EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
今年のランキングでは、2024年は鉱山事業者が複雑な経営環境に直面するであろうことが浮き彫りになりました。課題は山積みでしょうが、このセクターは歴史的にもレジリエンスを発揮してきました。鉱業・⾦属企業が、新たな可能性を見いだし、今後12カ月間にさらなるイノベーション、コラボレーション、アジリティが見られるとEYでは予想しています。一見すると、鉱業・金属セクターのビジネスリスク&オポチュニティのランキング - 2024(PDF)は過去数年から大きく変わっていません。しかし、ESG(環境・社会・ガバナンス)や操業許可をはじめとした長期的優先課題となった項目がある一方で、このセクターの新たな難題を反映した項目もあります。
EYが実施した調査によると、あらゆるステークホルダーグループが、特にESG問題への関心を高めています。こうした期待は続くことが予想され、鉱山事業者は今後、ESGの優先課題と、生産性向上などそれ以外の事業目標のバランスを取ることが求められることになります。多くの事業者が数々のESGファクターにわたってネットポジティブの実現に力を入れています。その背景には、この取り組みに成功した事業者は、資金調達のしやすさ、人材パイプラインの健全化、より強固な操業許可(LTO)の確保などの大きなメリットを期待できることがあります。
エネルギー移行に不可欠な鉱物・金属の探鉱と開発を推進するための投資や、インセンティブを巡る競争がこのセクターで起きていることから、資本がランクを上げました。2050年にネットゼロを実現するには、投資期間を延ばす必要があるという認識に後押しされ、収益重視の短期的な視点から、長い目で価値を見いだす視点に移行する動きが見られるようになってきました。
鉱山事業者が、生産性を高められるデジタルツールの導入に注力する中、インフレによる圧力が技術開発を加速させています。急速なデジタルトランスフォーメーションにより、その重要性が浮き彫りとなっているサイバーセキュリティが、今年初めてランクインを果たしました。供給の不安定化が、循環型経済の原則の組み込みを検討するきっかけとなっており、鉱山事業者の廃棄物最少化に対する意識も高まっています。
経営幹部は、サステナビリティ問題についての理解を深めたと言っていますが、だからといって、全ての分野を同時に対処できるわけではありません。ESG問題は複雑さと相互の結び付きを増しており、この問題に対処するには、規制への対応とコスト管理の先を行く発想が必要です。一方経営層は、ある分野への投資が別の分野で問題を招くのではなく、真の付加価値を生むことを求めています。詳細なシナリオプランニングは、優先順位付けや、潜在的なトレードオフを見極める一助となり、鉱山事業者が現実的でポジティブな影響を長期的に創り出す上でも役立ちます。
信頼が課題であるとき、透明性が鍵となります。鉱山事業者は、単に規制面の期待に応えるだけでなく、その一歩先を行き、地域社会や投資家にもたらしている非財務価値を、明確に伝える能力を高める必要があります。鉱山寿命を超えて残すレガシーについて、より大きく大胆なビジョンを策定し発信することで、会社が掲げる社会へのコミットメントを明示することができます。
今年の調査で浮かび上がったESGリスクの多くは目新しいものではありません。変わったのは、複雑さの度合いが増し、投資家の注目度が高まっている点です。このことは、より意欲的な⽬標設定やイノベーション、情報開⽰の透明性向上に拍⾞をかけるとEYは考えています。
出所:世界の鉱業・金属セクターのビジネスリスク&オポチュニティ トップ10 - 2024の調査データ
*回答者は複数回答の選択が可能
ESGの課題の多くには、さまざまなリスクと機会が混在しています。企業は、水資源管理からエシカル(倫理的な)サプライチェーンや鉱山閉鎖まで、幅広い課題に取り組んでおり、回答者が「略語だらけ」と称する規制や、継続的なデータ整合性に関する課題を乗り越えようとしています。調査対象となった鉱山事業者の41%が、デジタル関連の優先事項に、ESG指標を追跡し報告するプラットフォームを挙げました。鉱山事業者が、誤った情報開示を避け、資源を最大限活用するためには、質の高いESGデータの精査と、適切な承認とプロセスを確保する強力な統治体制および管理が必要となります。
エネルギー移行に不可欠な、銅、リチウム、ニッケルなどの鉱物・金属の需要が高まり、これを満たすために必要な鉱業・金属部門への巨額投資の資金を確保する競争は始まっています。市場も反応していますが、今年、債券と株式による調達資金は、前年並みにとどまっています(2022年同期の1,830億米ドルに対し、1,780億米ドル)。資本はエネルギー移行だけに使われるのではなく、新たなコモディティ市場にも流れているようです。
