Crossing Insights 第1回  理化学研究所 砂川玄志郎氏に聞く「眠り」の最前線とは?

Crossing Insights 第3回

Shizen Connect(シゼンコネクト)松村宗和氏に聞く「分散型エネルギーと仮想発電所(VPP)」の未来とは?


本対談シリーズは、さまざまな分野を横断して活躍する研究者や実務家との対話を通じて、今を読み解き、未来を構想するヒントを探ります。急速に変化する社会において、これまでの常識にとらわれない思考や、多様な視点がますます求められています。

第3回では、自然電力グループから生まれたスタートアップ、株式会社Shizen Connect(以下、Shizen Connect)を率いる松村宗和氏をゲストに迎え、再生可能エネルギーの普及とともに注目を集める「仮想発電所(VPP)」をテーマに、次世代の電力インフラと技術革新の接点、またそれらがもたらす社会的・技術的なインパクトについて深掘りしていきます。 


要点

  • AI、IoT、ブロックチェーンなどの技術革新がもたらした中央集権から「分散と並列」への構造転換が、エネルギー分野にも波及。
  • Shizen Connectは、蓄電池・給湯器・EV(電気自動車)などの電力機器をIoTで接続し、AIを駆使して制御するVPPプラットフォームを商用化。将来的にはパートナー企業とともにグローバル展開を目指している。
  • エネルギー管理および需給予測などでのデータ活用やシステム設計・提案において、全体を俯瞰(ふかん)する「分野横断的」な視点が求められる。

はじめに

現代の技術、社会、そして組織や経済までも貫くキーワードの1つが「分散と並列」と言えます。つまり、インターネットやAI、IoT、ブロックチェーンといった技術革新がもたらしたのは、単なるスピードや効率の向上ではなく、中央集権から「分散と並列」へという構造転換でした。情報はもはや一元的に管理されるのではなく、ネットワーク上に点在する多数のノード(ネットワークを構成する個々の要素)によって共有・更新され、価値は中央の権威ではなく、多数のユーザーの合意や相互作用によって生まれます。

このような時代に、エネルギー分野でも「分散と並列」の思想を体現する技術革新が進んでいます。それが「仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)」という概念です。蓄電池、給湯器、EV(電気自動車)など、家庭や地域に点在する電力機器をネットワークでつなぎ、仮想的に一つの発電所のように制御・統合する──VPPは、エネルギーの世界における「分散化された協調」モデルを実現する仕組みでもあるのです。

この構想を実装段階に進め、日本のエネルギーインフラに実質的な変革をもたらしているのが、自然電力グループのShizen Connect。同社の代表である松村宗和氏と、EYストラテジー・アンド・コンサルティング外部顧問の椎名茂氏が対話し、VPPの本質と未来について探ります。

第1章:再生可能エネルギーをめぐる日本の制約と可能性

まず、日本における再生可能エネルギー(以下、再エネ)の現状について、どのようにお考えですか? 例えば、太陽光発電だけでは限界もあり、特に夜間や冬季には発電できない制約がありますよね。

まさにその通りです。まず現状として、日本は国土が狭く、山が多く、海も急峻(きゅうしゅん)で浅瀬が少ないため、風力(陸上)や洋上風力(海上)の展開には不利な条件下にあるのです。そのため、日本では太陽光発電が再エネの主力電源の1つに位置付けられています。また、再エネのカテゴリーとして水力発電もありますが、新たに大規模ダムを建設することが今は難しく、小水力や既設設備の活用が主となっています。

昼間は太陽光発電が需要量を上回るため出力を制限する出力抑制が起きています。一方、日没後の時間帯は、発電量が急減します。さらに、EVの普及により夜間に電力消費が集中する傾向は顕著になるでしょう。ここに、需給バランスのギャップが生じるのです。

そこを補う仕組みとして、仮想発電所(VPP)があるわけですね。

はい。私たちが取り組んでいるのは、全国の蓄電池や給湯器、EVなどの電力機器をIoTで接続し、リアルタイムに遠隔制御することで、地域全体における電力の需給バランスの調整を図る仕組みです。これによって、ピーク時の負荷を平準化し、系統全体の安定性を高めることが可能になるのです。


Crossing Insights 第3回 Shizen Connect(シゼンコネクト)松村宗和氏に聞く「分散型エネルギーと仮想発電所(VPP)の未来」

第2章:仮想発電所(VPP)の実装と仕組み

VPPを実装するための制御は、具体的にどのように行われているのですか? 

