2022年6月30日
Digitalを活用した攻めのリスク管理

Digitalを活用した攻めのリスク管理

執筆者
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

山岡 正房

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ビジネスコンサルティング アソシエートパートナー

週末に娘2人にさまざまな経験をさせつつも、自分は仕事を通じ彼女たちにどんな社会を残せるのか? と悩む日々。

2022年6月30日

本シリーズでは全8回にわたり、Finance DXに関する包括的な論述を行っています。第5回となる本稿では、ファイナンス部門が主導するリスク管理におけるデジタル技術の活用について論述します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance

山岡正房

BC-Finance(CFO部門向けコンサルティングチーム)において、Finance DXおよびトレジャリー領域のオファリング責任者を務める。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) アソシエート・パートナー。


横井知行

BC-FinanceのTreasuryオファリングチームに所属。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。


久島弘靖

BC-FinanceのFinance DXオファリングチームに所属。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。

要点
  • ファイナンス部門のリスク管理を高度化するためには、デジタル技術をどのように活用していけばよいのか。
  • ファイナンス部門のリスク管理におけるDX推進について、「守り」と「攻め」の視点に分けてデジタル技術の使いどころを説明する。

Ⅰ はじめに

VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代といわれる近年、企業を取り巻くビジネスの環境は大きく変化しています。地域紛争や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、大規模自然災害など、これまで想定していなかった事象が現実となるなど、リスク要因は複雑化し、顕在化した時の影響も拡大しています。そうした中、企業のファイナンス部門に求められるリスク管理の在り方も、従来よりも高い次元のものへと変化することが求められています。

本シリーズでは全8回にわたり、Finance DXに関する包括的な論述を行っています。第5回となる本稿では、ファイナンス部門が主導するリスク管理におけるデジタル技術の活用について論述します。

Ⅱ ファイナンスが担うリスク管理の概要

<図1>はこれまで本連載でも登場したファイナンスの役割の2軸4象限に対して、リスク管理の機能をマッピングしたものです。

図1 ファイナンスが担うリスク管理

まず足元の役割として重要なのは、Custodian、つまり企業価値の番人として、コンプライアンスリスクや財務リスクなどさまざまな事業を取り巻くあらゆるリスクを管理し、企業価値の棄損(きそん)を防ぐ役割です。この役割は、いわば「守り」のリスク管理と呼ぶことができます。

一方で、VUCAの時代において企業が継続的に成長を遂げるためには、一定の健全なリスクテイクも必要であり、さまざまな将来予測を通じて最適なリスクテイクの意思決定をナビゲートするBusiness Partnerとしての役割も、今後のファイナンスには求められることが想定されます。これは「攻め」のリスク管理と呼ぶことができます。

Ⅲ 「守り」のリスク管理におけるデジタル活用

「守り」のリスク管理におけるデジタルの活用としてまず考えられるのは、企業内の大量のデータを解析することにより、不正の傾向を早期に検知することです。また、このようなモニタリングの仕組みがあることを周知することで、心理的な圧迫を与えて不正を未然に防ぎ、予防的統制を強化することにつながります。この分野は監査法人を中心に研究開発が進んでおり、次号以降で詳述することとします。

「守り」のリスク管理における、もう1つの重要な領域は、流動性リスクや為替リスクといった、資金・財務に関わるリスクを適時把握し、低減・ヘッジする取組みです。

この領域では、<図2>のようなクラウド型のトレジャリー管理システムを中心に既に3つのポイントでデジタルの活用が進んでいます。

図2 デジタルを活用した財務リスク管理

1点目は、海外の子会社・孫会社を含む資金の状況を可視化することです。これまで連結レポーティングパッケージ等を通じて、期末・月末でしか把握できなかった各社の資金状況を、銀行口座情報をシステムでつなぐことによって、各社の資金の動きを本社からリアルタイムで見えるようにすることで、不自然な資金の流れ等を事前に察知することが可能になります。

2点目は、資金の流動性リスクを最小化することです。現預金の情報だけではなく、債権債務情報、あるいは受発注情報などを基幹システム等から連携することによって、個社ごとの精度の高い資金繰り予測が可能になり、かつ即時性と透明性も高まります。本社財務部としてはこの情報を元に、さまざまなグループファイナンス等の手当てを前広に提案することで、流動性を担保しつつもグループ全体の資金効率を向上させることができます。

