適用指針の適用初年度の期首に旧借地権の設定に係る権利金等及び普通借地権の設定に係る権利金等が計上されていない場合

  • 本適用指針の適用後に新たに計上される普通借地権の設定に係る権利金等


本公開草案では使用権資産の取得価額に含め借手のリース期間にわたって償却を行い、残存価額を設定することは想定していないとされており、寄せられたコメントを踏まえて審議していました。寄せられたコメントを要約すると、主に①借地権の設定対価を償却するか否か、②借地権設定の残存価額の設定をするか否か、という2点になります。

①の償却について、普通借地権等に係る権利金等を、使用権資産として計上し減価償却するのではなく、非償却の無形固定資産として取り扱うべきとの意見が寄せられていました。つまり、借地権は、原資産である土地を使用する権利として設定されている側面を重視するのであれば「使用権資産」と考えることになり、一方で、借地権が譲渡可能な法律上の権利であることを重視するのであれば、「無形固定資産」と考えることになるということです。寄せられたコメントを踏まえて審議された結果、以下のようにリース期間にわたって償却するのみではなく、一定の場合には減価償却を行わないものとして取り扱うことを認めることとなりました。

本適用指針の結論の背景の要約(本適用指針BC55項)

我が国の取引慣行においては、旧借地権の設定に係る権利金等又は普通借地権の設定に係る権利金等の支払は、減価しない土地の一部取得に準ずるとの見方を支持する意見もあります。この見方は、旧借地権又は普通借地権に関して借手の権利が強く保護されており契約の更新が可能であることを踏まえ、減価しない土地の一部取得に準ずると捉えられるものと考えられるからです。 我が国における借地権の取引慣行を踏まえ、本適用指針の適用前に旧借地権の設定に係る権利金等及び普通借地権の設定に係る権利金等を償却していなかった場合、本適用指針の適用初年度の期首に計上されている当該権利金等及び本適用指針の適用後に新たに計上される権利金等の両方について減価償却を行わないものとして取り扱うことを認めることとされています。また、本適用指針の適用初年度の期首に旧借地権の設定に係る権利金等及び普通借地権の設定に係る権利金等が計上されていない場合、本適用指針の適用後に新たに計上される権利金等について減価償却を行わないものとして取り扱うことを認めることとされました(本適用指針第27項ただし書き)。

②の残存価額については、残存価額をゼロとするのではなく、残存価額の設定を認めるべきとの意見が寄せられていました。つまり、借地権が譲渡可能な点に着目し、残存価額の設定を認めるべきという意見ですが、一方で借地権の取引慣行がさまざまであると考えられる中、売却価額を合理的に見積ることができるかどうかに難しさがあるなどの意見もあり、残存価額の設定を認めない案と、残存価額の設定を認める案とで審議がされていましたが、本会計基準においては実態に合わせて両方の会計処理が定められています。

本適用指針の結論の背景の要約(本適用指針BC54項)

次の理由により、借地権の設定に係る権利金等の残存価額を設定することは困難な場合も想定されています。

(1) 借地権の設定対価は貸手から基本的に返還されない中で、かつ、次の借手との間で相対取引により譲渡対価が決まると考えられる。

(2) 借地権の取引慣行の成熟の程度によっては売却価額の見積りを行うことが難しい場合があると考えられる。

また、仮に残存価額を設定する場合、当該残存価額を毎期見直すことになると考えられますが、予想される売却価額の見積りを毎期行うことには相応のコストを要するものと考えられる点を鑑み、借地権の承継が行われる可能性を見込むことや借手のリース期間の終了時に予想される売却価額を見積ることができない場合には、残存価額をゼロとすることも考えられるとされています。

(2) リース期間の決定や、その他の会計処理との整合性

本会計基準等を導入するときに、最も検討に時間を要する論点の1つがリース期間の決定になります。借手のリース期間について、借手が原資産を使用する権利を有する解約不能期間に、次の①及び②の両方の期間を加えて決定することとなっています(本会計基準第31項及びBC34項からBC37項並びに本適用指針第17項及びBC28項からBC34項)。

① 借手が行使することが合理的に確実であるリースの延長オプションの対象期間

② 借手が行使しないことが合理的に確実であるリースの解約オプションの対象期間

そのため、延長オプション/解約オプションについてどのように考えるのかが論点になりますが、定期借地契約の場合と普通借地の場合の考え方や、企業の中期経営計画や店舗の投資回収計画などのさまざまな事業計画との整合性も重要になってきます。

小売業においては、赤字等の原因により予期せず閉店することになる場合、又は黒字化したこと等により閉店予定が無くなった場合など、日々状況は変化します。このような状況変化によって借手は、重要な事象又は重要な状況が生じたときに、延長オプション/解約オプションについて見直し、リース期間を変更し、リース負債の計上額の見直し(使用権資産の修正を含む)を行うことが求められます(本適用指針46項)。「重要な事象又は重要な状況」の例示に「使用権資産を利用している事業単位の処分の決定」が挙げられているとおり(本会計基準BC51項)、閉店予定が生じた場合、あるいは閉店予定が変更になった場合は、延長オプションを行使すること又は解約オプションを行使しないことの確実性について、見直しの要否を検討する必要があります。過年度に減損処理済みである使用権資産に関して、当初は行使することを見込んでいた延長オプションを行使しないことが合理的に確実になった場合、リース負債の取り崩しにより利益が発生すると考えられる点も注意が必要です(本適用指針46項ただし書き)。