各家庭の蓄電池や給湯器、EVなどをSIMやWi-Fiを使ってインターネットに接続させ、電力会社から例えば「45分後に3時間にわたって何キロワット出力する」というような需給バランスの指示を受け、それに基づいて蓄電池などの各機器を制御します。東京電力EPさんや東京ガスさんら大手エネルギー会社4社のVPPプラットフォームに採用され、現在、日本全国約1万世帯の機器を制御できる状態にあります。(図1)

技術的にはグリッドコンピューティングに近いですね。電気を使う側の設備である個々の端末をネットワークで統合的に束ねて遠隔から制御し、調整していく仕組みですね。

まさしくそうですね。ただ、電力という物理的な社会インフラ資源を扱っている点では、難易度が高くなります。どれだけ電力をためているのか、どの時間帯にどれだけ使うのかを精密に予測し、制御計画を立てなければなりません。AI技術を活用し、最適な放電タイミングを判断することが技術的に可能になっています。Shizen Connectから電力会社へ、実際の制御実績をデータとして報告しています。


図1 VPPプラットフォーム「Shizen Connect」概要図

出所:Shizen Connect

第3章:経済性とユーザーインセンティブの両立

VPPの取り組みを拡大していく上で、ユーザーへの経済的インセンティブが鍵になりますよね。

その通りです。ユーザーにとってメリットがなければ、自宅の蓄電池や給湯器を外部から制御されることに納得いただけません。そのため、私たちは大手電力会社や都市ガス会社と連携し「ポイント還元」などの形で、実際にメリットを実感できる仕組みを提供しています。

家庭に設置された設備が、社会全体のエネルギー需給の安定化に貢献しながら、個人にも対価が支払われるという構図が徐々に浸透し始めています。

つまり、それは家庭の設備が収益化される新たな体験になりますね。このスキームをさらに拡大していくためには、どうすればよいでしょうか?

より多くの設備をネットワークに参加させ、全体の需給調整力を高める必要があります。こうしたネットワークを広げスケールさせていく上で、家庭との接点を持つ電力会社や都市ガス会社が、設備・インフラとサービスを統合して届ける役割を担います。

最近では、蓄電池とVPPサービスをセットで提供し、VPPネットワークが次第に広がる動きも加速しています。ユーザーの理解と協力が必要となるため、具体的なインセンティブ設計に経済性が伴うことが重要です。

第4章:日本発VPPモデルのグローバル展開

Shizen Connectさんは今後、海外展開も視野に入れていると伺いました。どのような構想を描いていますか?

まずは国内での提携を拡大し、日本の蓄電制御プラットフォームとしてデファクトスタンダードになることを目指しています。その上で、蓄積したデータを活用してAIによる最適化モデルを高度化し、米国カリフォルニア州やオーストラリアといった海外の電力市場にも進出したいと考えています。

例えば、オーストラリアでは電力市場の価格変動が非常に大きく、余剰電力が発生し供給過剰な状態に陥るとマイナス価格になる時間帯もあります。そこで、蓄電設備を活用して安価な時間帯に電力をため、より高価格になる時間帯に放出することで、経済的なメリットが得られます。

また、世界を見渡すと、広大な土地に、蓄電池がまるで発電所のように整然と並べられ設置されている地域もあります。再エネは単なる環境対策だけではなく、安全保障や経済性にも深く関わる重要なテーマになっています。

日本のメーカーとの連携という観点では、どのように考えていますか?

