EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
第6回のゲストは、LG Energy Solution(以下、LGES)の設備・間接材調達部門を統括するユ・ホヒョン氏と、LGグループ横断のデジタル基盤を担うLG CNSのSINGLEXビジネスを統括するキム・デソン氏です。LGESはEV(電気自動車)向けバッテリー(以下、EVバッテリー)という、最も競争が激しく、かつ地政学・環境規制の影響を強く受ける領域でグローバルトップシェアを競う企業です。そのIT基盤をLG CNSが提供しています。
本対談は、日本企業が世界市場で戦う上で示唆となる海外企業の取り組みを理解することを目的としました。韓国企業を「成功事例」として眺めるのではなく、同じグローバル市場で戦う隣国の企業として、その現実的な思考・葛藤・危機感と、経営課題を解決するヒントを読み解くことができるでしょう。
要点
かつて「日本の背中を追う国」と語られることもあった韓国は、いまや経済指標の面でも日本とほぼ並び立つ水準に到達しています。IMFやOECDの統計を見ると、1人当たりGDPや平均所得は日本と拮抗(きっこう)し、年によっては上回る局面すら見られるようになっています。これは単なる為替や一時的な景気循環の話ではなく、産業構造と企業競争力の変化を背景とした、構造的な到達点と言えるでしょう。
実際にグローバル市場に目を向けると、その変化はより鮮明です。半導体、電池、素材といった製造業の中核領域で、韓国企業は世界市場で戦い続けています。同時に、音楽・映像・ゲームなどのエンターテインメント産業でも、K-POP(韓国発祥のポピュラーミュージックの総称)や韓国ドラマが世界的な影響力を持つに至りました。製造業とコンテンツ産業という、一見異なる2つの領域で同時に存在感を発揮している点は、韓国経済の現在地を象徴しています。
LGESが参入するEVバッテリー産業は、単なる製造技術だけでなく、巨額投資、グローバル供給網、環境規制対応、データとプロセスの統合といった、現代のグローバル経営の要素がすべて凝縮されています。その最前線に立つ企業が、どのような判断基準で意思決定を行い、どのように組織とプロセスを進化させてきたのか。最前線のビジネスリーダーたちに伺います。
私のキャリアはLGグループ経営研究院から始まりました。そこではグループ全体を俯瞰(ふかん)し、事業戦略とオペレーションのつながりを考える仕事をしていました。この経験が、後に調達を担う際にも「個別最適ではなく、サプライチェーン全体で何が起きているか」を意識する基盤になっています。
その後、持株会社では投資先企業の経営管理を担当し、MRO子会社ServeOneで現場の調達実務を経験しました。戦略と現場、その両面を知った当時の経験が、現在のグローバル調達やサプライチェーン設計を担う上での拠り所となっています。現在は、設備・工事・建設、消耗品、各種役務サービスなど、原材料費以外の購買全般を担当しています。
調達は、工場や物流機能を代表する設備立ち上げのスピード、品質の安定性、規制対応力といった点で、事業競争力を左右する領域だと考えています。LGグループでは、調達機能は組織の中で単なるコスト削減機能ではなく、事業の成否を左右する経営機能として位置付けられています。
もともとLGESは、携帯電話向け小型電池などを主に製造していました。当時、調達先の選定、サプライチェーンの構築、各種規制への対応は比較的シンプルでした。しかし、車載用バッテリーでは、設備・部材・建設・物流まで含め、巨大なサプライチェーンが必要になります。どの地域で生産し、どのサプライヤーと組み、どの順番で立ち上げるか。技術戦略と供給網戦略は、最初から一体で考えることが不可欠でした。
そうした中、現在もLGESが車載用バッテリーの領域で主要プレイヤーとして活躍できているのは、調達責任者の立場から見ると、調達とサプライチェーン構築こそが最大の差別化要因の1つだったと考えています。取引先や最終顧客の要望を満たす製品を作り出す技術を基に、「それらを止めずに量産できる仕組みを作り上げる」ことが重要だったと考えています。
車載用バッテリーには、パウチ型、円筒型、角型といったフォームファクタの違いがあります。どの技術が正解というものではなく、OEM(自動車メーカー)の車づくりの哲学に合わせて各社が選択します。私たちLGESの競争力は、顧客の要求を的確に反映した製品を高い品質水準で実現できるだけでなく、それを世界中で量産し、安定供給できることにあると思っています。そのため、世界中で私たちの技術を量産できる設備を、必要なタイミングで、必要な場所に立ち上げられるかどうかが勝負でした。
また、特定顧客に依存しない戦略を取ったことが、結果として調達面でもリスク分散につながりました。一方で、複数のOEM企業と同時並行で取引するためには、サプライチェーン全体の可視化と標準化が不可欠であり、特にこれまで注力して取り組んでいます。
顧客企業の工場の近隣に生産拠点を設ける判断も、調達・物流を含めた全体最適の結果です。リスクはありますが、供給責任を果たすためには避けて通れない選択でした。
急成長市場では、経営レベルの意思決定がこれまで前例のない形で多数行われ、求められるスピードも非常にタイトです。また、経営レベルでの意思決定後も、顧客や協力企業、現地政府との交渉により、多くの改善・修正がなされる中で、私たちにも柔軟性が求められます。
工場や物流機能などの設備投資や立ち上げの遅れは、そのまま顧客の信頼低下につながりかねません。調達機能は、複数のサプライヤーを比較して単に物を安く買う機能ではなく、顧客をはじめとした関係者と約束したスケジュールを「遅らせない」ことや品質を維持することが最も重視され、そのためのリスクマネジメントを徹底していました。
