TNFDシナリオ分析の進め方―レジリエントな経営体制を構築するワークショップの効果とポイント

TNFDシナリオ分析の進め方―レジリエントな経営体制を構築するワークショップの効果とポイント


不確実な未来に備え、企業が戦略のレジリエンスを高めるためには「シナリオ分析」が有効です。TNFDは、シナリオ分析に関するガイダンスを発行しています。


要点

  • 企業がシナリオ分析を実施することで、複雑で不確実な未来を前提に自社の自然関連リスク・機会を評価し、戦略の妥当性やレジリエンスを検証することができる。
  • TNFDのシナリオ分析は、TCFDと異なり、探索的アプローチであり、定性的な世界観を重視するという特徴がある。
  • TNFDシナリオ分析ガイダンスにはシナリオ分析実施の4ステップが解説されており、参加型ワークショップ形式を推奨している。

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、不確実な未来に備え企業が戦略のレジリエンス(強靭<きょうじん>性)を高めるための手段として「シナリオ分析」を活用することを推奨し、シナリオ分析に関するガイダンス(以下、ガイダンス)を発行しています。

シナリオ分析は、TNFD開示推奨項目の「戦略C」に関する情報を提供し、TNFDが推奨するリスク・機会分析のためのLEAPアプローチにおける「Assess(評価)」段階で特に活用されるものとして位置付けられていますが、それだけでなくLEAPアプローチ全体に対して有益な情報を提供するものです。

本記事では、シナリオ分析の特徴や進め方と、ガイダンスで推奨される参加型ワークショップ主導のアプローチのメリットについて解説します。


1. TNFDシナリオ分析の目的と効果

TNFDシナリオ分析の主な目的は、複雑で不確実な未来を前提に企業の自然関連の依存・インパクト・リスク・機会を評価することにより、戦略の妥当性やレジリエンスを検証することです。

シナリオ分析は、組織に以下のような思考を促す効果があります。

  • 将来が今とどのように異なる可能性があるのか
  • それらの変化は、なぜ、どのように進行するのか
  • それらの変化により、組織にとってどのような自然関連のリスク・機会があるか
  • どのような不確実性が、変化に影響を与えるのか

シナリオ分析を実施し、起こり得る未来の世界観における自然関連のリスク・機会を評価し優先順位をつけることで、企業は対応策を検討したり、資本配分や目標設定への反映等の意思決定を行ったりすることができます。


2. TNFDシナリオ分析の特徴と、TCFDとの違い

TNFDのシナリオ分析には「探索的アプローチである」、また「定性的な世界観を重視する」という特徴があります。

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に代表されるような気候変動関連のシナリオ分析では、1.5℃目標のような世界規模で合意された単一規範があり、大気中のGHG(温室効果ガス)排出量削減に向けた世界共通の取り組みがあります。また、GHGは地球上のどこで排出しても世界的な気温上昇に寄与するため、気温上昇を1.5℃に抑えるための具体的な施策や対応は世界中で共有でき、その道筋を描いたシナリオも世界共通で使用できるメリットを持っています。このため、気候変動に関連したリスク・機会を分析する際には先に将来像としてのシナリオを設定した上で、バックキャスト型で分析を進めることができます。

一方で、自然関連課題は、多様かつ地域特異的であり、単一の目標に集約することができない特徴を持っています。また、各課題がそれぞれ複雑に絡み合うものでもあるため、自然劣化をさせず、回復・再生に向かうという理想的な世界に至るための世界共通の単一的な取り組みはなく、世界中で共有できるような共通シナリオがまだ存在していない状況です。加えて、自然劣化が進んだ世界を想像しようとしても、企業が受けるリスク・機会は地域特異的なものに大きく影響を受けるため、その地域特有のシナリオが描かれていれば活用できるものの、まだその段階には至っていません。

そのため、TNFDのシナリオ分析はバックキャスト型の気候変動のシナリオ分析とは異なり、さまざまな不確実性を説明しながらもっともらしい未来を設定する探索的アプローチであるということを理解する必要があります。

さらに、気候関連には定量シナリオが既に存在するのに対し、自然関連では定量シナリオが整備中であるという違いもあります。そのため、自然関連のシナリオ分析の初期段階ではエビデンスや定量的なデータにこだわらず、社内外の議論を通じ、もっともらしい未来を幅広く描くこともポイントと言えます。ガイダンスには、今後より高度かつ定量的な自然関連シナリオに関する内容が順次追加予定とされています。TNFDが公開している「高度なシナリオ分析に関するディスカッションペーパー」の中では、IPR Forecast Policy Scenario+Nature(FPS+Nature)のようなシナリオ分析の高度化に役立つツールも紹介されていますが、一方でTNFDは、自然関連の依存・インパクト、リスク・機会を特定し定性的に理解する前に拙速に定量化へ進まないよう企業に注意を促している点にも留意が必要です。


3. シナリオ分析の実施ステップとワークショップの進め方

ガイダンスでは参加型ワークショップ主導の4ステップが解説されており、ガイダンスに加えシナリオ適用をサポートするTNFD Scenario analysis worksheetも公開されています。

シナリオ分析は以下のステップで進めていきます。

シナリオ分析の実施ステップ

Step1:ドライビングフォースの特定

未来の不確実性を構成するドライビングフォースを特定します。ガイダンスではドライビングフォースのカテゴリ例(表1)が示されており、企業がシナリオ分析で検討するドライビングフォースを定め、シナリオ分析の2軸に設定します。

企業は独自にドライビングフォースを定めることができるほか、TNFDは以下の重要な不確実性を中心にしたシナリオ(以下、TNFD例示シナリオ)も示しており、この2つをデフォルトとしてシナリオ分析を構築することを提案しています。