資本のほとんどを引きつけているのは相変わらず鉄鋼企業や金製造事業者、石炭企業ですが、ニッケルやリチウムへの投資も増えてきました。探鉱予算が増えており、探鉱場所として人気があるのはリスク評価の低い米国やカナダ、オーストラリアです。
鉱業・金属セクター全体を見ても、手堅い投資方針を維持している企業は多く見られ、鉱山事業者上位30社の年平均株主還元率は、2019年から2022年にかけて22%増加しました。一方、鉱山事業者は今後、継続的な経済利益の確保と、デジタル、脱炭素、ESGへの投資拡大のバランスを取る必要が出てくるでしょう。また、難しい決断を迫られる中、投資家との密なコミュニケーションが不可欠となるでしょう。
人々の企業に対する期待は高まっており、事業を展開する地域社会にもっと貢献することを求める声が上がっています。調査回答者の64%が、2024年に投資家が厳しい視線を注ぐESGファクターのトップに、地域社会への影響を挙げていました。経営幹部は、サステナビリティ関連の問題について年を追うごとにかなり理解を深めてきたと言っていますが、全ての問題に同時に取り組むことはできないことを認識しています。大きなポイントとなるのは、現実的で継続的な影響を生むために、何を優先すべきかということです。「より幅広いステークホルダーが関与し、より幅広い課題が生じていることから、操業許可(LTO)の取得はますます難しくなっています。鉱山寿命を超えた価値に長期的な焦点を当て、地域社会と協力して解決法を開発することが重要です」とEY Global Mining & Metals LeaderのPaul Mitchellは話します。
地域社会と積極的に交流し、彼らのニーズを把握した上で、そのニーズを満たす価値を提供することは、施策の優先順位付けに役立ちます。また、地域社会のリーダーとオープンかつ密なコミュニケーションを取っている鉱山事業者は、忠誠心の強い従業員が多く、ストライキが少ないようです。
気候変動は、鉱山事業者にとって複雑な問題です。エネルギー移行に必要な鉱物を提供しながら、温室効果ガス(GHG)の排出量の削減も図らなければなりません。
ネットゼロに向けた取り組みは、このセクター全体で進んでいますが、今回の調査回答者の中には、中間目標達成の難しさを認める人もいました。多くの鉱山事業者が、脱炭素化を加速させる技術革新を起こすために、エコシステムやパートナーシップを構築しています。政府の支援と再生可能エネルギーのコスト低下により、再生可能エネルギー契約と太陽光発電や風力発電への投資が増加しています。多くの鉱山事業者が、スコープ2のGHG排出量削減のためにグリーン電力を調達していますが、グリーンエネルギーの大規模な確保は難しくなっています。
鉱山事業者は、日々の生産性や労働安全衛生に気候事象が与える影響の拡大にも備えなければなりません。先日の森林火災の被害を受けたカナダのある鉱山事業者は、将来の災害等事象に対するより良い備えを検討しているとして、次のように述べました。「気候変動に対応するため、作業を停止する期間を1年間に2日設けることを検討しています。これは、今後の展開としては悪くないでしょう」
鉱山事業経営者たちは、コストを削減し、生産性、安全性、ESG の成果を向上させるような事業全体でのデジタルソリューションに対する需要によって、データとテクノロジーへの投資が急増すると予想しています。調査回答者は、生成AIの可能性に期待しており、特に鉱物回収を最適化できるような新テクノロジーを探し求めています。鉱業・金属セクターのトランスフォーメーションを加速し、イノベーションを推進するような連携およびパートナーシップの強化を求める人も多くいます。
鉱山事業者は豊富なデータを蓄積していますが、多くの場合、その豊富な情報の管理と、そこからの知見の抽出に苦慮しています。また、テクノロジー導入に対する統合的なアプローチに欠けるケースが多く、テクノロジーの導入が自社にもたらし得る価値を制限してしまっています。あるCIOは次のように話していました。「CIOとして私たちが真剣に向き合うべきはソリューションではなく、問題です。現場作業員の立場になって考え、その実情を真に理解しなければ、その日常業務のさまざまな側面を変えることはできません」テクノロジーの導入とその成否状況は鉱山事業者によって異なります。今回の調査の結果から、現場レベルで新たなテクノロジーの利用を推進している組織が最も大きな成果を上げていることが明らかになりました。
インフレ率が低下してきたとはいえ、エネルギーコストと人件費を中心にコストは高止まりしています。最近までは物価の上昇が利益率を下支えしていましたが、現在は2019年の水準に近づき、金融ストレスの兆候がいくつか見られます。
出所:EY analysis of S&P Global CapitalIQ Pro data.
