2025年下半期に入り、世界の資本市場は、今年上半期に広がった政治・地政学的ショックを吸収しつつあります。かつてはボラティリティを高める主要因であった貿易関税、地域紛争、マクロ経済政策の不確実性が徐々に資産評価に織り込まれるようになっています。株式市場が勢いを取り戻し、VIX指数などボラティリティ指標は落ち着き、香港など膨大な資金プールを持つ地域に資本が流れています。
6月に機関投資家を対象に実施した「EY Global IPO Pulse Survey」の結果によると、2025年中盤において、世界のIPO市場の見通しは、慎重かつ前向きです。米国とインドでは回復が見られ、欧州でも回復兆候があります。また、香港や中国本土を中心とする一部アジア太平洋地域および中東では活発な状態が続いています。
より前向きなシナリオにおいては、世界のIPO市場は、協調的な貿易の枠組み、金融緩和政策、インフレ抑制、地政学的緊張の緩和の実現によって、2025年下半期または2026年初旬にも回復する可能性があるとされています。こうした動きが、一般的に投資家の信頼回復を促す条件である、ビジネス活動と経済成長を安定させ、株価評価を上げ、資本市場の勢いを増し、市場のボラティリティを低下させる一助となり得るためです。
各セクターでIPOの機運を生むには、より明確な規制・政策シグナル、強固なマクロ経済基盤、そのセクター特有の強力な起爆剤も不可欠です。幅広い構造改革やイノベーションは重要な役割を果たしていますが、地政学的安定と明確な金融政策なくして、持続的な回復を実現することはできません。
興味深いことに、投資家はもはや、収益力やEBITDA成長率など従来の財務指標だけを重視しているわけではありません。こうした基本的な指標が極めて重要であることに変わりはありませんが、直近の「EY Global IPO Pulse Survey」の結果から、投資の判断基準が変化していることが分かりました。今後6カ月間の投資家の関心に影響を与える要素トップ5のうち3つは非財務的な要素であり、「研究とイノベーション」、「ブランド力と市場ポジショニング」、「企業戦略の質とその実行力」となっています。
こうした変化は、長期的価値の創造において無形資産や戦略的ビジョンの担う役割が大きくなっているという認識の高まりを如実に示しています。投資家は企業に対して、イノベーションで差別化を図り、レジリエントで信頼できるブランドを構築し、明確に定められた成長戦略を実行する能力をより重視するようになっています。これらは、将来の業績の指標だけでなく、急速に変化する市場環境における対応力を示すバロメーターでもあると位置付けられています。
実際、投資家心理は成長を重視したエクイティストーリーを選好しており、かすかでありながら注目すべき動きが、米国や中東、中華圏で顕在化しています。政策支援を受けているセクターを中心に、市場ではイノベーションと拡張性への新たな関心が高まっています。このような恩恵を主に受けるセクターとして浮上したのはテクノロジー、ヘルス・ライフサイエンス、金融です。これらのセクターは、デジタルトランスフォーメーション、ヘルスケアイノベーション、フィンテックによるディスラプションといった長期的な構造的テーマに合致しているため、機関投資家と個人投資家との双方から注目を集めています。
欧州では、米トランプ政権による一律関税の発表をきっかけとした市場の混乱を受け、4月初旬以降、上場活動が他の地域に後れを取っています。9月~10月の2カ月間が正念場となることが考えられます。この期間に大きな注目を集める上場が複数予定されており、市場関係者は投資家の関心の拡大や、2026年に向けたより確かな回復の可能性を測る試金石になるとみています。
しかし、高金利または金利緩和のばらつき、インフレの定着、地政学的緊張が継続し、投資家心理が落ち込んだ場合、見通しが悪化する恐れがあります。
