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要点
今回は対談の第1弾として、元小児科医の経歴を持ち、現在は冬眠研究の最前線に立つ砂川玄志郎氏を神戸の理化学研究所に訪ね、人工冬眠の仕組みや魅力、そして未来の可能性についてじっくりお話を伺いました。「冬眠とはそもそも何か?」という根本的な問いからスタートし、砂川氏が冬眠に魅せられたきっかけや、研究者としての歩みにも迫ります。
人工冬眠が人間の医療や未来の暮らしに応用できるとしたら? 医療、老化抑制、宇宙旅行ーーまるでサイエンス・フィクション(SF)のような世界が今、現実味を帯びつつあります。忙しい日常から少し離れて、「眠る」ことについて、一緒に考えてみませんか? 人間の可能性にまで関わるテーマを通して、私たちの常識を問うきっかけとなれば幸いです。
※本記事は、一般のビジネスパーソンにも分かりやすく「冬眠研究の魅力」を伝えることを目的とした特設企画です。
私は2001年から小児科医としてのキャリアを歩み始め、東京都内の国立成育医療センターで重症の子どもたちに向き合っていました。同センターは、大学病院でも対応の難しい診療ができる体制が整備された日本で一番大きな最先端の小児病院です。そのような医療の現場で痛感したのは、「助けられる命と、残念ながらそうではない命」という違いがあることの厳しい現実でした。そして、「自分にもっと何かできることがあるのではないか、いやあるはずだ」という葛藤でした。
医師としての研鑽(けんさん)を積んでいる間に偶然出会ったのが、マダガスカル島のキツネザルが冬眠するという研究論文が掲載されていた科学雑誌でした。「冬眠する霊長類が見つかった」ーーこの一文に、心を撃ち抜かれました。人間と同じ霊長類が冬眠できるーーこの事実に、「人も冬眠できる可能性がある」と直感したのです。冬眠とは、代謝を極限まで抑え、体を“静かに保つ”低代謝状態を指します。もしこうした低代謝誘導技術として人工冬眠を医療に応用できれば、重症患者が回復まで持ちこたえる時間を稼げるかもしれないーーつまり緊急搬送や重篤患者の治療を大きく変えられる可能性があるのではないか、と考えました。
「子どもの命を助けたい」という医師としての思いと、「できるかもしれない」という科学者としての探究心ーーこの両方が、冬眠研究の道へと私を導いたのでした。
睡眠はすべての動物に必要な機能です。一方で、冬眠は特定の動物だけが行う特別な生理現象なのです。「冬眠」と聞くと、多くの人がクマやリスを思い浮かべるかもしれません。冬眠中の動物は、体温や心拍数を極端に下げ、消費エネルギーを1%度まで落とします。外見上は“死んでいる”ように見えることもあるのです。しかし驚くべきことに、冬が終われば元通りに目を覚まし、活動を再開します。
冬眠する哺乳類には、クマ、リス、コウモリ、ヤマネなどがいます。さらには、夏の乾期・高温の厳しい環境に備えて「夏眠」する生物も存在します。冬眠には「深冬眠」と呼ばれる深い状態と、クマのように冬眠中に刺激に反応することもある「浅冬眠」もあり、動物の種類によってパターンが異なります。例えばリスやコウモリ、ヤマネなどは深い冬眠に入り、体温が外気とほぼ同じレベルまで下がります。これに対してクマの体温は10℃前後までしか下がらず、それでも代謝は50~70%ほど低下するとされています。
また、冬眠中の脳波は睡眠時とまったく異なり、脳活動が極端に低下する「低活動状態」になります。これはエネルギーの節約に直結しており、心拍数も1分当たり数百回から数回へと劇的に落ちる例が確認されています。前述の“霊長類”であるキツネザルの例では、「脳が発達した種でも冬眠できる」という常識を覆す発見でした。「冬眠中は、筋肉や骨が衰えにくい」「長期間寝たきりでも認知機能が保たれる」ーーそんな事実から、冬眠は医療のヒントの宝庫でもあるのです。
