経済価値ベースのソルベンシー(ESR)規制等に関する残論点の方向性

経済価値ベースのソルベンシー(ESR)規制等に関する残論点の方向性


2024年5月金融庁より公表された「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性」では、2023年6月の「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する基準の最終化に向けた検討状況」で残された論点について、新規制の方向性などが示されています。

本記事では、公表されたレポートの概要をご紹介します。


要点

  • 経済価値ベースのソルベンシー規制等の導入に際して、レポートでは広範囲での論点とその方向性が示されています。特にこの中でESRの妥当性を確保するための「ESRの検証の枠組み」が示されており、保険会社はこれに対応することが求められます。
  • 保険会社は2026年3月末の適用に向けて、内部の検証態勢の構築・外部専門家による検証への対応が求められます。

1. 「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性」(2024年5月29日金融庁)

これまでの経緯

金融庁は、2020年6月、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」報告書を公表し、2022年6月、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する基本的な内容の暫定決定」において、主に第1の柱の標準モデルの考え方について、新規制の暫定的な結論及び基本的な方向性を提示しました。そして、2023年6月、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する基準の最終化に向けた検討状況」(以下、「検討状況」)を公表し、基準の最終化に向けた主な課題を整理しました(下図参照)。
「検討状況」の公表以降、国際資本基準(ICS)に関する議論を踏まえつつ、フィールドテストの結果分析や保険会社などとの対話を通じて新規制に関する各論点を検討し、2024年5月に「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性」(基準案)を公表するに至りました。

第1の柱

第1の柱の制度の枠組み

タイムライン、報告頻度・期限、プロポーショナリティ原則、連結規制


 

標準モデル

保険負債の割引率、会社固有のストレス係数・リスク係数、金利リスク、株式リスク、所要資本の税効果


 

内部モデル

内部モデルのスコープ、審査基準とプロセス


 

ESRの検証の枠組み

保険会社の検証態勢、外部専門家による検証


 

ESRに基づく監督措置

規定資本要件(PCR)の監督措置、最低資本要件(MCR)の設計運用、実質資産負債差額の取扱い、破綻処理との関係

第2の柱

保険会社の内部管理の高度化、第1の柱では捉えきれないリスクの把握・分析、当局が会社に提出を求めるデータ

第3の柱

市場関係者向け開示(定量・定性)、消費者向け開示、開示方法・時期


第1の柱・標準モデル

生命保険リスク、損害保険リスクについて、一定の要件及び当局審査の下、各社の実績データによる会社固有のストレス係数・リスク係数を適用可能とされています。

金利リスクにおいて、一定の要件及び当局審査の下、計測方法は標準モデルと同一とされていますが、金利リスク計測時に内部管理で用いる割引率を適用する手法(内部割引率手法)を適用可能とされています。

株式リスクの算出にて、株価水準の状況に対応するための株式リスクに係る対称調整メカニズムは導入しないとされています。
 

第1の柱・海外子会社に係る統合手法

海外子会社の統合方法は、保険監督者国際機構(IAIS) による米国合算手法の比較可能性評価の結果(2024年第4四半期に判明予定)に応じて、方向性を決定するとされています。
 

早期是正措置制度

PCR(改善計画の提出・その実行の命令を行う第一区分の監督介入開始点)をESR=100%とし、保険金等の支払能力の充実に資する各種措置に係る命令である第二区分の開始点をESR=70%とされています。

PCRに抵触した場合、現行制度と同様、原則1年以内に100%以上に回復すべき旨が規定されています。また、第二区分の開始点に抵触した場合は、原則6カ月以内に70%以上に回復すべき旨が規定されています。

MCR(期限を付した業務の全部また一部停止命令である第三区分の開始点)の水準は、ESR=35%とされています。また、第三区分の開始点に抵触した場合は、原則3カ月以内に35%以上に回復すべき旨が規定されています。
 

第1の柱・内部モデル枠組み

新規制導入時は、自然災害リスクのみが内部モデルの対象とされています。ただし、将来的には、優先度に応じて段階的にスコープの拡大を検討するとされています。

内部モデルの適用は、一定の基準に基づく当局の審査及び承認後のモニタリングが前提とされています。
 

ESRに関する検証の枠組み

内部の検証態勢について、検証機能の役割、資格要件、独立性及び適格性要件等を設定するとされています。

外部専門家による検証について、経済価値バランスシートへの合理的保証業務を導入するとされています。
 

第2の柱

以下の論点の具体的内容について引き続き検討するとされています。

  • 内部モデルの高度化やモデルガバナンスを含む、内部管理の高度化
  • 流動性リスクを含む、第1の柱では捉えきれないリスクの把握・分析
  • 当局によるモニタリングのために、保険会社に提出を求めるデータ
     
