オーストラリアの州予算案の分析:新型コロナウイルス感染症問題から、健康、スキル人材、インフラや気候問題への移行

オーストラリアの州予算案の分析:新型コロナウイルス感染症問題から、健康、スキル人材、インフラや気候問題への移行


オーストラリアの州・特別地域政府は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による非常事態を乗り切ることから、医療施設とサービスの再建や持続可能な経済再建へと重点を移しています1


要点

  • 州・特別地域政府の支出は新型コロナウイルス感染症により高水準になっていた支出が減少し、重点は非常事態の対応から移行している。しかし、パンデミックの影響は尾を引き、課題も残っている。
  • ほとんどの州は黒字への回帰を予測しているが、少なくとも今後2年間は赤字が続くと予想される。
  • 全体として、州・特別地域政府は、スキル人材不足、ジェンダー平等(gender equity)、ネットゼロへの移行に重点を置いている。

スキル人材不足への対応、ジェンダー平等の推進、ネットゼロへの移行はいずれも2023年度予算案で重点的に取り上げられているのが特徴です。同様に、インフラの支出も増加していますが、これは、冒頭で挙げた3つの目標とは必ずしも合致するものではありません。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うロックダウンの解除後、すでに経済活動が活発であるにもかかわらず、道路、鉄道、交通インフラの建設を進めることは、拡張的な財政政策に相当します。拡張的な金融政策も(急速に引き締められてはいますが)、景気浮揚に拍車をかけています。

州政府の支出は新型コロナウイルス感染症に伴う高水準な支出から減少し、ほとんどの州で黒字への回帰が予測されています。しかし少なくとも今後2年間は、ほとんどの州、特にニューサウスウェールズ州とビクトリア州(この2州を合わせると23年度と24年度の赤字予測の90%を占める)では、財政赤字が続くと予想されます。西オーストラリア州の予算は例外的で、高いコモディティ価格と予想以上に堅調な経済状況により純黒字を記録しています。

しかし、州政府による高水準の支出と戦後最大となった連邦政府の赤字は、公共部門の経済活動が例外的に活発であることを意味しています。このことは、経済がフル稼働している今となっては、政府と民間企業が資本と労働力を競い合うことで、民間企業が押し出される危険性があるという問題をはらんでいます。


21/22年:未知数の年

22年度を振り返ると、オーストラリアは数々の予期せぬ課題に直面しました。デルタ株とオミクロン株の流行によるロックダウン、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種展開の遅れ、供給網の混乱とスキル人材不足、東海岸の大洪水、ウクライナ情勢、加速するインフレなどです。

デルタ株によるロックダウンは政府にとって群を抜いて大きなチャレンジでした。その影響は22年度の経済試算に表れています。ビクトリア州、ニューサウスウェールズ州、タスマニア州、南オーストラリア州はいずれも、22年度の州内総生産(Gross State Product :GSP)の見積もりを下方修正しました。

もう1つの課題は、インフレ率の大幅な上昇です。すべての州および特別地域で消費者物価指数(CPI)の見通しが大幅に上方修正されました。1~3月四半期の全国年間インフレ率は5.1%でしたが、主要な州都では4.4%(シドニー)から7.6%(パース)の間で推移しています。オーストラリア準備銀行はインフレ抑制に動き、過去3カ月間にキャッシュレートを1.35%に引き上げ、さらなる引き上げも予想されています。

これにより、消費者にとって生活費の維持が最重要課題となりました。21年6月以降、インフレ率が賃金の伸びを上回っているため実質賃金は低下しており、14年12月の水準まで下落しています。 これに対して、政府からの高水準の財政支援と、ロックダウン中の支出減少によって家計のバランスシートが改善したことで、生活費の高騰と金利上昇による家計への圧力を多少緩和できると期待されています。

州政府には、電気代や生活費に対するリベートや、数年間凍結または上限が設定されている公務員の賃金の引き上げといった救済措置を実施するよう圧力がかかり、また、洪水被害復旧のための費用も予想外に必要となりました。

しかし、22年度はポジティブな点も多くありました。

長期にわたるロックダウンにもかかわらず消費者が粘り強かったこと、労働市場が堅調であったこと、政府が支出に前向きであったことなどが、経済成長を下支えしました。経済の傷跡は最小限にとどまったようで、各州の予想失業率は下方修正されました。

 

