2022年10月オーストラリア連邦政府予算:困難な決定の先送り

2022年10月オーストラリア連邦政府予算:困難な決定の先送り


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過去2年間で発表された4回の予算案編成を経て、「決定はされたがまだ発表はされていない」という一様な流れに私たちは疑問を抱かなくなっています。10月25日に発表された予算案は、まだ決定されていない、予定段階の政策ばかりでした。

財務相は、難しい時代にはそれに見合った難しい決断を下す用意があると述べましたが、今回の予算案ではむしろ難しい決断を先送りにしました。

オーストラリア国民が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミック時の貯蓄のバッファーを使い果たし、インフレが加速し、オーストラリア準備銀行(RBA)が景気を減速させれば、こうした先送りの決断は難しくなる一方でしょう。

一方、インフレ問題の深刻さは、今回の予算案でインフレ予測が引き上げられたことからも明らかであり、政府は追加支出によって物価上昇圧力を高めるリスクを冒すことはできませんでした。

予算案は、新たな政策支出が、少なくとも現在の予測によるとインフレリスクが最も深刻である本年度中に実施されないよう、慎重に調整されています。2022~3年の純政策支出は16億豪ドル、直接資本支出は1億3,000万豪ドルにとどまっています。インフレ率が2~3%の目標範囲に収まると予想される24~25年からは再び景気刺激策が実施されます。

政府支出(連邦政府、州政府、地方政府支出を含む)のGDP比率は年央に27%を超え、予算案で提示された支出プログラムでは、連邦支出の比率が24~25年にかけてさらに上昇することが示唆されています。

このGDP比率は、長期平均値である23%と比較すると高くなっています。新型コロナウイルス感染症による封鎖が経済を圧迫していた頃はこの比率は適切でしたが、今年はそうではありません。経済は生産能力の制約を受け、あらゆる規模の雇用主が深刻なスキル人材不足に苦しんでいます。

オーストラリア準備銀行は、ロックダウン期間中に実施した景気刺激策をすぐに撤回しており、政府にとって本予算案は同様の財政政策に取り組む機会でもありました。

政府は財政政策によってさらなるインフレ圧力を招く危険は冒しませんでしたが、経済が必要とするもの、つまりインフレ圧力をある程度取り除く、財政規律を重視した政策も行いませんでした。

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支出削減で、新政策の支出を相殺できず

本予算案で見られた新しい提案の中には重要なものが盛り込まれ、アルバニージー労働党政権の改革アジェンダの歓迎すべきスタートとなりました。保育料を安くすることで労働参加を促し、オーストラリアの高齢者が働く際に年金受領を確保できる施策は称賛に値します。

有給育児休暇制度を延長し、父親のために「使わなければ失効する(use it or lose it)」 条項を含めることは、労働参加率を高め、職場と家庭において男女に平等な機会を与えるための有益な方法です。スキル人材が不足する分野において、職業訓練専門校(TAFE)で18 万件の枠を無料で設置するために10 億豪ドルを割くことは、オーストラリアのサービス経済の生産性を高めるのに役立ちます。学校への7億7,000万豪ドル、恵まれない学生のために2 万件の新規大学入学枠を設置するための4 億 8,500 万豪ドルも、労働力のスキル向上に寄与するでしょう。

新しい政策支出を相殺するための支出削減策も幾つかありました。25年、26 年までの 4 年間で、計画済みのインフラ建設の時期変更による65 億豪ドル、オーストラリア税務局の人員配置の改善による37 億豪ドル、多国籍企業が控除できる利息とロイヤルティ費用の削減による9 億 5,300 万豪ドル、外部委託、広告、出張、法律サービスにかかる公共サービス費用の削減よる36 億豪ドルが、この削減策に含まれます。

しかし、予算案では、24~25年から財政規律が緩み24~25年には新規歳出が新規歳入を20億豪ドル上回り、25~26年には新規歳出が歳入を74億豪ドル上回ります。この2年間で歳出額は増加し、GDPの27.1%に達し、1980年代半ば以降で最も高い比率となります。 これらの見通しを削減すれば、歳出の抑制に本腰を入れる姿勢を見せることができたでしょう。



赤字予想は縮小、しかし不十分

基礎的現金収支は3月予算案から大きく改善されました。22~23年の780億豪ドルの赤字予想は369億豪ドル減額され、23~24年の565億豪ドルの赤字は440億豪ドルに減額修正されました。これは、歳入が22~23年に596億豪ドル、23~24年に362億豪ドル上方修正されたことが主な理由です。コモディティ価格が財務省の予想価格を大きく上回っていること、労働市場が予想以上に好調であることから、この上方修正の強さは予想されていました。