3点目は、外国為替や金利といった市場性のあるマーケットリスクを低減することです。グループ内の通貨別のポジションやエクスポージャーを、システムを通じて適時に把握することで、自社のヘッジポリシーに合わせた最適なリスク低減のための取組みにつなげることが可能になります。

Ⅳ 「攻め」のリスク管理が必要となる背景

Ⅲで述べたように「守り」のリスク管理におけるデジタルの活用は、すでに実用化の段階に達しており、多くの企業が導入を進めています。

一方で、企業の継続的な成長は「守り」一辺倒では成り立ちません。なぜなら企業を取り巻く競争環境、あるいはバリューチェーンそのものが、さまざまな要因により急激な変化・破壊にさらされているからです。

経済のグローバル化やデジタル化によるバリューチェーンの質的変容はこれまでも言及されたことですが、それに加えてカーボンニュートラルに代表されるSDGs等の機運の高まり、社会的要請もまた、バリューチェーンに大きな影響を与えます。例えば、自動車産業はEVの登場により、これまでの産業構造とは大きく変化しており、自動車というバリューチェーンの中において収益と成長が見込まれるビジネスドメインが移り変わることが考えられますし、環境規制等が今後より厳しく、また、対象も広くなることを想定すると、新たな研究開発が重要な競争優位の源泉となり、そこに内包されるリスクの質もこれまでとは変わってきます。

また、地域紛争などの地政学上のリスク、あるいはパンデミックや大規模災害などによる影響も深刻です。これらの事象により、人・モノの移動は制限され、半導体や鉱物資源などの重要な部品や資材の品薄・欠品といったサプライチェーン断絶がグローバルで看過できないレベルまで広がっています。

さらに、これまで別の業界と考えられてきた他のバリューチェーンとの融合も考えられます。例えば自動運転技術の発達により、自動車が移動手段だけではなく、エンターテインメント端末としての性格を帯びてくると、インターネット企業等との業務連携を含めた、新たなバリューチェーン領域へのチャレンジが必要となります。

このような既存のバリューチェーン構造の変化や、新たなバリューチェーンの登場は、既存のビジネスの縮小・消滅をもたらす可能性があり、従来のビジネスドメインを守り続けることは、それ自体がリスクともいえます。継続的に企業が生き残り、成長していくためには、川上企業のM&Aや川下ビジネスへの事業投資、あるいは今後融合が想定される他のバリューチェーンのメジャープレイヤーとの資本連携など、積極的なリスクテイクが求められます。こうしたリスクテイクを一定の安心感を持って行えるための「攻め」のリスク管理が、これからの時代には求められます。

V 「攻め」のリスク管理におけるデジタル活用

「攻め」のリスク管理におけるデジタルの使いどころとしては、<図3>に示すように大きく4点が考えられます。

図3 デジタルを活用した「攻め」のリスク管理

1つ目は現状把握です。自社が属するバリューチェーン全体の中のどのビジネスドメインが、どの程度の市場規模・収益性・成長性を持っているか。おのおのがどのような種類・性質のリスク要因を持っているか。またそのリスクが顕在化した際の収益等へのインパクトはどの程度のものか、そして自社グループがこのバリューチェーンの中でどのようにリスクマネーを投入しているのか等の情報をタイムリーに収集し活用できるようにするために、例えばデータレイクやBIツールを応用して、ダッシュボードのイメージで可視化し全体俯瞰できるようにすることが、「攻め」のリスク管理に向けた第一歩になります。

ここでのポイントは「全体俯瞰」であり、現在自社グループが事業を展開しているビジネスドメインのみではなく、自社にとってホワイトスペースとなっている上流事業、下流事業を含めて俯瞰できることが重要です。

2つ目は将来予測です。大きな社会変動、メガトレンドによる影響は、自然災害のように突発的に発生することもありますが、多くは5年、10年という長期スパンで顕在化しバリューチェーンに変化を引き起こします。現在見えているトレンドだけでなく、将来のトレンド予測も踏まえて、より長期の視点でバリューチェーンの変化と、その中のリスク要因を捉えて影響をシミュレーションし、事業計画を見直していくことが重要です。