新型コロナウイルス感染症関連支援策による歳出の増加

ロックダウンと政府支出の増加により、19年度から22年度にかけて、州・特別地域当たり平均29%、ニューサウスウェールズ州は50%、ビクトリア州は43%の支出増となりました。このため、両州の財政赤字は増え、歳入の増加はその影響を一部しか補えていません。22年度から24年度にかけて、両州の財政赤字は従来の予想よりはるかに大きくなるとみられます。

一方、西オーストラリア州は、力強い経済成長とコモディティ価格の上昇を背景に、21年度には過去最高の黒字財政となりました。そのため、西オーストラリア州政府は純債務残高を大幅に削減し、格付けAAA(トリプル・エー)を回復することができました。

州・特別地域の22年度の純債務は、西オーストラリア州を除き、21年度に比べて増加する見込みです。しかし、22年度の純債務の増加分は、前回の予算で想定されていたよりも少ないと推測され、各州の借入金は予想よりも抑えられることになります。これはコモディティ価格が一部関係しており、クイーンズランド州や西オーストラリア州などの鉱業の盛んな州では、22年度のロイヤルティがそれぞれ29億豪ドル、28億豪ドルと大幅に増加する見込みです(年央経済・財政中期見通しとの比較)。また、デルタ株とオミクロン株によるロックダウンにもかかわらず、労働市場が以前の予想よりはるかに堅調で、税収の増加に貢献していることも要因の1つです。 

タスマニア州の対GSP純債務比率は9%と最も低く、北部準州(ノーザンテリトリー)の23%は最も高くなっています。連邦、州、特別地域の純債務を合計すると、オーストラリアの債務残高の対GDP比は41%で、26年度には57%まで上昇すると予想されます。しかし、これは国際比較ではまだかなり低い水準です。


州財政に対する圧力への対処

多額の財政赤字を抱える州・特別地域政府にとって、財政の持続可能性は引き続き重要な優先事項です。すべての州政府は、26年度までに黒字化する見通しを立てていますが、ビクトリア州はその実現に最も長い時間を要するでしょう。しかし、州政府による財政刺激策は、最大の州であるニューサウスウェールズ州とビクトリア州が主にけん引し、相対的に高い水準で推移することになります。

一方、西オーストラリア州は、過去5年間の収入増と厳格な支出抑制により、財政見通し全体では過去最高の財政黒字を記録しています。また22/23年度には、ほとんどの州で経済支援のための短期的な新型コロナウイルス感染症関連の救済措置が終了するため、支出が減少すると予想されます(クイーンズランド州を除く)。

一部の州は、財政の持続可能性を支援する政策を導入しています。ニューサウスウェールズ州政府は、持続可能な債務レベルを維持するために、歳入増加策(賭け金課税〈betting tax〉や外国人投資家土地税サーチャージの引き上げなど)と、歳出削減策(上級官僚の賃金上昇抑制や公共部門の運営経費を数年にわたり効率化によって最大3%削減する制度〈efficiency dividend〉など)の両方を導入しました。これらの施策により、20億豪ドルの削減を見込んでいます。

ビクトリア州は効率化策を継続し、またVicRoads(旧ビクトリア州道路および交通局)を一部民営化して、借入金を相殺するためのフューチャーファンドを設立しています。

クイーンズランド州は、石炭価格上昇の恩恵を受けるため、石炭に3段階の累進的なロイヤルティ制度を導入し、将来見通しで12億豪ドルを追加で生み出すと試算しています2

生活費の高騰により、州・特別地域政府に対して公務員の賃上げの圧力がかかっています。賃金の伸びは予想より鈍く、特に公共部門の賃金の引き上げは遅れています。賃金価格指数は3月までの1年間で2.4%上昇しましたが、公共部門の賃金は2.2%の上昇にとどまっています。これはインフレ率の高い環境では、実質賃金の伸びがマイナスであることを意味します。賃金は歳出の約30~40%を占める最大のコストであることから、賃金の上昇が政府の財政状態に対する最大のリスクとなります。

多くの州政府は、公共部門の賃金上昇に上限を設けることで抑制しようとしており、ニューサウスウェールズ州は最も寛大な3%の賃金上昇で、西オーストラリア州(賃金上昇の上限を年間1,000豪ドルに設定)、クイーンズランド州、タスマニア州が2.5%でそれに続きます。ビクトリア州は賃金上昇率の上限を2%から1.5%に引き下げ、北部準州は4,000豪ドルの一時金を支給しています。これらの賃金上昇は現在のインフレ率をはるかに下回っており、このため各地で労働争議が起きています。

 

