急成長スタートアップ 成功の秘訣 ~2025 IPO最前線~

EYスタートアップカンファレンス開催報告

スタートアップのIPO戦略 最前線 ~グロース市場・上場維持基準見直しにどう備えるか~


グロース市場における上場維持基準の改正案について分かりやすく解説し、市場選択の多様性や、M&Aにおける会計・内部統制上の留意点などについても、実務的な視点から有益な情報をお届けしました。


要点
  • グロース市場・上場維持基準改正案の全体像とスタートアップの対応
  • 企業を成長へ導く上場目標市場の選択について
  • 上場準備におけるM&Aの実務対応~会計・内部統制の視点から~
  • IPO企業のリアル事例から学ぶ! 会計システム選定の実践ポイント


はじめに

2025年7月25(金)、宝印刷株式会社および株式会社オービックビジネスコンサルタント(以下、OBC)との協賛によりEYスタートアップカンファレンスを開催しました。

2025年4月22日、東京証券取引所は「グロース市場における今後の対応」を公表し、新たな上場維持基準案を発表しました。この案では、2030年以降上場から5年経過している上場企業に時価総額100億円以上を求める内容が織り込まれています。この上場維持基準案は、スタートアップ企業にとってIPO戦略の見直しを迫る大きな転換点となる可能性があり、今後は成長を見据えた市場選択や、M&Aを活用した成長戦略の重要性が一層高まると考えられることから会場には約80名の方々にご参加いただき、関心の高さを表す大盛況なカンファレンスとなりました。

EY新日本有限責任監査法人 常務理事 マーケッツ担当 矢部 直哉

セッション1「グロース市場・上場維持基準改正案の全体像とスタートアップの対応」

EY新日本有限責任監査法人 常務理事 マーケッツ担当 矢部直哉の開催あいさつの後、株式会社東京証券取引所上場推進部 課長 滝口圭佑氏に講演いただきました。

まず、市場区分の見直しとフォローアップの全体像について、上場企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の多様な投資者から高い支持を得られる魅力的な現物市場を提供するため、プライム市場、スタンダート市場、グロース市場を並列的な位置付けの市場見直しとしているご説明に加え、グロース市場の基準と課題を解説いただきました。

現行のグロース市場の上場維持基準の一つでは、上場10年経過後から時価総額を40億円以上とすることが求められていますが、市場別の海外投資家の割合は、プライム市場60%に対しグロース市場は38%であり、機関投資家が投資対象とする規模の企業がグロース市場では少ない環境であると解説いただきました。また、本来グロース市場は高い成長を目指すスタートアップに果敢にチャレンジを行う市場として、機関投資家の投資対象となり得る規模へ早期に成長し、日本経済の活性化につなげることを意図していますが、上場後に時価総額が10倍以上に成長した企業は5%であるとのことでした。

※ 出所:東京証券取引所 2025年7月25日スライド「グロース市場に上場した会社の成長状況」

このような状況のもと、投資家が高い成長を期待するグロース市場を設定した当初のコンセプトを追求するためにも東京証券取引所は証券会社、機関投資家等と協議を重ねた結果、上場維持基準を見直すこととなったと、その背景をご説明いただきました。

なお、広い間口を確保する観点で上場基準は意図的に変更しておらず、今回の上場維持基準を満たさない企業については、スタンダード市場への区分変更を行う制度設計も検討中であると補足されていました。

株式会社東京証券取引所上場推進部 課長 滝口 圭佑 氏

セッション2「企業を成長へ導く上場目標市場の選択について」

宝印刷株式会社 取締役常務執行役員 企業成長支援部長 兼 プロマーケット事業部長 大村法生氏をお招きし、東京証券取引所に限らず他の市場や、プロマーケットを含む上場目標市場の選択についてご説明いただきました。

大村氏によると、東京証券取引所は「並列的」な市場設計のもと機関投資家による取引増加を目指されていますが、名古屋証券取引所は、「階層的」な市場設計で、ネクスト市場へ上場した企業で着実な成長の可能性があればメイン市場へ早期のステップアップを促進し、安定した上場実績がある企業は市場区分をプレミア市場へ変更することを目指していただく、3つの階層に区分されているとご説明いただきました。

