EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
引き続きエネルギー移行が鉱業・金属セクターに創造的破壊(ディスラプション)をもたらしており、今年のビジネスリスク&オポチュニティ トップ10のランキングにもその影響が見られます。鉱業にかつて反対していた人々ですら、鉱物・金属の供給拡大なしに、グリーンエネルギーへの移行は実現しないことを今では認識するようになりました。
しかし、急増する需要に応える以前に、鉱業・金属セクターはまず、手堅い投資方針を維持しつつ、高まるステークホルダーの期待に応えながら、持続可能な鉱業を実現するという3つの課題を克服しなければなりません。鉱⼭事業者が最も重視しているのは価値を最⼤化することです。このことは、成⻑を加速させるために事業者が取り組んでいるポートフォリオの再編と複数の資⾦調達先の確保に表れています。しかし、セクターが激しく変化する中、鉱山事業者は新たなリスクとオポチュニティにも着目しなければなりません。トップ10に「資源および埋蔵量の枯渇」と「新規プロジェクト」の2つが新たにランクインしたことで、戦略的リスクが高まっていることが浮き彫りになりました。
今回の調査でトップ10圏外となったのは「ガバナンス」「サイバーセキュリティ」「デジタル」「⼈材」です。この4つが外れたことには、いささか警鐘を鳴らすべきと⾔えるでしょう。多くの企業にとって、サイバーセキュリティやデジタルがもたらすリスクとオポチュニティは、今やビジネスに付きものであり、特別に注意を払う必要がないほど⼀般的なものとなりました。しかし、ガバナンスの優先順位が下がったことは予想外でした。規制当局の監視が比較的弱い可能性のある国で鉱山事業者が新規プロジェクトを進めていることを考えると、憂慮すべき事態と言えるかもしれません。そして、「人材」が圏外になったことは、このセクターの未来を支える人材の確保と定着が大きな課題となっている今、特に大きな不安材料です。
迅速な変革の実現が急務であり、2025年は鉱山事業者が行動を起こすべき時であることを意味しています。現在のビジネスモデルの見直しや調整、新たなビジネスモデルの検討を行い、このセクターが持続可能かつ最適な方法で需要を満たすことを可能にするパートナーシップとイノベーションを推進する時が来ているのです。
投資家は⼿堅い投資⽅針の維持とリターンを重視しており、鉱⼭事業者の投資資⾦の配分⽅法に対する意識はますます高まってきています。
こうした状況を背景に、企業はM&A(合併・買収)で成長の加速と価値の拡大を図り、非中核資産や高成長資産の分社化を進めています。最近のEY CEO Outlook Pulse調査では、鉱業・金属セクターの回答者全員が、今後12カ月間に何らかの取引(トランザクション)を行う予定があると回答しました。今回のビジネスリスク&オポチュニティ トップ10で調査対象となった企業は、資金調達先の拡大も図っていると答えており、検討中の資金源は平均で4つでした。
厳しいマクロ経済状況が続くことが予想される中、大規模プロジェクトのリスクを軽減するために、鉱業企業がパートナーシップやジョイントベンチャー、企業統合を検討したいと考えていたとしても不思議はありません。しかし、このセクターの資金調達アプローチを根本的に変えて、利回り以外にも目を向けるとともに、資金を長期的価値の創造に投じなければ、需要を満たす上で必要な投資を行うことができるとは思えません。
環境・社会・ガバナンス(ESG)の中で、環境は鉱業企業が特に重点を置く領域です。それは、環境⾯でポジティブなレガシー(遺産)を次世代に遺す取り組みが⼤幅に増えていることが裏付けています。廃棄物と⽔の問題は依然として優先課題であり、EYの調査結果からも、鉱⼭事業者が価値を獲得するために⾰新的なプロジェクトを推進していることが分かっています。
2030年までに自然の喪失を食い止め、反転させることを目指すネイチャーポジティブへの取り組みが国際金属・鉱業評議会(ICMM)主導で進められており、今回の調査回答者のほぼ半数も、ネイチャーポジティブの義務を果たすことに自信があると回答しています。知見や持続可能な土地管理の経験を持つ先住民コミュニティは、こうした目標を達成するに当たっての重要なパートナーです。地球の4分の1は先住民コミュニティが管理していると推定されており、こうした地域は他の地域に比べて環境面で良好な状態にあります1。
資源ナショナリズムが引き続き高まっており、税制や所有権に影響を及ぼしています。エネルギー移行の実現に必要な大型プロジェクトを促すには、政府が現在の国の歳入目標と長期的メリットとのバランスを取る必要があるでしょう。
国や地域によっては、鉱山事業者が他とは異なるプロジェクトへのアプローチを検討する必要があるかもしれません。例えば、現地企業とのジョイントベンチャーやライセンス供与は投資のリスク軽減につながります。
鉱業企業は重要鉱物・金属を採掘し、その利用を最大化する新たな方法を開発しながら、急増する需要に応えると同時に、環境保護も行う必要があります。
さまざまな要因が絡み合い、この問題を複雑なものにしています。鉱石品位の低下が採掘コストの上昇を招き、探鉱予算は増加したものの、コストも上がり、鉱脈の発見件数が減っています。
鉱業企業は、探鉱技術を高め、生産性を向上させることができるテクノロジーへの投資を含めた、さまざまな解決策を検討しているところです。例を挙げると、浸出技術は従来のプロセスより、低品位鉱石から多くの金属を回収することができます。例えば、Rio Tinto社のNuton技術では、最大85%の回収率を達成することが可能です2。
