EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
<注釈>
*低軌道衛星:地表から高度2,000kmまでの低軌道を周回する人工衛星。地球との距離が近いため、高速・低遅延の通信が可能。
要点
“地上局をシェアする”――そんな一見シンプルな発想が、実は宇宙通信のボトルネックを抜本的に解決しようとしていることをご存じでしょうか。インフォステラが展開するのは、自ら地上局を建てるのではなく、既存の地上局の空き時間を束ねて衛星と地球の通信を最適化する、いわば「宇宙版クラウドインフラ」。このユニークなビジネスモデルは、従来の宇宙産業の常識を打ち破るものであり、成長する宇宙ビジネスを根底から支えるインフラを革新する担い手と言えます。
本企画では、宇宙通信の“見えない課題”の解決に挑む起業家・倉原直美氏をお招きし、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの外部顧問・椎名茂氏がじっくりとお話を伺いました。低軌道衛星の通信課題、スタートアップのリアル、そして衛星ネットワークの未来像まで、多岐にわたるテーマについて興味がかき立てられる対話が展開されました。
「まさにその通りです。人工衛星は約90分で地球を一周します。そのため、常に動いている人工衛星が地上の限られた地上局と通信するのは、例えるなら高速移動する新幹線から、固定された地上局に携帯で接続するような状態と似ています。ここで電波が届かない状況と同じ通信の“空白時間”が生まれてしまうわけです。そこで私たちインフォステラは、既存の地上局を束ねて“シェアリング”し、世界中どこでも衛星と通信できるようにするビジネスモデルを構築しました」
倉原氏がこう語るのは、固定された地上局と高速で移動する低軌道衛星とのミスマッチ。まさに、地上と宇宙をつなぐ“ハブ”の役割の担い手となるのがインフォステラです。地球を周回する衛星から、地上へデータを届ける――一見すると当たり前の通信環境に、実は意外な障壁が潜んでいたのです。
「確かに、地上の携帯通信では4Gや5Gといった共通規格がありますが、宇宙では通信方式にまだばらつきがあります。各社が独自の方式で衛星を設計しているので、互換性がなく、地上局側もそれぞれに対応する必要があります。衛星の数が少なかった頃は、従来のやり方で成立しました。しかし、これからは年間千機単位で人工衛星が打ち上げられる時代に突入します。そこで、統一された通信の“翻訳者”が今後ますます重要になるでしょう。この“接続の翻訳者”として機能するのが、インフォステラの技術基盤です」と、倉原氏は解説します。
インフォステラは、複数の通信プロトコルを吸収し、各地上局と衛星の間をシームレスにつなぐ基盤づくりに取り組んでいます。地上では当たり前になっている通信規格も、宇宙ではまだ整備されていません。また、宇宙向けの通信インフラの構築には多額の費用がかかり、地球上の地上局を1社でカバーできるネットワークを持つ企業は存在しません。各社が独自のプロトコルを採用し、相互運用性がない衛星通信の壁をシェアリングモデルで打破しようと、インフォステラは挑んでいます。
「ご指摘の通りで、実際には“オーケストレーション”と呼ばれる機能が必要です。通信相手となる人工衛星は次々と変わり、対応する地上局もその都度変わります。そのため、通信の構成を動的に切り替える仕組みが不可欠です。まるで演奏会の指揮者のように、全体の流れをリアルタイムで制御しているイメージです」と、倉原氏は言います。
多数の地上局と通信方式を動的に切り替える――そのキーワードは“オーケストレーション”。人工衛星の軌道計算から予約、通信設定の変更、障害予兆検知まで一気通貫で衛星通信に必要な機能を提供しているのが、インフォステラの「StellarStation」と呼ばれるサービスです。まさに、複雑な衛星通信のインフラをインフォステラの技術基盤が支えているのです。
「そうなんです。まさに会社と子供の“産みの時期”が重なりました(笑)。仕事と育児、家事を明確に分け、できる限りルーティン化して進めることで、何とか回していました。オンとオフをしっかり分けることも心掛けました。できる限り効率的な方法を探して実践し、今日やるべきことを明確にして進めていました。パターン化して物事を整理するというのは、研究者やエンジニアのアプローチとしては自然なことかもしれません。本当にすべてがうまくいっていたかどうかは分かりませんが、やり切るしかないという気持ちがありました。ただ、仕事の場合、そう簡単には形式化できないので、また別の苦労がありました」と、倉原氏は切り出します。
今振り返ると、なかなか壮絶な日々だったが、自身のアイデアを具現化する会社を立ち上げたかった。やらないと後悔すると思っていた――倉原氏はそう語ります。宇宙への強い思いが支えとなり、創業に当たり起業経験者、VC(ベンチャーキャピタル)関係者から受けた実践的なアドバイスが大いに役立ったと言います。また、同僚だった海外の研究者が、これまで王道と考えられていた政府系宇宙機関や航空宇宙メーカーではなく、スタートアップ企業で活躍する姿にも背中を押されたそうです。周囲を巻き込み、苦難を乗り越えてきたリアルな体験談は、多くの働く親世代の共感を呼んでいます。
「本当にそうですね。今後は人工衛星にセンサーやAIを搭載し、自ら判断・処理できるようになると思います。既にいくつかのプロジェクトでは、人工衛星上で機械学習による初期的な画像処理を行う事例も出てきています。つまり、処理負荷を分散することで、地上への通信量を減らす工夫が始まっているのです。これは、地上と宇宙のネットワークを統合的に最適化する世界観です」と、倉原氏は相づちを打ちながら、状況を説明します。
「まさにそうなのです。私たちインフォステラは、その“情報ネットワークをつなぐ”という立場で、より高次のインフラ設計を担っていきたいと考えています。将来的には、衛星群全体が仮想的な“1つのプラットフォーム”のように機能する可能性もあると思います」と、倉原氏は未来図を構想しています。
人工衛星はやがて、仮想的なサーバー群へ――センサー、AI、ルーティング機能を人工衛星そのものに搭載し、宇宙空間で“思考するネットワーク”を構築できる将来を考えると、さまざまな可能性が眼下に広がります。
※本記事は、一般のビジネスパーソンにも分かりやすく「宇宙ビジネスの実像と可能性」を伝えることを目的とした特設対談企画です。
インフォステラは、標準化ルールが確立されていない衛星通信において、固定された地上局と高速で移動する低軌道衛星とのミスマッチを解決するサービスを開発・提供し、宇宙がデータセンター化する未来を見据えています。
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