Crossing Insights 第2回 インフォステラ代表 倉原直美氏に聞く「宇宙インフラ」の未来とは?

Crossing Insights 第2回

インフォステラ代表 倉原直美氏に聞く「宇宙インフラ」の未来とは?


本対談シリーズは、第一線で活躍する研究者や経営者をお迎えし、テクノロジー、社会、未来をテーマにした深い対話を通じて、私たちの思考の射程を広げていくことを目的としています。こうした知の越境対話から、業界・専門性の枠を超えた多面的な視点を持つことで、新たな発想や価値の創出につなげたいと考えています。

第2回のゲストは、宇宙通信インフラの構築に挑むスタートアップ、株式会社インフォステラ代表の倉原直美氏です。地球を周回する低軌道衛星*が急増する中、それらと地上をつなぐ通信網の革新が求められています。倉原氏は、地上局の“シェアリングエコノミー”というアプローチでこの課題解決を目指し、世界的な注目を集めています。宇宙ビジネスの本質、起業家としての葛藤、そして通信の未来。そのすべてが詰まった対話ダイジェストを、ぜひお楽しみください。

<注釈>
*低軌道衛星:地表から高度2,000kmまでの低軌道を周回する人工衛星。地球との距離が近いため、高速・低遅延の通信が可能。


要点

  • インフォステラは、世界中の衛星地上局の空き時間を束ねて共有する “地上局のシェアリング”で、宇宙通信の課題解決に挑戦している。
  • 宇宙への熱い思いが、起業へかき立て、次世代の命誕生につながった。スタートアップ運営と子育ての二重奏を奏でる秘訣(ひけつ)は、パターン化して物事を整理するアプローチ。
  • 未来は“空のデータセンター”にあり。AI、センサー、ルーティング機能搭載型の人工衛星が普及すると、データ処理や判断を宇宙空間内で行う“考えるインフラ”の未来図が見えてくる。

はじめに

“地上局をシェアする”――そんな一見シンプルな発想が、実は宇宙通信のボトルネックを抜本的に解決しようとしていることをご存じでしょうか。インフォステラが展開するのは、自ら地上局を建てるのではなく、既存の地上局の空き時間を束ねて衛星と地球の通信を最適化する、いわば「宇宙版クラウドインフラ」。このユニークなビジネスモデルは、従来の宇宙産業の常識を打ち破るものであり、成長する宇宙ビジネスを根底から支えるインフラを革新する担い手と言えます。

本企画では、宇宙通信の“見えない課題”の解決に挑む起業家・倉原直美氏をお招きし、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの外部顧問・椎名茂氏がじっくりとお話を伺いました。低軌道衛星の通信課題、スタートアップのリアル、そして衛星ネットワークの未来像まで、多岐にわたるテーマについて興味がかき立てられる対話が展開されました。



第1章:宇宙通信の現在地と“つながらない”という課題

インフォステラが目指す“地上局のシェアリングエコノミー”とは?

現在、宇宙ビジネスが急速に広がっていますが、その裏では通信インフラという非常に現実的で地道な課題が立ちはだかっているようですね。特に、低軌道衛星は地球の周囲を高速で周回し、固定された地上局との通信を維持することが非常に困難であると聞いています。

「まさにその通りです。人工衛星は約90分で地球を一周します。そのため、常に動いている人工衛星が地上の限られた地上局と通信するのは、例えるなら高速移動する新幹線から、固定された地上局に携帯で接続するような状態と似ています。ここで電波が届かない状況と同じ通信の“空白時間”が生まれてしまうわけです。そこで私たちインフォステラは、既存の地上局を束ねて“シェアリング”し、世界中どこでも衛星と通信できるようにするビジネスモデルを構築しました」