金利の上昇、脱炭素化プログラムのコスト、カーボンプライシング制度などの増加も影響を及ぼしています。短期的な利益だけでなく、長期的価値も念頭に置いてコストを管理する必要があります。
このセクターには依然として問題に取り組むための体系的なアプローチが欠けており、局所的に最適化されたソリューションが選択されていますが、それは他の場所で生産性を低下させる傾向があります。人を中心に据えてテクノロジーを活用したエンド・ツー・エンドのソリューションは、鉱山事業者がバリューチェーン全体の問題点を洗い出し、それに対処する一助となります。
エネルギー移行に必要な鉱物・金属の獲得競争を受け、各国・地域政府はインセンティブ施策と規制策を新たに打ち出しました。米国のインフレ抑制法やEUの重要鉱物法(Critical Minerals Act)など、各国・地域が現地投資を奨励する動きを見せる中、鉱山事業者は今後、政府による介入というリスクを管理しながら新たな機会をうまく生かせるよう、アジリティを十分に高める必要があります。一部の国・地域の鉱山事業者は、資源の国有化と増税、鉱山使用料の引き上げ、規制の強化により、経営環境が厳しさを増すことを覚悟しておかなければなりません。
出所:EY analysis of public sources of information.
サイバーが2020年以来3年ぶりにランキングに返り咲きました。情報技術(IT)とオペレーショナルテクノロジー(OT)の普及と、デジタルトランスフォーメーション、リモートワークの浸透に、ウクライナ情勢が加わり、サイバーインシデントが急激に増えています。
現在では全ての鉱山企業が当たり前のようにデジタル化されています。相互に接続された広大なデジタル環境の中で事業を運営し、攻撃対象領域が拡大しています。EYが先ごろ実施した調査の結果では、鉱業・金属セクター経営幹部の74%がテクノロジーの統合が主要な課題であると回答したのに対して、全セクターでは37%にとどまりました。
知的財産を標的としたサイバー攻撃を心配する鉱業企業のリーダーが増えていますが、ESG投資の増加に伴い、こうした懸念も高まるとEYはみています。これらをはじめとするリスクを常に把握しておくには、リスクに対する取締役会の関心を高める必要があります。ところが、EY Global Board Risk Survey 2023の結果によると、自社が直面している最大のサイバーリスクを把握していると自信を持って言える取締役会は40%しかありません。「信頼性とレジリエンスを備えた事業運営を計画するには、現在のサイバーリスクの全体像と新たなテクノロジーがもたらす脅威を理解することが不可欠です」と筆者であるMitchellは指摘します。
鉱山事業者は、規律と利益を維持しながらビジネスモデルに投資をし、現状に合わせてそれを変えなければならないという課題の深刻化に直面しています。EYの分析結果から、多くの事業者が探鉱、採掘、処理などの伝統的または中核的活動に注力して利益を堅調に確保し続けながら、サステナビリティやテクノロジー、新たなビジネスモデルに投じる資金も調達できることが分かりました。
サステナビリティはイノベーションの大きな推進要因です。EYが調査を行った経営幹部の多くによると、自社の未来を担っているのはグリーンミネラルです。企業は、エネルギー貯蔵、蓄電池、水素分野などのスタートアップ企業にも投資をし、循環型経済の原則の組み込みを進めています。
鉱業・金属企業上位12社の投資件数(2018~22年)
出所:EY analysis of public sources of information.
鉱業・金属企業にとって人材の採用と定着は相変わらず重要な課題です。鉱山事業者は、社内における候補者のスキルアップやデジタルソリューションの検討など、幅広いソリューションの導入を進めています。魅力的なキャリアパスの構築は、労働者が鉱業に将来を見いだすきっかけを作り、定着率を向上させる一助となり得ます。エネルギー移行における鉱業が担う役割にスポットを当てるなど、これまで以上に強い職場文化やブランドの構築も役に立ちます。
一方、鉱業セクターの職場ではいじめやハラスメントの訴えが増えています。鉱山事業者はこれを法的リスク以上の問題とみなす必要があります。安全でインクルーシブな職場を実現した企業は、人材の採用と定着で競争優位性を獲得できると考えられます。
2024年は、気候変動への対応、増え続けるESG問題への対処、より健全かつ魅力的な職場文化の構築に、今まで以上に取り組むことを鉱山事業者に求める圧力が増すと予想されます。複数の戦略を組み合わせて採用し、地域社会や投資家との交流を増やし、問題に対して大局的な視点を持つ企業は、こうしたリスクのプラス面を見いだし、不安定な時期にも成長を維持できます。
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