第3の柱

①所要資本・適格資本、②バランスシート、③感応度分析、④変動要因分析等の定量情報、及び、計算前提や手法に係る事項等の定性情報について法定開示とし、定量情報については、当局が一定の様式を定めるとされています。

 

2. 第1の柱に関する制度の枠組みについての方向性

第1の柱に関する制度の枠組みの方向性を以下のようにまとめました。

項目

方向性

ESRの報告頻度

・初回報告期限

  • 年度末は基準日から4カ月以内、中間期は基準日から3カ月以内とする(導入時における報告期限の延長措置は、各社の対応状況を踏まえて検討)。

中間期末におけるESRの計算

  • 計算方法については、原則は年度末と同様の仕様としつつ、中間期末の簡便的な取扱いの考え方及び具体例はQ&Aに示される。
  • 当局への提出資料については、有用性の高い資料に限定する等、年度末に比べ簡素化する方向で引き続き検討する。
  • 内部検証及び外部専門家による検証について、中間期末においては、内部検証は必須とする一方で、保険負債検証レポート及びESR検証レポートの提出並びに外部専門家による検証は不要とする。

中間期末における ESR の計算に関する Q&A の素案

  • 経済価値ベース評価の意義や市場の変動性等を踏まえると、保険負債の割引率、資産の時価、ファンド等の間接的なエクスポージャーに係るルックスルー等は、中間期末の経済環境を前提に評価すべきであり、簡便的な取扱いを認める合理性は乏しいと考えられる。
  • 他方で、非経済前提や生命保険リスク・損害保険リスクの各社の実績データに基づく会社固有のストレス係数・リスク係数(USP)等は、一定期間のデータ(例えばUSPの場合は10年以上等)に基づき設定されるものであるため、大きな変動が認められない場合は、年度末からの変更を取り込む必要性は必ずしも高くないと考えられ、直近年度末と同様のものとすることも考えられる。

重要性を踏まえた実務的な取扱い

  • 原則は、FT23の仕様を維持することとし、一定の定量基準は定めないものの、原則を補完するガイドライン及び独立した検証等により判断の妥当性を確保する。
  • 各社の実務のばらつきの抑制、実務負荷の軽減のため、プロポーショナリティ原則で適用し得る簡便的な取扱いの例をQ&Aに示す。
  • 判断の妥当性を確保するため、保険会社内部における知見を有し、一定の独立性を持った検証主体が検証を行う。 具体的には、内部検証においては各検証機能のスコープ内のものを対象に、外部専門家による検証においては経済価値ベースのバランスシートを対象に、検証を行う。
  • 当局において、各社のESRの計算前提を把握するため、及び、各社の取扱いを全社俯瞰(ふかん)的に確認することを通じて制度上想定していない実務のばらつき等が生じていないかをモニタリングするため、プロポーショナリティ原則に基づき、簡便的な取扱いを採用した項目について、その内容と判断の根拠を当局へ報告する。
  • プロポーショナリティ原則の適用についての情報は、過度に技術的かつ詳細となり得るため、第3の柱の定性的な開示項目の「計算前提・手法に関する情報」等において、必須の開示項目とはしない。ただし、情報利用者のESRの理解に資する重要な情報と判断される場合には、「計算前提・手法に関する情報」等の1つとして開示するものとする。

プロポーショナリティ原則において適用し得る簡便的な取扱いの例

  • 保険負債における契約の認識、生命保険契約における支払備金、市場価格のない株式等及び組合等への出資、資産集中リスク、連結 ESR における少額短期保険業者の取扱いについて、簡便的な取扱いの例が示されている。

連結規制の枠組み

  • 海外子会社の統合方法は、 IAIS による米国合算手法の比較可能性評価の結果(2024年第4四半期に判明予定)に応じて、方向性を決定する。

連結の範囲

  • 連結対象とする子会社の範囲については、会計上の取扱いに準拠しつつ、ESRに与える影響から保険会社が重要と判断した金融子会社についても連結対象とする。

連結ESRの

報告対象

  • 保険会社が、保険金等の支払能力を十分に有しているかどうかを子会社による影響も含めて判断するために最上位ではない保険会社を頂点とする連結ESRも報告対象とする。 ただし、単体ESRにおいて子会社株式にルックスルー・アプローチを適用する場合には、当該保険会社の連結ESRについては、最上位であるか否かにかかわらず、計測、報告及び開示を不要とする。