医療とインフラに対する重点的支出

オーストラリア全土の医療システムは、高水準の需要と職員の一時帰休により、継続的な圧力に直面しています。このことは、多くの州で救急車の出動件数が過去最高水準で増加していることからも明らかです。このため、各州と特別地域は、22/23年度予算に合計450億豪ドル(北部特別地域の6,000万豪ドルからクイーンズランド州の230億豪ドルまでの追加資金)を計上し、医療分野への大幅な資金増額を決定しました。この支出の多くは、システムへの圧力を緩和したり、キャパシティを増やすためのものですが、多くの州でこのセクターがスキル人材不足に直面していることを考えると、これらの構想が最前線の現場の業務に反映されるには、しばらく時間がかかると思われます。

各州・特別地域は記録的なインフラ投資を行い、景気回復を後押ししています。道路、鉄道、輸送インフラを中心に、3,000億豪ドルを超えるインフラ投資が控えています。建設市場がサプライチェーンの混乱やスキル人材不足のためキャパシティ不足に陥っているときに、大量のプロジェクトが実施されることは、州政府にとってコスト上昇と納期遅延の両方のリスクを伴います。 

 

スキル人材不足を解消するための移民政策

すべての州と特別地域で労働市場が好調なため、スキル人材不足に関連する制約が発生しています。今年6月のオーストラリア統計局(ABS)の報告によると、従業員を雇用している企業の31%が、適切な従業員を見つけるのに苦労しているとのことです。

パンデミック時の国境閉鎖の影響が積み重なり、オーストラリアは累積49万4,035人の移住移民労働者不足に直面しています。現在、州境、国境ともに開放されていますが、純移民数はゆっくりとしか回復していません。その上、パンデミックによる混乱、ビザ申請数の多さ、ブリッジング・ビザで動きが取れなくなっているケースが記録的であることから、大幅な遅れが生じています。短期就労ビザの承認プロセス日数の中央値は、3月時点の53日から現在は83日に伸びています。

ほとんどの州政府は、スキルおよび労働力開発への投資を続けていますが、現在のスキル人材不足に的を絞った政策イニシアチブを導入している州もあります。西オーストラリア州政府は、1億9,500万豪ドルのリコネクトWAパッケージを設立し、対象となるワーキングホリデービザでの滞在者に、特定地域での就労と旅行のために2,100豪ドルを支給しています。これには、最長6週間(オーストラリア人の場合は12週間)の1泊当たり40豪ドルの宿泊費と、旅費に対する最高500豪ドル・1回限りの補助金が含まれます。このパッケージには、西オーストラリア州に留学生を呼び込むための2つの新しい奨学金プログラムも含まれています。

その他の主要施策としては、クイーンズランド州が1,500万豪ドルを拠出した、柔軟な産業戦略を策定して企業がより多様な従業員を雇用できるよう支援する新興産業向け職業訓練イニシアチブ(VET Emerging Industries initiative)があります。このイニシアチブは、前回予算におけるSkilling Queenslanders for Workプログラムを拡張したものです。他に、ニューサウスウェールズ州の地方投資誘致制度には、主要部門のスキル格差に取り組み、雇用を創出するために1億4,500万豪ドルが拠出されます。


ジェンダー平等への一歩となる幼児教育改革

ジェンダー平等は、いくつかの州の予算における重要な特徴の1つです。パンデミックの初期は、女性がより多くの影響を受けていましたが、幸いなことに労働市場の回復は、比較的男女均等に進みました。現在、女性は経済回復をリードしており、パンデミック前と比較して、雇用、労働時間、労働参加率が堅調に増加しています。

 

しかし、まだ長い道のりがあります。世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2021」によると、オーストラリアは女性の経済参加率でカザフスタンやタンザニアなどに次いで70位にランクされています。女性の平均賃金は男性の86%で、これはオーストラリアの男女賃金格差が14%であることを意味します3

 

ジェンダー平等の恩恵は、経済全体で受けることができます。ビクトリア州政府の調査によると、ジェンダーによる雇用格差が解消されれば、オーストラリアのGDPは11%成長し、指導的地位に女性が30%以上いる企業は、15%収益性が向上することが分かっています。さらに、女性の参画率が高まれば、一般的に言われているスキル人材不足の解消にもつながります。

 