TNFD例示シナリオにおけるドライビングフォース:

  • 生態系サービスの劣化(横軸)

    物理リスクと最も密接な相関があり、気候変動が自然喪失の要因となることとも関連している(地球規模の気候調整も、重要な生態系サービスのひとつであるため)。
     
  • 市場と非市場の力の一貫性(縦軸)

    移行リスクと最も密接な相関があり、気候変動に対処するための行動と関連している。

表1 ドライビングフォースの例

表1 ドライビングフォースの例
出典:TNFD「Guidance on scenario analysis(v1.0)」を基にEY仮訳・作成

Step2:不確実性軸に沿った事業や組織の配置

各軸上で、組織が現在どこに位置しているかを可視化します。次に、特定の将来において組織が各軸のどの位置にあると考えられるかを検討します。

TNFD例示シナリオの場合、各軸の両端は下記のように考えることができます。

  •  生態系サービスの劣化(横軸)

    一端は「自然が深刻に劣化し、生態系サービスが崩壊している」状態であり、もう一端は「自然の喪失が中程度または軽度にとどまり、生態系サービスへのアクセスを引き続き確保できる」状態。

  •  市場と非市場の力の一貫性(縦軸)

    一端は「政策、規制、消費者意識などの要因が整合しており、企業にとって明確な意思決定のシグナルが発信されている」状態であり、もう一端は「各要因がバラバラな方向や速度で変化し、企業に対して矛盾したシグナルを生み、不安定かつ高リスクな環境となっている」状態。

Step3:シナリオストーリー(世界観)描写

2つの軸を組み合わせた4象限ごとに、もっともらしい世界観を描写します。

TNFD例示シナリオでは以下の図に示すような4つの世界観が提示されています。

TNFD例示シナリオ
出典:TNFD「Guidance on scenario analysis(v1.0)」を基にEY仮訳・作成

Step4:ハイレベルな意思決定の特定

描写した各世界観に対して、ガバナンスや戦略上の課題、対応の優先順位などを整理し、必要な意思決定につなげます。その結果を経営陣や取締役会に共有することによって、より高レベルの意思決定へ活用したり、組織のレジリエンスを高めたりすることができます。


4. ワークショップの形式とメリット

ガイダンスでは、社内外の関係者が集うワークショップ形式が効果的であるとしています。これは、組織内の多様な視点や専門性を生かし、対話を通じてシナリオの理解を深める参加型アプローチであり、戦略やリスク管理に関する経営判断にも寄与します。

  • 参加者:組織のさまざまな部門の多様な専門性を持つメンバー、必要に応じて外部の専門家・関係者を含めることも可能。推奨人数は15~25人。

  • 所要時間:本格的なシナリオ分析には数日間のワークショップ実施が望ましいが、半日~1日でも初期的な成果を得ることが可能。

  • 進め方:グループ分けを行い、各グループで4つの世界観のうちの1つを担当し探索する。TNFDが提供するTNFD Scenario analysis worksheetを活用可能。

社内のメンバーを巻き込みワークショップを実施することにより、必然的に事業と自然資本との関わりについての理解が深まることが、この形式の大きなメリットと言えます。特に、さまざまな部門から多様な専門性を持つメンバーが参加し対話を深めることによって、多角的な視点から自社の自然資本関連のリスク・機会を評価することができ、自然資本に関する社内の意識向上にもつながります。


まとめ

シナリオ分析を実施し、複数の未来のシナリオに基づき事業と自然との関係性を分析することで、どのような世界が来てもレジリエントな経営体制を構築することができます。また、ワークショップ形式で社内の複数の部門からメンバーが参加することで、自然資本に関する社内の理解促進、意識向上にもつなげることができます。

EYが実際にファシリテーションを実施したワークショップ形式のシナリオ分析においては、組織におけるメインビジネスの各部署から参加者を募り、組織のオペレーションをよく知っているメンバーだからこそ抽出できるリスクや、日頃から温めていた現場からのビジネスチャンスの発案があるなど、非常に活発で有意義なワークショップが開かれました。

実際にシナリオ分析を実施する際には、進め方の設計からワークショップのファシリテーションまで、綿密な計画や準備が必要となります。

われわれEYの気候変動・サステナビリティサービスユニット(CCaSS)では、TNFDシナリオ分析の設計、ワークショップの実施、開示までご支援することが可能です。ぜひお気軽にご相談ください。


【共同執筆者】

  • 松島 夕佳子

    EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
    マネージャー

    JICA青年海外協力隊(環境教育隊員)、環境教育・環境政策関連のNPO法人での勤務等を経て、2013年に建設コンサルタント会社に入社。自然環境調査の現場から、生物多様性・資源循環・気候変動に係る国および地方公共団体の環境政策・環境関連計画策定支援に多数携わり、環境分野の幅広い知見を有する。2023年にEYに入社後は、TNFD対応支援やサステナビリティ情報の開示支援等に従事している。
     
  • 細見 優

    EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
    シニアコンサルタント

    人材・IT企業にて営業・事業開発職を経験後、世界一周バックパッカー旅を経て2024年にEY新日本有限責任監査法人に入社。持続可能な経済活動に寄与したいという思いからCCaSS事業部にてTNFD、SBTN、サーキュラーエコノミー等のネイチャー・生物多様性分野やCSRD対応支援など幅広い業務に従事。

サマリー 

TNFDシナリオ分析を行うことで、複雑で不確実な未来を前提に企業の自然関連のリスク・機会を評価し、戦略のレジリエンスを検証し、経営の意思決定につなげることができます。TNFDシナリオ分析ガイダンスでは参加型ワークショップ形式が推奨されており、ガイダンスとTNFD Scenario analysis worksheetを活用して分析を進めることができます。


EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

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時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、サステナビリティ情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ 

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