経済価値評価×ウォーターポジティブ ─地域と企業をつなぐ次世代保全モデル

経済価値評価×ウォーターポジティブ
─地域と企業をつなぐ次世代保全モデル


2025年4月に環境省内に新設された「地域ネイチャーポジティブ推進室」は、自然共生サイト認定制度を起点に、国や自治体だけでなく企業や地域住民等が一体となって生物多様性保全を進めるための中核部署です。

本記事では、認定制度の背景から、経済価値評価やウォーターポジティブなど、対談を通じて実践的な知見をひもときます。


要点

  • 自然共生サイトの認定制度により、地域活動や企業連携の動きが活性化
  • 自然資本を可視化するための手段の1つとして経済価値評価を導入
  • 3地域でモデル評価を実施。那須野ヶ原地域では、約1,200億円の経済価値を算出
  • 水資源をはじめ、地域単位でネイチャーポジティブを実現すべく、地域内外を巻き込んだ連携体制を構築


環境省 自然環境局自然環境計画課 地域ネイチャーポジティブ推進室 室長補佐 小林 誠 氏(※2025年6月時点)

環境省 自然環境局自然環境計画課 地域ネイチャーポジティブ推進室 室長補佐 小林 誠 氏(※2025年6月時点)

環境省 自然環境局自然環境計画課 生物多様性主流化室 生物多様性主流化係長 服部 優樹 氏

環境省 自然環境局自然環境計画課 生物多様性主流化室 生物多様性主流化係長 服部 優樹 氏

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラセクター ディレクター 長谷川 啓一

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラセクター ディレクター 長谷川 啓一


自然共生サイト認定を機に広がる、地域と企業の連携

長谷川:環境省では今年4月、新たに「地域ネイチャーポジティブ推進室」を創設されました。その背景と狙いをお聞かせください。

小林氏:「地域ネイチャーポジティブ推進室」の創設は、民間の取り組み等によって生物多様性の保全が図られている区域を認定する「自然共生サイト」が大きな契機となっています。従来、自然環境保全への取り組みは国や行政が主体でしたが、「自然共生サイト」の認定制度化によって、企業や地域団体、さらには個人も主体的に関われる枠組みが整いました。

自然環境保全は、地域単位での取り組みが不可欠であり、各地域にはそれぞれ特性があります。そこで、本省における地域とのコーディネート機能を担う「地域ネイチャーポジティブ推進室」を立ち上げ、同時に、各地方環境事務所に「地域生物多様性増進室」も設置。地域特性に応じた支援体制を整えることで、「自然共生サイト」の認定取得からその後の実践フェーズまでを一気通貫でサポートし、生物多様性の保全と活用が可能な地域づくりを加速させたいと考えています。

長谷川:OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)の普及を踏まえた組織づくりですね。制度開始から3年目に入りますが、現場ではどのような反響がありますか。

小林氏:最近では、とある里山管理等を行う地域が「自然共生サイト」に認定されたことにより、管理活動への参加者数が倍増。さらに地元企業からも協力の申し出があったそうです。また、ある企業では認定がきっかけで、企業の保有技術が社外から注目されるようになり、「技術を学ばせてほしい」という依頼が相次いだとか。環境貢献にとどまらず、企業の強みが可視化され、新たな連携につながる事例が出てきています。

長谷川:OECMや「自然共生サイト」の取り組みについては、民間企業の関心も高まりつつあると感じています。企業からの声や経済価値評価と連動させるような展望があれば教えてください。

小林氏:多くの企業は、まず「認定取得」を目指しますね。しかし、われわれの本来の狙いは、この制度を国民的運動として広く定着させることです。その過程では、認定を取得したサイトの特徴を「どう際立たせていくか」が次の大きな課題になるでしょう。そこで、例えば、経済価値評価といった新たな指標を導入すれば、サイトごとの特長や効果を数字化して定量的に示すことが可能になります。それぞれの価値を可視化することで、企業も地域も一体となった取り組みを一層深めていきたいと考えています。

経済価値評価は自然資源を「見える化」するための手段

長谷川:EYが去年度受託した「令和6年度 企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する促進委託業務」において、「自然資本の経済的価値評価の活用可能性について―ウォーターポジティブに資する取組の価値―」という報告書が公表されました。令和 5年度は那須塩原市、うきは市、西粟倉村の3地域をモデルとして、自然資本の価値評価を実施されています。

改めて、環境省が「自然資本の経済価値評価」に注目されている理由を教えてください。

服部氏: 自然資本や生物多様性の価値を定量的に示す「見える化」は、以前から進めてきた取り組みです。ただ、近年は企業や地域団体の関心が高まり、「どれだけの価値があるのか」を具体的に把握したいというニーズが増えてきています。経済価値評価は、そのニーズに応える有力な手法です。評価のプロセス自体が関係者の理解と主体的な関与を促し、今後の議論や計画立案の土台ともなると考えています。

長谷川:那須野ヶ原を対象とした今回の試算では、水の持続的な利用に資する取組(ウォーターポジティブに資する取組)を新規で実施した場合の経済価値が約1,200億円と算出されました。今後、自治体や企業がこうした経済価値評価に取り組む上での留意点はありますか。

服部氏: 経済価値評価は、あくまでも「見える化」の手法の1つです。また、実際の評価には、データ整理やヒアリング、現地調査との比較など多くの時間と労力がかかります。最初にしっかりと「対象」と「目的」を設定しておくことが、評価の途中で迷いを防ぐために大切だと考えています。まず、地域の自然資源が自分たちの暮らしや経済活動にどう関わっているかを整理し、どこまで「見える化」できるか、評価の対象を定める。次に、なぜその価値を可視化するのか、目的を明確にする。また、評価の解像度にも考慮が必要です。細かな金額算出が目的ではなく、「なぜその金額を出すのか」「得られた数値をどう活用するのか」を踏まえて判断することが求められます。