日本の空調、ヒートポンプ式給湯器やEVは、世界でも競争力があります。こうした機器と当社のエネルギー管理ソリューションをパッケージ化して提供することで、日本のメーカーとともにグローバル市場に展開していけると考えています。まずは日本で実績を積み重ね、信頼性の高いモデルを確立した上で、段階的に展開していきたいと考えています。


Crossing Insights 第3回 Shizen Connect(シゼンコネクト)松村宗和氏に聞く「分散型エネルギーと仮想発電所(VPP)の未来」

第5章:松村氏の原点と、分野横断の視点

松村さんご自身のバックグラウンドについてもう少しお聞かせください。今こうして、エネルギー分野で活躍されているのは、何がきっかけとなったのでしょうか? 

高校時代の友人が、自然電力の創業メンバーだったことが第一です。それまではIoT関連の事業に携わっており、より現場に近いハードウェア領域での取り組みに挑戦したいと思っていた時期と重なりました。電力市場や需給調整市場が立ち上がるタイミングで、「IoTで電池を制御する時代が来る」と説得されて、当グループに参画しました。

実は、大学時代に哲学を専攻していました。一方で、情報科学やシステム思考に強い関心を持ち、エンジニアリングの仕事に自然とシフトし、今につながっています。また、「全体を構造で捉える」思考力が、今のシステム設計や社会構想に役立っています。例えば、電力需給バランスのシナリオを描く場面において、政策の読み解きや市民行動の想定など、「分野横断的」な視点が必要になることを実感しています。

そして、人との縁と技術革新のタイミングが折り重なった偶然にも触発され、エネルギーという極めて現実的なテーマに向き合いながら、少し先の未来を構想すること──それが私たちの役割です。

第6章:制度・社会と技術をつなぐ未来構想

今後の展望として、どのような取り組みや構想を描いていますか?

まず直近では、日本全国の電力会社・都市ガス会社との提携を拡大し、制御機器の設置世帯数をさらに増やしていきます。そのためにも、大手電力系4社、都市ガス2社ら計12社との資本提携を実現しています。その結果、私たちのクラウド上に家庭の電力利用データが蓄積されていくので、そのビッグデータを生かしたAIの最適化技術が次の柱になります。

特に、米国カリフォルニア州やオーストラリアのような電力価格の変動が激しい市場では、日本のノウハウを活用できると考えています。また、機器メーカーのハードとShizen Connectのソフトを組み合わせることで、国際的に通用する日本発の包括的なエネルギーソリューションを世界に届けたいと考えています。

さらに、電力需給の安定化だけでなく、災害時のレジリエンス向上や、地域社会の防災インフラとしての機能も備えた新しい電力網の在り方を模索しています。単なる効率化ではなく、「社会の強さ」を支える技術としてのVPP──そこを目指したいと思っています。

Shizen Connectの未来に向けた挑戦は、これからも続きます。


※本記事は、一般のビジネスパーソンにもわかりやすく「仮想発電所(VPP)の仕組みと将来像」を伝えることを目的とした特設企画です。

ゲスト:

  • 松村 宗和 氏 株式会社Shizen Connect(シゼンコネクト) 代表取締役CEO
    自然電力株式会社 執行役員

東京大学中退、20代をフリーのITエンジニアとして過ごした後、ブルー・マーリン・パートナーズ(コンサルティング会社) の取締役COO、GMOクリック証券の投資情報子会社の代表取締役CEO、アステリア(IT会社。東証プライム3853) のシリコンバレー子会社のGMやIoT関連事業の事業部長、Toposware (2024年にブロックチェーン大手Polygon Labsに売却)の創業者/代表取締役COOや日本子会社の代表を務める。

インタビュアー:

  • EYストラテジー・アンド・コンサルティング テクノロジーコンサルティング 外部顧問
    椎名 茂 氏

慶應義塾大学理工学部を卒業後、日本電気株式会社に入社しAIの研究に従事。プライスウォーターハウスクーパース株式会社代表取締役社長、KPMGコンサルティング株式会社代表取締役副社長を歴任し、2020年よりDigital Entertainment Asset Pte. Ltd. のCEOを務める。本業の傍ら、慶應義塾大学理工学部の訪問教授、日本障害者スキー連盟会長も務める。


サマリー 

Shizen Connectは、電力需給の安定化・効率化、さらには地域社会を強くする未来を構想し、日本発VPPモデルの海外進出を目指しています。



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