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2024年第3四半期 世界のIPO分析

自信を持ってIPO準備を進めるには


不確実性と市場のボラティリティが高まる中、世界全体ではIPOはレジリエンスを維持しています。


要点

  • 米国市場の高騰や改革に世界の企業が関心を寄せる中、クロスボーダー上場の機運が高まっている。
  • IPOは幅広いセクターに徐々に拡大しており、投資家に多様な機会を与えている。
  • IPOパイプラインのAIへの強い関心が継続していることが見てとれる。

世界経済の減速、市場のボラティリティ、地政学的な変化、さらには金融緩和が進む中、2024年第3四半期の世界のIPO市場は、慎重ながらも楽観的な兆候を見せています。IPO件数は前年同期比14%減の310件、調達額では35%減の249億米ドルだったものの、第3四半期は、IPO開始件数では2024年第1および第2四半期を若干上回りました。


複雑な経済状況および地政学的状況の中、世界的な金利緩和サイクルが始まり、第3四半期のIPO活動は、高まる市場のボラティリティに直面することになりました。こうした難しい状況にもかかわらず、Americas(北・中・南米)とEMEIA(欧州、中東、インド、アフリカ)地域では、2024年第1~第3四半期にレジリエンス(回復力)を示しました。EMEIAのIPO調達額は前年同期比で45%増加し、世界市場全体の低迷の緩和に貢献しました。これらの調査結果は、四半期レポート「EY Global IPO Trends Q3 2024」に掲載されています。レポートでは、世界のIPOデータを分析して市場動向を見極め、事業計画や市場の見通しに役立つインサイトを提供しています。

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「EY Global IPO Trends Q3 2024」レポートでは、さらに深い分析とインサイトを紹介しています。

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金利の影響の後退と新たな要因の出現で情勢が変化

近年の高インフレや金融引き締め局面において、金利の上昇がIPO活動に多大な影響を及ぼしてきました。インフレ圧力の緩和と経済成長の強化が優先課題となる中、先進国を中心に世界的な金利緩和サイクルが始まっています。金利の引き下げやインフレ圧力の緩和は、資本コストを下げ、新たなベンチャーへの投資を促進して、上場を検討する企業にとってある程度の安心材料となるでしょう。金利政策がさらに明確になってくれば、IPO市場動向に及ぼす直接的な影響は弱まり始め、IPO環境を整える上で、金利政策以外の要因の重要性が増してくるかもしれません。経済的な逆風と地政学的なリスクによって、特定のセクターやクロスボーダーにおける株式公開の意欲がそがれる可能性がある一方で、世界的な選挙イヤーからの政策で、そもそも複雑なIPOの意思決定プロセスがさらに複雑なものになってしまうかもしれません。

2024年8月、一般に「恐怖指数」として知られるVIX指数(Cboe Volatility Index)は、およそ4年ぶりに最高水準まで急上昇しました。この急騰は、弱い雇用統計や経済指標、地政学的緊張の高まり、テクノロジー株の変動、激戦化する米国大統領選挙など、さまざまな市場圧力が相まって起きたものです。加えて、日銀による利上げにより円キャリー取引に混乱が生じ、市場のボラティリティの高まりとともに世界市場に動揺が広がりました。


米国と中国の市場価値の差が過去最大に

金融政策の転換を受け、投資家は資金を現金や低利回りの債券から、株式などのより魅力的なアセットクラスに移動させています。地域名を具体的に言うと、中国のように景気が減速していたり、地政学的に不安定な国・地域から、米国やインドなどの、より有望な市場に資金を移しています。

景気後退への懸念がちらつくものの、世界の投資家にとって、米国市場は依然として比較的安定した魅力的な選択肢です。2024年の現時点までで、米国と中国の株式時価総額の差は、過去最大を記録しています。近年、インドや日本といった国々が力強い成長を見せていますが、米国市場は依然として他国をしのぐ好調ぶりです。とりわけここ最近の数四半期では、流動性と評価倍率の上昇で、メガIPOなどの注目度の高い取引に対して、投資家は信頼感を強めています。


メガIPOに関しては、今年は現在までのところ、前年比で明らかな回復傾向が見られ、IPOによるプライベートエクイティ(PE)が関与したイグジットも堅調に復活しています。Americasは、域外の企業による大型上場や、注目を集めたLineage社のIPO(51億米ドル)を含む域内企業の重要な上場に牽引され、メガIPOにおいてリードしています。このことは、投資家が引き続き質の高い案件に注目していると同時に、大企業が市場参入への意欲を高めていることの表れかもしれません。


ユニコーン企業のIPO件数は、2023年第1~第3四半期では13件でしたが、2024年の同時期では8件に減少しました。流動性の引き締め強化と資本コストの上昇がその主な要因です。およそ4年ぶりの大幅な引き下げとなる9月下旬の米国連邦準備制度理事会の利下げを前に、投資家は慎重な姿勢を崩さず、ファンダメンタルズが盤石な企業を好んでいます。また、2023年に注目を集めたユニコーン企業数社のIPO後のリターンが期待外れだったことからも、投資家は慎重姿勢を強めています。そのため、ユニコーン企業の中には、市場の状況が改善するまで株式公開を待つ企業も出てきています。興味深いのは、ユニコーン企業のIPOによるベンチャーキャピタル(VC)のイグジットが増えている点です。前年の同時期ではわずか2件だったのに対し(調達額は13億米ドル)、5件で合計37億米ドルを調達しています。