地域社会への影響と先住民の信頼を高めることは、鉱山事業者や投資家にとって依然として重要な課題となっています。世界中の地域社会および政府は、鉱山事業者が地域社会への更なる支援を進め、将来に向けてポジティブなレガシー (遺産)を残すよう期待しています。
企業が先住民コミュニティをパートナーと位置付け、その地位向上を図るということは、長期的な関係の土台を築き、ブランドの強化を図ることにほかなりません。鉱山の閉山もまた、地域社会との関係を強化し、ポジティブなレガシーを残す好機ですが、これを重視している回答者はわずか5%です。
鉱山事業者は、人件費とエネルギーコストを中心としたコスト高に相変わらず直面しています。技能人材の不足で人件費の上昇が深刻化して、生産性に影響を及ぼしており、技能不足の人材が作業を担うことで、安全リスクが高まる可能性があります。
回答者のうち3分の1以上が、ESGを重点に置くこと(と法規制上の義務を果たすことを求める圧力の増加)により、生産性が妨げられていることに同意すると回答しています。このことから、環境指標(炭素強度など)を広範な生産性の尺度として導入することが、鉱業企業にとってより有益となることが浮き彫りになりました。
スコープ1・2の排出量に厳しい目が向けられる中、削減目標達成に対する鉱業企業の自信も高まっています。その一因はおそらく、脱炭素化の取り組みが順調に進んでいることが考えられます。再生可能エネルギーの利用などにより、採鉱場の排出原単位は2020年から約10%減少しています3。
⼀⽅、ネットゼロ⽬標はまた別の話です。多くの企業が低炭素⾦属の⽣産を試験的に実施していますが、このテクノロジーはコストの問題に加え、⽔素電解槽の容量不⾜などにより、依然として商⽤化は難しいのが現状です。例えば、⽔素を使⽤して1トンの鉄鋼を⽣産するには、連続運転で約300メガワットの電解槽容量が必要ですが、現在の世界の総容量はわずか1ギガワットに達したばかりです4。機器メーカーとの提携が、排出量削減に欠かせない、革新的なテクノロジーのスケールアップを加速させる一助になるかもしれません。
今後30年間で、⼈類が過去7万年間に採掘した量を上回る鉱⽯を採掘する必要があります5。需要ギャップを埋めるには、新規プロジェクトに対する、複雑な障壁を克服する必要があります。規制に関連する煩雑な⼿続きで、プロジェクトのリードタイムが⻑期化しています。コストの⾼⽌まりで新規鉱⼭開発に多額の資⾦投⼊が必要となり、また熟練労働者不⾜によってプロジェクトを適時に実施することが難しくなっています。これに加え、⼀部の市場での鉱⼭使⽤料や税⾦の上昇が、新規プロジェクトの障壁となっています。
鉱山事業者は多様なアプローチで、こうしたハードルの克服に取り組んでいます。プロジェクトの初期段階にステークホルダーとのつながりを深めて対立を解決し、許認可を迅速化することもその1つです。サプライチェーン全体を統合することで、探鉱から生産までの活動が合理化できると同時に、より正確な需要計画を可能とすることができます。
より多くの価値を追求して、鉱業・⾦属事業者はビジネスモデルの⾒直しを進めていますが、その多くが重視しているのはサステナビリティに関するビジネス機会です。調査回答者のほぼ半数が、リサイクルを業務に組み込む⽅法を検討しています。その⽅法となる可能性があるのは、スクラップのより有効な活⽤や回収ネットワークの構築などです。
脱炭素化の加速と新たな収⼊源の確保を⽬的に、バリューチェーン全体の統合を模索している企業もあります。例えば、製錬に投資を⾏えば、鉱業企業は排出量を管理しやすくなり、よりクリーンでプレミアムな製品を提供して、新たな機会を⽣むことができます。また、現地でパートナーシップを組めば、⻑期的な企業価値や社会的価値を構築できます。
特に資源の枯渇、コストの上昇、⼈材の不⾜、環境への圧⼒の⾼まりに伴い、持続可能で費⽤対効果の⾼い大規模な鉱業にはイノベーションが必要です。
回答者の半数以上が今後12カ⽉間にイノベーションへの投資拡⼤を⾒込んでいますが、その多くはリスクの低いプロジェクト(すなわち加⼯)に集中しています。新たな鉱脈の発⾒が必要であるにもかかわらず、探査と採掘のイノベーションが⼤きなインパクトを与える分野であると答えた回答者はわずか30%です。
イノベーションを通じた連携は不可⽋です。鉱業セクターと業界団体、他セクターとのパートナーシップが、経済⾯とサステナビリティ⾯に多⼤なメリットをもたらす可能性のあるブレークスルーにつながってきました。このセクターが他セクターと連携する興味深い事例がいくつかあります。その1つが、Rio TintoとBHP、Caterpillar、コマツが連携してピルバラ(⻄オーストラリア)で⾏った、バッテリー式電動大型ダンプ技術に関するテストです6。ただ、こうした有望な取り組みが進められているとはいえ、調査回答者の50%はこのセクター内のイノベーションを推進するための連携が⼗分でないと考えています。
2025年度の鉱業・金属セクターのビジネスリスク&オポチュニティ トップ10が示すところによると、当該セクターはエネルギーシステムの変化を受けて急増する需要に応えるために必要な変革を受け入れる準備を整えていることが分かりました。事業の大規模な変革を行う鉱山事業者は、確実に未来を切り開き、新たな価値を創造する取り組みを加速させ、競争優位性を獲得することができます。
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