冬眠のような状態を作り出せれば、あと数日耐えられれば命が助かる状態にある患者を救えるのではないか、と考えています。緊迫した医療現場に視線を移すと、集中治療や災害医療、長距離搬送などの過酷な状況があります。人間の身体は、極限状態では酸素や栄養の供給が間に合わず、多くの臓器がダメージを受けてしまいます。そこで期待されるのが、冬眠動物が示す“超省エネモード”です。代謝を抑え、体の活動を極限まで落とすことで、生存の時間を稼ぐことができるのです。
例えば心筋梗塞や脳卒中の場合、発症から治療までのわずかな時間をどうつなぐかが勝負です。冬眠の仕組みを応用できれば、命をつなぐ“猶予”を与えられるかもしれないのです。実際の医療において、低体温療法や体温管理療法など体温を低下させることで代謝を抑える技術がすでに使われ始めています。人間を自然な形で冬眠状態に誘導することにこそ、次のブレイクスルーがあると考えています。
冬眠中の動物は、筋肉も骨も衰えにくく、食事も取らずに長時間過ごします。「人が冬眠できるようになれば、肥満治療や老化抑制にも応用できるのではないか?」という研究も進んでいます。冬眠中は、脂肪を主にエネルギー源として使います。食事を断っても筋肉から痩せることなく、脂肪を積極的に燃やす現象です。つまり、これは“寝て痩せる治療”が成立する可能性を意味します。また、認知機能の維持や骨・筋肉の保全という面でも、冬眠動物の仕組みには人間の老化対策に通じるヒントがあるのです。
さらに、SFの定番だった“冬眠状態での宇宙旅行”も、今や一部で現実的に語られ始めています。長期の移動時に冬眠で消耗を抑え、宇宙空間での生存戦略に生かすというアイデアです。冬眠は、医療だけでなく、“時間”や“空間”の制約を超える手段になる可能性を秘めていると言えます。
これまで私が歩んできた研究の道は、順風満帆というわけではありませんでした。むしろ、「思ったように進まない」ことが多い試行錯誤の連続だった日々もありました。ある時は、冬眠中に増える遺伝子を調べて、それを操作しても効果がありませんでした。あるいは、逆に冬眠が“長くなってしまった”こともありました。やってみなければ分からないことばかりでした。そうした未知の発見に面白さがあるのが研究の醍醐味(だいごみ)です。思い通りにならないからこそ、次の問いが生まれます。
行き詰まった時は、ゲームやプログラミングをして気分転換します。自ら手を動かして分析ツールを組むこともあります。思考がリフレッシュされて、新しい見方が浮かんでくるのです。研究費の申請、チームのマネジメント、他機関との連携など、さまざまなことが求められる多忙な日々の中でも、研究への情熱を持ち続けています。「冬眠の仕組みを知ることは、“生きるとは何か”を問うことでもある」ーーそんな科学者としての視点が、私自身を支えています。
冬眠研究は、研究者人口も限られ、国際学会でもわずか200人前後というニッチな領域です。しかも実験は季節や動物の個体差に左右され、思うように進まないこともしばしばです。そのような中で、われわれもAIやデジタルツールを活用して研究活動を加速させています。例えば、遺伝子や代謝物のデータを高速で分析し、冬眠中に起きている“目に見えない変化”を洗い出す試みをしています。
昔であれば構想から実装まで1カ月以上かかっていたような解析が、今はAIの助けにより一晩でできることもあります。まさに研究のスピードが桁違いです。
次世代の研究者たちは当たり前にプログラミングやAIに触れながら育つことで、研究の景色は今とは一変するはずです。「冬眠で人を救える時代」は、その延長線上にあるのかもしれません。
現在はまだ黎明(れいめい)期にある人工冬眠の技術は、重症患者の緊急搬送や集中治療、肥満・老化の抑制などに対する医療への応用が考えられています。また、時空を超えて宇宙で人間が生存する方法として発展する可能性も広がっています。こうした冬眠研究の加速にAIやデジタルツールも駆使されています。
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