海外子会社買収時の対応

  • ESR に対して一定の重要性をもたらす海外子会社を買収した場合等には、契約者保護やリスク管理の高度化等の観点から、新たな子会社の影響を捉えることは重要であり、連結子会社化直後においても原則、連結ESRを計測、報告及び開示する。
  • ただしESRの計測及び検証のための態勢整備には一定時間要すこと及び他制度における取扱い等を踏まえ、やむを得ない事情がある場合には、連結子会社化後一定期間内に限り、ESRの報告及び開示において、当該海外子会社について簡便的な手法を用いることができる。当該措置を適用した場合、その旨及び当該子会社部分に適用したストレス係数を開示する。

2. ESRの検証の枠組みについての方向性

ESRの内部検証及び外部専門家による検証の枠組みの方向性を以下のようにまとめました。

内部の検証態勢の方向性

検証機能の監督上の位置付け、役割・権限

  • 監督上の着眼点等を監督指針において定めるとともに、報告徴求の枠組みに基づき、検証機能からの情報の提出を求めることとし、提出期限については現行制度の枠組みを踏襲する。

保険数理機能の役割と提出情報

  • 保険数理機能の役割として想定されるもののうち、規制上のESRの計算に用いる保険負債が適切に計算されていることを検証し、検証結果をまとめたレポートを取締役会等及び当局に報告する。
  • 保険負債の検証レポートの記載事項(保険負債の検証における着眼点)について、記載事項のイメージを掲げたうえで引き続き検討することとする。 また、グループレベルの保険負債の検証レポートの記載事項は、基本的には単体の保険負債の検証レポートと同じ記載事項としつつ、一部固有の項目を追記することや子会社による検証結果を活用することを現時点での方向性とする。

ESR検証機能の役割と提出情報

  • ESRの計算に関する適切性を確保するための態勢を整備し、検証結果をまとめたレポートを取締役会等及び当局に報告する。

検証機能の資格要件と独立性・適格性

  • 保険数理機能の責任者の資格要件を日本アクチュアリー会正会員等とすることや、保険数理機能・ESR検証機能の責任者の独立性・適格性要件について最低限の要件を定める。

新規制における保険計理人の位置付け

  • 保険数理機能の責任者の要件として保険計理人であることを制度上必須としないこと、及び、保険計理人による「保険金等の支払能力の充実の状況が保険数理に基づき適当であるかどうか」に関する確認業務を廃止する。
  • 保険計理人の実務基準に規定されている業務や新規制における保険計理人のESRへの関わり方について、日本アクチュアリー会と連携し、所要の法令等の改正を行う。

外部専門家による検証の方向性

外部専門家による検証の枠組み

  • SMRにおいてもソルベンシー評価の基礎となるバランスシートは監査の対象であること等を踏まえ、経済価値ベースのバランスシートを対象とした合理的保証業務を導入する。

IFRS を適用した場合の検証の取扱い

  • 連結財務諸表の作成においてIFRSを適用する場合に、IFRSに基づき作成した連結財務諸表を出発点として作成した経済価値ベースのバランスシートを検証対象とする。

3. 標準モデルの方向性

標準モデルや第1の柱の内部モデルの方向性のうち、バランスシート項目の評価や外部検証に関連すると考えられる項目を以下のようにまとめました。

項目

方向性

IFRS を出発点としたESR の計算

  • IFRS 適用社については、IFRS を出発点とした連結 ESR の算出を行うものとする。
  • 日本基準を出発点とした場合と IFRSを出発点とした場合で、共通のESRの原則に従ったものとしESRに顕著な差異が生じない仕様とするため、以下の取扱いとする。
    • 保険負債の組替え及び評価替えは、ESRの保険負債の原則と整合的となるように行う。
    •  ESRにおいて評価替えを行わず会計ベースの金額を使用するものについては、IFRSに基づく評価額を使用する。