24~25年以降は、コモディティ価格と労働市場の状況が正常化すると予想される一方、新たな政策措置の実施により歳出が歳入を大幅に上回るため、予算の状況は悪化すると予想されます。

財政引き締めの必要性が叫ばれているにもかかわらず、本年度は、前回の予算案以降14億豪ドルの追加歳入がありましたが、25億豪ドルの追加歳出で相殺され、コスト削減は行われませんでした。

 

負債は減少、一方で金利上昇による負債返済コスト上昇

基礎的現金収支の改善は、純負債の大幅な下方修正を伴っています。しかし、20年と21年に実施された新型コロナウイルス感染症関連支援により、純負債は依然として記録的な水準にあります。オーストラリア準備銀行がインフレ抑制のために金利を引き上げると、政府の金利コストが上昇します。

短期的には、純債務水準の低下により純利払い額の減少が見込まれますが、24年から25年にかけて純利払い額は増加し、同予算の財政見通し期間の最後にはGDPの1%に達すると予想されます。10年物国債の想定利回りは、選挙前経済・財政見通し(PEFO)の2.3%から、財政見通し期間中に3.8%に達すると上方修正されました。


より厳しい時代が到来

本年度のGDP成長率が3.25%になった後、財務省はコモディティと雇用の下方修正により、23~24年度には1.5%に大幅に減速すると予想しています。3月予算案から1%ポイントの下方修正となります。

 

現在の失業率は過去最低の3.5%に近いにもかかわらず、22~23年の失業率は3.75%でほぼ横ばいになると予想されます。23~24年には4.5%まで上昇し、その後、失業率は財務省が推定するインフレ非加速的失業率(NAIRU)の4.25%に戻ると予想されます。

 

国内外におけるインフレ圧力の高まりから、インフレ率は加速すると予想されます。インフレ率は、3月予算時の22~23年(6月四半期までの1年間)の3.0%から、本予算では5.75%に大きく上方修正されました。インフレ率は23~24年に3.5%に減速し、24~25年にはオーストラリア準備銀行の目標レンジに戻ると予想されます。

 

賃金は、労働市場の逼迫が示すよりも緩やかではありますが、ようやく持ち直すと予想され、22~23年の賃金価格指数(WPI)は3.75%増となり、3月予算での予想よりも0.5%ポイント速くなると予想されます。しかし、インフレ水準が高止まりすることを考えると、実質賃金は引き続き低下することが予想されます。

 

生産性の伸びは、30年平均の1.5%から1.2%に下方修正され、長期的に生産性の伸びが弱いという構造的な要因があることが認識されました。

良い点としては、財務省は21~22年の人口増加の予測を1.1%(3月予算では0.7%)に達するとし、22~23年と23~24年の予測は1.4%に引き上げました。海外からの移民の増加にけん引され、経済全体の多くのセクターにおける活動を制約している非常に厳しい労働市場に一定の緩和をもたらすでしょう。

 

構造的な予算問題により難しい決断が迫られている

政府が直面している現実は、財政見通し期間の最後には3月予算よりも悪化する構造的な赤字です。重要な制度、特に全国障害保険制度(NDIS)の費用は、ここ数年、大幅に上方修正されています。これらの制度の多くは、当面、GDPを上回る速度で費用が増加すると予測されます。

インフレはともかく、歳出が歳入を上回れば、予算案は、質の高い高齢者・障がい者ケアやさらなる防衛、インフラ支出に対する地域社会の期待と齟齬を来すことになるでしょう。

雇用・技能サミット(Jobs and Skills Summit)で掲げられた数多くの意義ある提案に沿って、生産性改革は少しずつ進んでいます。政府は今、財務省が次回の白書で発表する提案を真剣に受け止めなければなりません。また、生産性委員会が17年に発表した「Shifting the Dial」を受けて見直している改革にも取り組むべきです。

この10年の無策は、ヘンリー・タックス・レビュー(Henry Tax Review)が提示した概念とアイデアが、税制改革において今も重要であることを意味します。

政府が予算案の中でウェルビーイングと「何が重要かを測る」ことを議論したことは、非常に歓迎すべきことであり、将来的には支出の有効性とそのバリュー・フォー・マネーを判断するための意思決定に役立つでしょう。


サマリー

本予算案は、財政政策に関してオーストラリア準備銀行に難しい対応を強いるものではありませんでしたが、 われわれが期待し、経済が必要としていること、つまり政策を引き締め、インフレ圧力を取り除くものではありませんでした。新たな政策支出が、インフレリスクが最も高い本年度に集中しないよう、予算は慎重に調整されています。来年5月の予算に向けて、政府が改革のアジェンダへの取り組みを進めることを期待します。


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