水の価値に着目した「ウォーターポジティブ」という新たな視点

長谷川:今回の事業では、水の持続的な利用を意味するウォーターポジティブという考え方を軸に評価が進められていますね。

服部氏:ネイチャーポジティブが自然資本や生物多様性の保全を主眼に置いた概念であるのに対し、ウォーターポジティブはその中でも「水資源」に特化した考え方です。水は上流から下流へと地域や生態系をつなぐネットワーク機能を持っています。さらに、飲料や製造業など幅広い分野で使われており、分かりやすく関わりやすい、誰にとっても身近である点も、今回「水資源」に焦点を当てた理由の1つです。

長谷川:去年度事業で取りまとめた報告書 「自然資本の経済的価値評価の活用可能性について -ウォーターポジティブに資する取組の価値-」では、自治体と企業の双方を対象として内容が整理されています。その狙いについて教えてください。

服部氏:自治体は上下水道の整備や水源林の管理を担っています。一方、飲料・化粧品メーカー、半導体産業など、水を活用する民間事業者も数多く存在します。ウォーターポジティブの実現には、どちらか一方ではなく両者の連携が不可欠です。そのため、本報告書では、双方が自らの立場で何を担い、どのように連携できるかを整理しました。

長谷川:昨年、熊本でウォーターポジティブアクションが始まりましたが、地域住民からはどのような反応があったのでしょうか。

服部氏:私もプロジェクト立ち上げ時に熊本を訪れ、地域の方々から直接お話を伺いました。水は誰もが使う「共通の財産」であり、過度な利用に対する懸念もある一方、地域全体で連携しながら適切に管理・改善していけば、非常に大きなポテンシャルを秘めた資源にもなるという期待の声も多く寄せられました。たとえば熊本では、ある飲料メーカーが地域と協力して水源の森づくりに取り組むなど、官民連携による活動が活性化しています。地域全体で水資源を守り、活かす取り組みが確実に広がりつつあります。

「取り組むこと自体が企業や自治体の価値向上につながる」という意識を

長谷川:経済価値評価は定量的で分かりやすい指標である一方、背後にある文脈や多様性への配慮も必要です。今後、自然資本の保全に向けた取り組みをさらに広げていくには、どのような視点が必要でしょうか。

小林氏:評価額を「自分ごと」として捉える仕掛けが鍵になると考えています。たとえば1,200億円という大きな数字は、多くの人にとっては実感しにくい金額です。しかし「この水には1人あたり◯◯円の価値がある」と示せば、誰もが身近な金額として具体的にイメージできるでしょう。つまり、評価のスケールや単位を人が実感しやすいレベルに落とし込むことが重要です。また、地域には必ず「人」や「管理主体」が存在します。土地を保全する責任を持つその方々が「地域の価値をどう守るか」「課題をどう解決していくか」と考えることで、経済価値評価の結果に対して当事者意識が芽生えます。そうして、評価結果が真に活かされるのだと思います。

長谷川:評価後の「活用」も大きなテーマだと感じています。経済価値評価の結果を、どのように次のアクションにつなげるのが望ましいでしょうか。

服部氏:ご指摘のとおり、経済価値評価を目的に応じて「どう活用するか」が次の鍵になります。たとえば、地域や社内で評価結果を共有し、関係者の共通認識を深める。インセンティブ設計やルールの整備に、評価結果を指標として組み込むこともあるかもしれません。ただ、その前提としてやはり「なぜ経済価値評価をするのか」という目的を明確にする必要があります。経済価値評価は、あくまで“手段”であって、“目的”ではありません。経済価値評価とあわせて、現場の状態をきちんと把握し、多様性や機能の違いも可視化していくことが必要です。

長谷川:環境省として、地域のネイチャーポジティブ推進を強化していく上での展望をお聞かせください。

小林氏:現在、各地でスポット的に多様な取り組みが生まれています。理想は、それを「点」ではなく「面」に広げ、地域内外を巻き込んだ連携体制を築くことです。今後の展望としては、「インセンティブ」に対する考え方の転換が必要だと考えています。初期段階である現在は、補助金や税制優遇といった短期的メリットのある支援策が必要ですが、将来的には「取り組むこと自体が企業や自治体の価値向上につながる」という意識を定着させたいと考えています。それこそがネイチャーポジティブの本質であり、地域単位で自然資本の価値を実感しながら持続的に活動を続ける姿勢です。本日、われわれ「ネイチャーポジティブ推進室」と「生物多様性主流化室」の両者が参加しているのも、こうした考え方を政策や制度の中に主流化させ、現場での実装を両輪で進めるためです。そうした体制が整えば、理想の形に近づいていくと感じています。

服部:ネイチャーポジティブは一企業や一自治体だけで完結できるものではありません。特に地域に根差した自然資本や生物多様性は、共有すべき「公共財」として扱われるべきです。そのため、まずは関係者全体で保全や持続可能な利用について対話を重ね、共通認識を形成することが出発点になります。環境省としても、それを支える文書化や仕組みづくりに取り組んでいきたいと考えています。

経済価値評価×ウォーターポジティブ ─地域と企業をつなぐ次世代保全モデル


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サマリー 

自然共生サイト認定制度の導入と「地域ネイチャーポジティブ推進室」の創設により、地域と企業が主体的に自然環境保全へ関与する土壌が整備され、多様な連携が進んでいます。経済価値評価という新たな指標を活用することで、自然資源の「見える化」が進み、社会的理解と実行力の向上が期待されます。


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