1つ目で俯瞰したバリューチェーンの全体像が今後どのように変化するか。またバリューチェーンの中に内包するさまざまなリスクが顕在化した際に、どのようなインパクトを与えるか。それに対して自社がどのようにリスクマネーを投入すると、どういう長期的損益となるか。これらをシナリオ別にシミュレーションするには、多くの変数とモデル式の処理が必要であり、デジタル技術の活用が必須です。

3つ目は投資モニタリングです。新たなリスクマネーの投入にあたっては、当然ながら一定の予測、シミュレーションに基づく投資回収計画が策定されます。その回収状況を財務的な結果のみではなく、重要なドライバーとなる先行指標を含めて定期的にモニタリングし、また外部要因に基づく変数の大きな変化が予測される際には、それに応じた追加投資や撤退を含めた適時の軌道修正を行い、さらには各案件の投資回収結果を踏まえて、予測・シミュレーションのモデル式自体を見直し、ブラッシュアップします。そのためのモニタリングの仕組みを整備するには、1点目と同様にデータレイクやBIツールの活用が必要になります。

最後の4点目は、戦略と資金のアラインメントです。最適な戦略に基づき事業投資を行うには資金の裏付けがあることが重要です。巨額のマネーを必要とする大型M&Aや、新規の工場建設といった場合、必要な資金をその時の自社のアベイラブルキャッシュだけで賄えるとは限りません。そのため、バリューチェーンとリスク要因の変化に関する長期予測を立て、それに対応するための自社グループの事業計画を策定し、いつどれくらいの資金が必要になるか資金の需要計画を持った上で、その需要に対して不足する資金の調達をどのような手段で行うのか、長期の資金計画を立てておくことが重要です。また逆に、長期で発生するまとまった余剰資金を事前に予測することで、その使い道として長期的な投資判断の検討材料とすることが可能です。

さらにいうと、どのような性質、程度のリスクを抱える領域に投資するかによって許容される資金のハードルレートも変わってきます。そのため、リスクが低く安定的な収益が見込める投資には借入金を充て、ハイリスクハイリターンの投資には自己資本を充てるなど、資本政策へも影響を与えることになります。

いずれにせよ、このような戦略と資金の中期的なアラインメントのためには、Ⅲで述べたトレジャリー管理システムを含む、資金観点での包括的なプラットフォームの構築が必要になります。

Ⅵ おわりに

投資判断のための将来予測を人手による情報処理に依存する以上、経営者の意に沿った結果を出すための恣(し)意的な要素が含まれ、適切なシミュレーション結果が得られない、という事態が容易に想像されます。そこで、できる限り多くの不確定要素を変数としてパラメータ化しシミュレーション処理を行うことで、不確実性や恣意性を極力排除し、客観的かつ高精度な将来予測を実現することが期待されます。

一方で、パラメータが増えるほど、ロジックは複雑性を増し演算処理の負荷も高くなっていきますし、こうした「攻め」のリスク管理に即座に実装できる統合的なソリューションとしては、まだ実用段階には至っていません。

しかし、BI系ツールの発展、AIの自己学習によるモデル式の自動見直し、量子コンピュータによる大量の変数を含む高速演算処理など、今後活用が期待される個々のデジタルテクノロジーの萌芽はあります。ただし、十分な予測モデルの検討がなければ、デジタル面での技術・仕組みが整っても機能しません。実用的なデジタル技術が揃った段階ですぐに活用するためには、今後、自社が属するバリューチェーン全体のトレンドがどのように動くのか、その中での収益ポイントやリスクの震源地がどのように変動するのか、またそれをどのようなロジック・変数・モデル式で予測すべきか、今から理解・整理しておく必要があります。

本シリーズでは、これまでDX戦略全般、デジタルを活用した新たなファイナンスオペレーション、経営に活用するためのデータの取扱い、データ起点での意思決定の推進、デジタルを活用したリスク管理について論述してきました。次号以降は、大量データ解析による不正検知や発見的統制、Finance x Digital人材の育成、Digital Auditの新潮流について、解説します。

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  • 「情報センサー2022年7月号 デジタル&イノベーション」をダウンロード

サマリー

本シリーズでは全8回にわたり、Finance DXに関する包括的な論述を行っています。第5回となる本稿では、ファイナンス部門が主導するリスク管理におけるデジタル技術の活用について論述します。

情報センサー2022年7月号

情報センサー
2022年7月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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