また、「機関投資家の投資対象となり得る規模へ早期に成長していただく」ことを期待する東京証券取引所のグロース市場に対し、名古屋証券取引所のネクスト市場は「個人投資家を含めた多くの投資家」に焦点を当てている点でもコンセプトが異なっており、スモールIPOでは名古屋証券取引所を含め札幌証券取引所、福岡証券取引所への上場も一考ではないかとのご発言もありました。一方で、時価総額等が小さい企業の主幹事を引き受けられない証券会社の状況(証券会社難民)もあり、それでも上場のメリットは追及したい企業はプロマーケットへ上場するケースが近年増加しているとご説明いただきました。当該プロマーケットではディスクロージャー等のサポートを行うJ-Adviserの設置が必須となるため、ディスクロージャーを本業とする宝印刷を含め東京証券取引所によって認定されたアドバイザーが活躍していると補足されました。

宝印刷株式会社 取締役常務執行役員 企業成長支援部長 兼 プロマーケット事業部長 大村 法生 氏

セッション3「上場準備におけるM&Aの実務対応~会計・内部統制の視点から~」

IPO準備会社がM&Aをする際の会計および内部統制上の留意点について、をEY新日本有限責任監査法人 シニアマネージャー 髙橋朗より説明しました。

まず、スタートアップ企業のM&Aについての日米比較を踏まえた直近の動向、M&Aのメリット・デメリットを解説しました。M&Aの専門部署を有しており、IPO戦略として多くのM&Aを実施して上場を達成したスタートアップ企業も存在しているものの、M&Aは複雑な取引で個別性が高く、例えば、スタートアップ企業買収時のValuationを上げているとM&A選択時に買い手が見つからないケースや、「みなし清算条項」付きの優先株式を発行しているとM&A時には、起業家に想定したリターンが得られない可能性もあるという売却側の起業家の留意事項等も紹介しました。さらに、実務上論点になりやすい、取得原価の配分(PPA:パーチェス・プライス・アロケーション)およびのれんの計上と償却方法の決定プロセス、買収先の内部統制の評価やM&A後の内部統制の再構築、ガバナンス体制の強化等、IPO準備会社がM&Aを行う際の内部統制上の留意点と併せて説明しました。

EY新日本有限責任監査法人 シニアマネージャー 髙橋 朗

セッション4「IPO企業のリアル事例から学ぶ! 会計システム選定の実践ポイント」

OBC 企業成長支援室長 堀江勇輝氏より、IPO企業のシステム選定のポイントをご説明いただきました。

現在、市場ではクラウド型の会計ソフトが主流となっており、IT監査への対応として第三者認証(SOCレポート)の取得や、生成AIの積極活用などが、今後ますます重要な評価軸になるのではないかと解説されていました。

また、OBCの勘定奉行クラウドを導入しIPOを達成した企業によると、システム導入のタイミングはIPO準備段階(N-3期およびN-4期以前で78%:OBC調べ)にリプレイスした企業が多いと説明が加えられました。

OBC 企業成長支援室長 堀江 勇輝 氏

最後に

最後に、ご登壇者と参加者の名刺交換会が催され、関係者のネットワークが図られました。開催に多大なご尽力をいただいた宝印刷株式会社、株式会社オービックビジネスコンサルタントの皆さま、またご多忙のところ、貴重な知見を共有いただいたご登壇者の皆さまに心から御礼申し上げます。

弊法人では、スタートアップの皆さまにとって、今後のIPO戦略を検討するための情報提供やセミナー開催を実施してまいります。本業であるIPO監査についても、さらに体制を強化し積極的に取り組んでまいりますので引き続きよろしくお願いいたします。



【共同執筆者】

宮下 淳
EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター マネージャー 公認会計士

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー 

上場維持基準の見直しにどう対応をしていくか、多方面から、専門家の皆さまにご解説いただきました。開催に多大なご尽力をいただいた宝印刷株式会社、株式会社オービックビジネスコンサルタントの皆さま、またご多忙のところ、貴重な知見を共有いただいたご登壇者の皆さまに心から御礼申し上げます。


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