また、リース期間の決定以外に、資産除去債務の償却年数や固定資産の耐用年数、減損会計にあたって検討する将来キャッシュ・フローの見積期間など、会計処理を行うにあたっては、さまざまな年数の決定を行うことになりますが、これらの年数については、決定した根拠や考え方について、整合性に留意する必要があります。例えば、「リース期間は延長オプションを行使しないとの判断のもと賃借契約上の10年、使用権資産の償却年数も10年としている」にもかかわらず、「資産除去債務の見積年数を5年」と判断するような場合、合理的な理由がない限りは両者で会計上の判断が整合していないと考えられます。必ずしもすべてが一致するものではなく、資産除去債務履行後(例えば支店の移転後)も使用権資産を使用し続ける場合には一致しないようなケースがありますが、そのリース期間が満了した時点で原状回復義務を履行してから店舗の撤退をしてリースも終了する見込み、ということであれば、すべての年数が一致するということが合理的な場合がありますので、これらの考え方については慎重に決定することが重要です。

リース期間/資産除去債務の年数/固定資産の耐用年数

(3) 減損損失との関係

当初想定より短期での閉店予定となったとき、使用権資産の減損損失と、リース期間の短縮に伴うリース負債の修正による利益は相殺可能かどうか、という疑問も出てくるかもしれません。

使用権資産の減損処理と、リース期間の短縮に伴うリース負債の修正は別の会計事象であり、相殺することはできないと考えます。ただし、減損処理に先立ってリース負債を修正する場合には、使用権資産の帳簿価額の減額(本適用指針44項、45項)が必要となり、結果的に固定資産の減損損失額が減少するケースもあると考えられます。

例えば、資産グループの営業損益が2期連続赤字(兆候ありと判断)となり、将来の業績好転が見込まれず使用権資産の価値が毀損(きそん)している状況下で、従来見込んでいた延長オプションを行使しないことが経済的に合理的と認められるケースでは、まずは減損の認識判定を行い、その後リース期間の見直しを行い、使用権資産・リース負債の修正が行われることが考えられます。他方、業績に問題はなく(これのみでは兆候はないと判断している)、店舗建物賃借契約について延長オプションの行使を見込んでいたが、貸手の都合で解約(契約延長の未実施)を余儀なくされたケースでは、リース期間の短縮に先立ち、貸手の都合による解約そのものが減損の兆候に該当しないかを検討する必要があります。つまり、リース期間が短縮されるという事実自体が、使用範囲又は方法について回収可能価額を著しく低下させる変化がある場合に該当すると判断され、減損の認識判定が行われ、減損処理される場合もあれば、減損処理には至らずに、その後のリース期間の短縮によって結果的に使用権資産が減少する場合もあると考えられます。


Ⅳ 経営指標に与える影響

本会計基準等の導入に伴い、資産の増加によるROAの低下、資産・負債の増加による自己資本比率の低下、費用の計上方法の変更に伴う営業利益の増加等も生じることから、業績評価指標や財務制限条項への影響も考えられますので、留意が必要です。

1. 自己資本比率やROAなどの経営指標が下がる

表1

指標に当てはめてみると

表2

PBR上昇に向けてレバレッジ経営を行っている場合にはレバレッジが過度に効いてしまう可能性がある

表3

EBITDAが増加することから、収益性・CFがよく見える可能性がある

*従前の支払リース料が減価償却費と支払利息に区分され、支払利息は未返済元本に利率を乗じて算出されることから、リース期間前半は両者の合計が毎期定額の支払リース料よりも多くなるが、金利の影響は考慮外としている。


Ⅴ おわりに

本会計基準等では、基準の公表から適用までの期間を2年半程度としており、本会計基準等の原則適用時に適時に対応できるよう、早期に契約内容を精査してリース台帳を整理しておくことが有用と考えられます。

また、業務プロセスも変化が生じると考えられますが、業務プロセスの構築については、リース契約の把握のプロセスの構築(契約の登録等)、借手のリース期間の決定その他会計処理に関するプロセスの構築、これらに関する内部統制の構築又は変更の検討が必要になると考えられ、さらにはシステム構築が必要になる可能性がありますので、システム開発の時間も視野に入れて準備を進める必要があります。また、社内及び関係会社への周知や説明が必要になると考えられ、これらについても一定の準備期間が必要になるものと考えられます。

このように、準備期間の必要性や、追加的な投資について検討することになるため、何が必要かしっかりと見極めることが大切になるとともに、今後の会計数値の見え方が変化する可能性があり、適切な経営判断を行うことができるよう備えることが重要と考えます。



サマリー 

新リース会計基準は多くの企業の財務諸表に影響を与え、特に不動産リースを活用している小売業では影響が大きいと考えられますので、これらの影響をご紹介します。


関連コンテンツのご紹介

新リース会計基準(案)の解説

企業会計基準委員会から2023年5月に新リース会計基準の公開草案(以下、本公開草案)が公表されました。本公開草案は、現行の会計基準における借手のオペレーティング・リースについてもオンバランスさせることが提案されており、財務諸表、特に貸借対照表に大きな影響を与える可能性があります。早期適用する場合には早めに検討する必要があると考えられるため、借手の会計処理及び開示を中心に解説します。


小売業におけるポイント制度等の会計処理

「収益認識に関する会計基準」に照らして、ポイント制度が小売業に与える影響について解説します。特に、小売業における代表的なポイント制度等を取り上げ、会計処理の考え方を考察します。



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