倉原氏がこう語るのは、固定された地上局と高速で移動する低軌道衛星とのミスマッチ。まさに、地上と宇宙をつなぐ“ハブ”の役割の担い手となるのがインフォステラです。地球を周回する衛星から、地上へデータを届ける――一見すると当たり前の通信環境に、実は意外な障壁が潜んでいたのです。

株式会社インフォステラ 共同創業者 代表取締役CEO 倉原 直美 氏
株式会社インフォステラ 共同創業者 代表取締役CEO
倉原 直美 氏

第2章:標準なき宇宙での挑戦――「通信規格」がない世界

インフォステラが解決に挑む、衛星通信の障壁

衛星通信の分野では、まだまだ標準化が進んでいない印象があります。ひと昔前の携帯電話では、CDMAなどの規格が乱立していた頃を思い出します。

「確かに、地上の携帯通信では4Gや5Gといった共通規格がありますが、宇宙では通信方式にまだばらつきがあります。各社が独自の方式で衛星を設計しているので、互換性がなく、地上局側もそれぞれに対応する必要があります。衛星の数が少なかった頃は、従来のやり方で成立しました。しかし、これからは年間千機単位で人工衛星が打ち上げられる時代に突入します。そこで、統一された通信の“翻訳者”が今後ますます重要になるでしょう。この“接続の翻訳者”として機能するのが、インフォステラの技術基盤です」と、倉原氏は解説します。

インフォステラは、複数の通信プロトコルを吸収し、各地上局と衛星の間をシームレスにつなぐ基盤づくりに取り組んでいます。地上では当たり前になっている通信規格も、宇宙ではまだ整備されていません。また、宇宙向けの通信インフラの構築には多額の費用がかかり、地球上の地上局を1社でカバーできるネットワークを持つ企業は存在しません。各社が独自のプロトコルを採用し、相互運用性がない衛星通信の壁をシェアリングモデルで打破しようと、インフォステラは挑んでいます。


第3章:ハードウェアとソフトウェアを“指揮する”という発想

インフォステラを支える技術基盤の舞台裏

地上局の運用では、ソフトウェアとハードウェアが複雑に絡み合っていますが、その調整は、かなり大変ではないでしょうか。

「ご指摘の通りで、実際には“オーケストレーション”と呼ばれる機能が必要です。通信相手となる人工衛星は次々と変わり、対応する地上局もその都度変わります。そのため、通信の構成を動的に切り替える仕組みが不可欠です。まるで演奏会の指揮者のように、全体の流れをリアルタイムで制御しているイメージです」と、倉原氏は言います。

多数の地上局と通信方式を動的に切り替える――そのキーワードは“オーケストレーション”。人工衛星の軌道計算から予約、通信設定の変更、障害予兆検知まで一気通貫で衛星通信に必要な機能を提供しているのが、インフォステラの「StellarStation」と呼ばれるサービスです。まさに、複雑な衛星通信のインフラをインフォステラの技術基盤が支えているのです。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジーコンサルティング 外部顧問  椎名 茂 氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジーコンサルティング 外部顧問
椎名 茂 氏

第4章:会社を創る、命を育てる――スタートアップと子育ての二重奏

「宇宙を変えたい」思いが、起業へ、次世代の命へとつながる

実は、倉原さんが会社を立ち上げられたのとほぼ同時期に、ご出産もあったと伺いました。時間も体力もすべて削られる創業時期にライフイベントも重なったことは、大変だったのではないでしょうか。そこは強い意志があったからこそ、乗り越えられたのでしょうか? 