クロスボーダー上場の機運が高まっている

クロスボーダー上場は、堰を切る勢いを見せています。今年の第1~第3四半期で、77社が海外での上場を選択しました。この中には、Americas、Asia-Pacific(アジア太平洋)、EMEIA地域でのクロスボーダー案件が含まれ、前年同時期の64社から増加しています。これは前年比20%の増加であり、今年の世界全体のIPO件数の9%を占めます。2023年以降、米国証券取引所のIPOの約52%は国外を本拠地とする企業によるもので、この20年間で最高水準を記録しています。この高い数字は、過去2年間のIPO件数が全体的に少なかったことも一因ではありますが、グローバル企業が上場先に米国市場を選ぶ傾向が高まっていることを浮き彫りにしています。2024年には、堅調な米国市場は中国本土や香港、シンガポール、オーストラリアからの株式上場を呼び込み、案件規模は比較的小さかったとはいえ、前年度から件数を伸ばしています。米中間で監査を巡る協定が結ばれたことで、上場廃止になる懸念が緩和されたため、中国企業はスイスでの上場を取りやめ、流動性と有利な評価を求めて米国を選ぶようになっています。とはいえ、大規模なクロスボーダー上場案件は欧州に集中しています。メガ案件は米国で2件、オランダで1件上場されました。

 

クロスボーダー上場の勢いが増す一方で、証券取引所はビジネス環境の進化に対応するために、さまざまな変化を取り入れて上場制度の見直しを図っています。従来の財務指標では企業の価値や可能性を十分に把握できなくなる可能性があるためです。

 

2024年、英国はロンドンをニューヨークなどに対抗できる競争力のある市場にすることを目指し、この数十年間で最大の上場改革を導入しました。香港証券取引所(HKEX)でも、2024年9月から上場条件を緩和し、専門性の高いテクノロジー企業のIPOやDe-SPACの促進を図っています。 

 

株価収益率(PER)などの評価指標は、企業が上場先を選ぶ上で特に重要なポイントです。株価収益率の高さは、投資家の関心が高く、将来の成長について市場が楽観的であることを示す指標です。業界や市場の状況によっては、特定の証券取引所をより魅力的にする要因になります。PERは米国やインド、中東で比較的高く、これらの地域は、IPOを検討している企業や投資家に好まれる市場となっています。 



IPOが多くのセクターに広がり、投資機会がさらに多様に

2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるマネーサプライの拡大以来、金融政策の転換は、さまざまなセクターのIPO活動に大きな影響を与えてきました。2022年初めから2024年上半期にかけて、利上げによる金融引き締めの中、金利変動の影響を受けにくいセクターである、工業、素材、エネルギーなどでは、上場活動に回復が見られました。その一方で、借入コストの影響を強く受ける資本集約型のセクターである、ヘルス・ライフサイエンス、テクノロジー、不動産、金融などでは、世界全体に占める割合が大幅に減少しました。

利下げに伴い、これらのセクターの多くでは、2024年第1~第3四半期でIPO活動が復活してきています。金利が下がれば資本コストが下がるため、これらのセクターの企業にとっては、資金を調達しやすくなります。金融緩和サイクルが始まり、他の要因が優先されるにつれて、IPOが徐々に幅広いセクターに広がるのを目の当たりにしています。買い手側にとっては、投資機会がさらに多様化しています。


IPOパイプラインのAIへの強い関心が継続 

過去2年間で上場した人工知能(AI)企業は年間60社を超えており、その約半数が利益を上げています。収益規模はそう変わりはないものの、過去12カ月間に上場した企業の時価総額は、その前年に上場した企業の2倍近くに達しています。約50社のAI企業が現在IPO申請中ですが、利益を上げているのはそのうちの約3分の1です。こうした傾向は、採算性に関する課題があるとはいえ、AI主導のイノベーションに対する投資家の関心が、まだ続いていることの表れです。

 

2024年第4四半期のIPO市場の見通し

2024年の残り数カ月間、IPO市場は、中央銀行の政策や地政学的動向、重要な選挙結果の影響を受けると予想されます。利下げやインフレの緩和が楽観論を後押しし、新規上場や、借入コストに敏感なセクターの復活を促進するでしょう。米国、欧州、インドなどの主要市場では、好調が続くとみられています。クロスボーダー上場も引き続き活況でしょう。特に、PEファンドが関与する上場、スピンオフやカーブアウトからの上場は注目度が高く、有利な上場タイミングを狙う中で期待されています。




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株式公開の手引き

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サマリー

2024年第3四半期の世界のIPO市場は、件数では前年比で14%の減少、調達額では35%の減少だったにもかかわらず、慎重な楽観論を示しました。EMEIAはIPO調達額が35%増加し、レジリエンスを示しました。IPOを取り巻く環境は、金利の緩和に伴って変化しており、ヘルス・ライフサイエンスなどのセクターでは勢いが増しています。クロスボーダー上場は活況で、AI主導のイノベーションによるIPOは依然として投資家の関心事となっています。


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