また、グローバルで事業を展開する中では、本社としてどこまで統制と標準化を行い、ローカルに何を任せるかというバランスが重要で、これには簡単な解答はありません。LGESの調達部門では、本社は判断基準と業務プロセスを標準化して展開します。各ローカル拠点では、各地の規制や現場での対応を一定の裁量のもとで実行する役割と定義しています。その役割分担を明確にすることで、スピードと確実性を両立させています。
現在、車載バッテリーのビジネスにおいて、調達段階から環境規制対応が前提条件になっています。例えば、米国で2022年6月から施行されているUFLPA法(ウイグル強制労働防止法)や、EUで2027年から段階的に義務化されるバッテリーパスポート(欧州電池規制)などでは、自社の直接のサプライヤー(一次サプライヤー)だけでなく、N次サプライチェーンまで含めた説明責任が求められます。これまでになくサプライチェーン全体の完全なトレーサビリティ管理を要求され、罰則も甚大です。
調達として一番難しいのは、自らが直接取引をしている取引先を越えて、サプライチェーン全体の関係者に関わる情報をどのように取得し、どのように管理していくかです。この難題を解決するために、IT、品質、サステナビリティ部門が一体となり、サプライチェーン全体をデータで把握する仕組みを継続的に構築してきました。
また、地政学リスクが常態化する中で、私たちに求められる機能は、コストを「最安」に抑えることから、サプライヤーとしての「供給責任」を果たすことへと明らかにシフトしています。単一のサプライヤーやルートに依存せず、常に代替可能性を確保することが、調達部門として果たすべき役割になっています。
日本経済や日本企業の技術力の衰退を伝えるニュースも散見されますが、私としては日本企業にはまだ圧倒的な技術力があると感じ、尊敬の念を持っています。少し前まで一部の日本企業は、自分たちのものづくりの実力を信じるがゆえに、長い時間をかけて準備した、完璧な製品をいきなり市場に投入し、投入した頃には競争環境がすでに変わっていたということも見受けられました。
韓国企業は、技術力だけではなくスピードを重視し、試行錯誤を繰り返しながらグローバル市場で戦ってきました。日本企業と韓国企業では、それぞれの特徴に差があるのかもしれません。
スピードで勝負するビジネスを世界で展開し、試行錯誤を経て意思決定を行うためには、業務プロセスの標準化と、グローバルとローカルの役割分担の明確化、そして経営に必要なデータをできるだけ集めることが重要です。
LG CNSが提供するSINGLEXは、調達・サプライチェーンを含む業務プロセスを共通言語にするための基盤となっています。LGESでは、N次サプライチェーン管理や規制対応を含め、調達情報をリアルタイムに把握できるようになりました。その結果、地政学リスクや環境規制に対しても、後追いではなく先回りして対応できるようになっています。SINGLEXは、グローバル調達を成立させるための「見えないインフラ」であるとも言えるでしょう。
SINGLEXをLGグループに展開していく中で、LGESは最初に導入を決定した組織でした。同社はもともとLG化学の一事業部門でしたが、2020年の分社化により新会社としてスタートしています。急速な事業拡大が求められる一方で、人材育成の枠組みや、人事、購買、品質といった経営基盤となる業務プロセスは、必ずしも十分に整っているとは言えない状況でした。
このようなタイミングで、LGグループ全体の業務変革活動の中で整理された業務プロセスを土台に、それらを実運用レベルで自動化できる形に落とし込んだSINGLEXを導入しました。これが結果的には、LGESが短期間で事業基盤を固め、競争力を高める上で大きな意味を持ったと感じています。
そのポイントは、大きく3つあります。
1つ目は、グローバルで通用する標準的な業務プロセスをSINGLEXに組み込んだことで、個々の経験や属人的な判断に頼らずとも、一定水準の業務を安定して回せるようになった点です。結果として、従業員一人一人の働き方そのものが底上げされました。
2つ目は、世界中の拠点で同じシステムを共通基盤として使うことで、グローバル全体としての統制が取りやすくなった点です。地域や法人ごとにやり方がばらつくのではなく、どこでも同じ基準とプロセスで業務を進められるようになり、これがグローバル規模で発揮できる競争力につながっています。
3つ目は、事業環境や顧客の要請に応じて、機能を継続的に進化させてきた点です。SINGLEXは導入時点で完成形の仕組みではなく、実際の事業運営の中で見えてきた課題を反映しながらアップデートを重ねてきました。先ほどのお話にあった「N次サプライチェーン」の管理機能も、そうした流れの中で追加されたもので、グローバルなサプライチェーンリスクをより早い段階で把握するための基盤になっています。
こうして振り返ると、SINGLEXは単なるITシステムというより、グローバル調達やサプライチェーンを安定して維持するための土台に近い存在だと思います。普段はあまり意識されませんが、今日のような複雑なグローバル事業を支える上では、企業経営に欠かせないプラットフォームになっていると考えています。
※本記事は、一般のビジネスパーソンにもわかりやすく「グローバル企業経営における調達」について伝えることを目的とした特設対談企画です。
LGESでは、調達を経営機能の中枢として位置付け、技術戦略と一体化させて実践しています。業務標準化とデータ可視化によって、グローバル展開と規制・地政学リスクへの対応を図り、競争優位を築いています。
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