「そうなんです。まさに会社と子供の“産みの時期”が重なりました(笑)。仕事と育児、家事を明確に分け、できる限りルーティン化して進めることで、何とか回していました。オンとオフをしっかり分けることも心掛けました。できる限り効率的な方法を探して実践し、今日やるべきことを明確にして進めていました。パターン化して物事を整理するというのは、研究者やエンジニアのアプローチとしては自然なことかもしれません。本当にすべてがうまくいっていたかどうかは分かりませんが、やり切るしかないという気持ちがありました。ただ、仕事の場合、そう簡単には形式化できないので、また別の苦労がありました」と、倉原氏は切り出します。

今振り返ると、なかなか壮絶な日々だったが、自身のアイデアを具現化する会社を立ち上げたかった。やらないと後悔すると思っていた――倉原氏はそう語ります。宇宙への強い思いが支えとなり、創業に当たり起業経験者、VC(ベンチャーキャピタル)関係者から受けた実践的なアドバイスが大いに役立ったと言います。また、同僚だった海外の研究者が、これまで王道と考えられていた政府系宇宙機関や航空宇宙メーカーではなく、スタートアップ企業で活躍する姿にも背中を押されたそうです。周囲を巻き込み、苦難を乗り越えてきたリアルな体験談は、多くの働く親世代の共感を呼んでいます。


第5章:人工衛星が“空のデータセンター”になる未来

宇宙データインフラを支えるプレイヤーとして、インフォステラが目指す次のステージとは何か?

今後、人工衛星はどのように進化していくのでしょうか。データのやり取りだけでなく、処理や判断まで宇宙空間で完結する時代が来るのではと感じています。まさに“空のクラウド”とも言うべき方向に進んでいるように感じます。

「本当にそうですね。今後は人工衛星にセンサーやAIを搭載し、自ら判断・処理できるようになると思います。既にいくつかのプロジェクトでは、人工衛星上で機械学習による初期的な画像処理を行う事例も出てきています。つまり、処理負荷を分散することで、地上への通信量を減らす工夫が始まっているのです。これは、地上と宇宙のネットワークを統合的に最適化する世界観です」と、倉原氏は相づちを打ちながら、状況を説明します。
 

もはや衛星は単なるデータの通過点ではなく、“考えるインフラ”になるわけですね。となると、衛星を組み合わせたネットワークの設計そのものが、都市計画や社会インフラのような視点で捉え直す必要がありそうですね。

「まさにそうなのです。私たちインフォステラは、その“情報ネットワークをつなぐ”という立場で、より高次のインフラ設計を担っていきたいと考えています。将来的には、衛星群全体が仮想的な“1つのプラットフォーム”のように機能する可能性もあると思います」と、倉原氏は未来図を構想しています。

人工衛星はやがて、仮想的なサーバー群へ――センサー、AI、ルーティング機能を人工衛星そのものに搭載し、宇宙空間で“思考するネットワーク”を構築できる将来を考えると、さまざまな可能性が眼下に広がります。

※本記事は、一般のビジネスパーソンにも分かりやすく「宇宙ビジネスの実像と可能性」を伝えることを目的とした特設対談企画です。



ゲスト:

  • 株式会社インフォステラ 共同創業者 代表取締役CEO
    倉原 直美 氏 

    宇宙産業で10年以上の経験。九州工業大学で電気工学の博士号を取得し、JAXAでイオンエンジンと宇宙プラズマ環境の研究を実施。2016年にインフォステラを設立する前には、研究者として、衛星地上システムエンジニアとして複数の衛星プロジェクトに従事。
     

インタビュアー:

  • EYストラテジー・アンド・コンサルティング テクノロジーコンサルティング 外部顧問
    椎名 茂 氏

    慶應義塾大学理工学部を卒業後、日本電気株式会社に入社しAIの研究に従事。プライスウォーターハウスクーパース株式会社代表取締役社長、KPMGコンサルティング株式会社代表取締役副社長を歴任し、2020年よりDigital Entertainment Asset Pte. Ltd. のCEOを務める。本業の傍ら、慶應義塾大学理工学部の訪問教授、日本障害者スキー連盟会長も務める。

サマリー 

インフォステラは、標準化ルールが確立されていない衛星通信において、固定された地上局と高速で移動する低軌道衛星とのミスマッチを解決するサービスを開発・提供し、宇宙がデータセンター化する未来を見据えています。 



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