さらに、主要な政策ショックや、貿易紛争の再燃など地政学的緊張の高まりが、リスク回避や金利引き下げの遅延を引き起こせば、状況は悪化し、限られたIPO機会が損なわれたり、先送りされたりしかねません。それを受けて、安全資産への逃避が進み、結果的に西側諸国を中心にIPO活動が失速することになるでしょう。このシナリオで、ボラティリティの高まりと投資家の監視の厳格化にうまく対応しつつ上場を進められるのは、最もレジリエントで戦略的に優位な立場を確立した企業だけです。
このように不確実な時代にあっても、セクターレベルで見ると、IPO機会は存在します。生産拠点のリショアリング、ニアショアリング、「フレンドショアリング」戦略をとる傾向が世界的に加速しており、一部セクターではIPOパイプラインの強化が図られています。この動きが特に顕著なセクターは建設、エンジニアリング、先進的または持続可能な製造業セクターであり、企業は国内生産へのシフトやサプライチェーンの強化に多額の投資を行っています。モビリティセクターでは、中国を中心としたサプライチェーンの再編や自動車部品の需要増加により、上場の機運が高まっています。
エネルギーセクターでは、従来型エネルギー、クリーンエネルギーを問わずIPO活動が進行しています。Okloなどの中堅原子力イノベーション企業や、Venture Globalなどの大型液化天然ガス(LNG)の事例は、レジリエントなインフラ資産への転換を示唆しています。この動きを加速させているのは、AIの普及に伴う電力需要の増加、クリーンエネルギーへの転換、地域紛争など地政学的リスクの高まりです。防衛費増額への世界的な政治動向の活発化で、防衛イノベーションに資金が投入され、航空宇宙・防衛分野のIPOパイプラインの強化に伴い、防衛技術関連企業への関心が特に高まっています。各国が国家安全保障と技術的優位性の確保を優先する中、投資家の大きな関心を集める可能性が高いのはサイバーセキュリティ、先進材料、自律型システムなどの最先端ソリューションを提供する企業です。
各国政府や投資家が戦略的資源の確保を図る中、鉱業および素材関連企業、特に金、リチウム、レアアース、防衛品やクリーンエネルギーの生産に欠かせない重要鉱物を取り扱う企業の人気が高まっています。
デジタル資産株も注目を集めており、Circle Internet Financialなどステーブルコインのパイオニア企業が、株式公開の準備を進めています。これは、ステーブルコインの普及が進み、暗号資産およびフィンテック分野でIPO市場が再び開かれつつあることを示しています。また、ライフサイエンスセクターでも、中国のIPO活動が活発化しています。中国で投資家の関心が再び高まっている要因は、細胞・遺伝子治療や診断、バイオテックプラットフォームの各分野での画期的な発明や開発が挙げられます。多角化が進む中においても、テクノロジーがIPOパイプラインの基盤であることに変わりはなく、クラウドインフラとSaaS、AIハードウェアは引き続き多額の資金を集めています。
半導体・電子機器メーカー、特にAIや産業オートメーションを支える企業は依然として有力なIPO候補企業です。こうした動向は、投資家がボラティリティを考慮し、短期投機的な資産よりも、長期的成長や技術の進歩、構造的な支出といったテーマに合致した企業に注目し、資本市場の選別が進んでいることを反映しています。
世界の株式市場は7月に史上最高値を更新しました。投資家が米国政府の新たな関税への対応を迫られたものの、相場急落は長くは続かず、一時的なボラティリティの高まりにとどまりました。世界経済は依然として、インフレ抑制圧力の高まりに直面していますが、EYの2025年中期世界経済見通しによると、ビジネス活動は不均一ながらも穏やかなペースを維持する見込みです。地域による経済成長差は広がっており、先進国・地域で疲弊が見られる一方、新興国市場では回復力に違いが見られます。
全体的に経済状況が冷え込む国・地域が多い中でも、国の優先事項やイノベーションに沿った活動を展開する企業や、現実に即したバリュエーションを行い、柔軟なタイミングで、信頼できるエクイティストーリーを提示できる企業は、この複雑な環境にうまく対応できる可能性が高いと考えられます。