各州の予算には、ニューサウスウェールズ州とビクトリア州を筆頭に、ジェンダー平等の面で歓迎すべき政策がいくつか盛り込まれています。オーストラリアの2大州は、今後10年間で150億豪ドルを投じて、4歳児と5歳児に1年間の学校教育を新設するなど、幼児教育を改善します4。 この改革により、女性に多い育児の主な担い手が早期に仕事に復帰する、あるいはより早い段階でもっと多くの時間を仕事に割り当てることになるでしょう。ニューサウスウェールズ州では、30年から開始され、いわゆるキンダーガーテンの1年前に該当します。ビクトリア州では、25年から開始され、いわゆるプレップの前年に当たります。

 

その他の主な取り組みとしては、ニューサウスウェールズ州が、現在費用のかかる不妊治療を含む女性の健康のために1億2,000万豪ドル、ビクトリア州が女性の健康全般の改善への取り組みに9億4,000万豪ドルを投じたものがあります。ビクトリア州は、すべての公共政策と投資についてジェンダーへの影響を考慮するジェンダー対応予算の導入を決めた最初の州でもあります。また、南オーストラリア州は中小企業の女性支援に400万豪ドル、タスマニア州では、指導的立場にある女性の促進を含むジェンダーの多様性を高めるために380万豪ドルの資金提供、クイーンズランド州では家庭内暴力を含む女性の安全に関する一連の改革を導入するために3億6,300万豪ドルの資金提供を行います。


引き続き注目する気候変動

各州政府は、オーストラリアがパリ協定の下での目標を達成できるよう、気候変動に対して積極的に行動する姿勢を示し続けています。各州は、再生可能エネルギー発電と蓄電への投資を拡大し、移行を支援してプロジェクトを支えるため産業界に助成金とリベートを提供することに重点を置いてきました。

ニューサウスウェールズ州では、石炭から再生可能エネルギーへの転換を支援するため、再生可能エネルギー地帯に12億豪ドル、南オーストラリア州ではグリーン水素関連施設の建設に5億豪ドル、クイーンズランド州では再生可能エネルギーおよび水素のプロジェクトを支援する基金(Queensland Renewable Energy and Hydrogen Jobs Fund)の20億豪ドルから、複数の再生可能エネルギープロジェクトに対し約2億5,000万豪ドル、西オーストラリア州では気候行動基金(Climate Action Fund)に5億豪ドルなどの、大口プロジェクトが予定されています。資金不足を補うための措置として注目されているものとして、クイーンズランド州政府は22年7月1日から累進的な石炭ロイヤルティ制度を導入しており、これは事実上、石炭から再生可能エネルギーへの移行を加速させる可能性があります。

 

結論

全体として、州・特別地域政府はスキル人材不足、ジェンダー平等、ネットゼロへの移行に重点を置いています。政策の早期実行を優先させて、州間の支出をもっと調和させることもできたはずです。

移住移民労働者に関連するスキル人材不足については、ビザ手続きの遅延を低減し、ビザの種類を増やすことができるのは連邦政府だけであるため、各州はやや制約を受けています。最近発表された9月の雇用と技能のサミットは、スキル人材不足に国レベルで取り組むための歓迎すべき機会です。州はまた、熟練労働者の持続的なパイプラインを確保するために、将来の職業訓練政策を調整する必要があります。

ほとんどの州は、気候変動対策や再生可能エネルギーへの移行を支援するための資金を提供していますが、オーストラリアが直面しているエネルギー問題に取り組むためには、より多くの協調が必要です。


参考
  1. オーストラリア首都特別地域を除くすべての州・特別地域の23年度予算が発表された。
  2. 従来、ロイヤルティの上限は1トン当たり150豪ドル以上では15%だったが、新たな段階制では1トン当たり175豪ドル以上で20%、225豪ドル以上で30%、300豪ドル以上で40%が適用される。
  3. Australian Bureau of Statistics; Gender Indicators, Australia; Released 15/12/2020; Reference period 2020; www.abs.gov.au/statistics/people/people-and-communities/gender-indicators-australia/latest-release
  4. ビクトリア州政府の発表は、22/23年度予算の発表に続いて行われた。

サマリー

オーストラリアの州・特別地域政府は、新型コロナウイルス感染拡大による非常事態を乗り切ることから重点を移しているにもかかわらず、財政刺激策は比較的高い水準で推移しています。パンデミックは医療システムのキャパシティに影響を与え続け、資金調達を必要とし、州政府は大規模なインフラプロジェクトのパイプラインに取り組み続けています。経済的な制約とコスト上昇の中で、州財政の持続可能性を脅かす可能性のある課題は引き続き残っています。


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