持続可能な地域交通の将来像をどう描いていくべきか?

持続可能な地域交通の将来像をどう描いていくべきか?~ビジョン・戦略の議論から生まれる、地域公共交通計画のアップデート~


住民のウェルビーイング、まちづくり・地域経済を支える地域交通が、事業環境の悪化によって危機的状況にあります。
地方自治体が、持続可能な地域交通の姿を「地域公共交通計画」に描くには何が必要か、地域での議論の一助とすべく、実例を基にした調査・分析を実施しました。


要点

  • 現状の地域公共交通計画では、詳細な現状分析は行われているが、具体性のある施策やモニタリングの運用イメージが明確化されていないのではないか。
  • 課題に応じた具体的な施策やモニタリングまでを含めた実効性の高い計画とするためには、より解像度の高い目指す姿・ビジョンを構築できるよう、十分な議論を重ねられるような策定プロセスが重要となるのではないか。
  • 策定プロセスにおける、「作業から熟慮へ」のシフト、モニタリング・評価プロセスの実務イメージ醸成、国による技術面・資金面でのサポート等が求められるのではないか。


1. 調査趣旨

鉄軌道、バス、タクシーといった、住民のウェルビーイングを支え、まちづくり・地域経済に直結する重要な社会基盤インフラである地域交通は、人口減少やマイカー依存等による利用者減少、近年ではコロナ禍で生じた急速な需要減退や運転士等の人材不足の深刻化といった事業環境のさらなる悪化によって危機的状況にあり、まちづくりそのものの危機に直面している地域も多いと想定されるところです。

このような危機的状況に対して、地方自治体が中心となり、現状の問題点を直視し、長期的かつ本質的な視点に基づき対応策を検討し、試行錯誤を繰り返すことが求められています。

この点、国は、地方自治体の地域交通へのコミットメント強化を促すべく、将来目指すべき地域交通の姿やそれに向けたロードマップを明らかにするための「地域公共交通計画」を作成することを努力義務化し、令和6年8月末時点では全国で1,119件が作成済みとなっています。

一方で、実際の地域公共交通計画の内容面の熟度は地方自治体によって大きな差があり、計画の妥当性や実効性の担保については、いまだ大きな懸念が残っていると想定されます。

こうした状況を受け、国は、令和5年度に“モビリティ・データを活用し、無理なく、難しくなく、実のある” 地域公共交通計画へのアップデートの方向性や官民に期待される取り組みを示しており、計画の内容面での妥当性と実効性を担保することの重要性が国の政策レベルで大きくクローズアップされています。

以上を踏まえ、地域交通に関する各地での議論の活性化や、地域公共交通計画のアップデートにつなげることを目的として、全国の地域公共交通計画の現状に関する定量的な傾向分析や背景の考察について、EY、独立行政法人国立高等専門学校機構呉工業高等専門学校、復建調査設計株式会社の3者共同で、本調査研究を実施しました。

2. 調査の概要と示唆

令和6年8月末時点で策定済みの全国1,119件の地域公共交通計画のうち、中国地方5県(鳥取県、島根県、岡山県、広島県および山口県)の市町村が策定した地域公共交通計画83件を対象に、地域にとって望ましい地域旅客運送サービスの姿を明らかにする、地域にとっての「マスタープラン」としてふさわしい計画に求められるものは何かという視点から、策定プロセス面、内容面、活用面における13項目について採点基準を設け、公表情報を基に採点を実施し、その結果について集計・分析を実施しました。

集計・分析の結果、地域公共交通計画に関する次のような傾向が浮かび上がってきました。

  • 詳細な現状分析を基に、課題や施策の方向性が整理されている地方自治体は多いが、ビジョン・戦略に関する議論の不足等により、在るべき姿からのバックキャストによる詳細検討が十分ではなく、具体性のある施策や役割分担まで踏み込み切れていない地方自治体が多いのではないか。
  • 同様に、在るべき姿・ビジョンや課題分析と結び付いたKPIを設定しきれていない地方自治体や、施策やKPI設定に応じたモニタリングの運用イメージが明確化されず、協議会でも認識共有されていない地方自治体が多いのではないか。
  • 計画策定プロセスの適切な実施が計画内容の質に影響を与えるのではないか。
  • 十分な計画の策定期間や議論の回数が、より解像度の高い目指す姿・ビジョンの言語化・定義につながり、モニタリングまで想定した具体的な施策イメージに基づく現状分析・課題認識を可能とするのではないか。
  • 現状分析を詳細に行ったとしても、計画において本質的なアクションプランが具体的に導出されるとは限らないのではないか。
  • 具体的なモニタリング運用を念頭に置き、よりPDCAサイクルを効果的に回すという観点から計画策定の議論を行うことで、計画内容全体の熟度が上がるのではないか。

そして、上記の傾向は国内における他の地域においても一定程度共通して当てはまる要素も多いのではないかと考えられることから、地域公共交通計画の策定に当たって全国的に特に今後注力すべき課題・問題点として、主に下記の提言をしています。

「作業から熟慮へ」のシフト

各地方自治体が限られた時間・予算・人材の制約下で、計画策定時の作業面の検討にリソース投下が偏在してしまい、目指す姿・ビジョンといった戦略部分の議論が相対的に不十分になっている可能性を踏まえ、「熟慮プロセス」の方により多くのリソースを投下していくことが急務であると考えられます。

モニタリング・評価プロセスの実務イメージ醸成

モニタリング・評価を儀式的なものではなく年間を通じて継続的に実施するプロセスとしていけるよう、いつ、どのようなメンバーによって、どのような内容を議論すべきか、より具体的作業レベルにまで落とし込み、地方自治体を含む関係者間で実務イメージを醸成し、検討していくことが急務であると考えられます。

国による技術面、資金面でのサポート

地方自治体による取り組みだけでは、リソースやノウハウ、知見の面から一定の限界もあると考えられることから、現在国が進めている「地域公共交通計画のアップデート」の枠組みにおいて、地方自治体の主体性を高めつつ上記課題に対応するための技術面、資金面でサポートが急務であると考えられます。

本調査研究が今後の地域活性化や地域公共交通の持続的活用についての議論の一助になれば幸いです。

持続可能な地域交通の将来像をどう描いていくべきか? ~ビジョン・戦略の議論から生まれる、地域公共交通計画のアップデート~

【共同執筆者】

白石 俊介
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション リード・アドバイザリー マネージャー

※所属は記事公開当時のものです。


サマリー 

本調査研究により、地域公共交通計画が置かれている現状や、今後地域の中でより実効的に機能させるための改善点の傾向について示唆が得られました。
「何のための地域公共交通計画か」という観点に立ち返って計画を策定・運用・都度改善を行い、地域交通の果たす役割を「地域戦略」として検討することが重要であると考えられます。


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