バランスシート勘定科目

  • 現行の決算状況表の科目区分をベースとした勘定科目に基づくバランスシートについて、FT23の結果も踏まえ引き続き検討する。また、IFRS 適用社用の IFRS の勘定科目に基づくバランスシートについても検討する。
保険負債以外のバランスシート項目に係る評価基準
  • 市場価格のない株式等及び組合等への出資、不動産、保険約款貸付について、原則は時価評価としつつ、Q&Aで一定の明確化を図る。
  • 市場価格のない株式等及び組合等への出資、及び不動産については、関連する会計基準に沿って時価評価を行うこととし、その旨Q&Aで示す。
  • 保険約款貸付に係る評価基準に係るQ&Aの素案では、「時価の算定に関する会計基準」及び「時価の算定に関する会計基準の適用指針」に従い時価を算定する。保険約款貸付の性質から簿価が時価を近似していると考えられる場合には会計数値を時価として用いることもできる旨が示されている。
保険負債の割引率
  • 日本円に適用される最終観測可能年限(LOT)、終局金利(UFR)については、LOT:30年、UFR:3.8%とする。新規制導入後も継続的に検証を行い、必要に応じて見直しを図る。

MOCE

  • 将来の保険金支払い等の見積りに伴う不確実性を反映するため、保険負債の現在推計を超えて保有されるべきマージン(MOCE)は資本コスト法により計測する。資本コスト率は3%。当該MOCEは経済価値ベースの保険負債の一部に含まれるとともに、所要資本から控除せず、適格資本にも加えない。

第1の柱の内部モデル

  • 第1の柱における内部モデルのスコープについて、新規制導入時においては全てのリスクを対象とはせず、段階的に導入することを基本的な方向性とし、新規制導入時においては自然災害リスクを対象とする。
  • 内部モデルの適用は、一定の基準に基づく当局による審査及び承認後のモニタリングを前提とする。
  • 内部モデル承認後は、各社が定めた検証態勢に従い、内部モデルの検証レポートを年1回作成し、取締役会等及び当局に提出することを基本的な方向性とする。当局への提出に当たっては、更新が行われた文書についても提出することとする。

4. 新規制導入に向けたタイムライン案

「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性」(基準案)では、以下のようなタイムラインが案として示されています。

新規制導入に向けたタイムライン案

用語・略語等の説明

組織と用語略称

英語名称

日本語名称

ICS

Insurance Capital Standard

国際資本基準

IAIG

Internationally Active Insurance Group

国際的に活動する保険グループ

IAIS

International Association of Insurance Supervision

保険監督者国際機構

SMR

Solvency Margin Ratio

現行のソルベンシー・マージン比率

ESR

Economic value-based solvency ratio

経済価値ベースのソルベンシー比率

PCR

Prescribed Capital Requirement

規定資本要件

SCR

Solvency Capital Requirement

ソルベンシー資本要件

MCR

Minimum Capital Requirement

最低資本要件

MOCE

Margin Over Current Estimate

現在推計に加えて認識する上乗せのマージン

LOT

Last Observed Term

最終観測可能年限

USP

Undertaking-Specific Parameters

各社の実績データに基づく会社固有のストレス係数・リスク係数

用語

内容

プロポーショナリティ原則計算精度向上にかかるコストは大きいが、精度改善は大きくない場合には簡便法を用いることができるという考え方。
ルックスルー例えばファンド形態の投資についてその組入資産を直接保有しているとみなし組入資産の明細ベースで管理する対応。
終局金利UFR(Ultimate Forward Rate)と略される。フォワードレートが終局的に一定の水準に向けて収束するとの前提に立って、超長期の金利水準を決定する手法であり、この時に設定される終局のフォワードレート水準がUFRになる。UFRと類似の概念にICSにおけるLTFR(Long-term Forward Rate)があるが有識者会議では同義と扱っている。
資本コスト法保険債務を履行するには一定水準の資本を準備することが必要であり、その資本調達コストに相当する額がリスクマージンに相当するという考え方。
株式リスクに係る対称調整メカニズム資産運用環境によらず株式リスク係数が一定の水準で維持されている状況では、資産運用環境が大きく悪化した場合に、株式の大量売却、または、そのような大量売却を想定した他の投資家の行動により、株式市場が暴落する懸念が否定できない。これを回避するため株式リスクの算出において株価水準の状況に応じて一定%の調整を行うことができる。


出典:金融庁ウェブサイト 経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する検討
「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性 」を加工して作成
https://www.fsa.go.jp/policy/economic_value-based_solvency/index.html(2024年8月30日アクセス)



サマリー

2025年に公布が予定される経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に際して、今後、保険会社は保険会社内部の検証態勢の構築・外部専門家による検証への対応が求められます。残課題を理解し、ESRガバナンスの態勢整備を進めていくことが重要となるでしょう。


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